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AI中心に拡大するイノベーション・エコシステム(カナダ)

2018年6月11日

カナダにおけるベンチャー投資は年々拡大を続け、分野別では情報通信技術(ICT)への投資が約7割を占める。特に人工知能(AI)分野では、世界的に著名な教授や研究者が集積して最先端の研究開発が行われており、カナダ企業への活発な投資とともに、グローバルIT企業のカナダ進出が増えている。カナダ政府は、ベンチャーやイノベーションを積極的に推進しており、競争力強化により、良質な雇用の創出や対内投資拡大を目指している。

ベンチャー投資額は金額、件数とも大幅に拡大

カナダ・ベンチャーキャピタル・プライベートエクイティー協会(CVCA)によると、2017年のベンチャーキャピタル(VC)投資は前年比10.3%増の約35億カナダ・ドル(約2,975億円、Cドル、1Cドル=約85円)に達し、投資件数も10.8%増の592件となった(図1参照)。1件当たりの平均投資額は598万Cドルで、5,000万Cドルを超える投資は15件あり、そのうち3件は1億Cドルを超えた。

図1:カナダにおけるベンチャー投資額と件数の推移
2013年18億9,400万Cドル、365件、2014年22億1,900万Cドル、436件、2015年22億9,000万Cドル、546件、2016年32億800万Cドル、534件、2017年35億3,900万Cドル、592件
出所:
CVCA

2017年で調達額が最も大きかったVC投資は、中小の小売店やレストランに対して安価なPOSシステムを提供するライトスピード POS(ケベック州モントリオール市)への2億700万CドルのシリーズD投資(注)で、そのうち1億7,000万Cドルはケベック州貯蓄投資公庫が出資した。2番目は、AIソリューションを提供するエレメントAIが、シリーズA投資では過去最高額となる1億4,100万Cドルを調達している。3番目は、カナダの光学・光通信研究所からスピンアウトして2007年に設立され、自動運転車向けのライダーシステムを開発したレダーテック(ケベック州ケベック市)が、1億2,600万CドルのシリーズC投資を受けた。

分野別ではICTが25億Cドル・375件と金額・件数とも最大となり、ライフサイエンスが7億Cドル・105件、クリーンテックが1.4億Cドル・35件、アグリビジネスが1億ドル・24件と続いている。州別でみると、オンタリオ州が14億Cドル・236件で、金額・件数とも最大の投資を集めた。続いて、ケベック州が13億Cドル・180件、ブリティッシュ・コロンビア(BC)州が6億Cドル・91件で続いた。

6都市でベンチャーのエコシステム形成

世界のスタートアップ・エコシステムを調査しているスタートアップゲノムと世界起業家ネットワーク(GEN)が発表した「グローバル・スタートアップ・エコシステム・レポート2018」では、世界22カ国・地域の43都市を評価しているが、カナダについてはトロント・ウォータールー、オタワ、モントリオール、ケベック、バンクーバー、エドモントンの6都市が取り上げられた。さらに同レポートでは、AI、ブロックチェーン(分散型ネットワーク)、フィンテック(金融技術)など11分野において、エコシステムの注目都市を紹介しているが、カナダの都市では、AIとライフサイエンスがそれぞれ4都市、ゲームが3都市、先端製造、サイバーセキュリティーでは2都市がそれぞれ紹介されている(表1参照)。

表1:カナダ主要都市における業種別エコシステム (○はエコシステムあり)
都市名 AI ライフ サイエンス ゲーム 先端
製造
サイバー セキュリティー フィンテック ブロックチェーン クリーン テック
トロント・ウォータールー
オタワ
モントリオール
ケベック
バンクーバー
エドモントン
出所:
「グローバル・スタートアップ・エコシステム・レポート2018」

11分野の中で、カナダが特に注目を浴びているのは、AIエコシステムだ。前述のエレメントAIのジャン=フランソワ・ガニェ最高経営責任者(CEO)が個人のブログサイトでとりまとめた「カナダのAIエコシステム2018」によると、AIスタートアップ企業は約650社あり、前年比28%増加している。それらのベンチャーを支える投資家グループと公的研究施設がそれぞれ60を超え、アクセラレーターとインキュベーターが40以上となっている(表2参照)。

