米中貿易摩擦による衣類産業への影響は? (東南アジア)

2019年1月7日

米中貿易摩擦により、米国が対中国輸入に課している追加関税措置の対象品目に関わる在中国企業の中には、検討を含め、他の国・地域へ移管する動きが出てきているとされる。現状、衣類については、米国による対中関税措置の対象外となっているが、当該産業では生産移管の動きは出てくるのだろうか。

米国が2018年7月、中国からの輸入について、対象818品目、340億ドル相当額への追加関税措置を発動し、中国も対抗措置として対米国輸入の対象545品目、340億ドル相当額への追加関税を課して以来、いわゆる米中貿易摩擦が激化した。その後、米国は8月に第2弾として279品目、160億ドル相当額、9月に第3弾として5,745品目、2,000億ドル相当額へ措置を加え、中国も対抗措置を発動している。グローバルトレードアトラスによると、中国の対米輸入額1,797億ドル(2017年)に対し、米国の対中輸入額(同)は5,055億ドルであることから、特に中国から米国へ輸出する企業の中には、中国から他の国・地域へ生産移管する動きもあるとされる。

在中国の米国企業の移管(検討)先は東南アジアが最有力

米国による対中国の関税措置の対象品目は、HSコード2桁の分類でいうと、第1弾で9分類、第2弾で12分類だったが、第3弾では80分類と広範囲にわたった。上述のとおり、対米輸出を行う企業を中心として、中国から他国への生産移管を検討する企業が出てくることは想像に難くない。中国米国商会と上海米国商会の調査では、6割超が生産移管を計画していないとされるものの、残りはいずれかの国・地域へ移管または移管を検討するとしている。その移管(検討)先として、東南アジアが約2割と、最も高い回答率となっている。

米国の対中国輸入に占める品目別シェアと、対ASEAN輸入に占める品目別シェアは似通っている(表1参照)。同じ品目でも、それぞれの国・地域で生産されているスペック・モデル、価格帯などが異なっていることが考えられ、一概には言えないが、貿易構造からみれば、中国から東南アジア地域へ生産移管を検討するとした割合が他の国・地域よりも高かった先述の調査結果もうなずける。

表1:米国の対中、対ASEANの上位輸入品目(2017年)

対中輸入上位品目
HSコード 品目名 割合
85 電気機器 29.1%
84 一般機械 21.7%
94 家具、寝具など 6.3%
95 玩具など 5.0%
39 プラスチック 3.2%
87 輸送機器 2.9%
61 衣類(ニット) 2.8%
64 履物 2.8%
62 衣類(非ニット) 2.6%
90 光学機器 2.4%
輸入額計(100万ドル) 505,470
対ASEAN輸入上位品目
HSコード 品目名 割合
85 電気機器 30.5%
84 一般機械 13.2%
61 衣類(ニット) 7.2%
62 衣類(非ニット) 4.9%
64 履物 4.4%
40 ゴム 4.3%
94 家具、寝具など 4.1%
90 光学機器 4.0%
98 特別分類 2.4%
30 医療用品 1.7%
輸入額計(100万ドル) 169,790
注:
太字部分は対中、対ASEANで共通する品目。
出所:
グローバルトレードアトラスを基にジェトロ作成

日系縫製企業への直接的影響は軽微

米国の対中輸入で大きな割合を占めているにもかかわらず、対象となっていない品目として、衣類[HS61類(ニット)、62類(非ニット)]がある。米国の対中国輸入のうち、これら衣類2品目は金額にして273億ドル、5.4%を占め、品目別輸入シェアでは、電気機器(29.1%)、一般機械(21.7%)、家具、寝具など(6.3%)に次ぐ割合となっている。今回の貿易摩擦は、衣類産業において、中国から他国・地域への生産移管といった影響が考えられるだろうか。

