医薬品分野へ外資系企業進出が活発化(アゼルバイジャン)
輸出産業の創出に向けた人材育成が喫緊の課題

2018年6月28日

医薬品のほぼ全量を輸入しているアゼルバイジャンに、外資系医薬品企業の進出が相次いでいる。2016年~2017年末までに4社の進出が決まった。これまで石油収入に依存してきた同国だが、2014年以降の原油価格下落や通貨切り下げを背景に、外資導入をてことした産業近代化に取り組んでいる。高品位医薬品製造のための人材育成や研究体制の整備がこれからの課題だ。

外資導入をてこに石油依存脱却を図る

コーカサスの国、アゼルバイジャン。人口990万人(2018年1月時点)。首都はバクー。北はジョージア、ロシア、南はイランと国境を接する。西にはアルメニア、トルコ、東にはカスピ海を挟んでカザフスタン、トルクメニスタンがある(図1参照)。豊富な石油と天然ガスの埋蔵量を有し、1995年からIMFの支援を受けて経済安定化プログラムを推進、2003~2007年には平均GDP成長率が23.9%に達した。しかし、その後経済は低迷。2014年以降、原油価格の下落により経済は一層厳しさに直面している。2016年には石油収入の減少と主要貿易相手国ロシアの景気低迷によりGDP成長率はマイナス3.1%、2017年も0.1%の低成長だった。

図1:アゼルバイジャンの周辺国
この地図は、ゼルバイジャンの周辺にどのような国があるのかを示しています。アゼルバイジャンの南にはイランがあります。西はアルメニアと国境を接しています。北はジョージア、ロシアとの国境があります。東側はすべてカスピ海に面しています。 そしてカスピ海の対岸にはカザフスタン、トルクメニスタンがあります。また直接 国境は接していませんが、西にトルコ、東にウズベキスタンという大きな人口を抱えた国が近くにあります。
出所:
ジェトロ作成

国家予算の約5割を石油収入に依存するアゼルバイジャンの課題は、産業の多角化・非石油部門の強化だ。政府は原油価格が大きく下落した2014年12月、産業多角化に向けた大統領令第964号「2015~2020年の産業発展国家計画」を発表した。この中で、ハイテク分野の電子機器、医薬品、宇宙は世界的に成長が見込まれる産業であり、アゼルバイジャンは既存のエネルギー産業を発展させつつ、これらについても研究すべきだとした。

特に医薬品に関しては、国内需要のほぼ全量を高価な輸入品に依存してきた。医薬品の6割は欧州から、そのほかはロシア、ウクライナ、ベラルーシ、トルコなどからの輸入だ。医薬品の国内市場規模は約10億ドル、政府調達額は約2億ドル。医薬品への支出は財政を圧迫してきたが、それでもアゼルバイジャンは石油による外貨収入があるため、輸入医薬品を調達することができた。

しかし、2014年から原油価格が下落し、外貨準備高や石油基金が減少。2015年2月、12月の2回の通貨切り下げで通貨は1ドル=0.78マナトから1ドル=1.55マナトまで約50%下落、変動相場制に移行した。医薬品の輸入価格も跳ね上がり、これまで先送りしてきた石油依存型の経済構造から脱却し、産業近代化に取り組まざるを得なくなった。

医薬品産業の構築には外資の協力が必要不可欠だった。政府は2016年1月に外国投資促進のため税制改革を行った。工業団地へ進出する企業への優遇措置を設け、進出企業は法人税の50%、建物・土地などの固定資産税、生産設備に係る関税と付加価値税(VAT)を7年間免除することとした。2016年9月には首都バクーの東北東43キロに医薬品製造に特化したピララヒ工業団地を設立した(図2参照)。ここは2011年に設立したスムガイト化学工業団地(バクーの北西30キロ)からも近い。