表2:カナダ主要都市のAIエコシステム
都市名 スタート
アップ数
投資家
グループ数
公的研究
機施設数
アクセラレーター・インキュベーター数
トロント 210 13 10 6
ウォータールー 65 2 12 3
オタワ 35 2 3 2
モントリオール 120 14 14 7
ケベック 20 2 7 1
バンクーバー 130 4 4 4
エドモントン 20 11 5 6
その他 50 12 5 11
650 60 60 40
出所:
カナダAIエコシステム2018

トロント、モントリオール、エドモントンがAI研究開発を牽引

カナダ最大のAIクラスターは、トロントとその 112 キロ西方にあるウォータールーの一帯だ。2018 年の世界大学ランキング 22 位のトロント大学や、コンピュータ・サイエンスに強いウォータールー大学など16の大学があり、両地域合わせてAIスタートアップが275社以上ある。トロントのダウンタウンには、MaRSディスカバリー・ディストリクト(MaRS)とい革新的技術の研究開発を支援するイノベーションハブがある。病院を改築したヘリテージ・ビルディングとウェストタワー、サウスタワー、プリンセス・マーガレットがん研究タワーの4つの建物からなり、敷地面積は約14万平方メートルと世界最大級の規模を誇る。ベンチャー企業やテナント向けのオフィススペースやウェットラボのほか、イベントスペースや会議室を有し、ベンチャー企業向けにはスタートアップ支援やスケールアップ支援を行っている。また、フェイスブック、グーグル、ペイパルなどのグローバルIT企業もMaRSに入居している。

2017年3月には、最先端のAIの研究を行うベクター研究所がMaRS内にオープンした。世界最先端のマシンラーニング(機械学習)と深層学習に特化した非営利の研究施設で、「ディープラーニング(深層学習)の創始者」として世界的に有名なジェフリー・ヒントン・トロント大学特別名誉教授が主任科学顧問を務める。同研究所は、学術機関やインキュベーター、新興企業、既存企業などと共同で高度AI研究を進め、カナダ全域でAI技術の導入と商業化推進を目指す。同研究所の研究資金は、オンタリオ州政府やカナダ連邦政府のほか、アクセンチュア、グーグル、ウーバーなどを含む43社が5年間で計1億3,500万ドルを拠出している。

2018年5月にはサムスン電子がMaRS内に最先端のAIセンター設立した。同社はシリコンバレーにもAIセンターを設立しており、両AIセンターが連携しながら、北米市場におけるさまざまな機器へのAI導入を加速させようとしている。

日系企業ではNTTデータが2016年11月、MaRSとパートナーシップ契約を提携し、協業可能性があるベンチャー企業の発掘や共同でのビジネスモデルの検討などに取り組んでいる。また、富士通研究所は2018年3月、トロント大学内に研究拠点を設立した。同大学教授と共同研究契約を締結し、スマート交通やネットワークなどの分野において、デジタルアニーラという技術の社会実装に取り組む。

2番目に大きいAIクラスターはモントリオールだ。世界大学ランキング42位のマギル大学やモントリオール大学など11の大学がある。深層学習の先駆者の1人であるヨシュア・ベンジオ・モントリオール大学教授は、モントリオール学習アルゴリズム研究所(MILA)の所長を務めており、データ・バロリゼーション研究所(IVADO)ではAIやビッグデータの研究を行っている。モントリオールのAI研究者数は250人を超え、世界最大級の集積となっている。

AIスタートアップ企業は120社以上あり、中でも最も注目されているのは、ガニュー氏やベンジオ氏が2016年10月に設立したAIソリューションを提供するエレメントAIだ。同社は、2018年1月にはロンドンに欧州本社を設立、5月末時点で従業員数は270人に達し、そのうち博士号保持者は70人に達している。

グローバルIT企業も相次いで拠点を設立しており、マイクロソフトは2017年1月、自然言語処理の深層学習の研究を行う新興企業のマル―バ(Maluuba)を買収した。フェイスブックは同年9月にAI研究所、FAIRモントリオールを開設。同研究所の所長にはマギル大学准教授のジョエル・ピノー氏が就任し、強化学習と対話システムに重点を置いている。

