1. サイトトップ
  2. 海外ビジネス情報
  3. 地域・分析レポート
  4. アジアのフィンテック・ハブを目指して(香港)

アジアのフィンテック・ハブを目指して(香港)
進化を遂げる香港のフィンテック・エコシステム

2019年1月22日

香港のフィンテック・エコシステムは、順調な成長を遂げている。香港特別行政区政府(以下、香港政府)は、中国政府が推進する地域発展計画の「広東・香港・マカオグレートベイエリア(粤港澳大湾区)」に居住する人口6,800万超の巨大市場を背景に、「アジアのフィンテック・ハブ」としての地位獲得を狙う。一方で、香港政府が克服すべき課題も浮かび上がる。

クロスボーダー形式のフィンテックイベントを継続して開催

2018年10月29日~11月2日に、香港投資推廣署(InvestHK)は、香港でのフィンテック系の最大のイベント「香港フィンテック・ウィーク2018(以下、フィンテック・ウィーク)」を香港と深セン市で開催した。香港内外のフィンテック分野の起業家、投資家、規制当局関係者、研究者ら延べ8,000人以上が来場し、来場者数、展示者数、会場規模において、香港では過去最大のイベントとなった。

フィンテック・ウィークでは、「人工知能(AI)」「ブロックチェーン(分散型台帳技術)」「仮想銀行(バーチャル銀行)」「中国のフィンテック」および「ベイエリアにおける連携」にスポットライトが当てられた。中でも、「中国のフィンテック」や「ベイエリア」に関するセミナープログラムが数多く組まれ、中国フィンテック企業による講演も数多く行われた。香港政府の陳茂波(ポール・チャン)財政長官はフィンテック・ウィークの基調講演で、「巨大な中国フィンテック市場の一部を構成するベイエリアは、フィンテック企業にとって大きなビジネスチャンスとなる」とした上で、中国市場参入の際の「エントリー・ポイント」としての香港の強みを強調した。

フィンテック・ウィークの最終日のイベントは、深セン市で開催された。参加者の一行はテンセント、中国フィンテック企業のWeBankや平安科技を訪問し、ネットワーキングイベントも開催された。主催者によれば、2019年もクロスボーダー形式のフィンテック・ウィークを継続して開催するとしており、フィンテック分野での香港と深セン市の連携は今後、強まっていくだろう。


「香港フィンテック・ウィーク2018」の展示会場(ジェトロ撮影)

2018年の香港フィンテックは新たなステージに

ここ数年の香港政府による取り組みの結果、香港のフィンテック・エコシステムは大きな飛躍を遂げた。

例えば、2018年10月末時点の在香港のフィンテック企業数は550社を超え、2017年の香港フィンテック企業への投資額は2016年の約2.5倍となる5億4,600万ドルに達した(図1参照)。

図1:香港におけるフィンテック分野への投資額の推移
香港特別行政区政府によれば、同投資額は2015年が1億800万米ドル、2016年が2億1,600万米ドル、2017年が5億4,600万米ドルとなった。
出所:
香港特別行政区政府

また、香港金融管理局(HKMA:銀行監督当局)、香港証券先物委員会(SFC:証券監督当局)および香港保険業管監局(IA:保険監督当局)のそれぞれ3つの金融当局は、既存規制を緩和し、フィンテックの実証・実験が可能な「サンドボックス」(注1)のシステムを提供している。加えて、6つの政府・民間系のアクセラレーターがフィンテック企業の育成サービスを展開するなど、フィンテック企業が成長可能なインフラが整備されている。

2018年は、香港フィンテック業界にとって飛躍の年となった。例えば2018年9月、銀行と価値貯蔵型の電子マネー(Stored Value Facilities:SVF)事業者を結ぶ、24時間即時決済が可能な決済システムである「ファスター・ペイメント・システム(転数快)」(注2)の運用が開始された。同年10月には、分散型台帳技術を活用した貿易金融プラットフォームである「eTradeConnect」(注3)も始動した。現在、香港金融管理局は、香港の金融機関による、実店舗を持たない仮想銀行のサービス提供開始に向け、免許交付のための最終的な詰めの作業を行っている。

既存の金融機関などとの「共生型」マーケット

海外フィンテック企業の誘致を担う香港投資推廣署(InvestHK)によれば、香港のフィンテック企業は、ブロックチェーン・暗号通貨(19%)と決済・送金(19%)を筆頭に、ウェルステック(15%、注4)、ビックデータ・AI(人工知能)(10%)、保険テック(7%)といったサービスを提供している企業の割合が比較的高い(図2参照)。

図2:香港のフィンテック業界の分布
香港投資推廣署(InvestHK)によれば、ブロックチェーン・暗号通貨および決済・送金がそれぞれ19%、ウエルステックが15%、ビックデータ・AIが10%、保険テックが7%、ベンチャー・キャピタルが6%、コンプライアンス・レグテックおよびアクセラレーター・インキュベーターがそれぞれ4%、クレジットテックおよび関係協会がそれぞれ3%、関係当局が1%、その他が9%となっている。
出所:
香港投資推廣署(InvestHK)

また同署は、香港のフィンテック業界はBtoBビジネスを展開する企業の割合が高く、香港のフィンテック企業の主要顧客は金融機関(全体の38%)および一般企業(33%)で、合わせて合計7割強を占めるとしている。リテール顧客を主要顧客としている企業は3割以下(26%)にすぎないという。

