日本各地に波及するスタートアップ・エコシステム

2019年11月26日

東京への一極集中が指摘される日本のエコシステムだが、全国各地で自治体によるイニシアチブの下、少しずつエコシステムが形成されつつある。本レポートでは、各地のスタートアップ・エコシステムの状況を概説し、主要都市における支援策を紹介する。

東京に一極集中する日本のスタートアップ・エコシステム

国内スタートアップの資金調達や投資動向についてまとめた「Japan Startup Finance」(アントレペディア)の報告によると、日本全体のスタートアップの資金調達額は2018年に3,878億円だった(表参照)。内訳をみると、東京都所在のスタートアップの資金調達額は3,003億円と、全体の77%を占める。次いで、神奈川県、大阪府、愛知県と大都市圏が続く。

表:スタートアップの都道府県別資金調達額の推移(億円、—は値なし)
地域名 2009年 2010年 2011年 2012年 2013年 2014年 2015年 2016年 2017年 2018年 年平均成長率
2009年-2018年
東京都 540 464 622 521 640 1,161 1,383 1,815 2,427 3,003 21.0%
神奈川県 59 60 29 20 38 41 21 108 167 169 12.4%
大阪府 31 19 40 15 40 56 83 62 76 121 16.3%
愛知県 5 18 5 3 3 9 15 31 87 79 35.9%
福岡県 8 8 11 7 13 23 38 41 126 75 28.2%
京都府 7 17 5 25 29 27 76 44 82 75 30.1%
山形県 4 1 5 0 8 36 130 4 22 68 37.0%
千葉県 11 11 5 3 8 4 8 15 16 39 15.1%
北海道 3 6 7 3 1 3 12 24 11 34 31.0%
栃木県 0 1 2 0 23
その他 69 94 85 47 48 58 94 115 154 192 12.0%
計(全体) 737 698 814 644 828 1,418 1,861 2,261 3,168 3,878 20.3%

出所:「Japan Startup finance」(アントレベディア)から作成

経済産業省とジェトロ、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)によるスタートアップ支援育成プログラム「J-Startup外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」に選定された141社の本社所在地を地域別にみると、東京都に所在するスタートアップが101社と71.6%を占め、それ以外では、神奈川県、京都府、大阪府、福岡県がそれぞれ5社、宮城県が4社、愛知県と山形県が3社だった(図1参照)。有力なスタートアップは東京に偏在しており、地域のスタートアップ発掘が急がれる。

図1:J-Startup企業本社所在地の構成(全141社)
J-Startup企業本社所在地の構成(全141社)は、東京都で101社であり全体の71.6%を占める。その他大阪府、神奈川県、公塗布、福岡県5社、宮城県4社、愛知県、山形県3社、北海道、岩手県、福島県、新潟県、茨城県、静岡県、兵庫県、熊本県、宮崎県、沖縄県がそれぞれ1社。

出所:ジェトロ資料から作成

自治体などのイニシアチブで産声を上げる地方都市のエコシステム

資金調達額の変化を詳しくみると、2009年から2018年までの年平均成長率は多くの都市で全体の成長率を上回る。これらの都市では、自治体や外郭団体が主導的に施策や支援プログラムを立ち上げている(図2参照)。例えば京都府では、2019年3月に京都商工会議所ほか50団体が参画した「京都経済センター」が開業した。「京都」というブランドを生かしつつ、最先端の研究を扱うライフサイエンス分野での期待が高い。京都に本社を置くフューチャーベンチャーキャピタルを中心に、京都市と日本政策金融公庫とも連携した「京都市スタートアップ支援ファンド」が立ち上がるなど、資金面のサポートも充実してきた。

隣の大阪市では、「大阪イノベーションハブ」を開設し、ピッチやマッチングイベントが行われている。府・市の育成プログラムも一元化し、「オール大阪」による切れ目のない創業支援体制が整いつつある。さらに、大阪府と大阪市は経済界などと協力して、2020年に内閣府が選出する「スタートアップ・エコシステム拠点都市」(注1)を目指し、7月に準備組織を発足させた。拠点都市に選出されれば、政府から規制緩和や起業家、投資家の招致などで集中的な支援を受けることが可能になる。

図2:主要都市におけるスタートアップ・エコシステムの特徴

京都京都では起業家の区分に京都大学で起業家教育プログラム「GTEP」開始、ライフサイエンスベンチャー創出支援事業 、「KYOTO発起業家育成プログラム」。資金の区分にフューチャーベンチャーキャピタル、京都大学発のVC、みやこキャピタル。機会の区分に外部環境の区分に。京都大学やけいはんな学研都市などの技術拠点、京セラや日本電産等の代表企業。
大阪大阪では起業家の区分にスタートアップビザの導入、大阪商工会議所と大阪工業大学による人材交流拠点「クロスポート」。資金の区分に大阪市イノベーション拠点立地促進助成制度による初期コストの助成、ハックベンチャーズ。機会の区分にスタートアップイベント「HackOsaka」を開催、多数のインキュベーション(GVH#5、オギャーズ梅田)やアクセラレータ(WeWork、レインメーキング)によるサポート。外部環境の区分にうめきたを中心に「大阪イノベーションハブ」を展開、2025年の関西万博に向けた健康・医療分野での起業拠点の確立を強化。
福岡福岡では起業家の区分に起業家を対象とした訪米研修「Global Challenge!」、スタートアップ人材マッチングセンター。資金の区分にF Ventures、FFGベンチャービジネスパートナーズ (ふくおかフィナンシャルグループのVC) 等。機会の区分に福岡スタートアップカフェ、官民協働型施設「フクオカ・グロース・ネクスト(FGN)」を開設。外部環境の区分に「北九州市・福岡市グローバル創業・雇用創出特区」に指定、スタートアップ法人減税、電波法の規制緩和による実証実験環境。
愛知愛知では起業家の区分に企業と学生による実践型ワークショップ「NAGOYA DESIGN THINK」の開催、名古屋商科大学によるアントレセンタープログラム。資金の区分にあいちスタートアップ創業支援事業費補助の設置。機会の区分にゼロワンブースターによる「あいちアクセラレータ2018」の開催、コワーキングスペース「NAGOYA INNOVATOR’S GARAGE」開設。外部環境の区分に、「Aichi-Startup戦略」を策定、自動車やロボット・航空宇宙関連企業の集積。

