【中国・潮流】中国のイノベーションの評価 ‐ 在米有識者へのヒアリングより(4)

2018年3月30日

中国企業の対外直接投資が活発化する中、米国内では中国企業の対米投資、とりわけ技術の獲得をめざす中国企業などの動きに対する警戒感が高まりつつある。警戒感の高まりと裏腹の関係にあるかもしれないのが、中国発イノベーションに対する米国側の評価の低さ、それを踏まえた中国側の旺盛な技術獲得ニーズである。

習近平政権の2期目において、中国の対外投資やイノベーションの促進、製造業の強国を目指す動きはますます加速するであろう。これらの現状および先行きをみるにあたり、中国のイノベーションに関連する評価や懸念などについて在米有識者へヒアリングを実施した。

イノベーション都市、深セン

「中国、イノベーション」というキーワードで最近大きな注目を集めている、広東省深セン市。中国のシリコンバレーとも形容され、中国のイノベーションをけん引する都市とも称される。2016年の中国の国際特許出願件数は米国、日本に続き第3位であるが、事実、中国の国際特許出願件数の約半分(46.6%)を深セン市の企業が占めている。日本でも有名な華為(HUAWEI)やDJI(商業用ドローンで世界シェアの7割以上を占める)の本社は深セン市にある。深セン市内にある華強北エリアには電機・電子関連の産業が集積しており、同エリアでは一般的なモノからニッチなモノまで幅広い部品を、1個からかつ安価に調達することが可能だ。特にパソコンやスマホと構造が類似するハードウエアを作るにあたり、深セン市は世界で最も部品調達に便利と言われる。アクセラレーターやメーカー、ベンチャーキャピタルなど、スタートアップをモノ、アイデア、ファイナンスなどの面でサポートする支援企業も充実している。さらには深セン市による資金や人材誘致などにおける強力なバックアップ、産学連携の深化により、マイクロソフト、アップルといった世界のITメジャーが深セン市に研究開発拠点を設ける動きがある。

中国発のイノベーションが抱える課題

これら深セン市に代表される中国におけるイノベーションの興隆について、米国の識者はその発展ぶりを認めつつも辛口だ。WechatPayやAlipayなどのモバイルペイメントやシェアサイクルなどの関連サービスでは一部イノベーションがうまくいっている分野もあるが、全体として中国発イノベーションが同様に進化しているわけではないとの声が多く聞かれた。深セン市は、イノベーションの世界で極めてダイナミックに変化している都市と考えられているが、その評価には、個々のイノベーションがどれだけのブレークスルーを達成しているか(イノベーションの質)を勘案する必要がある。その点、現在、中国で行われているイノベーションの多くはブレークスルーが小さいとの声があった。この点については日本の関係者からも、現在の中国のイノベーションは1を2ないし3に発展させる力はついてきたが、0から1を生み出す力はまだまだ弱いとの指摘がある。

イノベーションの主体がどうあるべきかについてのコメントもあった。日本や米国のイノベーションにおいては、政府は通常、特定のプロジェクトを担い、その後民間にゆだねる。民間が独自にニーズを踏まえて発展させることがイノベーションのベースにある。しかし中国のイノベーションにおいては、政府(国有企業)主導あるいは政府(同)の関与が強く、この点が日本や米国とは異なるという。中国は第18期中国共産党中央委員会第三回全体会議(三中全会)で改革の全面的深化を打ち出し、経済において市場に決定的役割を果たさせるとの方針を示したが、今もなお政府のトップダウンアプローチの国であり、必ずしも市場が決定的役割を果たす体制にはなっていない。特定の分野で一定の成功はあるかもしれないが、中長期的に見ればイノベーションや経済全体への波及効果は薄いというものだ。中国政府による補助金支援が公平な競争を阻害しているということもしばしば指摘される。ただしワシントン在住の識者は、もし市場化メカニズムの徹底を中国が実際に推進すれば米国にとって大きな脅威となりうるとの認識も示した。

中国と他国のイノベーションの相違点については供給サイドの話だけではなく需要サイドの観点も考慮すべきである。つまり、中国のイノベーションは、巨大な市場というスケール上の強みを生かした形で実行できる点が他国と大きく異なる。イノベーションの成果を巨大な市場ですぐに応用できる分野(IoT、デジタル、顧客データの活用など)においてはその強みが発揮されるであろう。

