知的財産権を活用した日本の中堅・中小企業の中国での取り組み

2018年2月27日

2017年11月15~17日、ジェトロは広東省深セン市で、ジェトロ・イノベーション・プログラム(以下、JIP)を実施した。JIPは、イノベーティブな技術・製品・ビジネスモデルを有する日本の中堅・中小・ベンチャー企業の知的財産権を活用した海外へのビジネス展開支援を目的に、2015年からシリコンバレー、イスラエル、ドバイ、シンガポールで実施しており、今年初めて深セン市で開催した。同イベントには、東京、大阪、岡山、神奈川の中堅・中小企業(10社)が参加し、中国企業や投資家からの資金調達、ライセンス契約の締結、アライアンスなどを目的とした取り組みを行った。このレポートでは、JIP深センプログラムを紹介しつつ、深セン市での知的財産権を活用したビジネスモデル構築に向けた課題について考察する。

日本の中小企業、知財活用で中国ビジネスに挑戦

11月15~17日、ジェトロは深セン市で、日本の中堅・中小企業の知的財産権を活用した、中国発世界市場向けビジネス支援事業として、ジェトロ・イノベーション・プログラム(以下JIP)を実施した。

電機・電子産業、医療・環境・新素材、IoT等の分野で知的財産権をもつ日本の中堅・中小企業(10社)が参加した。参加企業は(1)資金調達、(2)ライセンス契約の締結、(3)中国での販路拡大などを目的とし、深セン市でのピッチイベントに登壇して、投資家や関連企業に自社の技術とビジネスモデルをアピールした。


写真1:JIP深センプログラム ピッチイベントの様子(ジェトロ撮影)

ピッチイベントには、中国企業、投資家、メディアなどの関係者120名以上が来場し、1日で60件以上の個別商談が行われた。日本企業のピッチ(注1)に対し、来場した中国企業からは「技術の特徴や特許取得状況の詳細を知りたい」「カスタマイズした製品開発が可能か」「中国でのビジネスモデルと販売方法」など、具体的な質問が多く寄せられた。

参加した日本企業からは「中国や深セン市でのビジネスのポテンシャルを感じた」「日本で講義を聴いただけでは分からなかったが、実際に深セン市に来て、積極的に事業の展開を検討したいと思うようになった」などのコメントがあり、実際に現地で投資家や地元企業と交流した効果が大きかった。

日本企業にとっては展示会(深センハイテクフェア)への参加も、中国企業の最新の技術開発動向や取り組みを知り、自社技術や製品に対するニーズを知る良い機会となった。開催期間中、日本からの出展企業の技術に関心がある中国企業から、200件以上の商談が寄せられた。

一方、来場した中国の投資家からは「日本企業の技術への取り組みは素晴らしいが、対応が遅い」との厳しいコメントもあった。実際、韓国企業はハイテクフェアに200を超えるブースを出展し、日本企業との差を印象付けた。


写真2:JIP・深センプログラム「ハイテクフェア in 深セン」開催の様子(ジェトロ撮影)

現地で受け入れられるビジネスモデルを構築

JIPプログラムの目的は、単にイベント会場に中国企業を誘ってマッチングすることではない。事前に現地のマーケティング、投資、パートナー連携などに経験を持つアクセラレーター(注2)を日本に招き、一対一の個別指導を通じて、深セン市で受け入れられるビジネスモデルを構築した上で、現地に臨んでもらう研修をメインとしたプログラムであり、展示会・商談会等のイベントは、その成果を試すという位置づけである(図1参照)。

JIP・深センプログラムは、深セン市のエコシステムに強力なネットワークを有し、技術交流・知的財産運用分野において20年以上の実績と経験を持つ深セン清華大学研究院と連携して実施した。今回の深セン市でのピッチイベントに向けて、2017年8月末~9月上旬に大阪市で深セン市のアクセラレーターによる「ブートキャンプ」を実施、10月以降はスカイプによる面談など企業と一対一のメンタリング(人材育成)を実施した。

図1:JIP・深センプログラム実施概要
4段階で事業を実施 第1段階:Boot Camp(ビジネスモデル構築、大阪市、8月30日、31日、9月8日、特許市場性評価、特許戦略策定) 第2段階:メンタリング(ビジネスモデル検証、国内・深セン市、10月~、事業化モデル、収益化モデル検証)。 第3段階:ピッチ(ビジネスモデル発表、深セン市、11月15日)、事業パートナー、資金調達先選定)。 第4段階:マッチング(ライセンス供与先発掘、深セン市、11月16日~17日、マッチング先発掘)。
出所:
ジェトロ作成

