米中貿易摩擦による影響の程度は不透明(香港)
新たな成長の芽の育成がより重要に
2018年8月28日
米中貿易摩擦が激しさを増す中、香港特別行政区政府(以下、香港政府)および業界団体は、香港経済や企業活動に対する影響への懸念を強めている。米中双方が340億ドル規模の相手国原産品に25%の関税賦課を発動した2018年7月6日以降は、香港政府が対応策を相次いで打ち出すなど、影響に備える動きも活発化している。
香港は貿易依存度が高い一方で、輸出の大半が他国・地域原産品で構成される「特殊」な環境にある。香港独自で状況をコントロールできる余地が小さいほか、中国に進出した香港系企業や金融市場への影響の波及なども懸念されている。
外部環境が大きく揺れ動く中、香港にとっては、短期的には摩擦自体への対処も重要であるが、環境の変化に左右されにくい経済や産業の基盤づくりに向けた取り組みも必要となっている。
政府・業界団体が懸念強める、広範に影響の可能性も
高まる懸念に対応し、香港政府で貿易問題を管轄する商務・経済発展局の邱騰華局長は2018年7月、香港の輸出関連業界団体を集めた会議を10日、16日の2度にわたり開催し、対応策を協議した。
さらに、7月20日には、立法会(香港における国会に相当)内に設置された複数の委員会が合同で、「米中貿易摩擦の香港経済への影響」をテーマとした集中審議を行った。会議に出席した香港政府の陳茂波・財政長官は「米中貿易摩擦は貿易面で香港にマイナスの影響を与える」とした上で、影響を受ける分野として、(1)香港を経由した中国の対米輸出、(2)中国に進出した香港系企業による対米輸出(香港を経由しない中国から米国への直接輸出)、(3)その他の米中貿易に関連する経済活動(米中以外の第三国から香港経由での中国への原材料・中間材輸出など)を挙げた。
加えて、陳長官は、貿易摩擦が既に外部環境の不確実性を高めつつあるとし、今後、世界経済や貿易・投資の拡大意欲にも影響が及んだ場合には、香港経済や資産市場もダメージを受けると指摘した。その場合、香港経済への間接的・直接的な影響はより早期に表れ、影響もより広範な分野に及ぶ可能性もあると懸念を強めている。
英国のシンクタンク「Z/Yenグループ」が2018年3月に発表した「世界の金融市場ランキング」で、香港はロンドン、ニューヨークに次いで世界3位に位置付けられており、影響が金融市場にも波及すれば、香港への影響はさらに大きなものとなり得る。陳長官は「貿易摩擦がさらに激化し、それが中長期にわたれば、資金の貸し出しや流動性リスクの面で香港の銀行部門にも影響を与える」とする一方で、「香港の銀行システムの流動性カバレッジ比率は150%に達しているほか、自己資本比率も19%と、国際的な最低基準の8%を大きく上回り世界トップレベルにある。香港の銀行システムは十分な対応力を有している」とも指摘し、貿易摩擦による金融市場への影響を乗り越えることに自信を示した。
香港政府に加え、業界団体も懸念を強めている。香港中華廠商連合会の呉宏斌会長は、同連合会の会員企業へのアンケート調査の結果、約3割の会員企業が米中貿易摩擦の自社業務への影響を懸念していることを明らかにした。また、香港工業総会の郭振華主席は「(香港)政府には、中国本土でビジネスを行う香港独資企業など、香港企業への支援の強化を希望している」とした上で、「(中国本土に進出している)香港独資企業による貿易は香港を経由した貿易ではなく、これら企業への影響は必ずしも香港政府が明示している影響には反映されないが、実際には間接的に香港にも影響を与える」と指摘。これらの企業に対する輸出保険の提供や、ASEANなど新たな市場開拓などの面で、政府のさらなる支援を求めた。
貿易・物流分野は依然として香港経済の基幹産業
香港の域内面積は東京都の半分程度にすぎないが、貿易総額では2017年の実績で世界7位(輸出、輸入とも7位)となっている。2017年の貿易総額は、香港が中国に返還された1997年の2.68倍で、この間のGDPの増加幅(1.93倍)を大きく上回っている。そのため、貿易総額の対GDP比率は309.4%と、香港経済の貿易依存度は極めて高い(図1参照)。

- 出所:
- 香港特別行政区政府統計処発表統計より作成
一方で、2016年の香港のGDPに占める製造業の割合はわずか1.1%にすぎない。2017年における香港の輸出総額に占める再輸出比率は98.9%と、香港の対外輸出の大半が、他国・地域原産品となっている。