措置の対象外となっている衣類について、日本の繊維業界関係者は「今回の米中貿易摩擦による(日系)繊維業界での生産移管等はほとんど行われていないと考えられる」としている。大きな要因としては、繊維産業に関わる品目で措置対象となっているのは、糸、生地など繊維原料であるためだ。実際、米国の対中制裁を見ると、繊維原料であるHS50類から60類までが第3弾の対象品目として含まれている(表2参照)。また、日系の繊維商社も「衣類に関して、貿易摩擦による直接的な影響は限られるのではないか」としている。アジアに展開する日本の縫製関連企業は、委託を含め、日本市場向けの生産を行っているケースが多いこともあり、大きな影響は考えにくいといえよう。

表2:米国の対中関税措置の対象分類(HSコード2桁)
対中関税措置 第1弾 第2弾 第3弾
分類
(HSコード2桁)
28、40、84、85、86、87、88、89、90 27、34、38、39、70、73、76、84、85、86、87、90 02、03、04、05、07、08、10、11、12、14、15、16、17、19、20、21、22、23、24、25、26、27、28、29、31、32、33、34、35、36、37、38、39、40、41、42、43、44、45、46、47、48、50、51、52、53、54、55、56、57、58、59、60、65、67、68、69、70、71、72、73、74、75、76、78、79、80、81、82、83、84、85、86、87、88、89、90、91、94、96
出所:
USTR資料を基にジェトロ作成

米国向け衣類生産はベトナムを中心としてASEANへ移管か

他国・地域の企業への影響はどうか。米国のファッションブランド、小売・卸業などの企業で構成される米国ファッション産業協会(United States Fashion Industry Association:USFIA)の調査によると、回答企業の調達先(複数回答)となっているのは、中国をトップ(100%)として、ベトナム(96%)、インドネシア(79%)が続き、上位10位にはカンボジア(6位)、タイ(7位)、フィリピン(8位)とASEAN諸国が多い。また、今後2年で中国での生産を減少させるとした回答のうち、7割近くが大きなビジネス課題の1つとして米国の保護主義的な政策を挙げているとする。米中間の貿易摩擦が続くことで、米国ファッション産業界では、中国から、これらASEAN諸国への移管が進んでいく可能性を示唆しているといえよう。

USFIAの調査で、中国に次ぐ調達先となっていたベトナムでは、今回の貿易摩擦が、外国直接投資について好影響を与えている面があるようだ。地場業界団体によると、現状では制裁対象ではないものの、将来的に衣類にも制裁が及ぶ懸念から、中国からベトナムに既に移管している事例があるという。同様に、在ベトナムのある外資企業からは「米国、台湾、韓国系の衣料メーカーが、中国からベトナムへ移管する動きがある」との声が聞かれる。

先述の米国の対ASEAN輸入のうち、衣類(ニット、非ニット)が上位に入っており、同2品目の合計で12.1%のシェアだったが、そのうちの過半がベトナムからの輸入だ。繊維関連企業からは「ベトナムでは、繊維原料から最終財である衣類まで一貫生産できようになってきている」との声が聞かれている。中国と比べた労務費の低廉さでみれば、カンボジアやラオスも生産移管先の候補となり得るが、部材調達面の環境改善ではベトナムに軍配が上がる。また、周辺国と比較したベトナムの特徴の1つとして、ASEANの枠組みで締結している日本や韓国とのFTA、発効を待つEUとのFTA、ベトナムでは2019年1月から発効する、いわゆるTPP11など、ベトナムを拠点として主要市場へのアクセスが期待できる。

衣類の生産でいえば、中国での生産コスト上昇、労務面の課題、環境規制の強化といった要因により、ベトナムを筆頭格としてASEAN諸国などへの生産移管が進んできた以前からの動きが、今回の米中貿易摩擦により、さらに後押しされてくるといえそうだ。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課 課長代理
小林 恵介(こばやし けいすけ)
2003年、ジェトロ入構。ジェトロ・ハノイ事務所勤務(2008~2012年)。2015年より現職。専門は、ベトナム経済を中心としたメコン地域の調査。主要業績として『世界に羽ばたく!熊本産品』(単著)ジェトロ、2007年、『ベトナムの工業化と日本企業』(部分執筆)、同友館、2016年、『分業するアジア』(部分執筆)、ジェトロ、2016年など。