注目されるアリババ集団「盒馬鮮生」の新小売り戦略(中国)

2019年5月9日

中国の電子商取引(EC)市場は年々広がりを見せており、2018年のインターネット小売額は前年比23.9%増の9兆65億元(約153兆1,105億円、1元=約17円)となった。このうち、バーチャルやサービスなどを除く実物商品のネット小売額は25.4%増の7兆198億元に達し、社会小売総額に占める割合は前年から3.4ポイント上昇し18.4%となった。今や、インターネットショッピングは中国の消費市場を牽引している。

2016年10月に杭州で行われたアリババ集団が主催する「雲栖大会」(注1)で、馬雲総裁は、ビッグデータや人工知能(AI)などテクノロジーを駆使した「新小売り」という概念を提唱した。消費者に新たな消費体験をもたらす「新小売り」は現在、消費者にさまざまなサービスを提供している。

アリババ集団が運営する生鮮スーパー「盒馬鮮生」〔以下、盒馬(フーマー)〕は消費者から支持を集め、北京や上海のような「一線」都市だけでなく、内陸部などの都市においても急速に店舗網を拡大している。2019年4月現在、盒馬は中国の20以上の都市で140以上の店舗を構える。

融合したサービスで新たな消費体験を

筆者は3月11日、西安市にある盒馬の太白店を訪問し、同社公共事務部総監の原若凡氏に話を聞いた。

盒馬では、通常のスーパーでの店頭販売に加え、オンラインショッピング、食材の調理加工、配送を行う。

オンラインで購入できる商品と、実店舗で販売されている商品はリンクしており、魚介類など自宅で調理しにくい食材については、店舗およびオンライン上で調理を依頼することもできる(注2)。配送サービスについては、店舗から3キロ圏内の顧客に対し、注文から原則30分以内に配送する。配送時間を「30分」としている理由について、原氏は「一般的に人間は、30分は待つことができるが、30分より先のスケジュールはコントロールしにくい」と話す。


盒馬太白店の入り口(ジェトロ撮影)

店内の様子(ジェトロ撮影)

専用の注文アプリ上に表示される
商品リスト(ジェトロ撮影)

短時間の配送を可能にしているのは、同社独自のシステムに理由がある。盒馬では、注文から10分で店内のスタッフが商品を集め梱包(こんぽう)し、20分で配送する。売り場のスタッフは各自の携帯端末に入ってくる注文情報に基づき、担当する売り場の商品を専用バッグに入れる。商品の入った専用バッグは、店内天井にあるベルトコンベヤーで倉庫に運ばれ、そこで梱包作業が行われる。通常のネットスーパーでは1つの注文を1人のスタッフが対応し、店内各所を回って商品を集め梱包するが、盒馬はそうした作業を分業化することで時間の短縮を可能にしている。


各売り場に配置されている専用バッグ
(ジェトロ撮影)

店内天井のベルトコンベヤー(ジェトロ撮影)

新鮮さで差別化をはかる

盒馬では、新鮮な食材を提供することにも力を入れている。店内には、前日の夜に収穫した野菜などを販売する「日日鮮」コーナーが設けられている。販売する食材のほとんどは、産地から直送したものや近隣の農家から調達したものである。

海鮮コーナーには、米国やロシアなど外国から航空便で仕入れたタラバガニやロブスターなどが生け簀(す)で販売されている。魚介類は原則、水揚げから72時間以内に航空便で中国内の物流基地に運ばれ、各店舗へ届けられる。ECプラットフォームの「天猫」と同じルートで大量に仕入れているため、高品質で低価格な販売を可能にしているという。他のスーパーでは購入できない商品に加え、魅力的な価格設定が消費者から支持を得て、盒馬の各店舗では魚介類の売り上げが上位を占める。近いうちに上海市、広東省や遼寧省などに魚介類の養殖機能を備えた物流基地を建設予定だという。


日日鮮コーナーで販売されている野菜
(ジェトロ撮影)

生け簀で展示販売されている魚介類
(ジェトロ撮影)

モノ、ヒト、場所など資源配分を最適化

店舗にどの商品をどれだけ並べるかについては、アリババ集団のビッグデータを活用して決める。魚介類は各店舗の販売実績、加工食品は「天猫」での売り上げ実績を参考に商品の種類や数量を決定しており、数カ月に一度、取扱商品の見直しを行う。地域により消費者の好みが大きく異なるため、消費志向の分析も不可欠である。原氏は「盒馬はビッグデータやAIなどのテクノロジーを駆使して、モノ・ヒト・場所の3者間で最適な資源配分を行っている」と語る。現状、一線都市の多くの店舗では実店舗とオンラインの販売額は半々だが、地方都市の店舗では依然実物を見てから購入する消費者が多く、実店舗の販売額が多い傾向にあるという。

中国大手不動産会社との連携も

盒馬は、都市部の共働き世代から支持されており、近年では盒馬の配送サービスが受けられる住居(「盒区房」と呼ばれる)の人気も高まっている。現地メディアによれば、結婚する際にパートナーに「盒区房」の購入を求める人もいるという。

中国の不動産各社も、盒馬との提携を望んでいる。2018年3月、盒馬は大手不動産会社である碧桂園など13社と「新小売り」に関する戦略合作協議を締結した。不動産会社側は今後、開発エリア内に盒馬の店舗および関連サービスを提供し、盒馬とともに「新小売り」の新たな業態を模索していく方針だ。

盒馬CEO(最高経営責任者)の侯毅氏は2018年3月28日に行われた共同記者会見で、「盒馬は商業施設などにある全ての産業や業態とともに新小売りを共栄、発展させたい」と意気込みを語っている(捜狐網、2018年3月30日付)。同社の事業展開の動向が、中国国内外の企業から注目を集めている。


注1:
アリババ集団が2009年から毎年、浙江省杭州市郊外の雲栖鎮で開催するフォーラム。同集団関連のIT技術開発者やベンチャー企業向けに、同社の発展戦略や技術動向などを説明する。
注2:
配送上の理由により、オンラインで依頼できる調理は実店舗に比べ少ない。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部中国北アジア課
方 越(ほう えつ)
2006年4月、ジェトロ入構。展示事業部海外見本市課、金沢貿易情報センターを経て2013年6月から現職。