アルゼンチン自動車産業、低迷の要因と今後の見通し

2019年9月10日

アルゼンチンの自動車産業は、国内景気回復の遅れによって厳しい状況が続いている。国内販売は、2018年5月までは好調に推移し販売台数100万台超えが期待されていたが、為替レートの急落が国内販売の7割を占める輸入車の販売価格の上昇圧力となり、好調だった国内販売を冷え込ませた。生産は、主要輸出先であるブラジルの需要拡大やコロンビアなど新たな市場への輸出により増産傾向だったが、下火が続く国内販売の影響が大きく、2018年9月以降は減産に転じている。本稿では、低迷するアルゼンチンの自動車産業について、販売、生産、輸出の観点から、落ち込みの要因と今後の展望をレポートする。

通貨下落と高インフレによる国内販売市場の落ち込み

アルゼンチン自動車販売代理店協会(ACARA)によれば、2018年の新車販売登録台数(重・軽商用車およびその他大型車を含む)は前年比10.9%減(80万2,992台)だった。自動車販売台数は、2013年に過去最高となる95万6,884台を記録した後、経済低迷などから一時落ち込みをみせたが、2016年からは再び増加しはじめ、2017年には90万1,017台に達して好調だった(表1参照)。2018年に入ってからも堅調に前年同月比プラスで推移し、市場関係者からは2013年の記録を上回るという見通しも聞かれていた(図1参照)。しかし、2018年初以降、米国長期金利の上昇などにより新興国通貨が対ドルで切り下がり続け、4月末には米国長期債(10年)の利回りが3%を超えたことを契機にアルゼンチン・ペソが急落した。アルゼンチンでは自動車販売市場の約7割を輸入車が占めていることから、通貨安によって販売価格が上昇し、購入者離れが進んだ。その後、8月のトルコ・リラ急落による新興国通貨への信用不安によって、ペソ安が再燃した。インフレ率も上昇した。マウリシオ・マクリ政権下では、公共料金やガソリンにかかる補助金削減を進めており、これによりインフレ率は高止まりしていたものの、通貨安も相まって8月のインフレ率は34.4%、9月は40.5%まで上昇した。一方、賃金の上昇は追い付かず、国内の耐久財への消費マインドが冷え込んだ。

さらに追い打ちをかけたのが、自動車や二輪車などの国内販売時に課される内国税〔奢侈(しゃし)税、Impuesto Interno〕だ。自動車に対する同税の課税対象最低金額は90万ペソ(約171万円、1ペソ=約1.9円)で、例えば2018年初の為替レートで換算すれば4万8,026ドル相当だ。しかし、通貨下落により2018年末のレートで換算すると2万3,166ドルとなり、加えてインフレも重なって本来、奢侈税の対象になっていなかった中低価格クラスの車までが課税対象に入ってしまう事態が生じ、国内販売台数をさらに押し下げた。

表1:アルゼンチンの自動車販売台数(単位:台、%)(△はマイナス値)
2013年 2014年 2015年 2016年 2017年 2018年
販売台数 956,884 687,164 643,672 710,102 901,017 802,992
前年比 13.8% △28.2 △6.3 10.3% 26.9% △10.9

出所:アルゼンチン自動車販売代理店協会(ACARA)

図1:アルゼンチン自動車販売台数の月別推移 (2018年)
1月の販売台数は12万558台で前年比26.6%、2月は6万9,609台で18.2%、3月は8万5,388台で9.1%、4月は7万7,601台で19.4%、5月は8万3,200台で7.1%、6月には6万4,659台で-17.5%、7月は6万7,218台で-16.8%、8月は6万5,487台で-24.9%、9月は5万2,711台で-34.3%、10月は4万8,571台で-38.2%、11月は3万9,717台で-45.7%、12月は2万8,329台で-40.5%となっている。

出所:アルゼンチン自動車販売代理店協会(ACARA)