そのため香港は、貿易の変動による経済への影響が、製造業を主体とする国・地域とは大きく異なる。自国・地域原産品が輸出の中心である地域の場合、輸出の減少はまず製造業を中心に影響を与えるが、経済に占める製造業の比率が極めて小さい香港は、その影響が主に貿易・物流関連のサービス業分野に表れる。
香港経済に占める当該分野の比率は小さくない。貿易・物流関連産業(貿易、運輸・倉庫、郵便・クーリエ業の付加価値額を合計)のGDPに占めるシェアをみると(図2参照)、2000年に25.9%であったシェアが2005年には30.9%と3割を超えた。その後は低下傾向をたどり、2017年には23.9%と、2000年以降で最も低くなっているが、依然としてGDP全体の2割以上を占める重要セクターである。

- 出所:
- 香港特別行政区政府統計処発表統計より作成
そのほか、香港の貿易の特徴として、「輸入が輸出を上回る状況が続いている」ことが挙げられる(図3参照)。香港の貿易収支は、1990年以降一貫して赤字が続いている。その要因について、香港の貿易に詳しいエコノミストは「輸入のうち約4分の1は香港内で消費され、残りの4分の3が香港外に輸出される構造となっているため」と指摘する。マクロ経済でみると、経常的に貿易が赤字である香港では、財貿易の純輸出は実質GDP成長率に対してマイナスの寄与度を示す一方、貿易の拡大は物流などサービス輸出や関連企業による設備投資の拡大、ひいては好調な企業業績を通じた個人消費の拡大にもつながっている。そのため香港では、貿易収支の恒常的な赤字への懸念はほぼ皆無である一方、貿易そのものの減少への強い懸念が存在している。

- 出所:
- 香港特別行政区政府統計処発表統計より作成
対米貿易のシェアは低下傾向も、他国・地域が絡む貿易への影響
今回の米中貿易摩擦は香港の貿易や経済にどのような影響を及ぼすのであろうか。
香港の立法会は2018年7月、米中貿易摩擦が香港経済に与える影響に関するリポートをまとめた(表1・2)。それによると、香港の対外輸出全体に占める中国原産品の対米輸出の比率は7.2%。米国が既に発動している500億ドルの関税賦課措置に加え、現在検討中の2,000億ドルの関税賦課措置を実施した場合には、中国原産品の対米輸出の約5割(香港の輸出の3.6%に相当)が影響を受けると試算している。
項目 | 金額 |
香港の貿易総額に 占める比率 |
香港の輸出総額に 占める比率 |
---|---|---|---|
香港経由での中国原産品の対米輸出額 | 2,775 | 3.4 | 7.2 |
香港経由での米国原産品の対中輸出額 | 732 | 0.9 | 1.9 |
合計 | 3,507 | 4.3 | 9.1 |
- 出所:
- 立法会秘書処資料研究組「資料摘要:中美貿易衝突及対香港経済的影響」より作成
項目 | 関税措置 | 関税賦課措置により影響を受ける輸出額 | 香港の輸出総額に占める比率 |
---|---|---|---|
香港経由での中国原産品の対米輸出額 | 2018年7月6日より実施された340億ドル相当の中国製品に対する関税賦課措置 | 470 | 1.2 |
500億ドル相当の中国製品(2018年8月23日より実施された160億ドル相当の中国製品に対する関税賦課措置を含む)に対する関税賦課措置 | 530 | 1.4 | |
米国が発動を検討している2,000億ドル相当の 中国製品に対する関税賦課措置 | 836 | 2.2 | |
香港経由での米国原産品の対中輸出額 | 中国による500億ドル相当の 米国製品に対する関税賦課措置 | 117 | 0.3 |
- 出所:
- 立法会秘書処資料研究組「資料摘要:中美貿易衝突及対香港経済的影響」より作成
一方、香港の対外貿易に占める米国の比率は年々低下している。輸出をみると、1997年には21.7%であったシェアが、2017年には8.5%にまで低下した。輸入は、輸出よりは低下幅は緩やかだが、7.8%から4.9%へとシェアは低下している(図4参照)。そのため、対米貿易の増減が、香港の貿易に与える直接的な影響は以前ほど大きくないことが読み取れる。

- 出所:
- 香港特別行政区政府統計処発表統計より作成
