高齢化を見据えた新たな介護ビジネスへの挑戦(マレーシア)

2018年7月30日

高齢化が徐々に進むことが見込まれるマレーシアで、将来的にニーズが高まるとみられる介護サービスや老人ホームなど介護ビジネスの可能性を探った。同国で介護ビジネスを展開するために進出を決めた日本企業や、介護施設を運営する地場企業へのヒアリング調査を通じて、介護ビジネスに取り組む上での課題が浮かび上がった。他方、介護先進国である日本の企業に対して、現地では高い期待の声が上がっている。

マレーシアで初となる日本企業の介護ビジネス

ジェトロは2018年3月に発表した「ヘルスケア・ビジネスのASEAN展開に関する調査PDFファイル(4.3MB)」の一環として、国内外で介護施設の企画、開発、運営管理を行うメディカル・ケア・サービス(埼玉県さいたま市)を取材した。同社は2018年3月、マレーシアの首都クアラルンプールのアンパン地区に高所得者向け有料老人ホーム「レイ・セラヤ・レジデンス」のモデルルームをオープンした。モデルルームでのマーケティング調査を経て、今後の建設計画を具体化していく予定だ。日本企業の介護ビジネスは、マレーシアでは初という。

マレーシアの高齢者(65歳以上)人口の比率は5.9%(2015年時点)とまだ低水準だ。同社東南アジア事業課主任の小田切雅治氏は「高齢化率が低く市場規模も小さいが、ポテンシャルは高い」と指摘する。高齢者率は2030年に9.7%へと上昇が見込まれている。小田切氏は「将来的に高齢化が見込まれるマレーシアにおいて、先行してビジネスを展開していきたい」と語る。


レイ・セラヤ・レジデンスのモデルルーム(居室)
(メディカル・ケア・サービス提供)

レイ・セラヤ・レジデンスのモデルルーム(共有スペース)(メディカル・ケア・サービス提供)

同社は、日本全国297カ所で介護施設を運営する国内大手の1つ。主力事業である認知症患者向けのグループホームを中心に事業展開する。しかし、日本は2042年ごろを境に高齢者人口の減少が見込まれ、将来的な保険料の抑制も想定されるため、小田切氏は「保険収入に頼らない、海外ビジネスを展開していくことが必要」と考えた。保険外収入を得るため、中国・南通市で有料老人ホームを開設し、同施設では満床を達成するなど、海外での介護ビジネスは好調だ。

事業ライセンス制度と介護士資格制度が未整備

マレーシアでの介護ビジネスは市場拡大が見込まれるが、課題もある。1つは、施設運営に係るライセンス取得や介護士資格に関して制度が十分に整っていないことだ。通常、マレーシアで介護施設を運営するためには、ライセンス(注1)を取得した上でローカル人材を雇用する必要がある。

ライセンスを取得していない企業が運営する施設では、メイドの就労ビザで入国した外国人労働者が働いていたり、衛生管理・施設管理が行き届いていない場合や、サービスを提供できる体制が整っていない場合がある。

ライセンスの取得申請手続きも煩雑であり、地場企業をパートナーにすることが必須となっている。サービス面での現地化は重要で、スタッフや運営方法など、現地に合わせたビジネスを行う必要がある。

介護施設への入居に抵抗感持つマレー系やインド系

マレーシアの下位中間層向けの介護施設を運営する、地場企業レカディア・プリマケア・センターのビジネス担当のアンドレ・ラトス氏は、「マレーシア人の高齢者介護に対する考え方は依然、保守的だ」と指摘する。

民族による考えの差異もある。華人系では、自身で介護したくても家庭の事情などからやむを得ず、高齢の親を施設に入居させるケースが散見されているが、マレー系やインド系は高齢の親を施設に入居させることについて「尊敬の念がない」という考え方を持っており、根強い抵抗感がある。