高金利下での自動車メーカーの苦境

国内販売台数の落ち込みによって、販売店では多くの在庫を抱えることとなった。その要因の1つが高金利によるものだ。2018年8月末にアルゼンチン中央銀行は、急落する通貨の防衛策として政策金利を60%まで引き上げたが、これがクレジットカード利用を滞らせた。ACARAのデータによれば、国内販売に占めるクレジット利用は約5割であるが、高金利下ではローンが組みにくいことから、2018年6月以降のクレジット利用は前年同月比でマイナスを記録した(図2参照)。また、クレジット利用の約2~3割は、「Planes de Ahorro」[いわゆる頼母子(たのもし)講]によるものだが、店頭での販売価格が値引きされる一方、同プランを使用して購入する場合、価格は販売代理店の正規価格表に準じて月々の支払額が変動していき、結果的に支払額は高額になる。クレジット利用者の減少が販売台数の落ち込みにも大きな影響を与えた。

図2:自動車販売におけるクレジット利用の推移(2018年~2019年6月)
2018年1月の利用台数は5万4,671台で前年同月比21.1%、2月は3万1,560台で6.5%、3月は3万8,881台で1.4%、4月は3万7,243台で17.6%、5月は4万1,225台で5.0%、6月には3万3,210台で-11.7%、7月は3万3,965台で-16.5%、8月は3万2,951台で-25.2%、9月は2万5,038台で-40.3%、10月は2万1,364台で-44.9%、11月は1万8,096台で-47.7%、12月は1万2,982台で-49.8%、2019年1月は2万3,985台で-56.1%、2月は1万7,403台で-44.9%、3月は1万7,298台で-55.5%、4月は1万6,413台で-55.9%、5月は1万6,070台で-61.0%、6月は1万4,253台で-57.1%となっている。

出所:ACARA

2019年も続く販売不振、政府は販促プログラムを実施し回復狙う

販売不振は、2019年に入ってからも続いている。ACARAによれば、2019年1~7月の新車販売登録台数は、前年同期比47.4%減(29万8,863台)だった(表2参照)。政府は冷え込む消費の活性化を図るため、6月上旬に新車販売の促進を目的としたプログラムを導入した。政府が助成金を給付し、新車販売価格を最大9万ペソ引き下げるというものだ(2019年6月11日付ビジネス短信参照)。導入当初は6月末までの限定で、自動車輸入企業は対象外となっていたが、プログラム導入後に販売台数が一時的な回復をみせていることから(表2参照)、期間は8月まで延長され、輸入車についても助成の対象となっている。

表2:2019年の自動車販売台数(単位:台、%)(△はマイナス値)
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月
販売台数 60,108 40,116 39,116 37,321 36,771 35,954 49,477
前月比 112.2 △ 33.3 △ 2.5 △ 4.6 △ 1.5 △ 2.2 37.6

出所:アルゼンチン自動車販売代理店協会(ACARA)

2019年の販売台数の見通しは、これらのプログラム導入でも、2018年から続く低迷によって生じた過剰な在庫により、50万~60万台になるだろうとされている。

自動車生産は減産続く、工場稼働率は32.0%

自動車生産について見てみると、2017年は国内景気回復を受け、フォルクスワーゲンをはじめとする海外大手自動車メーカーが投資計画を発表し、隣国ブラジル市場の回復も相まって、生産台数の増加が見込まれたものの、結果的に2018年の自動車生産台数(大型トラック・バスを除く)は前年比1.4%減(46万6,649台)だった。国内市場の落ち込みに比べると、微減にとどまった。主要輸出先であるブラジル経済の緩やかな回復による需要の拡大と、ブラジル以外の輸出先国の開拓によって輸出が増加したことで、国内市場の落ち込みをカバーしたためだ。しかし、月別の推移をみると、通貨下落に起因する輸入部材の高騰や国内需要の大幅な減少により、2018年9月以降は、前年同月比マイナスで推移している(図3参照)。

図3:自動車生産台数の推移(2018年1月~2019年7月)
2018年1月の生産台数は2万1,858台で前年同月比-18.3%、2月は3万9,085台で52.0%、3月は4万9,655台で25.2%、4月は4万5,802台で21.4%、5月は4万6,835台で3.5%、6月には3万9,420台で-13.4%、7月は4万1,450台で8.6%、8月は4万9,335台で9.0%、9月は3万7,267台で-20.6%、10月は3万8,659台で-11.8%、11月は3万6,808台で-18.6%、12月は2万475台で-38.5%、2019年1月は1万4,803台で-32.3%、2月は3万2,662台で-16.4%、3月は2万9,227台で-41.1%、4月は3万294台で-33.9%、5月は3万280台で-35.3%、6月は2万3,916台で-39.3%、7月は2万1,646台で-47.8%となっている。

