アゼルバイジャン、国際トランジット輸送分野で存在感

2018年5月14日

アