夜明け前、新たなスタートアップ拠点としてのフィリピン

2019年7月31日

シンガポールやインドネシアなど東南アジアでスタートアップへの投資が大きく拡大する中、起業拠点としてのフィリピンは域内主要国の中でも後発組だ。ただ、最近、フィリピンのスタートアップに特化した投資ファンドの設立が相次ぐほか、インドネシアのゴジェック(Go-jek)やカルーセル(carousell)がフィリピンのスタートアップを傘下に収めるなど、フィリピンのスタートアップへの投資家の注目が高まりつつある。豊富な人材と成長の著しい消費市場を抱えるフィリピンは、新たなスタートアップ一大拠点へと成長する可能性がある。

インドネシアと比べて4~5年の遅れとの評価も、起業拠点としてのフィリピン

東南アジアでインドネシアに次ぐ1億人以上の人口を抱え、平均年齢(中央値)は20代前半と若い人材が豊富なフィリピン。国民の大半が英語を話し、スマートフォンの保有率は65%に上る〔We are Social「グローバルデジタル2019」(2019年1月発表)〕。さらに、2011年から2018年まで7年連続で6%以上の高い経済成長を達成するなど、スタートアップが成長する条件が整うフィリピンだが、起業拠点としては東南アジアの中でも大きく出遅れている。

シンガポールのベンチャーキャピタル(VC)、セント・ベンチャーズのレポート(1月発表)によると、東南アジアのスタートアップへの2018年の投資額は合計111億2,000万ドルと、過去最高を更新した。このうちフィリピンは、投資案件別で見た域内の国別比率でみると、2018年に3%と主要6カ国で最も小さい。域内のスタートアップへの投資資金が近年、大幅な伸びを示している中で、域内でのフィリピンのスタートアップの投資割合は2014年と比較して縮小している(図1参照)。

図1:東南アジアのスタートアップへの国別投資件数の割合の推移(単位:%)
東南アジアのスタートアップへの2018年の投資額は合計111億2,000万米ドルと、過去最高を更新した。この中でフィリピンは、投資案件別で見た域内の国別比率でみると2018年に3%と、主要6カ国の中で最も小さい。同域内へのスタートアップへの投資資金が近年、大幅な伸びを示しているなかで、域内でのフィリピンのスタートアップの投資割合は2014年と比較して縮小している

出所:セント・ベンチャーズ、「2018年東南アジアのテック投資」からジェトロ作成

前述のレポートによると、フィリピンのスタートアップへの2018年の投資額は総額3,300万ドルと、前年を下回った。VCやエコシステム関係者の間では、スタートアップの状況は、インドネシアの4~5年前の段階との見方が多い。フィリピンの電子商取引(EC)のマーケットは拡大しているものの、市場シェアの上位には、ラザダ(Lazada)やザローラ(ZALORA)、カルーセルなどシンガポールのEC事業者が名を連ねる。配車アプリの市場も、シンガポール本社のグラブ(Grab)が占有する。フィリピンのユニコーン(注)には、第1号とされる高級プレハブ住宅を開発するレボリューション・プリクラフテッド(Revolution Precrafted)があるが、同社に続くようなユニコーンになれるスタートアップの存在は多くない。

ただ、フィリピンの起業を支えるエコシステムは近年、整備されつつある。2012年に、同国最大の通信会社グローブ・テレコム(Globe Telecom)のコーポレートVC(CVC)、キックスタート・ベンチャーズ(Kickstart Ventures)や、アクセラレートプログラムを提供する非営利組織のアイデアスペース(IdeaSpace)が設立された。また2015年には、世界最大級の非営利起業支援組織、エンデバー・グローバル(Endeavour Global、本部:米国ニューヨーク)が進出した。さらに、政府もスタートアップへの支援を本格化させている。2015年8月に、スタートアップを取り巻く現状と向こう5年間の支援計画を示した「フィリピン・デジタル・スタートアップ・ロードマップ」を発表。2016年8月には、官民のスタートアップ支援組織「クボ・イノベーション・ハブ(QBO Innovation Hub)」が発足した。さらに、下院で2019年1月、「イノベーティブ・スタートアップ法」が可決し、7月時点では施行細則を作成中だ。同法には、スタートアップが事業をスケールアップするためのファンドの設置も盛り込まれている(図2参照)。

