アニマルウェルフェア先進国「英国」と、求められる日本の対応

2019年9月2日

欧州は他の国・地域と比べて、アニマルウェルフェア(注)への意識が高いと言われている。中でも英国では、アニマルウェルフェア関連の法整備が進んでおり、動物愛護団体の活動も活発で、アニマルウェルフェアが最も進んだ国の1つとして知られている。2020年の東京オリンピック・パラリンピックを控え、また、畜産物の輸出拡大のためにも、日本も世界標準のアニマルウェルフェアに取り組むことが一段と求められよう。

EUのアニマルウェルフェア

EUにおける現行のアニマルウェルフェアに関する法的枠組みは、1976年に締結された「農用目的で飼養される動物の保護に関する欧州協定PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(209KB) 」にさかのぼる。この協定は、動物が不必要な苦痛やけがを負うことを避け、飼養環境を快適に保つことを目的としている。

また、協定を実現するEU規則として、理事会指令98/58/EC外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます「農用目的で飼養される動物の保護に関する指令」が定められており、さらに、この指令に基づく個別規制として、以下が定められている。

  • 食肉処理規則 1099/2009外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
    農用動物が食肉処理される際の痛みと苦痛を最小限に抑えるための適切な気絶処理などについて定めた規則。ハラルといった宗教上の理由がない限り、動物は解体前に気絶処理され、意識と感覚の喪失は死亡時まで維持されなければならない。また、解体時の機械、電気、ガスなどの方法別に機械強度なども定められている。
  • 輸送規則 1/2005外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
    生きた動物のEU域内の輸送と、EUへの出入国の際の動物の検査に関する規則。動物を陸送する場合、全ての輸送期間を通じて気温を原則5度から30度の範囲に保たなければならないなど、種々の具体的輸送条件が定められている。
  • 豚指令 2008/120/EC外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
    飼養・肥育目的の豚の保護に関して最低限守るべき基準を定めた指令。繁殖雌豚のつなぎ飼い、身動きが十分にできないおりに入れて飼育するストール飼いを禁止(これらの飼育方法は、日本では禁止されていない。)。
  • 肉用鶏指令 2007/43/EC外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
    食肉生産のために飼養される鶏の保護に関して最低限守るべき基準を定めた指令。肉用鶏の飼養密度を1平方メートル当たり33kgまでと定めている。
  • 採卵鶏指令 1999/74/EC外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
    採卵鶏1羽当たりの面積などを飼育方法別に定めた指令。従来型ケージは1羽当たり550平方センチ以上、改良型ケージは同750平方センチ以上、平飼いは1平方メートル当たり9羽以下と定めている。なお、2012年以降、従来型ケージの使用は禁止されている。

英国における法的枠組み

EU加盟国では、前述のEU指令に基づく国内法が整備されている。英国は、The Welfare of Farmed Animals Regulation 2007外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますをEU指令の実施法として定めている。

他方、このEU法の流れとは別に、英国独自のアニマルウェルフェアに関する法律として、2006年アニマルウェルフェア法(Animal Welfare Act 2006)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますがある。同法では、家畜など人間の飼養下にある動物に限らず、野生動物を含めた全ての脊椎動物(人間を除く)を対象に、致傷行為などの各種禁止事項を定めている。また、法の実効性を担保するため、国または地方政府が任命する検査官に強い権限を付与している。例えば、以下の点において、同法は日本の「動物の愛護および管理に関する法律(いわゆる動物愛護法)」よりも踏み込んだ内容となっている。

  • 闘牛や闘犬などの動物を戦わせる行為の禁止。
  • 16歳以下と推定される人への動物の販売の禁止。
  • ある動物に関して責任を有する者(一時的か永続的かは問わず)がその動物に適切な環境、食事などを与えていないと判断される場合、検査官は期限を定めた改善の要求を通知できる。
  • 検査官は人の飼養下の動物が苦痛を受けていると判断した場合、それらの動物の苦痛を軽減するために必要な措置を取ることができる。

同法に加え、2018年5月からは「食肉処理場への監視カメラの設置義務に関する法律(The Mandatory Use of Closed Circuit Television in Slaughterhouses (England) Regulations 2018外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)」が施行された。これにより、イングランドの全ての食肉処理場で監視カメラの設置が義務付けられ、処理過程が24時間体制で監視されるようになった。

直近でも、英国ではアニマルウェルフェアの厳格化の動きがある。6月8日、盲導犬や警察犬など業務中の動物(Service Animal)に関して、2006年アニマルウェルフェア法を改正するAnimal Welfare (Service Animals) Act 2019外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますが施行された。同法は、2006年にある警察犬が容疑者を捕まえようとした際、頭と胸を刺され重傷を負った事件に由来する。同法の施行により、業務中の動物への危害は自己防衛として認められなくなった。

同月26日には、マイケル・ゴーブ環境相が動物虐待に対する罰則の強化を発表している。動物虐待者に対する拘禁刑(刑務所での身柄の拘束)が最長6カ月から5年へと大幅に延長される。この法案は7月現在、下院で審議中で、議会可決後2カ月以内に施行される予定だ。