「ブートキャンプ」では、深セン清華大学研究院からメンター(指導者、助言者)4名を日本に招き、(1)中国および深センのビジネス環境と他都市との違い、(2)パートナーシップ形成、(3)資金調達、(4)マーケティング・セールス、(5)知的財産保護戦略、(6)ビジネスコミュニケーション、(7)深セン市における製造・開発モデル等の講義と一対一の個別面談を行った。

講師は4名とも海外留学経験のある「海亀組(海外から中国への帰国者)」であり、専門分野は国際的な技術移転、クロスボーダーM&A(国境を越えての企業の合併・買収)、法律、マーケティング、資金調達や投資家向けプレゼンテーションなど多岐にわたる。講師は欧米での経験を踏まえつつ、深セン市でのビジネスに役立つ情報を提供した。

「メンタリング」では、中国の投資家や関連企業に向けて行うピッチと商談に向けて、メンターが各社の技術製品の特徴を的確に把握し、その上で、日本企業のニーズにマッチする商談のアレンジがなされた。


写真3:JIP・深センプログラム Boot Camp(in大阪)実施の様子(ジェトロ撮影)

今回当プログラムに参加した日本企業からは「ブートキャンプ」や「メンタリング」に対して、「深セン市の産業集積の特徴から新規開発に向けたものづくりが容易であることを知った」「メンターの電機・電子分野の専門知識に驚いた」「当社の製品や技術に真剣に向き合ってくれた」「投資家向けのピッチのポイントが勉強になった」などの評価があった。

深セン清華大学研究院は、1996年12月に深セン市政府と清華大学が50%ずつ共同出資して設立された、「産学研資(企業、教育、研究、資本)」機能をもつ事業単位(政策実施機関)である。傘下の投資会社(1999年設立、力合科創集団)を通じて、ハイテク分野のスタートアップ企業に対し、投資や技術マッチングなどの支援を行う。支援企業は累計1,500社、現在支援中の企業は900社近くある。現在、深セン市には、同様の機能を持つ大学の研究院が50校以上ある。JIP事業の成功のカギは、適切な「水先案内人」を見つけられるかどうかにあるといえる。

「中国のイノベーションメッカ」の深センを足掛かりに

世界的にベンチャー企業のエコシステムが巻き起こすイノベーションが注目される中、中国でも起業ブームが起こっている。北京市、上海市、浙江省杭州市、深セン市、香港では各地域の特色や背景を反映したエコシステムが形成されつつある(表1参照)。 今回、JIP事業の開催地に深セン市を選んだ理由は、同市が電機・電子産業の集積地であるほか、若さや解放感に溢(あふ)れた「中国主要都市の中で最も起業が盛んな都市」であり、ものづくりを強みとする日本企業との連携の可能性が高く、中小企業でも参入しやすいビジネス環境があるためである。さらに、中国のなかで、知的財産に関する意識が高い地域であることも見逃せない。

表1:中国各地のイノベーションエコシステム
都市 特徴
北京 大学、高度人材が集積し大学発ベンチャーが台頭。
上海 国際人材の強みと自動運転等、改革試験。
杭州 アリババがけん引し関連のIT系ベンチャーが隆盛。
深セン 電気・電子産業が集積し、世界で唯一無二のエコシステムを形成。IoTベンチャー企業が急成長。
香港 深センに隣接し、金融・資金調達に強み。
出所:
各種報道などを基に筆者作成

深セン市は電子・電機製品の加工貿易が盛んに行われている地域で、関連企業の集積が進んでいる。80~90 年代にはIT・通信等ハイテク分野において華為技術(ファーウェイ)、中興通迅(ZTE)、騰迅(テンセント)等の地場企業が成長した。

また、近年は大疆創新科技(DJI)をはじめ、セキ(石へんに夕)逓科技(Seeed)、柔宇科技(ROYOLE)、創客工場科技(Makeblock)など、独自の技術やビジネスモデルを生かして製品開発に取り組み、グローバルに展開するベンチャー企業が急速な発展を遂げている。こうした新興企業の創設者の多くが1980年代以降生まれと若く、エンジニア出身で、いずれも深セン市を基盤に起業している(表2参照)。