出所:アルゼンチン自動車製造業者協会(ADEFA)

特に、2017年の販売結果を踏まえ、新規投資を実行しラインの拡充を行っている自動車メーカーにとっては、国内市場の悪化によって現状維持が非常に厳しい状況となり、各社で生産調整が行われている。国家統計センサス局(INDEC)の最新のデータによると、2019年6月の自動車産業における設備稼働率は34.0%で、産業全体の59.1%の水準を大きく下回る(図4参照)。国内販売とともに生産が好調だった2018年と2019年の稼働率を比較すると、自動車産業は各月で前年より低い数値を記録している。アベジャネダ国立大学公共政策展望局の調査データによれば、2019年上半期の自動車製造部門の設備稼働率は32.2%だった。この数値は、27.1%を記録した2004年以来の最低値であるという。メーカーでは、生産調整のほか、自宅待機従業員や早期退職者勧告を実施するなど厳しい状況が継続している。アルゼンチン自動車製造業者協会(ADEFA)によると、2019年1~7月の自動車生産台数は前年同期比35.6%減(18万2,828台)と減産が続く。2019年通年の生産台数は、国内需要の回復見込みが薄いことから、前年比10%減の42~44万台になる見通しだ。

図4:設備稼働率の推移(2018年1月~2019年6月)
自動車の設備稼働率は2018年1月25.6%、2月は50.4%、3月は58.2%、4月は55.8%、5月は55.2%、6月は47.7%、7月は48.1%、8月は57.3%、9月は44.8%、10月は45.9%、11月は44.4%、12月は25.6%、2019年1月は15.7%、2月は42.1%、3月は35.0%、4月は37.6%、5月は36.6%、6月は34.0%となっている。産業全体の設備稼働率は2018年1月61.6%、2月は64.4%、3月は66.8%、4月は67.6%、5月は65.1%、6月は61.8%、7月は60.1%、8月は63.0%、9月は61.1%、10月は64.8%、11月は63.3%、12月は56.6%、2019年1月は56.2%、2月は58.5%、3月は58.8%、4月は61.6%、5月は62.0%、6月は59.1%となっている。

出所:国家統計センサス局(INDEC)

輸出は大きな伸長は望めないが増加傾向

国内販売、生産とは異なり、2018年の輸出台数は、通貨切り下げによって輸出車の価格競争力が向上し、競争力を得た。主要輸出先であるブラジルの需要拡大によって、前年比28.5%増(26万9,360台)だった。対ブラジル輸出は全体の69.0%を占め、36.8%増(18万5,913台)を記録した。そのほか、チリ(前年比68.2%増)、ペルー(17.0%増)、コロンビア(50.8%増)と、ブラジル以外への輸出も拡大した。メルコスール・コロンビア経済補完協定(ACE72号)のうち、アルゼンチンとコロンビア間が2017年12月に発効し、コロンビア向けの乗用車・小型商用車は年間3万台、大型バス・トラックは年間1万2,000台の枠内で、関税が撤廃されたことも寄与したといえる。

2018年の輸出は好調な結果だったが、残念ながら2019年に入ると前年比で振るわない状況が続いている。ADEFAによると、2019年1~7月の輸出台数は前年同期比13.2%減(12万7,599台)だった。特に、対ブラジル輸出にブレーキがかかったことが影響しているといえる。2019年1~7月のブラジル輸出は全体の65.9%を占めるが、前年同期比で19.4%減(8万4,063台)だった。アルゼンチン政府は2019年5月に、2018年来引き下げていたメルコスール域内に向けて輸出する自動車に対する間接税払戻率を、2.0%から6.5%に引き上げた。2019年の輸出台数見通しは、大幅な増加は見込めないものの、ブラジルおよび新たな輸出先の開拓によって増加が望まれる。

執筆者紹介
ジェトロイノベーション・知的財産部イノベーション促進課
高橋 栞里(たかはし しおり)
2015年、ジェトロ入構。展示事業部展示事業課(2015~2018年)、ジェトロ・ブエノスアイレス事務所海外実習(2018~2019年)を経て現職。