図2:アゼルバイジャンの工業団地
この地図は、2017年末時点で、アゼルバイジャンにある5つの工業団地を示しています。まず、内陸部の中西部にはミンゲチャウル工業団地があります。中心産業はアパレルなどの軽工業です。  あとの4つは首都バクーの近くにあります。バクーはカスピ海沿岸の都市です。バクーのすぐ西にあるのがバラハニ工業団地です。首都の近郊にあるこの工業団地はリサイクル産業が中心です。 バクーのすぐ南にはガラダグ工業団地があります。カスピ海に面しているこの工業団地の中心産業は造船です。そして、バクーの北西30キロには化学品産業に特化したスムガイト化学工業団地があります。最後にバクーの東北東43キロのところに医薬品産業のためのピララヒ工業団地があります。ここはカスピ海に突き出た島です。
出所:
ジェトロ作成

4社が医薬品工場建設を決定

税制改革後、外資系医薬品製造企業4社がアゼルバイジャンへの進出を発表している。ピララヒ工業団地にはロシア、イラン、ウクライナの3つの医薬品製造企業のほか、地場の使い捨て注射器の製造企業が工場を設立、スムガイト化学工業団地にもインドの医薬品企業が進出する(表参照)。このほか、2017年4月に アラブ首長国連邦(UAE)のVPSヘルスケアがアゼルバイジャン投資会社(AIC)との医薬品製造に係るMOU(覚書)に署名しており、また、ベラルーシ、パキスタン、韓国なども医薬品分野での協力に興味を示していることなどを現地メディアは報じている。

表:医薬品製造進出企業一覧(2017年末時点)
工業団地名 ピララヒ スムガイト
設立企業 ハヤト・ファーム カスピアン・ファーメド インダル ダイアメド サンファーマ
進出時期 2016年11月 2017年1月 2017年10月 2017年5月 2017年7月
国名 ロシア イラン ウクライナ アゼルバイジャン インド
進出企業 Rファーム(45%) タミン医薬品投資会社(49%) インダル(50%) ダイアメド サン・ファーマシューティカル・インダストリーズ(n/a)
アゼルバイジャン側合弁相手 (1)ビタA (45%)
(2)AIC (アゼルバイジャン投資会社)(10%)
(1)AIC (25%)
(2)アゼルサン・ホールディングス(26%)
AIC (50%) ダイアメド(2017年4月設立)100% ギラン・ホールディングス(n/a)
投資額(全体) 7,400万ドル 2,000万ドル 1,700万ドル n/a n/a
雇用規模 200人 60人 350人 50人 n/a
稼働予定 2019年生産開始予定 2018年第3四半期生産開始予定 2018年建設開始、2020年に稼働 n/a 2018年後半に生産開始
事業内容 がん、エイズ、心臓血管疾患、糖尿病など89種の医薬品製造 心臓病、伝染病、抗生物質、鎮痛薬など84種類の医薬品製造 点滴剤製造(原料から製品まで一貫生産) 使い捨て注射器 年間5500~5800万本の製造 心臓病、腎臓病、糖尿病などの医薬品製造
販売市場 国内のほかジョージア、イラン、トルコ、ドイツ、スイス、ウクライナ、中央アジア 国内のほかロシア、カザフスタン、ジョージア 国内市場ほか 国内市場ほか 国内のほかCIS諸国
注1:
進出時期については実際の合弁契約の署名日などが不明なため、ロシア、イラン、インドについては起工式、ウクライナは企業間のMOU署名日、ダイアメドについてはピララヒ工業団地の入居許可が下りた月を記した。
注2:
設立企業名については、メディアに明示的に示されたのは、ハヤト・ファームとカスピアン・ファーメドのみである。その他は進出した外資系企業名をそのまま記した。
注3:
販売市場についてメディアにコメントしているのはハヤト・ファーム、カスピアン・メド、サン・ファーマのみ。
出所:
現地メディアの報道などに基づきジェトロ作成