実際、香港政府も「米国の500億ドル規模の中国製品への関税賦課措置による2018年の香港のGDP成長率への影響は0.1~0.2ポイント程度であり、通年の政府の成長率予測(3~4%)を勘案するとその影響は限定的」と指摘している。
なお、米国は1992年に制定した「香港政策法」(United States–Hong Kong Policy Act)に基づき、香港返還後も、香港を経済や貿易面で中国とは異なる地域として取り扱うことを定めている。香港のエコノミストは「米国は引き続き香港を中国とは異なる経済実態として位置付けていくだろう。そのため、中国と同様の貿易制裁措置を香港に課すことは考えにくい」と指摘している。
一方、米中貿易摩擦が、米中以外の国・地域が関連するサプライチェーンの動きに与える影響は注視していく必要がある。2017年の香港の主要貿易相手国・地域別の貿易収支をみると、米国、中国、EU、インドに対しては黒字なのに対し、ASEAN、台湾、韓国、日本に対しては大幅な赤字を記録している(表3参照)。
地域・国名 | 輸出 | 輸入 | 2017年の収支 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2016年 | 2017年 | 2016年 | 2017年 | ||||||
金額 | 金額 | 構成比 | 伸び率 | 金額 | 金額 | 構成比 | 伸び率 | ||
アジア | 2,632,935 | 2,890,028 | 74.6 | 9.8 | 3,326,507 | 3,637,263 | 83.5 | 9.3 | △ 747,235 |
日本 | 116,746 | 128,474 | 3.3 | 10.0 | 246,698 | 253,394 | 5.8 | 2.7 | △ 124,921 |
中国 | 1,943,469 | 2,105,829 | 54.3 | 8.4 | 1,916,831 | 2,030,145 | 46.6 | 5.9 | 75,684 |
台湾 | 74,516 | 89,371 | 2.3 | 19.9 | 292,072 | 329,678 | 7.6 | 12.9 | △ 240,307 |
韓国 | 54,040 | 56,672 | 1.5 | 4.9 | 196,228 | 252,056 | 5.8 | 28.5 | △ 195,383 |
ASEAN | 263,871 | 284,050 | 7.3 | 7.6 | 569,443 | 652,707 | 15.0 | 14.6 | △ 368,657 |
マレーシア | 27,273 | 28,663 | 0.7 | 5.1 | 90,584 | 114,877 | 2.6 | 26.8 | △ 86,214 |
ベトナム | 72,174 | 79,632 | 2.1 | 10.3 | 54,264 | 61,645 | 1.4 | 13.6 | 17,988 |
インドネシア | 20,922 | 22,421 | 0.6 | 7.2 | 17,796 | 19,363 | 0.4 | 8.8 | 3,058 |
タイ | 47,949 | 54,135 | 1.4 | 12.9 | 82,586 | 89,641 | 2.1 | 8.5 | △ 35,506 |
シンガポール | 61,285 | 61,023 | 1.6 | △ 0.4 | 261,694 | 288,107 | 6.6 | 10.1 | △ 227,084 |
フィリピン | 25,401 | 28,455 | 0.7 | 12.0 | 59,768 | 76,275 | 1.8 | 27.6 | △ 47,819 |
インド | 116,702 | 158,635 | 4.1 | 35.9 | 92,773 | 107,412 | 2.5 | 15.8 | 51,223 |
大洋州 | 40,592 | 41,667 | 1.1 | 2.6 | 21,431 | 23,383 | 0.5 | 9.1 | 18,284 |
オーストラリア | 34,759 | 35,797 | 0.9 | 3.0 | 17,470 | 18,383 | 0.4 | 5.2 | 17,414 |
EU28 | 330,641 | 347,059 | 9.0 | 5.0 | 267,032 | 284,910 | 6.5 | 6.7 | 62,149 |
