改革を迫られる南米南部共同市場(メルコスール)

2019年4月18日

民間研究・教育機関のジェトゥリオ・ヴァルガス財団(FGV)は3月25日、ブラジルのサンパウロ市内で、創設後28年が経過するメルコスール(南米南部共同市場、注)をテーマとした国際カンファレンスを開催した。外務省、経済省の実務担当者、学識者、産業界の代表者が同イベントに登壇し、活発な議論が交わされた。

総論として、ブラジル政府当局はメルコスールの対外共通関税(TEC)を産業競争力強化の観点で引き下げるべきと考えている。ただし、実際には加盟各国の調整や国内産業界への影響配慮が必要で、時間と政治的コストがかかるとみている。また、TECの問題だけでなく、ビジネス上の規則・制度の統合〔域内での統合、国際スタンダードとの収斂(しゅうれん)〕、域外交渉の今後の形態(メルコスール一体、あるいは2国間の可能性)、メルコスールの機構改革の必要性も議論に上った。

グローバリゼーションの進展や中国の台頭など国際情勢の変化は、加盟国が望むか望まないかを問わず、メルコスールの改革を促す要因となっている。コメンテーターの1人であったブラジル応用経済研究所(IPEA)のフェルナンド・リベイロ氏は、メルコスールは国家間の協定であるものの、「政権の特徴」と「加盟国が置かれた経済状況」に大きく左右されてきた経緯を指摘した。ボルソナーロ政権でメルコスールの見直しが主要課題に挙がったのは、まさにその2つの要素で説明できる。また、メルコスールの枠組みを「資産」と捉えるか「負債」と捉えるかという議論は意味がなく、枠組みは加盟各国の目的を達成するための手段として捉えるべきだと、同氏は指摘する。端的に言えば、ブラジルの労働者党政権はメルコスールを「産業保護」の目的で使ったと表現できる。公には「メルコスールの強化」を掲げるボルソナーロ政権が、関税同盟であるメルコスールについて、生産性、産業競争力向上という目的の下で、具体的にどのように活用するか、今後のポイントとみられる、とした。

以下に主要な政府当局者、有識者の発言をまとめた。

外務省メルコスール・地域統合部長 ミシェル・アルスラニアン氏

  • ボルソナーロ政権をメルコスール軽視と捉える報道がみられるが、政権としてはメルコスールの強化を掲げており、メルコスールは経済アジェンダで重要な地位を占めている。ここ2年の流れをみると、メルコスールとして政府調達協定の導入を図り、投資ルールの整備も進めており、協定内容を充実させる方向性にある。今後もその流れは変わらない。
  • メルコスールを巡る主要な議論は、(1)域外交渉の前進、(2)対外共通関税(TEC)の見直し、(3)メルコスールの機構改革、である。(1)については、現在交渉中の協定のうち、EU、EFTA(欧州自由貿易連合)、カナダについて2019年中に交渉を完了、2020年に韓国との交渉を終えるスケジュール感。(2)TEC税率は、国際比較で高水準にあり、近年のグローバル化の流れにそぐわない。TECの見直しは、域内産業の競争力を高めるという観点で検討する。(3)メルコスールの機構は、効率性の観点で問題が多い。例えば予算の拠出元によって部署が分かれており、予算の一元化と部署の統廃合が必要と認識している。
  • 一方、ラテンアメリカとメルコスールの統合は着実に進展している。ブラジルとペルーとの間ではACE58号(メルコスール-ペルー経済補完協定)の深化、すなわち財の貿易が中心のACE58号に、投資章や政府調達章を加えた協定を改めて締結したほか、チリとのACE35号に関しても同様の取り組みを行っている。
  • 今後のメルコスールの課題は、TECの問題だけではなく、制度面で統合を進めていくことだ。具体的には基準認証や規格など、ビジネス上のルールがメルコスール域内で不整合となっている。また、国際スタンダードと比較しても、整合性が取れているとは言い難い。さらに、民間セクターとの連携も課題だ。原産地基準など民間セクターのニーズを反映し改善していくことが重要。

