GITEX:中東にもイノベーションの波

2018年11月22日

アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで2018年10月14~18日にかけて、第38回となる大規模IT見本市「GITEX Technology Week 2018」(以下、GITEX)が開催された。同見本市の一部として、17日までの会期でスタートアップに特化した見本市「GITEX Future Stars 2018」も併催された。

世界各地でデジタル経済やスタートアップの促進策が採られる中、UAEも知識経済の発展を目指しており、ドバイ政府は2014年に都市・行政のスマート化を目指す「Smart Dubai」戦略を発表している。ドバイでのGITEXは中東最大規模のイベントとして、例年大きな盛り上がりを見せている。現地取材に基づき、ドバイや中東に押し寄せるイノベーションの波について報告する。

デジタル技術の祭典:GITEX

GITEXの会場となるドバイ・ワールド・トレード・センターは、一回りするのに1時間、ブースに立ち寄ると数時間は優にかかる規模だ。2017年度実績では、来場者数は140カ国以上から10万人超、出展企業数は4,700社以上と公表されている。会場内にも数多くのブースが立ち並ぶが、主に(1)企業ブース、(2)政府機関ブース、(3)国別ブースの3種類に大別された。

企業ブースでは、中東の大手通信会社や、グローバルに活動する大手IT関連企業による最新技術の派手なPRが目立っていた。UAEの大手通信会社Etisalatは壮麗なブースを設営し(写真1)、VR(仮想現実)飛行シミュレーター、飛行可能な自動車、自動運転車、バーテンダー・ロボットなどの未来型技術を多数展示していた。同じくUAE大手通信会社のduも、スマート技術の紹介に加え、風景上に人の姿を奇麗に反射する写真撮影コーナーで人気を博していた(写真2)。そのほか、サウジアラビアの通信会社STCなども巨大なブースを設営していた。企業ブースでは各社とも商談目的以上に、ドバイというショーケースで最新技術をPRしたいという狙いが強いように思われた。

グローバル企業としては、米国のマイクロソフト、CISCO、ヒューレット・パッカード、オランダのフィリップス、韓国のLG、中国のアリババ、ファーウェイなどが大規模ブースを設営し、クラウド技術やVR技術、無人運転車、スーパーコンピュータやデジタル看板などの最新技術をPRしていた。日系企業も富士通、NEC、東芝、日立製作所、パナソニック、エプソン、キヤノン、ブラザー工業など有力企業が出展し、例えばパナソニックは無人運転車や、アバヤ(民族衣装)を洗える洗濯機(写真3)などを展示していた。


(写真1) Etisalatの壮麗なブース(ジェトロ撮影)

(写真2) duの写真撮影コーナー(ジェトロ撮影)

(写真3) パナソニックのアバヤ洗濯機(ジェトロ撮影)

政府機関ブースでは、行政機関がむしろ企業以上に積極的に、最新技術を用いた未来志向型の製品を大いにアピールしている様子が目立った。行政のIT化を推進するドバイ政府では、省庁横断となる巨大な「Smart Dubai」コーナーを設け、60以上の行政サービスの利用や支払いを可能にするスマートフォンアプリ(写真4)、書類なしで旅行などの手続きを可能にするペーパーレス・プロジェクト、住民の「幸福度」を測る「ハピネス・メーター」など、IT技術を駆使した多様なサービス計画をアピールしていた。

ドバイ・インターネット・シティのブースでは、バスケットのフリースロー・ロボットとのゲームや、ビルをよじ登るVRゲームの体験が可能。ドバイ電力・水庁(DEWA)では環境に優しい電気自動車、ドバイ道路交通庁(RTA)では自動運転タクシーを展示していた。また、ドバイでは警察も意欲的で、ドローン・ポリスや、愛知県の中小制御盤メーカーの三笠製作所が試作した自動運転交番車などの最新機器を展示していた(写真5)。こうした政府の積極的な姿勢が、GITEXの盛り上がりや多数の企業の参加意欲、ひいてはUAEにおける新技術分野での進出意欲に寄与していることがうかがわれた。

国別ブースでは、規模や企業数はやはり中国や韓国が目立ったが、ドバイという土地柄から、南西アジアなど周辺国からの出展も多かった。インドブースは非常に大きな規模で、バングラデシュブースの出展もあった。また、フランスのスタートアップ関連企業のコミュニティーであるLa FRENCH TECが、GITEX Future Starsではなく、このGITEX本体にブースを構え、IT技術を中心に17社がPRを行っていた(写真6)。


(写真4) Smart Dubaiのスマートフォンアプリ紹介(ジェトロ撮影)

(写真5)三笠製作所による自動運転交番車(ジェトロ撮影)

(写真6) GITEX本体に出展したLa French Tec(ジェトロ撮影)

GITEX本体の視察を通じて、(1)資金力の豊かな政府機関が、新技術やイノベーションを取り入れた新製品(ドローンタクシー、ハイパーループなど)の活用に積極的で、かつ未来志向型企業との取引にも意欲的であること、(2)大企業を中心に、イノベーションのショーケースのハブとしてのドバイの存在意義をよく理解し、広報機会を大いに利用していること、という2点が、ドバイに企業や技術が集まる主な要因であることを把握できた。

