経済回復を機に、さらなる投資を呼び掛け(タイ)
タイ投資促進セミナー開催報告

2018年5月29日

ジェトロは4月27日、東京においてタイ投資委員会(BOI)、サイアム商業銀行(SCB)と協力し、タイ投資促進セミナーを開催した。「タイランド4.0」や「東部経済回廊(EEC)」など、タイの産業高度化に向けた投資促進策のほか、タイの経済・産業概況について報告する。

東部経済回廊(EEC)法の施行間近

タイ政府は、中所得国のわなの回避、少子高齢化への対応などを背景に、中長期的な国家の成長戦略の方向性を示す「タイランド4.0」を提唱している。具体的には、先端産業における企業の集中投資を促し、国全体の産業高度化を目指す方針だ。その目玉政策が、「東部経済回廊(EEC)」開発構想である。バンコクの東方3県(チャチューンサオ県、チョンブリー県、ラヨーン県)をEECと指定(図参照)、同地域におけるインフラ整備を強化し、企業の投資に手厚い恩典を付与し、先端産業の早期育成を図る方針だ。

図:タイにおける、東部経済回廊(EEC)の位置
出所:
ジェトロ作成

同セミナーに登壇した、タイのバンザーン・ブンナーク駐日大使は、「EECをアジア市場への新たなゲートウェイとする」と発言した。タイを東南アジアにおける貿易・投資のハブとすべく、EECはその玄関口としての役割も期待されている。

EECへの投資につき、日本企業は以前より関心を示していたが、投資恩典や官民連携(PPP)インフラ開発の根拠となる、EEC法の施行を待っていた。

この点について、ブンナーク駐日大使から、「EEC法は、タイの立法議会で既に可決された。官報公布と同時に施行される」との発言があった。早期施行が期待される(注1)。


産業高度化策を紹介するブンナーク駐日大使

回復する日本からの直接投資

国別のタイへの直接投資額をみた場合、累積額では日本がトップだ。ただ近年、日本の直接投資額は、2012年をピークに減少傾向にあった。2011年にバンコク北部で発生した大洪水の復興投資や、自動車関連の大規模投資がひと段落したこと、2015年からタイの投資恩典制度が変更されたことが理由だ。

しかし、タイ投資委員会(BOI)によれば、2017年の日本からの直接投資額(認可ベース)は897億バーツ(約3,140億円、1バーツ=約3.5円)に達し、前年の796億2,900万バーツより13%増加した。5年ぶりの回復である。

こうした日本からの投資動向について、同セミナーに登壇した、パリエス・ピリヤマーサクン駐日公使は、2012~2016年の日本企業による直接投資額(申請ベース)は、「金属製品・機械(1兆8,300億円)」「電気・電子機器産業(6,400億円)」「化学・紙(3,600億円)」分野で多いと指摘した。自動車を中心とした、タイにおける日系製造業の広がりがうかがえる。

また、パリエス公使は、「近年は、国際地域統括本部(IHQ)や、国際貿易センター(ITC)などをタイに設置する日系企業の動きもある」と指摘する。企業のASEANワイドの生産ネットワークが広がるなか、特に製造業において、タイを調達、生産、営業の拠点とする動きと言えよう。

輸出、観光、インフラが牽引役に

タイ国家経済社会開発庁(NESDB)の発表(2018年5月時点)によると、2018年のタイ経済成長率は、輸出や観光、インフラ開発に牽引され、4.2~4.7%に達する見込みだ。

この点につき、サイアム商業銀行のシニアエコノミスト、タナポル・スリタンポン氏は同セミナーにおいて、タイからの輸出が今後は、「自動車部品」「ハードディスクやコンピューターパーツ」「食品・飲料」「半導体」「化学・プラスチック」「精製燃料」分野で増加すると分析する。また、観光については、2018年にタイを訪れる外国人観光客は、前年比で8%増加する見込みだという(注2)。さらに、EECにおける鉄道、港、空港の拡張計画など、今後長期間にわたり、インフラ開発が予定されている。民間投資への波及効果が期待される。

タナポル氏はこのように、タイの経済成長に期待を示した上で、注目すべき昨今の投資動向として以下3つを挙げた。

1つ目は、輸出と民間投資の連動である。タイにおいては、輸出が増加するほど、投資も増加する傾向にあるという。同国経済において、輸出が牽引役として果たす役割の大きさがうかがえる。

2つ目は、製造業における設備稼働率と、観光業におけるホテルの客室稼働率の高まりである。こうした動きから、今後は機械の受注や、観光業における設備拡張のための追加投資が見込まれる。

3つ目は、企業による情報技術(IT)分野への投資機運の高まりだ。特に、国内外企業による電子商取引(EC)分野への投資が活発化しており、タイ社会経済のデジタル化の推進が期待される。


タイ経済概況を説明するするタナポル氏

為替レートや海外情勢に懸念も

バンコク日本人商工会議所によれば、昨今のバーツ高傾向から、多くの在タイ日系企業がタイ政府に対し、「為替の安定化策」を期待している(注3)。

しかし、この点につきタナポル氏は、「タイの中央銀行(BOT)が近々に、政策金利の利下げや利上げに動く可能性は低い」と分析する。民間投資促進のためにも、政策金利は現在の1.5%に据え置かれる見込みだ。

また同氏は、米国の保護主義的な貿易政策について、現時点でタイが受ける影響は限定的としながらも、留意すべき事項だと指摘する。特に、米国が一部の中国製品に高関税をかける決定を下した点について、「コンピューター製品、通信機器、モーターなど、中国とのサプライチェーンに組み込まれているタイ製品もある。これらの品目については、米中の通商関係から受ける影響に、引き続き注目すべき」と説明した。

制度を活用し、競争力強化を

タイには多くの日系企業が進出しており、EEC域内にも1,000社以上の日系企業の拠点があると推察される。こうしたことから、タイ政府の産業高度化策や、それに伴うインフラ開発、新たな投資恩典制度の導入は、在タイの日系企業界にも大きな影響を与えると言えよう。

他方、現地日系企業の課題として、ワーカー賃金上昇など、生産コストの高まりが指摘されている。企業は、今後の事業展開に当たって、政府の政策をうまく活用し、自社の競争力強化に結び付けていく戦略が求められる。


注1:
EEC法は、2018年5月14日付で官報が交付され、同日施行された。
注2:
タイ中央銀行によれば、外国人観光客数は、2,992万3,000人(2015年)から、3,538万1,000人(2017年)まで増えており、増加傾向にある。
注3:
バンコク日本人商工会議所「2017年下期日系企業景気動向調査」参照。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課
田口 裕介(たぐち ゆうすけ)
2007年、ジェトロ入構。海外産業人材育成協会(AOTS)バンコク事務所出向(2014~2017年)、アジア大洋州課(2017~2018年)。2018年より現職。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課
安野 亮太(あんの りょうた)
2009年、明治安田生命保険相互会社入社。2018年より現職。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課
南原 将志(なんばら しょうじ)
2014年、香川県庁入庁。2018年より現職。