経済省貿易局長 ルカス・フェラス氏

  • アルスラニアン部長が述べたとおり、政権としてメルコスールを重視するスタンスは維持している。ただし、グローバル化が加速する一方、高いTEC税率に象徴されるように、閉鎖的なメルコスールを改革することが必要。おそらく誰もがメルコスールの市場開放に取り組むべきと考えているのではないか。ただし、個別産業界や政治家にはそれぞれの利害があり、調整が必要。
  • 市場開放はあくまで、生産性、産業競争力を高めるための手段である。1990年代のブラジルの市場開放時代の生産性を分析した文献を見ると、生産性が高まったと結論付けるものがほとんどだ。ブラジルの低生産性は、個々の産業ではなく、産業横断的、すなわち水平的な問題である。その点、特定産業に重点を置く政策を行う理屈は立たない。実証分析の結果から言えば、関税の高い資本財や中間財の税率を下げることが、生産性の向上につながる。メルコスールのTECは1980年代までの輸入代替工業化の名残でもあり、改革すべきだ。今後は政治イデオロギーに左右されず、客観的データに基づいた政策を行う。
  • 域外交渉は、アルスラニアン部長が述べたとおり、EU、EFTA、カナダとの交渉を2019年中に終わらせる。韓国との交渉は2020年半ばの完了を見込む。EUとの交渉は現在、提示した物品リストをリバイスしている。報道では、EU側の問題(農業分野で譲歩が難しい)が指摘されているが、メルコスール側にも問題はある。特に工業製品分野では、域内市場の開放に抵抗が強い。
  • メルコスール域内、ブラジルの産業構造自体が、世界で先端を行くFTA(自由貿易協定)のモデルに適合できていないと感じる。その象徴的な例は、メルコスール自体、域内の自由貿易が確立していないことである。例えば、自動車分野は加盟国間で個別の協定を結んでいるほか、砂糖は域内でも自由化の例外扱いになっている。
  • ボルソナーロ大統領の訪米で表明された、米国からの小麦無税輸入枠75万トンの設定が、小麦のブラジル向け供給を担うアルゼンチンの利益を損なうとの議論もある。しかし、この設定はGATTウルグアイラウンドに基づく約束事項であり、メルコスールの枠組みでの譲歩ではない。いずれにせよ、この無税輸入枠がブラジルの最大の小麦輸入相手国アルゼンチンの立場を揺るがすものではないと認識している。

元駐米大使 ルーベンス・バルボーザ氏

  • ボルソナーロ政権になり、メルコスールの位置付けがはっきりしない印象を受ける。メルコスールの強化が政府の方針だが、どのような方向性で強化されるのか不明確だ。高い税率を維持したTEC、域内貿易自由化に関する不完全性など問題をはらみ、域外交渉に関して、メルコスールの枠組みを「柔軟化」するという発言もみられる。既存の交渉は、2000年のメルコスール共同市場審議会決議第32号(CMC32/00)で定められたとおり、メルコスール単位で交渉に当たるも、今後は各加盟国の個別交渉が可能になるのか、その場合の既存規則との整合性など不透明な部分が多い。関税同盟を柔軟化することは、自由貿易地域に移行する可能性もにおわせる。
  • 閉鎖的なメルコスールから、開放的なメルコスールに転換する流れは、これまでの歩みの中で自然だ。例えばメキシコとの経済補完協定(ACE55号)では、2019年3月、議定書で定めた自動車分野の自由化期限を迎えた。メルコスール域内の自動車貿易が依然として自由化されていないにもかかわらず、メキシコからの輸入が自由化された点は画期的と言える。このまま、メキシコとの協定が自由化となれば、ブラジル・アルゼンチンの自動車協定に対しても自由化圧力となるだろう。
  • メルコスールを巡る議論は、(1)TEC、(2)域外交渉の方式〔一体かバイ(個別)か〕、(3)ビジネスに関する規則・制度、(4)メルコスールの機構改革、の4点に集約される。これらの議論を進める上で重要なのは、ブラジルのリーダーシップだ。アルゼンチンは2019年に大統領選挙を迎える状況にあり、どれだけブラジルが熱意を持って取り組めるかにかかっている。
  • メルコスールの機構を定めた1994年のオウロプレット議定書では、メルコスールの機構や組織を見直すための手続きを第47条で定めている。メルコスールは発足以降、この条項に触れたことはなかった。今、まさにこの条項に基づき議論するときかもしれない。
  • 域外交渉をみると、ここ約10年でFTAを締結できたのはイスラエル、パレスチナ、エジプトの3カ国・地域にとどまる。ほかの国の締結スピードに大きく後れを取っている。この遅れを挽回するために、TPPへの加盟を目指すのも1つの考え方だ。TPPにはメキシコ、ペルー、チリが加盟しているが、これらはブラジルの主要工業製品輸出先でもある。ブラジルは主要輸出市場で、TPP加盟国との競争にさらされる。

注:
メルコスール(南米南部共同市場)は、アルゼンチン、ブラジル、パラグアイ、ウルグアイの4カ国が、アスンシオン条約(1991年3月)を締結して発足した関税同盟。
執筆者紹介
ジェトロ・サンパウロ事務所次長
二宮 康史(にのみや やすし)
ジェトロ・サンパウロ事務所調査担当、海外調査部中南米課、アジア経済研究所副主任研究員などを経て現職。