ゴジェックのコインズ買収で、投資家の注目集めるフィリピン

フィリピンのスタートアップへの投資が2019年以降、大きく増加に転じる可能性がにわかに高まっている。携帯アプリで配車サービスやECを展開するインドネシアのユニコーン、ゴジェックは1月、フィリピンの暗号試算(仮想通貨)決済コインズ・ドット・ピーエイチ(coins.ph)の過半数株を7,200万ドルで取得した。このフィリピン発スタートアップの大型エグジットを受けて、あらためて同国のスタートアップへの投資家の注目が集まっている。

また、フィリピン発のスタートアップに投資する内外の投資ファンドの設立も最近、相次いでいる。中国のVC、ゴビ・パートナーズ(Gobi Partners)は2018年10月、地場VCのコア・キャピタル(CORE CAPITAL)と共同で、フィリピンのスタートアップに投資する総額1,000万ドルのファンドを設立した。また、フィリピンの財閥、アヤラ・グループ(Ayala Cooperation)は5月、総額1億5,000万ドル規模のファンドの運営会社として、キックスタート・ベンチャーズを指定した。フィリピンの複合企業JGサミット(JG SUMMIT)も同月、総額5,000万ドルの投資ファンドを設立。このほか、ユニオンバンク(Union Bank)も同月、毎年総額960万ドルをフィンテックに投資する方針を明らかにするなど、フィリピンの大手企業によるスタートアップへの大型投資計画が相次いで発表され、同国発スタートアップへの投資がこれから飛躍的に拡大する可能性がある。

フィリピン最大級のスタートアップ・イベント、2019年は過去最高の2,000人に

フィリピンのスタートアップへの注目が改めて高まる中、6月24~25日にマニラで開催された同国最大級のスタートアップ・イベント「イグナイト(Ignite)」には、過去最高の2,000人以上もの国内外のスタートアップ関係者が集まった。このイベントは、電通X、スタートアップメディア会社のテックシェイク(TechShake)、地場インキュベーターのブレインスパークス(Brainsparks)が2017年から毎年開催しているものだ。初回の2017年には約500人だった参加者は、翌2018年には約1,200人、そして2019年には2,000人以上と年々増加している。

ジェトロはイベント2日目の24日、ピッチ大会を開催。格安スマホのOSを開発するアメグミ、次世代風力発電のチャレナジー、3Dプリントの義足事業のインスタリム、スマートフォンの新たな自撮りを提案するポップの日系スタートアップ4社と、スタートアップとの協業に取り組む大手企業や支援会社がピッチを行った。このうち、チャレナジーは1月、フィリピンに進出。インスタリムは地元公立病院と共同で3Dプリントの義足の実証実験を行い、6月からその義足を本格販売するなど、日系スタートアップもフィリピンでの事業展開を進めている。


ジェトロがイグナイトで開催したピッチ大会でプレゼンする
ポップの田沼伸彦最高執行責任者(COO)(ジェトロ撮影)

イグナイトにスピーカーとしても登壇したシンガポールのVC、クエスト・ベンチャーズ(Quest Ventures)のマネジング・パートナー、ジェイムズ・タン氏は、東南アジアでの次の有望なスタートアップ投資先として、ベトナムと並んでフィリピンを挙げる。スタートアップ拠点として東南アジアで先行するシンガポールやインドネシアなどに域内では後れを取ってきたフィリピンだが、起業拠点として、そしてスタートアップの展開先として、今後の飛躍が期待されている。


注:
企業価値10億ドル以上の未上場企業のこと。
執筆者紹介
ジェトロ・シンガポール事務所 調査担当
本田 智津絵(ほんだ ちづえ)
総合流通グループ、通信社を経て、2007年にジェトロ・シンガポール事務所入構。共同著書に『マレーシア語辞典』(2007年)、『シンガポールを知るための65章』(2013年)、『シンガポール謎解き散歩』(2014年)がある。