中東 | 84,916 | 81,928 | 2.1 | △ 3.5 | 54,642 | 57,897 | 1.3 | 6.0 | 24,031 |
アラブ首長国連邦 | 53,140 | 51,370 | 1.3 | △ 3.3 | 29,466 | 33,439 | 0.8 | 13.5 | 17,931 |
北米 | 342,517 | 347,982 | 9.0 | 1.6 | 218,473 | 224,635 | 5.2 | 2.8 | 123,347 |
米国 | 324,040 | 330,198 | 8.5 | 1.9 | 206,645 | 213,737 | 4.9 | 3.4 | 116,461 |
アフリカ | 34,513 | 37,186 | 1.0 | 7.7 | 14,471 | 17,551 | 0.4 | 21.3 | 19,635 |
中南米 | 67,232 | 68,302 | 1.8 | 1.6 | 38,395 | 39,883 | 0.9 | 3.9 | 28,419 |
ブラジル | 9,820 | 11,925 | 0.3 | 21.4 | 17,877 | 19,176 | 0.4 | 7.3 | △ 7,251 |
合計(その他含む) | 3,588,247 | 3,875,898 | 100.0 | 8.0 | 4,008,384 | 4,357,004 | 100.0 | 8.7 | △ 481,106 |
- 出所:
- 香港特別行政区政府統計処発表統計より作成
地域別では、香港の対アジア向け貿易赤字は7,472億香港ドル(約10兆4,608億円、1香港ドル=約14円)と、香港の貿易赤字(4,811億香港ドル)を大きく上回っている。香港のエコノミストは「中国での完成品製造に必要な部品・原材料が、ASEAN、台湾、中国、韓国などから香港経由で輸入されている。米中貿易摩擦は、香港経由での米中貿易のみならず、香港経由での中国への輸出にも影響を与えかねない。その場合、香港の貿易に大きな影響が生じる」との見方を示している。
表4:2018年上半期の香港の主要品目別輸出入
品目 | 金額 |
増減率 (前年同期比) |
構成比 |
---|---|---|---|
電気機器・同部品 | 746,233 | 18.4 | 38.0 |
通信・音響機器 | 343,502 | △0.9 | 17.5 |
事務用機器・データ処理機 | 217,148 | 18.9 | 11.1 |
雑製品 | 115,308 | 20.1 | 5.9 |
非金属鉱物製品 | 86,268 | △16.5 | 4.4 |
撮影器具・光学機器・時計など | 50,178 | 3.3 | 2.6 |
衣類・同付属品 | 48,652 | △4.7 | 2.5 |
専門・科学・制御機器など | 46,505 | 10.5 | 2.4 |
紡織関連製品 | 29,698 | 0.1 | 1.5 |
原動機 | 25,985 | 10.6 | 1.3 |
合計 | 1,964,360 | 9.3 | 100.0 |
品目 | 金額 |
増減率 (前年同期比) |
構成比 |
---|---|---|---|
電気機器・同部品 | 847,051 | 17.1 | 37.8 |
通信・音響機器 | 329,396 | △2.1 | 14.7 |
事務用機器・データ処理機 | 196,498 | 24.8 | 8.8 |
雑製品 | 125,828 | 0.9 | 5.6 |
非金属鉱物製品 | 101,872 | 4.4 | 4.6 |
撮影器具・光学機器・時計など | 52,924 | 12.6 | 2.4 |
石油・石油製品など | 47,339 | 38.1 | 2.1 |
衣類・同付属品 | 44,734 | 1.2 | 2.0 |
専門・科学・制御機器など | 43,728 | 5.0 | 2.0 |
原動機 | 35,990 | 23.0 | 1.6 |
合計 | 2,238,100 | 10.5 | 100.0 |
- 出所:
- 香港特別行政区政府統計処発表統計より作成
なお、香港の主要輸出・輸入品目をみると、輸出、輸入の上位3品目は、いずれも電気機器・同部品、通信・音響機器、事務用機器・データ処理機となっている。同一カテゴリー内での部品・原材料、完成品の輸出入が交錯しているのが香港の貿易の特徴といえる(表4参照)。
