情勢の注視が必要、経済には新しい動き(中東)
2019年政治経済展望セミナー(中東編)報告

2019年3月5日

ジェトロは2月8日、在英日本商工会議所の後援で、「2019年政治経済展望セミナー(中東編)」をロンドンで開催した。ドバイ、テヘラン、リヤド、イスタンブールのジェトロ事務所長や所員がそれぞれの政治・経済動向や有望な産業について説明した。

地域のポテンシャルは高い

ドバイ事務所の安藤雅巳所長は、中東・北アフリカ(MENA)地域全体を概観するとともに、アラブ首長国連邦(UAE)市場の最新情勢を解説した。MENA市場の特性として、イスラムをベースとする類似点が見られるという。また、アジア諸国を抑えて世界トップクラスの人口増加率を誇り、市場拡大の潜在性が大きい。サウジアラビアを筆頭に、依然として世界のエネルギー政策に大きな影響力を持つ一方で、地域の多極化が進展しており、各国の動向には注目が集まる。そういった中、近年ではUAEやバーレーンなど産油国が資源依存からの脱却を目指したビジョンを打ち出している。2017年にサウジアラビアなどが断交を表明したカタールは、小国ながらも、液化天然ガス(LNG)の増産計画や2022年のサッカー・ワールドカップに向けた準備を進めるなど、高い経済成長を続けている。UAEは近年の油価低迷を受け低成長を続けてはいるが、すぐれた港湾・空港インフラを活用したハブ機能、大型観光・消費施設を活用したショーケース機能を持つほか、外資100%法人の設立を認める方針を打ち出すなど、事業環境の整備にも力を入れる。安藤所長は、UAEはASEANに比べ日系企業間の競合が少ないことに加え、再生可能エネルギーや医療分野などの産業育成に努めている、と説明した。また、UAEは世界的な知識ハブを目指し、イノベーション技術を持つ企業を誘致して集積を図ることや、2020年のドバイ国際博覧会に向けた盛り上がりについても紹介した。

テヘラン事務所の中村志信所長は、イランの核開発に関する「共同包括行動計画(JCPOA)からの米国の離脱や、制裁下のイラン経済の実態について解説した。IMFは、制裁の影響によるイランのマイナスの経済成長を予測している。米国の制裁には直前に内容が発表されるものもあるため、米国政府の発表・動向を注視する必要がある。イラン経済は、国内は石油・ガス以外にも製造業など多様な産業構造を持つ一方、輸出は石油部門に依存している。貿易は現在、中国が輸出入ともに1位となっている。日本・欧州からの輸入は2018年から減少に転じた。輸出は制裁の影響により原油輸出が落ち込むとの見込みだ。イラン政府は一部品目の輸入禁止措置などで外貨流出の防止を図っているが、国内為替レートの下落や急激なインフレが発生するなど、経済には混乱も見られる。一方で、8,000万人の市場規模や成長余力の大きさ、多種多様な市場・ビジネス機会など、イランのポテンシャルについても中村所長は触れた。


講演する安藤雅巳ドバイ事務所長(ジェトロ撮影)

政情の安定化や国内改革にも注目

ドバイ事務所の田辺直紀所員は、イラク情勢の現状について解説した。北部エルビルなどは相対的に治安が安定しており、2016年12月には日本領事事務所が開設され、一部日系企業が駐在員を置くなどの動きも見られる。また、南部バスラではインフラ需要が高く、三菱商事や日立製作所は関連ビジネスを手掛ける。イラク全体としても、2017年夏のモスル解放以降、情勢が比較的安定していた2010~2012年の水準まで治安が回復してきている。世界5位の埋蔵量を誇る原油に国家収入を依存しており、原油価格の回復による復興加速が期待される。また、人口の安定増加が見込まれるほか、不安定な情勢下でインフラ整備が不十分だったことから、今後のインフラ開発にビジネスチャンスの可能性がある。政治面では、2018年5月に第4回国民議会選挙が実施された後、政権発足に半年を要した。多数の政治勢力が混在する中、アデル・アブドルマハディ政権のかじ取りに注目が集まる。

リヤド事務所の庄秀輝所長は、サウジアラビア国内の社会・経済改革の動向を中心に解説した。2016年の「ビジョン2030」の発表以降、ムハンマド・ビン・サルマン皇太子の下、財政の引き締めが図られ、物品税やVATの導入、歴史上初めて公共料金の値上げが実施された。また、民間活力の参画推進の観点から多くの事業が民営化され、日系企業も海水の淡水化事業や再生可能エネルギー案件などに参入している。入国審査の緩和や女性運転の解禁、観光・サービス産業の拡大、行政サービスの電子化など、国内には開放的な機運の高まりが見える。庄所長は、サウジアラビアの変わらない点として、国民の雇用を優先するサウダイゼーションや、酒・豚肉などイスラム上の禁忌(ハラーム)を挙げ、課題は残るものの、「ビジョン2030」の下で改革の本気度は高いとした。

イスタンブール事務所の中島敏博所員は、トルコ経済の動向と他国への影響力について解説した。陸上・航空・海上で広いネットワークを持つトルコは、周辺国のほかさまざまな国との物流ハブとなっている。国内に目を向けると、トルコ企業の特性はスピード感にあり、海外への進出意欲も旺盛、国内市場は消費大国でもある。政治面では、引き続きレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領が強い権限を持つ。2018年以降、大規模な国内政治体制の変革を実施しており、一層の権限集中を図る。経済については、大統領直轄の経済政策委員会が中心となる見込みだが、高付加価値化に遅れが見られ、製造業の薄さ克服が課題となる。また、エルドアン体制に不満を持つ一部知識層や富裕層が国外に流出しており、そういった頭脳流出に対してスタートアップ市場の拡大が代替策となるかが注目される。2017年のトルコの対内直接投資額は、中東の中でイスラエル、UAEに次いでいる。

講演後のパネルディスカッションでは、MENA地域への中国・ロシアの影響や、イランへの制裁の影響、サウジアラビアの国内体制のリスクなどについて議論が交わされた。

執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
木下 裕之(きのした ひろゆき)
2011年東北電力入社。2017年7月よりジェトロに出向し、海外調査部欧州ロシアCIS課勤務を経て2018年3月から現職。