層の厚い中東発スタートアップ:GITEX Future Stars

GITEXの一部となるスタートアップの専門見本市GITEX Future Starsには、45カ国から800社以上の企業・団体が参加した。おのおののスタートアップは各社が得意とする分野別、または国別に分かれて個別ブースを構えていた(写真7)。

国別では、日本からはジェトロが設営したジャパンパビリオン(J-Startupパビリオン)の18社を含む計19社が参加した。最も多いのはUAEの141社で、サウジアラビア62社、インド56社と続いた。中東諸国のほか、南アジアや欧米諸国からの出展もみられた。韓国からも34社が出展していた。各国の支援機関が取りまとめたナショナル・パビリオンは日本のほかにレバノン(写真8)やバーレーンなどがあり、UAEやサウジアラビアは複数の支援団体が個別に出展し、自身の支援内容や支援企業の紹介をしていた。

会場内には常に音楽がかかり、人工知能を搭載して会話するロボットや、音楽とテックを組み合わせたイベント開催場「MUTEK」などの存在で雰囲気を盛り上げていた。そのほか、投資家が集まるインベスターズ・ラウンジ、メンターによる指導を受けられるセミナー会場、ピッチ・コンテスト会場(写真9)なども用意されていた。


(写真7) 分野別に出展するスタートアップ(ジェトロ撮影)

(写真8) レバノンのナショナル・パビリオン(ジェトロ撮影)

(写真9) 盛り上がるピッチ・コンテスト会場(ジェトロ撮影)

会場の視察を通じて、想像以上に中東諸国のスタートアップの層が厚いことが分かった。前述の各社が分かれた得意分野としても、(1)宇宙技術、(2)環境・社会、(3)教育、(4)医療、(5)クリエーティブ・エコノミー、(6)VR技術、(7)フィンテック・EC(電子商取引)、(8)モビリティ、(9)スマートシティ・IoT(モノのインターネット)、(10)観光、(11)女性向け技術、(12)ソフトウエア、(13)AI(人工知能)、(14)ブロックチェーンなど、15ほどにわたる多種多様な分野が掲げられていた。

UAEの周辺国、特にレバノンのスタートアップの実力が高いことも新しい発見だった。レバノン企業は、ジャパンパビリオン横の比較的小規模なブースに16社参加していたが、この中からピッチ・コンテストで3社も入賞という快挙を成し遂げていた(写真10)。レバノンは、2013年に中央銀行が知識経済発展のための投資促進策「Circular331」を打ち出すなど、スタートアップ育成については中東でも先進国とのことだ。

UAEやサウジアラビアからは、スタートアップ支援機関の出展も目立った。UAEはスタートアップ支援ツールを持つDubai Chamberや、ITに特化したフリーゾーン「シリコン・オアシス」にコ・ワーキング・スペースを設けるDtec、さらに宇宙技術開発を行うMohammed Bin Rashid Space Center(MBRSC)なども出展(写真11)。サウジアラビアからは、政府系インキュベーションのBadir Program、政府系VCのRiyadh Valley Co.(RVC)や、ムハンマド・ビン・サルマン皇太子が保有するMisk財団の子会社としてテック系企業を支援する「Misk Innovation」などの出展があった(写真12)。これら機関の支援ツールには、海外のスタートアップでも利用可能なものがあるため、現地進出に当たっては参考にされたい。


(写真10) ピッチ・コンテストで優勝したレバノン企業「Spike」(ジェトロ撮影)

(写真11) 宇宙技術開発を行うMBRSCのブース(ジェトロ撮影)

(写真12) サウジアラビアのMisk Innovationのブース(ジェトロ撮影)

日本企業の出展成果としては、ピッチ・コンテストのファイナリストとして2社(Unipos、Doreming)が残った。約500社の応募の中で、ファイナルまで残ったのは約5%(24社)だった。また、商談成果についてヒアリングしたところ、多くの企業から「継続して検討したい商談が多数寄せられた」との回答があった。

印象的だったのは、UAEや中東の企業だけではなく、インドやジョージアなど周辺国からの参加者からの商談も多かったことだ。特にインド企業とは、継続して案件を検討したいと回答した日本企業が多かった。この点は、周辺国の一大ハブとしてのドバイの効果が現れたと言えるだろう。

GITEX全体を総括すると、非常に活気があり、日本で想像する以上の盛り上がりをみせていることから、中東でのイノベーションへの期待の高まりを感じ取り、多数の関係者と直接触れ合う機会を得るためには、またとない機会だといえる。今後も、日本からテック系企業が積極的にGITEXという機会を活用し、中東進出を果たすことを期待したい。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部中東アフリカ課課長代理
米倉 大輔(よねくら だいすけ)
2000年、ジェトロ入構。貿易開発部、経済分析部、ジェトロ盛岡、ジェトロ・リヤド事務所(サウジアラビア)等の勤務を経て、2014年7月より現職。現在は中東諸国のビジネス動向の調査・情報発信を担当。