前述のデータからみると、香港フィンテック市場は、既存の金融機関や一般企業に対して市場競争を挑む「競争型」というよりは、これら企業に対して新たなソリューションを提案・提供するフィンテック企業が主流であり、「共生型」のフィンテック市場が形成されているといえる。

香港は経済自由度が高く、低税率が維持されている上、法の支配と知的財産権の保護が徹底されているなど、フィンテック企業が成長するための良好なビジネス環境が整備されている。加えて、前述のとおり、フィンテック・エコシステムが着々と整備され、ベイエリア計画の進展に伴う新たなビジネスチャンスにも期待できる。

さらには、2018年2月に行われた2018~2019年度の財政演説において、香港政府の陳茂波財政長官が明らかにしたとおり、今後5年間でフィンテック分野を含む香港の金融サービス業の発展のために、5億香港ドル(約70億円、1香港ドル=約14円)が投じられる予定だ。前述を踏まえると、香港は「アジアのフィンテック・ハブ」として成長する素地を備えているといえる。

人材育成と規制整備が急務

しかし、克服すべき課題も少なくない。香港投資推廣署によれば、香港のフィンテック企業の24%が「人材の獲得」、14%が「規制」に課題があるとしている(図3参照)。

図3:香港のフィンテック企業が抱える課題
香港投資推廣署(InvestHK)によれば、人材の獲得が24%、金融機関とのパートナー関係の構築が20%、顧客の獲得が19%、資金調達および規制がそれぞれ14%、銀行口座の開設が9%となっている。
出所:
香港投資推廣署(InvestHK)

人材育成について、香港金融管理局は2018年1月、フィンテック人材の育成を目的とする「フィンテック・キャリア・アクセラレーター・スキーム」の改良を、香港応用科技研究院(ASTRI)などと共同で開始した。加えて、香港政府は同年5月、海外からイノベーション人材を獲得するための新たなスキームである「テクノロジー・タレント・アドミッション・スキーム(TechTAS、注4)」を発表した。

フィンテック人材の育成・誘致策が相次いで打ち出されるなど、取り組みは強化されているが、香港でスタートアップ企業の支援に携わる邦銀関係者は「香港人の起業意識はさほど高くない」と指摘する。起業意識の向上のための政府主導の取り組みが必要となるだろう。

規制の整備に関しても、今後はスピード感を持った取り組みが必要となる。香港金融管理局は2018年5月、仮想銀行の認可に関する改正ガイドラインを発表し、仮想銀行のサービス提供に必要な法的枠組みを整備した。また、香港証券先物委員会は同年11月、暗号通貨を含む「暗号資産」を取り扱うファンドやブローカーへの規制を強化することを明らかにした。しかし、香港のフィンテック業界に詳しい弁護士は「(店舗を持たない銀行を既に認めていたり、暗号通貨の規制を導入している国・地域がある中で)フィンテック向けの規制・ガイドライン整備などに関する香港政府の対応は、ややスピード感に欠ける」と指摘する。さらに、今後、香港のフィンテック企業がベイエリアにおいてサービス展開を行うに当たって、香港側と中国側の規制をいかに「融合」していくかも大きな課題となってくるだろう。

日本のフィンテック企業は香港進出に及び腰との指摘も

中国・香港以外の国・地域出身のフィンテック起業家も多く活動する香港でありながら(注6)、BtoBビジネスを得意とする日本のフィンテック企業が香港に進出した事例はない。一般社団法人Fintech協会理事兼財産ネット代表取締役の荻野調氏は「日本のフィンテック業界に中国語を話せる人材がほとんどおらず、(中国やベイエリアへの入り口としての)香港に進出しなければならない状況にもない」と、言語面のハードルが障壁になっている現実を指摘した。また、「香港政府は今後も『一国二制度』を維持するとしているが、同制度が本当に維持されるのか不安に感じている企業も多いのではないか」と分析している。

今後、香港政府は、「一国二制度」の堅持を世界に強くアピールするとともに、ベイエリアにおける香港フィンテック企業の成功事例をアピールする必要がある。また、香港が「アジアのフィンテック・ハブ」として存在感を示すには、中国だけでなく、東南アジアなど他のアジア諸国との「つなぎ役」としての機能を強化する必要もあるだろう。


注1:
フィンテックの実証実験を行うために、現行規制を一時的に停止する規制緩和策のこと。
注2:
転数快の利用者は、事前に電話番号かeメールアドレスを、銀行とSVF事業者に登録すれば、いつ、どこでも、スマートフォンなどを通じて、銀行とSVF間の即時送金が可能となっている。
注3:
貿易金融取引の効率化や促進、リスク軽減などを目指し、在香港の金融機関12社が参加して始動した貿易金融のプラットフォーム。
注4:
AI(人工知能)を活用した資産運用アドバイス。
注5:
TechTASは、フィンテックに従事する企業が求めるイノベーション人材も対象となる。学歴などの要件を満たせば、通常よりも当該就労ビザの審査時間が大幅に短縮される。
注6:
香港投資推廣署によれば、香港におけるフィンテック起業家の52%が中国および香港を除く国・地域の出身である。
執筆者紹介
ジェトロ・香港事務所 経済調査・企業支援部長
吉田 和仁(よしだ かずひと)
金融庁勤務を経て、2016年7月より現職。

この情報はお役に立ちましたか?

役立った

役立たなかった

ご質問・お問い合わせ