米国で高まる中国への技術移転懸念

中国企業が自身のイノベーション力をどう評価しているかは定かではないが、技術の導入を念頭においたと思われる対外投資事例は最近顕著にみられる。米国内においても中国企業による米国のハイテク企業への投資については、かねてから問題と認識されている。対米投資が中国への付加価値の高い技術の移転や技術供与につながることが懸念されており、米国内では中国企業のハイテク関連の対米投資に関して、技術移転の制限など何らかの措置を課すべきという声が根強いという。対米投資委員会(CFIUS)の権限を強めるべきであるとか、技術系研究者などへのビザ発給制限などの具体案も検討されているようだ。さらには、例えば、技術移転により利益を得る企業に対して貿易面で関税を引き上げるといったより直接的な措置を取るべきであるとの厳しい主張もあった。また、製造業のみならずビッグデータの活用を含んだ投資やアクセスに対しても懸念を示す向きがあった。

米国内では保護主義の動きが強くなってきている。今年の中間選挙で民主党が下院を制する、あるいは今以上に貿易赤字が膨らむことがあれば、その動きが加速する恐れがあると言われており、米中関係が予断を許さない状況になることも考えられる。米国が対米投資や技術移転など、イノベーションに関係する分野において米国企業や米国の国益にダメージを与えないような政策や規制、対外措置を発出する可能性は否定できない。何らかの措置を行うと中国からは反発や報復措置が予想され、悪循環に陥る。ビジネス上の問題が生じる可能性もあり、米国や中国以外の他国の企業にも影響を与えると、強い懸念を示す識者も見られた。一方、これらの政策や措置の作成には時間を要するものであり、今はまだ具体的な問題が露見していないため、今後問題が出てくれば対策を考えていくのではないかとのやや楽観的な見方もあった。

中国のイノベーションはどこへ向かうのか?

中国のイノベーションを見るうえで、米国のある識者による製造業とサービス業に分けた分析が興味深かった。以下にポイントを紹介すると、中国のサービス業は民間企業がけん引しており、小売業、電子商取引、電子決済などの分野で、アリババやテンセントなど世界的に知られる企業が出てきた。ただしサービス業の拡大は良いことばかりではない。なぜなら生産性の向上が製造業よりも限られるのが普通だからだ。日本、米国、欧州連合(EU)のケースを見ると、経済がサービス業中心となったことが成長率低下の要因にもなっている。中国は製造業を維持し、イノベーションにより成長のけん引力を高め、サービス業は高付加価値分野に移行しようとしているが、その成功は難しく、成功した国も少ない。イノベーションやテクノロジーの発展は西側諸国で国内総生産(GDP)成長をけん引しなかったと分析する。その上で中国において、製造業にイノベーションを導入していくプレーヤーとしては、国有企業がまずその責を担うとの認識を示した。また、中国政府が推進する「中国製造2025」政策においてもその実施主体は国有企業と読みとれると述べ、国有企業発のイノベーションをいかに民間に移植していくかがポイントであると指摘する。現在の中国の代表的なイノベーション企業である華為やレノボといった企業も元々は軍や国有企業で培った技術が基になっているとされているほか、政府の補助金で成功した側面もあるという。台湾や日本についても類似の歴史があると指摘して、アジアと西側諸国のイノベーションの発展モデルは異なると結論付けた。

またこの識者は、民間・国有経済が併存する「中国の独自性」、「独自の混合経済モデル」が中国には存在することが、現在の中国の発展の要因の一つとなっていることを強調した。それに基づくと中国のイノベーションも中国独自の発展を遂げる可能性がある。今回のヒアリングでは、中国発のイノベーションの質について懐疑的な見方が多く聞かれたことは事実としてあるものの、欧米諸国や先進国のそれと同一視点で分析することは正しい見方を阻害する要因となるかもしれない。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部総括課長代理
島田 英樹(しまだ ひでき)
1998年東京三菱銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行。北京大学留学後、北京、大連支店勤務。2005年、ジェトロ入構。海外調査部中国北アジア課、ジェトロ・北京事務所進出企業支援センター長を経て現職。中国駐在は合計10年にわたる。