2018年5月には、フランスの大手広告代理店ハバスグループが、AIイノベーションセンターの設置を発表した。2020年末までに60人のAI専門家を配置し、AIを利用してユーザー経験を予測分析することにより、顧客のビジネスパフォーマンス向上を目指す。その他、IBMやフランスの大手電機タレスなどもモントリオールへのAI研究所設立を発表している。

最近注目されているAIクラスターは、カルガリー州都のエドモントンだ。アルバータ大学はAIと機械学習の論文数で世界トップ3に入り、アルバータ・マシン・インテリジェンス研究所(AMii)は、深層強化学習で有名だ。AMiiには、強化学習の父として知られるリチャード・サットン教授をはじめ、マイケル・ボーリング教授、ランディ・ゴーベル教授など著名な教授陣が在籍している。Amiiでは、これまでボードゲームのチェッカーやチェス、囲碁のAIソフトを開発し、世界チャンピオンらに勝利を収めてきたが、2017年3月には、ボーリング教授らが開発したポーカーのAIソフト「ディープスタック」が、テキサス・ホールデムというポーカーゲームで11人のプロプレーヤーに勝利したことが米科学誌「サイエンス」で発表され、脚光を浴びた。同年7月には、英ディープマインドが、英国以外で初の研究所をエドモントンに設立した。同社は10月、人間が手本を示さずにAI同士が対局を繰り返すだけで強くなる「アルファ碁ゼロ」を発表しており、アルバータ大学と緊密に協力しながら、人間が介在せずに複雑な問題に対処できるAI研究を進展させる。

連邦政府のベンチャーやイノベーション支援策相次ぐ

カナダ連邦政府は、ベンチャーやイノベーションの支援に積極的だ。2013年にベンチャーキャピタル・アクションプラン(VCAP)を発表。ベンチャー企業の成長初期段階(アーリーステージ)にある企業に対する民間投資を促進するもので、カナダ事業開発銀行(BDC)を通じて、2013~2016年の4年間で4億Cドルをベンチャー企業に出資した。2017年12月にはVCAPの第2弾として、ベンチャー企業の成長後期段階(レイターステージ)にある企業への民間投資促進を目的する、4億Cドルのベンチャーキャピタル・キャタリスト・イニシアチブ(VCCI)を立ち上げた。

AI分野への支援としては、トルドー首相は2017年3月、汎カナダ人工知能戦略を発表した。予算規模は1億2,500万Cドルで、カナダ先端研究機構(CIFAR)を通じてAMii、ベクター研究所、MILAの3研究所の研究資金を助成するとともに、研究所間の連携を促進し、カナダがAIやイノベーションにおいて世界を牽引する地位を目指すとしている。

また、連邦政府は、既存の産業クラスターにおける商業化や技術開発の加速化を目的としたイノベーション・スーパークラスター・イニシアチブを発表。公募・審査の結果、2018年2月に(1)海洋(大西洋岸)、(2)スケールAI(ケベック州)、(3)先端製造(オンタリオ州)、(4)タンパク質産業(平原州)、(5)デジタル技術(BC州)の5クラスターが選ばれた。連邦政府は5つのクラスターに対し、5年間で最大9億5,000万Cドルの助成を行い、今後10年間で5万人以上の中間層の雇用創出と、500C億ドルの経済成長を期待している。


注:
ベンチャー企業に対して投資をする段階を示す。ベンチャー企業のステージに応じて、シードラウンド、シリーズA(創業期)、シリーズB(成長期)、シリーズC~H(成熟期)と上がっていく。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部米州課 課長代理
中溝 丘(なかみぞ たかし)
1997年、ジェトロ入構。海外調査部、国際交流部、経済産業省通商政策局(出向)、ジェトロ・ヒューストン事務所、産業技術部、企画部、経済産業省貿易経済協力局(出向)、ジェトロ・ヒューストン事務所長、サービス産業部などを経て、2016年4月より現職。

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