営業秘密の流出が多発、管理体制の整備を(中国)
広州でセミナー、弁護士が指摘
2018年6月26日
ジェトロ広州事務所は5月21日、中国における営業秘密の流出防止策に関するセミナーを開催し、日本の弁護士でIP FORWARD法律特許事務所・上海オフィスの本橋たえ子氏が講演した。近年中国では、営業秘密の流出が多発しており、日系企業にも被害が出ている。営業秘密を法的に保護する社内体制の整備が求められる。
登録を伴わない知的財産
本橋氏の講演概要は以下のとおり。
営業秘密は、特許権や商標権などとは異なり、権利者が国家機関で登録を行わずに内容の秘匿化を図る知的財産で、(A)設計方法や製造技術などの技術情報、(B)顧客リストや部材価格、販売計画などの経営情報に分類される。ただ、営業秘密として認められるには、(ⅰ)公衆に知られていないこと(非公知性)、(ⅱ)商業的価値を有すること(価値性)、(ⅲ)権利者が秘密保護の措置を取っていること(秘密保護措置)の3要件を満たす必要がある(注1)。
中国では、海外の高度技術が流入している点に加え、(1)労働力の高い流動性、(2)無形財産保護に関する社会的な合意形成が不十分なこと、(3)SNSをはじめとするIT環境の整備などもあり、近年営業秘密の流出が多発している。
(2)に関しては、近年、全体的に中国企業の間ではコンプライアンスを順守する意識が向上しているが、それが組織の末端レベルにまで浸透しているとは言い難い。営業秘密の流出は、従業員または元従業員により引き起こされていることが多い。従業員が営業秘密をSNSで他人へ送付するほか、不特定多数の人が閲覧できる文書共有サイトに掲載する事例が後を絶たない。
例えば、陝西省西安市のA社では、社員が取引先のB社へメールを送信する際、誤ってA社の各種価格表や顧客情報を送付した。A社はこの社員を解雇し損害賠償を求めて提訴した結果、4万元(約68万円、1元=約17円)の損害賠償が認められた。
ある日系企業では、勤務態度が真面目で研究熱心な中国人社員に退職時に製造技術を持ち逃げされ、同社の中国工場と酷似した工場を設立された。この日系企業の被害額は十数億円規模に上ったという。
保護するには3点の体制整備が重要
営業秘密を保護するには、事前措置として、(1)物理的管理体制(2)人的管理体制の整備、(3)(技術情報の場合)先使用権(後述)立証のための証拠保全、を行っておくことが望ましい。このうち、(1)と(2)は、自社の営業秘密が法律上の保護を受けるための要件だが、(3)は、製造など自社の営業秘密の実施行為を保護するための防衛的手段と位置付けられる。
(1)の例として、設計図面上に「極秘」「持ち出し禁止」など営業秘密として保護されていることが分かる文言を記載するほか、キャビネットなどに施錠保管する、または営業秘密が含まれる電子データにパスワードを設定するなどで、容易にアクセスできない環境を整備することがある。
(2)は、営業秘密にアクセス可能な社員との間で、秘密保持契約や必要に応じ競業避止義務契約(注2)を締結することだ。ほかにも、社内研修などを通じて、従業員の意識向上を図ることも重要だ。また、社外の取引先との間では、秘密保持契約の締結のほか、貸与した資料の管理(返還または廃棄の義務付け)により、第三者への流出防止に努める必要がある。
(3)の先使用権は、例えば、C社がD社の技術情報を盗用し特許権として登録した後、D社がC社から特許権侵害を訴えられても、C社が特許出願する前からD社が当該技術を使用していれば、D社はこれを継続使用できる制度だ(注3)。
D社が先使用権を認められるには、技術情報を盗用したC社と同じ技術を使用、または使用に向け準備を終えたことを立証する必要がある。それには、(1)図面や実験ノートなどD社がC社と同一技術を有するという証拠、(2)製造ラインの発注書など同一技術を使用し生産に向け準備を行っていた証拠、(3)販売記録、納品書などの製造行為の存在を示す証拠などが必要となる。
なお、こうした証拠の準備として、設計図などの書面については、公証または確定日付(タイムスタンプ)の取得により、当該書面がその時点で確かに存在していたことを証拠化するほか、重要な技術については、製造ラインを撮影して証拠化するなどの方法がある。
流出が疑われたらまず証拠を確保
営業秘密の流出が疑われる事態が発生したら、次のとおり対応すべきだ。
- (必要に応じ調査会社に委託し)極秘裏に調査を実施し、必要な証拠を確保。
- 自社の技術を盗用したと疑われる他社による特許出願の有無を確認。
- 取引先などへの影響を検討し、早めに専門家(法律事務所や調査会社)へ相談。
必要な証拠を確保することで、行政または刑事摘発(注4)が可能となるほか、民事訴訟も可能となる。中国では2018年1月から反不正競争法の改正法が施行され、営業秘密の侵害行為に対する民事救済措置として、法定賠償金が初めて300万元以下と規定された。
技術情報が冒認出願(出願する権利のない者による出願)された場合、まずはその取り戻しが可能かを検討すべきだ。前出のとおり特許権などとして登録され、それに基づき、民事訴訟の提起や行政法執行などの権利行使を受けた場合でも、あらかじめ証拠を準備しておくと先使用権を主張できる上、中国特許庁審判部(復審委員会)に無効審判を請求することで、当該の冒認特許権などを無効化することも考えられる。
- 注1:
- 中国では反不正競争法の改正法が2018年1月に施行されたが、施行前は実用性も要件に含まれた。例えば、失敗した実験データは営業秘密として認められず、保護の対象外だったが、改正法の下では保護される可能性がある。
- 注2:
- 退職後一定期間内の同業他社への就職などを禁止すること。
- 注3:
- ただし、C社の出願後にD社が製造ラインを拡張していれば、拡張後の製造には先使用権は認めらない。C社の出願前の設備を利用し、達成可能な生産規模にのみ先使用権が認められる。
- 注4:
- 行政罰では、工商行政管理部門による違法行為停止命令(侵害品の製造・販売行為の停止)のほか、侵害者に対し最大で300万元以下の過料が科される。刑事罰では、営業秘密の権利者に対し50万元以上の損害を生じさせた場合に3年以下、同様に250万元以上の場合に最長7年の懲役がそれぞれ侵害者に科される。
- 執筆者紹介
-
ジェトロ・広州事務所 次長
粕谷 修司(かすや しゅうじ) - 1998年、ジェトロ入構。中国・北アジアチーム(1998~2000年)、ジェトロ青森(2000~2002年)、ジェトロ・香港事務所(2002~2008年)、知的財産課(2008~2011年)、生活文化産業企画課(2011~2014年)を経て、現職。