民間の取り組み

英国では、動物愛護団体の影響力も大きい。英国王立動物虐待防止協会(RSPCA: Royal Society for Prevention of Cruelty to Animals)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますは1824年に設立された世界最古の動物愛護団体で、1840年にビクトリア女王に認められて王立を冠すようになった。協会の特徴は、動物の救出・捕獲など民間レベルでの保護活動だけでなく、動物虐待に関する通報を受けて調査し、起訴や告発に関わることで、2006年アニマルウェルフェア法の運用・執行の役割を担っている点にある。協会は2018年の1年間に動物虐待に関する13万件以上の通報を調査し、1,678件が有罪判決となっている。また、協会は順守すべき家畜の福祉に関する基準を定め、基準を満たした商品を「RSPCA ASSURED」として認証している。RSPCA認証は、英国内の大手小売店などで広く採用されている。例えば、英国第2位のスーパーマーケット「セインズベリーズ」では、プライベートブランドの卵、養殖サーモン、子牛は全てRSPCA認証商品となっている。


英国王立動物虐待防止協会(RSPCA)認証

大手スーパーのウェイトローズも、アニマルウェルフェアへの取り組みが進んでいる。同社のプライベートブランドのツナ缶は、2009年からは混獲率が低く持続性が高い一本釣りで獲られたマグロのみが原料に用いられ、2013年には海のエコラベルとして知られている海洋管理協議会(MSC:Marine Stewardship Council)認証を取得している。MSC認証は、18カ月かけて行われる審査の厳格性や、世界水産物持続可能性イニシアチブ(GSSI)に承認された唯一の国際的な水産物ラベリング制度であり、世界最高水準の認証制度と言える。


海洋管理協議会(MSC)認証

こうした取り組みが評価され、2019年6月、ウェイトローズはアニマルウェルフェアに関する英国のチャリティー団体コンパッション・イン・ワールド・ファーミング外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます主催のベスト・リテイラー・アワードを受賞している。全27の欧州の小売店の中から選出されており、欧州で最もアニマルウェルフェアに配慮したスーパーマーケットといえよう。

日本と英国のアニマルウェルフェア比較

では、日本と英国のアニマルウェルフェアの現状には、どれほど違いがあるのだろうか。2014年時点の資料になるが、動物保護団体ワールド・アニマル・プロテクション外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますが作成した動物保護指標によると、A~Gの7段階評価で、英国は最高段階のA評価、日本はD評価を受けている。この指標は50カ国を対象に、各国の動物保護やアニマルウェルフェア関連の法律、政策に関して15項目から評価している。日本と英国で差が見られる項目の1つに、「農用目的で飼養される動物の保護」がある。この項目では、英国はA評価、日本はD評価だった。日本の動物愛護法は、もっぱら愛玩動物を対象としており、主要な規定は農用目的で飼養される動物には適用されない。また、食肉処理に関しても、処理場の設置基準や衛生管理などについて定めているものの、アニマルウェルフェアの観点からの規定はなく、この点も英国との評価の差につながっている。

「野生動物の保護」の項目でも日英の差が大きい。日本の動物愛護法には、絶滅の恐れがある動物や狩猟対象となる動物を除いて、野生動物に関する規定がない。他方、英国では狩猟対象や絶滅危惧種の動物だけでなく、野生動物全体がアニマルウェルフェアの対象とされている。そのほかにも、「小中学校でのアニマルウェルフェア教育」や「国際獣疫事務局(OIE)の勧告への取り組み」など、日本は多くの改善点を指摘されている。

日本におけるアニマルウェルフェア

近年、日本でも、アニマルウェルフェアの改善に向けた動きが見られる。これまで日本では、1973年に制定された動物愛護法を基礎に、「産業動物の飼養及び保管に関する基準」や「動物の殺処分方法に関する指針」などの各種通知が定められてきた。また、OIEのアニマルウェルフェア改善のための最低限の基準に関する勧告を受け、農用動物の畜種別に「アニマルウェルフェアの考え方に対応した家畜の飼養管理指針外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を策定し、指針に基づくアニマルウェルフェア改善の取り組みが実施されてきた。しかしながら、2016年に実施されたアンケート調査の結果、必ずしも指針に即した飼養管理が実施されていない実態が明らかになっている。こうした中、2020年の東京オリンピック・パラリンピックを控え、また、日本産畜産物の輸出拡大に向けて、家畜のアニマルウェルフェアの国際標準化は喫緊の課題であり、現在、農林水産省を中心にこの指針に基づくアニマルウェルフェアの普及・定着の取り組みが進められている。

オリンピック・パラリンピックでは、2012年のロンドン大会以降、「持続可能性」が主要テーマの1つに掲げられ、東京大会でも、大会組織委員会から「持続可能性に配慮した調達コード外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」が提示されている。しかし、2018年8月、米国の自転車競技選手で、ロンドン大会銀メダリストのドッチィ・バウシュ選手をはじめとする計10人の選手が東京大会のアニマルウェルフェアの基準が低すぎると抗議し、改善要求の声明を出すという事案が発生している。特に問題視されたのは、採卵鶏と食用豚をゲージやおりに入れて拘束する飼育方法だ。採卵鶏に関しては、ロンドン大会では屋内外を自由に出入りできる平飼いの卵が使用された。今後、日本産畜産物のさらなる世界展開を図るには、2020年の東京オリンピック・パラリンピックを1つの契機に、世界標準のアニマルウェルフェアを意識した取り組みが必要となろう。


注:
動物が生活および死亡する環境と関連する動物の身体的・心理的状態をいう。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
木村 聡太郎(きむら そうたろう)
2019年、ジェトロ・ロンドン事務所インターンシップ
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
市橋 寛久(いちはし ひろひさ)
2008年農林水産省入省、2017年7月からジェトロ・ロンドン事務所。