配車アプリや自転車シェア、定着する乗り物シェアリング(シンガポール)

2018年10月16日

車の配車サービスから、自転車、eスクーターなど、乗り物シェアリング・サービスは今や、シンガポールの市民の足として日常生活に欠かせない。タクシーなど既存会社を脅かしかねないシェアリング・サービスだが、政府はそうしたテクノロジーを活用した新たなサービスの受け入れには積極的だ。一方、政府は東南アジア最大の配車アプリ・サービス会社であるグラブに対し、競合の米ウーバーの東南アジア事業買収が独占禁止法に違反したとして罰金を科すなど、公平な市場競争を確保にも配慮する。

自動車や自転車、eスクーターなど多様な乗り物シェア

シンガポールで現在、代表的なシェアリング・エコノミーの担い手といえば、配車アプリ・サービス会社であるグラブだ。マレーシアで2012年創業した同社は、シンガポールに本社を移すとともに、2013年10月から、タクシーの配車サービスを開始した。その後、グラブは契約ドライバーが運転するグラブカーや、シャトルバスなど多様な配車サービスを展開。同社は2018年3月、競合の米ウーバーの東南アジアの配車とフードデリバリーの両事業を買収する代わりに、ウーバーはグラブの株式27.5%を取得した。この結果グラブは、シンガポールをはじめ、インドネシア、フィリピンなど東南アジア8カ国200都市以上で展開する域内最大の配車サービス事業会社へと成長を遂げている。

グラブの独占状態になると見えた同国の配車市場だが、グラブによるウーバー買収直後に、新たな参入が相次いでいる。2015年から1台の車を同方向の乗客同士で共有するカー・プーリング・サービスを提供していたライド・テクノロジーズが2018年3月、契約ドライバーによる配車サービス「ライドX」の開始を発表した。また、同年7月には地場スタートアップのMVLファウンデーションが、ブロックチェン技術を活用した配車サービス「TADA」を開始。インドネシアのライドシェア大手のゴジェックも同月、2018年中のシンガポールでのサービス開始を発表した。さらに、地場スタートアップのアージ(Urge)が同年8月、配車サービスを本格的に開始する計画を発表している。

グラブが2013年に配車サービスを開始する以前から、シンガポールに車のシェアリング・サービスは存在している。カー・クラブは1997年創立で、2018年8月時点で約270台の車両を保有する国内最大の会員制の自動車シェアリング・サービス会社だ(注1)。しかし、配車アプリというデジタル・プラットフォームを活用した自動車のシェアリング・サービスが本格化したのは、グラブなど配車事業会社が相次いでサービスを開始した2013年以降のことだ。

このほか、物流版の配車サービスを提供する香港発のゴーゴーバンやララムーブなどが2014年にサービスを開始。2017年には中国や地元資本の自転車のシェア・サービス会社が相次いでサービスを開始したほか、eスクーターのシェアリング・サービスも始まるなど、モビリティ分野でのシェア・サービスの選択肢が拡大している(表参照)。

表:シンガポールで事業展開するモビリティ分野の主なシェアリング・サービス(2018年9月時点)
分野 社名 事業開始年
配車サービス グラブ(Grab、本社:シンガポール) 2013年10月(マレーシア2012年創業、その後シンガポール本社移転)
ライド・テクノロジーズ(Ryde Technologies、本社:シンガポール) 2015年カープリング・サービス開始、2018年3月から契約ドライバー車の配車サービス開始
MVL ファウンデーション、TADA(MVL Foundation、本社:シンガポール) 2018年7月
アージ(Urge、本社:シンガポール) 2018年9月
自動車シェア カー・クラブ(Car Club、三井物産子会社) 1997年
iカー・クラブ(iCars Club、本社:シンガポール) 2012年
ブルーSG(BlueSG、仏ボロレ・グループ子会社) 2017年12月
物流シェア ゴーゴーバン(Gogovan、本社:香港) 2014年6月
ララムーブ(Lalamove、本社:香港) 2014年7月
ニンジャバン(Ninja Van、本社:シンガポール) 2014年
自転車シェア オフォ(ofo、本社:中国) 2017年1月(中国創業2014年)
モーバイク(Mobike、本社:シンガポール) 2017年1月(中国創業2015年)
SGバイク(SG Bike、本社:シンガポール) 2017年8月
エニーウィール(Anywheel、本社:シンガポール) 2018年
グラブサイクル(GrabCycle、本社:シンガポール) 2018年3月
チーチー・ツーシアン(Qiqi ZhiXiang、本社:中国) 2018年(中国創業2016年)
eスクーター・シェア テレポッド(Telepod、本社:シンガポール) 2017年6月
ニューロン・モビリティ(Neuron Mobility、本社:シンガポール) 2017年6月
ポップスクート(PopScoot、本社:シンガポール) 2017年9月
出所:
各社ウェブサイト、地元紙報道から作成

シェアリングは車両台数を抑制するカー・レス社会の実現に貢献

乗り物シェアリングは、シンガポール政府が進める車両台数の抑制政策にも貢献している。政府は2009年以降、車両購入に義務付ける自動車所有権証書(COE)の発行枚数を段階的に制限し、車両台数の伸びを抑制している。また、政府は2014年11月に発表した環境行動計画「持続可能なシンガポールのためのブループリント2015年版」の中で示した計画の1つに、「カー・レス社会」の実現を挙げている。このほか、2014年11月から国策として推進するスマート国家構想でも、テクノロジーを活用した効率的な輸送の実現を、優先課題の1つとしている(2015年6月9日ビジネス短信参照)。