注:(1)外部環境(2)起業家(3)資金(4)機会の分類については、「日本のエコシステムは形成されたのか-主要国と比較した日本の強みと弱み-」図1を参照。市の政策も含む。
出所:各自治体ホームページや世界貿易投資報告P75コラムから作成

関西圏のほかにも、特徴あるエコシステムの整備が進んでいる。福岡市は他の都市に先駆けて創業支援に取り組み始めた自治体の1つだ。2012年には「スタートアップ福岡都市」を宣言し、スタートアップカフェでのネットワークづくりや実証実験環境の整備に力を入れる。2014年に指定された「北九州市・福岡市グローバル創業・雇用創出特区」ではスタートアップビザ(注2)の申請が可能で、外国人起業家の誘致を積極的に行っている。さらに、2019年に入って官民共同型の施設として、廃校となった小学校に「Fukuoka Growth Next」を開設し、成長ステージに応じた支援メニューを提供している。開業手続きが一元化されているほか、スタートアップ関連機能の集約も図られており、起業家や投資家、企業間でのコミュニティー形成が進む。

愛知県では、人工知能(AI)やモノのインターネット(IoT)などの技術革新が進む中、主力産業である自動車やロボット、航空宇宙などの産業構造の変革への対応を目的に、「Aichi-Startup戦略」(2018年)を策定した。ものづくりの強みをイノベーションにつなげるエコシステムの形成を目指す。新産業創出や人材育成などのため、名古屋大学や、名古屋工業大学、豊橋技術科学大学、名古屋商科大学を運営する栗本学園と、「スタートアップ・エコシステムに関する協定」を結んだ。

これらの都市におけるスタートアップ支援には、エコシステムに参画する人の目線に立った施策が共通して見られる。特に大阪と福岡では、支援機関やサポートメニューが乱立することなく、府県、市といった行政区分を超えて窓口が一元化されており、起業家は必要な情報にアクセスしやすい利点がある。京都、愛知では、産学連携による大学の研究シードの活用や、起業家育成プログラムなどの施策が目立つ。大学を基盤にすることにより、若手起業家の育成に加え、企業と連携した技術の事業化の仕組みづくりが整備されつつある。地域のスタートアップ投資に力を入れるアクセラレーター、ゼロワンブースター(本社:東京)の創設者の1人である合田ジョージ(剛)氏は広域連携の重要性を示唆しており、横展開できるチャンスを含めた支援が重要だと話す。有望なスタートアップが商圏を広げて成功することに重きを置くよう、地元に固執しがちな支援側の意識改革に取り組んでいる[オープンイノベーションジャパンインタビュー記事「広域連携で変わる地方のスタートアップ・エコシステム」(2019年1月)から)]。

地域のスタートアップ支援に参画する外資系企業

日本各地のスタートアップ・エコシステムを盛り上げるのは、自治体や大学だけではない。近年、外資系企業、特に有力アクセラレーターが国内各地へ展開する動きが見られる。シリコンバレー発の世界的アクセラレーターのプラグ&プレイが東京に次いで2カ所目の拠点を京都に設けたことに加え、神戸では米国500スタートアップスがアクセラレーションプログラムを実施している。そのほか、「場所」を提供して創業支援するシェアオフィス大手のウィーワーク(進出先:東京、横浜、名古屋、大阪、神戸、福岡)やスタートアップイベントを運営するボストン発のベンチャーカフェ(進出先:山形、東京、神戸)などは地域のスタートアップのコミュニティー形成に大きな役割を果たしている。

自治体の支援体制では、スタートアップが地元にとどまることが期待されがちだ。しかし、成功するためには世界への挑戦が欠かせない。外資系企業も参入し重層化されていく各地のエコシステムにより、今まで国内を中心としていたスタートアップ活躍の場は、世界に広がっている。


注1:
内閣府は2019年6月に開催された「統合イノベーション戦略推進会議」で、2020年中にスタートアップ企業が集積する「スタートアップ・エコシステム拠点都市」を2~3カ所選び、規制緩和や起業家、投資家の招致などで集中的に支援することを決めた。スタートアップ支援に積極的な自治体への支援を強化する。
注2:
スタートアップビザとは、「外国人起業活動促進事業」に基づき、自治体から起業支援を受ける外国人起業家に対し、最長1年間の入国・在留を認める制度(認定元:経済産業相)。2019年8月時点では、福岡県、愛知県、岐阜県、神戸市、大阪市、三重県が認定されており、外国人起業家の誘致に取り組む。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部国際経済課
伊尾木 智子(いおき ともこ)
2014年、ジェトロ入構。対日投資部(2014~2017年)、ジェトロ・プラハ事務所(2017年~2018年)を経て現職。