「一国二制度」の維持と大陸部との融合の「両立」が課題(香港)
具体化に向かう広東・香港・マカオグレートベイエリア(粤港澳大湾区)計画(3)

2018年5月22日

香港特別行政区政府(香港政府)は、中国政府が推進する地域開発計画である「広東・香港・マカオグレートベイエリア(粤港澳大湾区、以下ベイエリア)計画」を成長の好機と捉えている。香港政府は「一国二制度」などの独自の優位性を生かしながら、ベイエリア計画への積極的な参画を目指すが、大陸部との融合をどのように図っていくかが大きな課題となっている。

香港が初めて中国の地域発展計画の対象に

香港の産業構造は、貿易、卸売り・小売り、不動産、金融・保険、プロフェッショナル・ビジネスサービスなどの第三次産業が主力となっている。2016年における香港の国内総生産(GDP)の産業別構成比は、卸売り・小売り・貿易の割合が21.8%、不動産およびプロフェッショナルサービスが21.7%、金融・保険が17.7%などとなっている。また、シンガポールや中国などの各都市との競争が激化する中、香港政府は、自らの競争力強化に向けて上述した産業分野以外の発展の必要性を強く認識している。

こうした中、中国政府が提起したベイエリア計画は、中国大陸部に加え、「一国二制度」下にある香港・マカオを初めて組み込んだ地域発展計画である。香港政府は「香港経済と大陸部の発展への融合を目指す」ベイエリア計画に積極的に参画する姿勢を強めており、計画の中で重要な役割を担っていく構えだ。香港政府が2017年7月、国家発展改革委員会、広東省、マカオ政府と締結した「広東省、香港、マカオの協力の深化、グレートベイエリア建設推進に関する枠組み協定」では、計画における香港の役割について、以下のとおり記述している(2017年7月6日記事参照)。

  • 国際金融・輸送・貿易の三大センターとしての地位をさらに高め、世界の人民元オフショアハブとしての地位および国際的な資産管理センターとしての地位を強化する。
  • プロフェッショナルサービスやイノベーション・科学技術の発展を推進する。

香港政府は、ベイエリア計画において具体的な役割を果たすべく、取り組みを強化しつつある。林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は2017年10月の施政報告(施政方針演説)で、計画の推進に向けて、中国政府、広東省政府、マカオ政府、さらには香港政府内の関係部局との調整を行う専門部署を政府内に設置する考えを明らかにした。同時に、林鄭行政長官は、香港の計画への参画に当たっては、主に「金融機能の強化」「イノベーション・科学技術の推進」および「ベイエリアにおける香港市民の居住空間、就学・就業機会の拡大」に注力する方針を表明している。そのほか、林鄭長官は、2018年4月に開催された「ボアオ・アジア・フォーラム」で、計画の中で香港が「中国と海外との『接点』」としての役割を発揮していく方針を示した。

ベイエリア計画の中で主体的役割を目指す

「金融機能の強化」については、香港は「一帯一路」戦略とともにインフラ投資や企業の投資に伴う資金調達ニーズに積極的に応えることで、国際金融センター、オフショア人民元ハブおよび国際資産管理センターとしての地位をさらに強化していく方針である。

「イノベーション・科学技術の推進」について、香港政府は、ベイエリア地域全体の目標である「国際的な科学技術イノベーションセンター」の構築に向け、具体的な役割を担っていく考えだ。香港には、中国とは異なる香港の「一国二制度」体制の下、英国式のコモンロー(慣習法)に基づく整備された法制度・知的財産権制度が存在するほか、世界大学ランキングで100位以内の大学が5校存在するなど、高い基礎研究能力を有している。香港はこうした分野での強みを最大限生かし、新たな成長分野に、イノベーション・科学技術分野を位置付けていきたい考えだ。

林鄭行政長官は、施政方針演説の中で、香港のGDPに占める研究開発支出の割合を2016年の0.79%から2022年までに1.5%に引き上げる目標を打ち出した。その中でも、特にベイエリア域内で科学技術・イノベーション分野で発展が目覚ましい深セン市との協力を重視。香港と深セン市の当該分野の協力・連携に向けたプラットフォームとして、香港と深セン市との境界付近に「港深創新・科技園」を建設する計画を推進している。

「ベイエリアにおける香港市民の居住空間、就学・就業機会の拡大」については、不動産価格の高騰や生活コストの上昇に直面する香港市民の生活空間の拡大を目指している。具体的には、香港市民の広東省内での居住、就業、通学の円滑化に向けて、香港の制度と大陸部の制度との調整などの方策を講じていく方針である。

「中国と海外との『接点』役の発揮」については、「一帯一路」戦略とともにベイエリア計画においても、外資系企業によるベイエリアへの投資(引進来)と中国企業による海外進出(走出去)の際、香港が中国と海外を「つなぐ」役割を担う方針だ。ある有識者は「深セン市に本社を置く多くの中国企業が、香港の税制上のメリットを享受し、高度・専門人材を活用するため、香港に法人を設立している」とした上で、「今後も中国企業による香港での拠点設立の流れが続く」と予測している。また、別の有識者も「中国企業による海外進出時の拠点としてのみならず、日本企業を含む外国企業が中国へ進出する際の拠点として、香港を活用するメリットは大きい」と指摘している。

香港市民の計画への参画意識の醸成が課題

前述のとおり、香港の「一国二制度」は、香港が世界と中国とを「つなぐ」上で大きな役割を担っている。その一方で、一国二制度そのものが、「ヒト、モノ、カネ」の自由な流通を阻害していることも事実である。中国政府は香港の一国二制度体制を今後も維持することを表明しているが、当該制度を維持しながら、往来のさらなる円滑化を図るためには、これまでにない「工夫」が必要となる。

在香港の研究者は「中国政府は香港の価値を認めている。中国政府としては、香港の『一国二制度』を参考にした基準や規則を他のベイエリア地域にも導入することで、中国の他地域に先駆けて域内の法的水準のレベルアップを図っていくのではないか」と指摘する。エリア内でのヒト、モノ、カネの流れの円滑化に向けては、中国が香港の制度にいかに歩み寄るのか、ベイエリアの各都市が香港の制度をいかに活用するのか、さらには、ベイエリアの各都市と香港がいかに協力し、新たな制度を生み出していくかが重要とみられる。

香港市民の中国に対する心理的な違和感の「克服」も大きな課題である。香港大学が2017年12月に市民を対象に実施した世論調査では、自らを「香港人」と回答した人の割合が38.7%だった一方、「中国人」と回答した人の割合は14.7%にとどまるなど、中国への帰属意識は高くないのが現状である。加えて、香港と広東省9都市の市民の間には、生活スタイルや文化、価値観、モノの考え方に大きな違いがあり、香港市民の中には、中国での居住・就業を敬遠する向きが少なくない。

こうした中で、香港政府がベイエリア計画を通じ中国との間で経済面の融合を促進していくためには、計画の推進によって香港市民がメリットを享受できることを具体的に示していく必要がある。

「一国二制度」を維持したまま域内の融合を図るベイエリア計画に、ビジネス界のみならず、香港市民レベルでの積極的かつ広範な参画が得られるかが重要な要素となってこよう。

執筆者紹介
ジェトロ・香港事務所 経済調査・企業支援部長
吉田 和仁(よしだ かずひと)
金融庁勤務を経て、2016年7月より現職。
執筆者紹介
ジェトロ・香港事務所
カン カレン
2016年香港大学文学部日本研究学科卒業。2016年9月より現職。