表2:深センを代表するハイテク新興企業の創設者
企業名 設立 事業概要 創設者
大疆創新科技 (DJI) 2006年 商業用ドローン世界シェア70%以上。2016年3月に発表したPHANTOM 4は、TIME誌で2016年に世界で最も影響力があったガジェット50選に、中国企業の製品としては初めて選出。 Frank Wang氏
1980年生まれ
香港科技大学出身
セキ逓科技(Seeed) 2008年 回路基板製作、ハードウェア・ベンチャー支援。
Eric Pan氏は、2013中国のForbesに30歳以下の若手起業家として表紙を飾る。
潘昊(Eric Pan)氏
1983年生まれ
重慶大学電子工学
柔宇科技 (ROYOLE) 2012年 世界最薄のカラーフレキシブルディスプレイを開発、新型フレキシブルセンサ 、スマート端末製品等開発。 劉自鴻氏
1983年生まれ
スタンフォード大学電子工学
創客工場科技 (Makeblock) 2012年 STEM教育ロボット開発、現在世界100カ国・地域で製品販売。2017年2月ソフトバンク社と提携し、7月に新製品の共同発表会を実施。 王建軍氏
1985年生まれ
西北工業大学出身
出所:
各種報道などを基に筆者作成。

深セン市は中国の主要都市の中で「最も起業が盛んな都市」とされ(図2参照)、住民の平均年齢は33歳と若い。市政府の発表によると、2016年の同市の海外留学人材誘致人数は1万509名、累計7万人の海外留学生が深セン市に定着している。また、同市は累計100万人を超える海外ハイレベル専門家を誘致している。

こうした海外からの人材誘致を支えるのが政府による補助金支給である。JIPピッチイベントで、深セン市政府の関係者は「海外ハイレベル専門家チーム誘致に平均2,000万元(約3億4,000万円、1元=約17円)、最高1億元を補助している」とコメントした。

図2:中国主要都市の新規登録企業数(2016年)
深セン市、386,704。上海市、295,333。北京市、222,000。広州市、141,985。
単位:
企業数(社)。
出所:
国民経済・社会発展統計公報、広州日報記事よりジェトロ作成

また、深セン市に立地しているフォックスコン(台湾のEMS大手)、ファーウェイ、ZTE、テンセント等のハイテク企業での勤務経験を持つIT・ハードウエア系人材が、こうしたベンチャー企業に流入しているとの指摘もある。現在、深セン市政府は、米国、欧州、韓国などから同市に来て起業を目指す外国人材や、アップル、クアルコム(米半導体大手)、ソフトバンク傘下のARM、アリババなどにも資金を提供している。

中長期的に持続可能なビジネスモデルを構築するために何が必要か?

日本の科学技術・学術政策研究所(NISTEP)がまとめた報告によれば、日本の技術輸出(注3)額は過去10年で2倍に拡大し、2015年には3兆9,500億円となった。しかし、米国の13兆4,000億円、ドイツの8兆6,000億円には大きく水をあけられている。また、同報告によると、日本の技術輸出の74.7%が同じ企業グループ内の親子会社間の取引であり、今後、親子間以外の取引を促進することが急務である。

このような状況の中、JIP事業は日本の知的財産活用ビジネス化の支援を目指している。JIP深センプログラムに参加した力合科創集団の別力子常務副総裁も、「過去30年間、深センは世界中のハイテク技術を学びながら成長してきたが、今後は、米国、欧州、日本のハイテク企業と連携し、新しい技術の開発に取り組んでいく必要がある」と述べ、日本企業と中国企業の連携に期待を示した。

今回のJIP深センプログラムは、参加企業にとっては中国ビジネスの第一歩にすぎない。今後、JIP事業を通じて商談した中国の投資家や企業との商談を継続し、成果を出すためには、柔軟な対応と迅速なフィードバック、中長期的な視点に立ったビジネスプランの構築が重要となる。

特に、日本の中小企業は、中国企業と販路開拓、技術連携、資金調達などの面で連携したいと思いながらも、人材、資金、マーケティングなどの面で資源が限られている。日本の中小企業が有力なビジネスパートナーを見いだし、長期的に収益を確保できるビジネスモデルを構築するための仕組み作りが必要である。


注1:
スタートアップ企業が投資家などに対して、自社のサービスなどを紹介するプレゼンテーションのこと。
注2:
スタートアップ企業を成長させるプログラムを提供する企業。
注3:
技術などを利用する権利を、対価を受け取って外国にある企業や個人に対して与えること(科学技術・学術政策研究所「科学技術指標2017」)
ジェトロ・広州事務所
張 琳荷(チャン リンハ)
2004年、ジェトロ入構。東京本部貿易投資相談センター(2004~2008年10月)、ジェトロ大阪の貿易相談センター、対日投資事業、地域間連携事業担当(2008年11月~2015年3月)を経て、2015年4月からジェトロ・広州事務所に駐在、現在に至る。ジェトロ・広州事務所では、日本企業の中国・広東省進出支援全般、中国企業の対日投資支援事業を担当。2017年に入ってからは、広東省・深セン圳市における、日本の中小企業と地元企業のビジネスアライアンス事業を担当。