地域に根付く日本人経営レストラン(アイルランド)
アイルランドの日本食レストラン 西部・ゴールウェイ編

2019年7月31日

他の欧州諸国と同様、アイルランドでも近年、首都ダブリンを中心に、日本食を提供するレストランが増えている。ただ、日本人オーナーシェフが展開しているレストランは少ない。2018年4月にアイルランド第2の都市コークにオープンした懐石料理レストラン「一期一会」は、わずか半年後にミシュランの1つ星を獲得した。本稿では、西部の都市ゴールウェイで長年にわたり活躍している日本人オーナーシェフが経営している2店舗を紹介する。

ゴールウェイの老舗レストラン「かっぱや」

アイルランドの首都ダブリンから真西に200キロの海沿いに、ゴールウェイは位置している。インターシティー列車や高速道路を利用して2時間強でダブリンからアクセスできる。街の中心部には高層ビルもなく、大西洋に面する港湾地区までは徒歩圏内の空と海に近い。人口は周辺地区も含めて25万人で、ダブリン、コークに次ぐアイルランド第3の都市だ。また、ゴールウェイ郊外には多数の大手医療機器やライフサイエンスメーカー、研究機関のクラスターが存在し、アイルランド全体の3分の1の医療テック企業が集積しているという。グッドマンなど日本からの進出企業もある。1991年にダブリンで設立された国立海洋研究センターは、2006年にゴールウェイ郊外の新施設に移転し、海洋技術の中心地になっている。

開店後半年でミシュランの星を獲得し注目されている「一期一会」以外で、アイルランドで日本人が経営する日本食レストランは2店舗だけで、いずれもゴールウェイに店を構えている。

その2店舗のうち、最初にオープンしたのは「かっぱや(Kappa-Ya)」だ。ゴールウェイ中心部のにぎやかなショッピング通りと並走する、いくぶん静かなミドルストリートのこじんまりとした店ののれんをくぐると、中は「昭和」を思わせるレトロなたたずまい。「特に昭和を意識したわけではないのですが」とオーナーシェフの吉谷川淳一氏は言う。開店時の2006年とほぼ変わらない店内は、ほっと落ち着く空間だ。

富山県出身の吉谷川氏は1989年、富山大学を1年休学してシベリア鉄道で欧州へと旅に出た。各地を転々と旅し、アイルランドではギネスビールに魅せられたという。欧州、特にアイルランドの魅力が忘れられず、2002年にアイルランドへ移住。当時、ゴールウェイでは魚はあまり食べられていなかったが、市民の日本食に対する関心を感じ、日本食レストランの開店を決意した。ビザの取得、開店のいろいろな準備に3年強かかり、2006年に開店。2009年には現地の著名レストランガイドブック「マッキーナ・ガイド(McKenna Guide)」でアイルランドレストラン100選にも入った。地元の素材を生かした創作料理に定評がある。昼食時は丼もの(持ち帰り9.80ユーロ、レストラン内で食べると12.80~16.80ユーロ)、弁当(同9.80ユーロ、16.80ユーロ)、巻きずし(同3.80ユーロ、4.80ユーロ)を提供。夕食時には自家製豆腐(7ユーロ前後)、串カツ(1本2.80ユーロ)、焼き鳥(同3ユーロ)、天ぷら(10ユーロ)、巻き寿司、定食(20ユーロ前後)などが提供される。

刺身の盛り合わせの赤身の漬けは豊かにかつお節が香る一品。レッド・ミュレット(ボラ)は寝かしたもので、ユズで香り付けをしたマグロの大トロは脂がたっぷりと乗っている。いずれも近海で捕れたものだ。


新鮮かつ香り高い刺身の盛り合わせ(ジェトロ撮影)

オクラとウナギの煮込みのオクラはエジプト産で、ウナギはゴールウェイ地方の地物だ。ウナギのサイズは50センチほどが主流だが、近年は小さくなってきたという。最近のアイルランド人はウナギをあまり食べないが、昔は薫製にして食べていたという。メインのマグロのカツ揚げは小皿料理と汁物とともに提供される。カツ揚げは中がレアで、自家製ポン酢で食べる。削り節をかけた自家製豆腐はほどよい固さで、地物アサリのみそ汁も具だくさんだ。きんぴらレンコンと酢の物も付いてくる。職人かたぎの吉谷川氏が作り出す品々は、どれも調理方法と食材へのこだわりが見事な調和を醸し出していた。日本酒は味見セットでも提供されており、飲み比べが可能。富山の桝田酒造店から直輸入している「満寿泉」の純米吟醸や、名古屋の萬乗醸造の「醸し人九平次」の大吟醸と生酒など魚との相性が良い銘柄がそろう。


工夫を凝らした定食と日本酒セット(ジェトロ撮影)

国際化が進むゴールウェイでは、ますます多国籍料理が受け入れられるようになっている。現地の人々も日本食を理解し始めており、値が少々張っても日本食を楽しもうという気風が出てきている。一方、日本食というよりも「かっぱやの味」を求める常連も多い。吉谷川氏は2012年に、桝田酒造店で駐日アイルランド大使も迎えての2国間食イベントに参加したこともあり、今後も両国間の食の懸け橋としての活躍が期待される。