4件の外資系企業がアゼルバイジャンへの進出を決めた主な理由は、マナト安と税制優遇措置の導入、周辺国への輸出に適した立地だ。前述のとおり、2015年の1年間でマナトの対ドル相場が従前の50%になったことや、2016年の税制優遇措置により工場建設のコストや人件費などの生産コストも著しく低減されることになった。また、アゼルバイジャンは特にイスラム圏への輸出に便利な立地にある。同国は人口990万人のコーカサス最大の市場であるが、周辺にはイラン(人口8,100万人)、トルコ(8,000万人)、ウズベキスタン(3,200万人)、カザフスタン(1,800万人)といった人口規模の大きな市場が存在する。

将来のアゼルバイジャンでの医薬品生産に関し、2017年10月に作成された国家社会経済開発計画案は、2020年までに生産額は約58倍増加する見込みとしている(アゼルニュース電子版2017年10月29日)。それによると、現在医薬品はほとんどが外国から輸入されており、2017年の国内生産額は150万マナト(約9,600万円、1マナト=約64円)。しかし、2018年以降工場の稼働開始に伴い生産が急増し、2018年190万マナトが2019年には6,950万マナト、2020年に7,760万マナト、2021年には8,760万マナト(約56億円)に達するとの試算だ。

政府も進出企業を後押しする。2017年9月28日、バクーでの第23回アゼルバイジャン国際医療展(BIHE2017)の中で、経済省のニヤジ・サファロフ副大臣とロシア系合弁企業ハヤト・ファームのラミン・ハジエフ社長が、製薬業界の創造と発展のために医薬品生産者協会を設立することで合意しMOUに署名。MOUでは医薬品の輸出促進と新医薬品開発への投資促進、医薬品分野での研究活動の推進が提起されている。

輸出産業創出に向けた人材育成が急務

一方で、医薬品産業発展に向けた課題も多い。アゼルバイジャン保健省の発表によると、日本の医薬品製造大手ニプロと日揮が2016年9月に同省を訪問した際、日本企業の進出に期待を寄せる保健省に対し両社は同国が持つポテンシャルについて理解を示した一方、現地で高品質な製品を製造できるか、原材料・包装資材などを含めコスト削減が可能かなどを調査することがまず重要で、調査に1年以上は必要、との認識を示したとされる。

医薬品製造には適正製造基準(GMP:Good Manufacturing Practice)がある。原材料の入荷から製造、最終製品の出荷まで全ての過程において、製品が「安全」に作られ「一定の品質」が保たれるよう定められている。企業は高品質の医薬品を製造するため、施設、設備、衛生、教育などハード、ソフトの面で高品質を保つ仕組みを構築しなくてはならない。輸出先が求めるGMPをクリアしなければ輸出もできない。アゼルバイジャンに進出する外資系企業はいずれもGMP関連の優れた技術・ノウハウをもつ企業だが、同国はこの分野での人材育成を行ってこなかったため、地場の人材不足は明らかだ。このことは政府も十分認識しており、前述の「2015~2020年の産業発展国家計画」の中では、教育と職業訓練の連携強化、産業界への支援の強化などを目標に掲げている。

日本政府もアゼルバイジャンの製薬産業振興を支援する。国際協力機構(JICA)は日系企業がアゼルバイジャンでビジネス展開していく前提として、GMPへの理解を深めるため、今後日本企業の工場視察、GMP関係のセミナー開催、設備メンテナンスに係る技術指導などのプログラム展開を計画している。

アゼルバイジャン進出の第1号となったロシアのRファームでは、工場稼働に向けてハヤト・ファーム従業員の研修をロシア国内で実施するとしている。新しい輸出産業創出のため、アゼルバイジャンでもこれから国を挙げての教育・研究体制の整備が必要だ。日系企業にとっても、人的インフラが整ってきた機会を逃さずイスラム圏などの新興国市場を積極的に取り込んでいくことが重要だ。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部 欧州ロシアCIS課
今津 恵保(いまづ よしやす)
1981年、ジェトロ入構。1990~1993年ジェトロ・ウィーン事務所、2000~2003年ジェトロ・ヨハネスブルク事務所次長、2011年~2012年ジェトロ・ブダペスト事務所長、2012~2013年ジェトロ・モスクワ事務所長を経て2017年3月末に定年退職。2017年4月から非常勤嘱託員。