陸上交通庁(LTA)の統計によると、自家用車の台数は2013年をピークに、その後減少が続いている。また、タクシー台数はピークの2014年(2万8,736台)以降、タクシー運転手がグラブなどの契約運転手へと切り替える動きが増えた結果、2017年末に2万3,140台まで減少した。一方、配車サービス会社が契約するレンタカーは急増し、2015年からタクシーの台数を上回っている(図参照)。

図:自家用車、レンタカー、タクシーの車両台数推移(単位:台数)
自家用車の台数は2013年をピークに、その後減少が続いている。このうち、タクシー台数はピークの2014年(2万8,736台)以降、タクシー運転手がグラブなどの契約運転手へと切り替える動きが増えた結果、2017年末に2万3,140台まで減少した。
注:
各年末時点の台数。
出所:
陸上交通庁(LTA)統計から作成

最大手のグラブに独占禁止法違反で罰金、市場競争に配慮

政府は2017年6月までに第三者タクシー予約サービス会社と契約する運転手に、「民間ハイヤー車運転手専門ライセンス(PDVL)」の取得を義務付けるなど、グラブのような新興の配車サービス会社と既存のタクシー会社とが、公平に競争できるような環境づくりを模索している(2017年4月25日ビジネス短信参照況)。さらに、シンガポール競争消費者委員会(CCCS)は2018年9月24日、上掲のグラブによるウーバー買収が競争法(独占禁止法)に違反したとして、グラブに658万2,055シンガポール・ドル(約5億4,000万円、1Sドル=約82円)、売り手のウーバーにも641万9,647Sドルの罰金を科すと発表した。CCCSの発表によると、グラブが2018年3月にウーバーを買収後、新規参入が相次いだものの、グラブの市場シェアは約80%に上っている。同委員会は捜査で、「(グラブの圧倒的な独占的地位により)新規参入の競合各社が市場でシェアを拡大するのを厳しくしている」と結論付けた。同委員会は、公平な競争環境を確保するための是正措置として、契約運転手やタクシー会社、レンタカー会社との独占的な契約の禁止を命じた。また、ウーバーが同国に設立したレンタカー会社について、同委員会の事前承認なく、グラブへ売却することの禁止などを、命じている。


街中にあふれるシェア自転車(ジェトロ撮影)

政府は自転車シェアでも各種取り組み

一方、2017年以降、自転車シェアリング・サービス各社の相次ぐ市場参入で、自転車の利用者が一気に増えると同時に、街中にあふれる放置自転車が問題となっている。この問題に対応するため、LTAは2018年3月、駐車場法を改正し、自転車シェア各社に営業ライセンスの取得を義務付けた。LTAは自転車シェア・ライセンスを取得条件として、各社の保有自転車の台数に上限を課すと同時に、利用者が定められた場所に駐輪するよう何らかの対策を講じることなどを求めた。LTAは2018年9月28日、6社の自転車シェア会社に対してライセンスを10月末に交付するとともに、各社の自転車の保有上限台数を発表した。発表によると、モーバイク(保有上限:2万5,000台)、オフォ(2万5,000台)、SGバイク(3,000台)にフルライセンスを交付。また、シェア自転車の運用実績の少ない企業を対象とした「サンドボックス・ライセンス(注2)」を、地場シェア自転車のエニーウィール(1,000台)、シェア自転車の総合ポータルサイトのグラブサイクル(1,000台)、北京発のシェア自転車のチーチー・ツーシアン(Qiqi ZhiXiang、同500台)の3社に交付した。この結果、同国のシェア自転車台数は現行の推定10万台以上から、10月末までに5万5,500台へと半減することになる。

LTAは上掲の発表に先立つ9月25日、放置自転車対策の一環として、2019年1月から、シェア自転車利用者が利用を終えた際にスマートフォンでQRコードを読み取る新たな駐輪システム導入を、義務付けると発表した。もし、利用者がQRコードを読み取らなかった場合、シェア自転車のライセンス業者が1回当たり5Sドルを徴収し、1年間で3回ペナルティーを支払った場合にはシェア自転車の利用が1カ月間禁止となる。さらに、LTAは自転車の利用環境を改善するため、2018年初から、公共駐輪スペースの増設も進めている。

シンガポールでは、新しい情報通信メディア(ICM)技術を応用した自動車や自転車などの乗り物シェアリングがわずかな期間で急速に広まり、市民の足の1つとなった。政府はそうした新しいモビリティ・サービスの普及を促進する一方で、公平な競争や利用者の利便性を確保するための環境づくりなど、試行錯誤をしながらの取り組みが続いている。


注1:
三井物産は2010年にカー・クラブに一部出資し、2016年に同社を完全子会社化した。
注2:
自転車シェアリングのサンドボックス・ライセンスは、シンガポール国内で自転車シェア・サービスの実績がない事業者が対象。サンドボックス・ライセンスを取得した事業者が保有できる自転車の上限は1,000台で、LTAはその後、各社の営業状況を審査した上でフルライセンスを交付するかどうかを判断する。
執筆者紹介
ジェトロ・シンガポール事務所 調査担当
本田 智津絵(ほんだ ちづえ)
総合流通グループ、通信社を経て、2007年にジェトロ・シンガポール事務所入構。共同著書に『マレーシア語辞典』(2007年)、『シンガポールを知るための65章』(2013年)、『シンガポール謎解き散歩』(2014年)がある。