ジェトロが実施した「ASEAN9カ国健康長寿関連意識調査」(注2)においても、「家庭内の要介護者を誰がケアすべきか(複数回答)」という質問に対して、マレーシアでは92.5%の回答者が「子供」を挙げ、「民間の介護サービス提供者」と回答したのは14.0%という結果だった。

一方、「自身が要介護者になった時、誰にケアしてほしいか」という問いに対しては、「子供」は85.5%、「民間の介護サービス提供者」は19.5%と、自分たちは介護施設に入居してもよいと考える人が徐々に増えている。


レカディア・プリマケア・センターの介護施設
(レカディア・プリマケア・センター提供)

日本企業の質の高いサービスに期待

マレーシアでは、日本と異なり、公的な介護保険は存在しない。そのため施設入居費用を全額、自己負担できる層へのアプローチが必須で、介護保険がない前提でのサービス料金を設定する必要がある。

高品質な介護ビジネスという観点から、約4人に1人が65歳以上という超高齢社会に突入している日本のノウハウが魅力となっており、マレーシア企業では日本企業との協業を望む声も多い。メディカル・ケア・サービスも、マレーシア進出時には多くの引き合いを受けたという。

ラトス氏も「上位中間層以上を対象に、介護サービス付き住居ビジネスへの参入を検討しており、日本企業との協業を期待している」と話す。マレーシアでは訪問介護や訪問看護が行われており、富裕層はメイドを雇ってケアを受けることが可能なため、必ずしも施設が必要とされる状況ではない。しかし、同氏は差別化を図ればニーズはあると見ており、下位中間層向けとは全く異なるプレミアム施設での参入を考えている。その上で日本企業が提供する技術や質の高いサービス、ブランド力、従業員指導(時間を守り、労働に熱心に取り組む)などの点で期待しており、提携を希望している。

マレーシアは、言語面においても英語がビジネスで使用可能なことから、日本企業にとってもハードルは低い。また、クアラルンプールを中心に高所得層が多く、日本企業のターゲット層へアプローチしやすいというメリットがある。質の良い介護サービスでは一日の長がある日本企業にとって、マレーシアは一定のビジネスチャンスがあるといえるだろう。


注1:
社会福祉局または保健省のライセンスが必要となるが、所管官庁は事業形態によって確認が必要。
注2:
2017年12月にクアラルンプール市内で実施した健康・長寿に関するアンケート意識調査。20~39歳の一般男女200人が対象。
執筆者紹介
ジェトロ・シンガポール事務所
三木 敦史(みき あつし)
2011年に和歌山県庁入庁後、管財課にて庁舎、職員住宅の管理業務に従事。2013年より那賀振興局地域振興部にて防災、消防、選挙業務を担当。2016年4月よりジェトロへ出向。ものづくり産業部生活関連産業課を経て、2017年4月よりシンガポール事務所にて、伝統産品、環境・インフラ、機械、食品など多様な産業の輸出・進出支援を担当。
執筆者紹介
ジェトロ・クアラルンプール事務所
田中 麻理(たなか まり)
2010年、ジェトロ入構。海外市場開拓部海外市場開拓課/生活文化産業部生活文化産業企画課/生活文化・サービス産業部生活文化産業企画課(当時)(2010~2014年)、ジェトロ・ダッカ事務所(実務研修生)(2014~2015年)、海外調査部アジア大洋州課(2015~2017年)を経て、2017年9月より現職。
執筆者紹介
ジェトロ・クアラルンプール事務所 プロジェクトオフィサー
村田 将(むらた しょう)
2011年に三重県庁入庁後、保健環境研究所にて食品関係の理化学的調査研究に従事。2013年より福島県衛生研究所に出向し、食品の放射性物質検査を担当。2014年に三重県庁に帰任、防災企画・地域支援課にて防災啓発や市町の防災対策補助金などを担当。2016年4月よりジェトロへ出向。企画部地方創生推進課を経て2016年10月よりクアラルンプール事務所にて、製造業、環境・インフラ、ヘルスケア、食品など多様な産業の輸出・進出支援を担う。