そのほか、香港は中国にとって、長年にわたり最大の対内直接投資相手先である。中国商務部によると、2017年12月時点で、中国において批准を受けた香港企業による投資プロジェクト件数は41万7,032件、香港企業による投資額(実行ベース)は1兆93億ドルと、中国の対内直接投資額全体の過半(53.1%)を占めている。当該数字の中には香港に会社を設立し、当該会社から中国へ再投資を行う中国系企業も多く含まれるものと推測されるが、それを差し引いても多くの香港系企業が中国で業務を展開していることは事実である。これら香港系企業の中には、製造した製品を米国など海外へ輸出する「輸出志向型」の企業も依然として少なくないとみられている。これらの企業は、米国の中国原産品に対する関税賦課措置の影響を直接受けることとなる。
米中摩擦を新たな発展の芽育成に向けた原動力に
2018年上半期の香港の貿易状況をみると、対米貿易は輸出(前年同期比9.5%増の1,675億香港ドル)、輸入(4.7%増の1,067億香港ドル)とも増加しており、数字の上では米中貿易摩擦による影響は顕在化していない。
一方、香港政府は今後の影響を見据え、担当部門でのワンストップ相談窓口の設置や、中国やASEAN市場開拓に向けたファンドの新設・拡充、無料セミナー・相談会を通じた情報提供の強化などの対応策を矢継ぎ早に実施している(表5参照)。
部門 | 対応策 |
---|---|
工業貿易署 |
|
香港輸出信用保険局 | 6月25日より(1)香港の輸出企業に対するバイヤーの無料信用調査枠の拡大、(2)年間売上高が5,000万香港ドル未満の香港の輸出事業者に対する出荷前追加保険(注)を無料提供。その他(3)貿易摩擦への対応策等に関する無料セミナー・相談会を開催。 |
香港貿易発展局 | 米中貿易摩擦への対応策をテーマとした無料セミナーの開催、ビジネスミッション、企業マッチングなどを通じた企業の新興市場開拓、生産拠点の移転を支援。 |
- 注:
- 貨物出荷前にバイヤーが契約を解除した、あるいは債務不履行に陥った際に、保険加入者に対して保険金を支払うスキーム。
- 出所:
- 香港特別行政区政府報道資料より作成
しかし、米国側のさらなる対中貿易制裁措置の動きが不透明であることや、米中のみならず、他国・地域との貿易や中国に進出した香港系企業への影響など、今後影響が及ぶ範囲について予測が難しい点も多い。加えて、香港の輸出は大部分が他国・地域原産品であるため、香港独自で状況をコントロールできる余地は限られている。米中貿易摩擦は、香港経済が「外部環境の変化に脆弱(ぜいじゃく)」なことを改めて浮き彫りにする結果となったともいえる。
換言すれば、香港としては今後、米中貿易摩擦など外部環境の変化に左右されにくい、経済構造、産業基盤を構築していくことが重要といえる。2017年7月に香港政府トップの行政長官に就任した林鄭月娥氏は就任演説の中で、「香港の従来の主力産業の発展を図るとともに、イノベーション・科学技術・クリエーティブ産業の発展を推進」する意向を表明。長官任期の最終年となる2022年には名目GDPに占める研究開発(R&D)支出の割合を1.5%に高める政策目標を示している。その上で、2018/2019年度の政府予算では、500億香港ドル(約7,000億円)を科学技術・イノベーション産業の発展に投じた。林鄭長官は、海外訪問の際にはほぼ毎回、現地の科学技術イノベーション関連施設・企業を訪問するなど、香港政府トップとして当該分野の発展に向けた強いイニシアチブを示し続けている。
前述のとおり、短期的には、米中貿易摩擦そのものの影響の最小化に向けた取り組みが重要である。それに加えて、香港にとっては、今回の外部環境の急激な変化も「糧」としつつ、経済の新たな発展の芽を育成する取り組みへとつなげていくことがより重要となってくるだろう。

- 執筆者紹介
-
ジェトロ・香港事務所 次長
中井 邦尚(なかい くにひさ) - 1996年、ジェトロ入構。清華大学留学(2000~2001年)、ジェトロ・北京事務所経済信息部長(2002~2008年)、本部海外調査部中国北アジア課課長代理(2008~2012年)、ジェトロ・成都事務所長(2014~2015年)などを経て、2015年9月より現職。