オーナーシェフの吉谷川淳一氏とスタッフ(ジェトロ撮影)

すし専門店へと展開した「わ鮨」

日本人経営のもう1店舗「わ鮨(Wa Sushi)」は、商業船が停泊しているゴールウェイ港を窓際席からのぞく位置に店を構える。5月1日に、これまでの「和カフェ(Wa Café)」から新装開店した。すし屋の調理白衣で迎えてくれたオーナーシェフの早川芳美氏は、愛知県豊田市出身。大学在学中に中国を旅し、旅の魅力に目覚めたという。卒業後、旅行会社が第1志望だったが、縁あって大手食酢メーカーに就職。3年後に離職を決意し、2年間の中国での語学留学の後、香港に移住して3年ほど日系企業で働いた。2001年には統合が続くEUを見たくなり、バックパック旅行を開始。語学習得のため2カ月の予定でやってきたゴールウェイで、滞在したホストファミリーの優しさに感銘を受けた。アイルランドでの生活にもなじみ、友人たちにも恵まれ、滞在期間はあっという間に延びていった。2006年の「かっぱや」の開店に携わり、その後、2008年8月8日に食と文化の発信地として「和カフェ」をオープンした。開店直後に世界を襲ったリーマン・ショックはアイルランド経済にも打撃を与え、当初経営は厳しかったものの、週末に開催されるマーケットで販売する巻きずしの収益で何とか乗り切った。その後も、地元の仲間の助けや文化事業を通じて培ったネットワークを生かして経営を続け、2017年には現地主要紙「アイリッシュ・タイムズ(Irish Times)」でレストラン100選に入り、レストラン協会のベスト外国料理レストランにも選ばれた。

すしバーの経営を考え始めたのはそのころのことだ。2011年に東京すしアカデミー、2012年には石巻市のすし屋で修行した後、2018年にも1月から3月まで名古屋のすし学校で技術を磨いた。「わ鮨」について、「アイリッシュ・タイムズ」は「アイルランドで一番おいしいすしが食べられるレストラン」と早速評価した。

早川氏がデザインしアイルランド人大工が内装施工した店内で、早川氏は気さくな話しをしながら、料理を提供していく。「お任せコース」(1人前85ユーロ)は、前菜にレンコン、菜の花の天ぷら、豆腐、トマトとキウイでスタートする。煮こごりにはホタテのひもとワタ。繊細だがインパクトのある味わいだ。刺身の盛り合わせは、ロブスターの殻に見事にマグロの中トロ(地中海産)、日本産ワカメ、生け造りのロブスターが盛り付けられる。秋になるとスペインから大西洋を回遊してくるクロマグロがゴールウェイにも上がってきて、築地でも非常に高い値が付くという。その時期には日本の漁船も寄港する。


ロブスターの殻に盛り付けられた刺身(ジェトロ撮影)

一品料理には天然ウナギのいぶり焼き。頭と骨も揚げたものが出た。メインの握りずしはイカ、サバ、マトウダイのこぶ締め、サーモン、中トロ、大トロ、ゴールウェイ産の茶カニのみそが提供された。ネタはとても新鮮で、全てシェフがしょうゆで味付けしたものをそのまま何も付けずに食す。米はイタリア産の韓国米を使っている。これがゴールウェイの水に一番合うという。酢もアイルランドで手に入るものを利用。アイルランド産と英国産の酢に昆布ダシを加える。握りの締めは卵のけら焼。焼くのに40分かかるという。

メインの握りずしに提供された
マトウダイのこぶ締め(ジェトロ撮影)
脂の乗った大トロ(ジェトロ撮影)

その後提供される天ぷらはかき揚げで、ロブスターみそ汁がついてくる。早川氏の地元にある関谷醸造の「蓬莱泉 和 純米吟醸」など、日本酒ももちろん提供する。

デザートとして果物(桃、スモモ、アプリコット、スペイン産フラットピーチ)のクリーム添えが提供された。アイルランドに着いた時のホストファミリーが作ってくれたお気に入りのレシピだという。食後には早川氏が抹茶をたててくれた。

会食中には多くの知人たちが店に入っては話をして出ていった。「食と文化」の発信地「わ鮨」は、これからもますますにぎやかになっていくだろう。


抹茶をたてるオーナーシェフの早川芳美氏(ジェトロ撮影)

ゴールウェイの日本食の未来

大西洋の新鮮な海産物を中心に、食材が豊かなゴールウェイだが、これまで地元の市民は生魚を食べてこなかった。しかし、昨今のすしブームやこだわりのレストランの増加とともに、新しいものとしてすし、刺身、さらにはそれ以外の日本食に積極的にトライする人たちが増えている。開拓者であり先駆者である両店には、今後見込まれる日本食浸透の一翼を担うことが期待されよう。

執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
尾関 康之(おぜき やすゆき)(在アイルランド)
2006年からアイルランドでジェトロのコレスポンデントとして業務に従事。愛日協会(Ireland Japan Association)副会長。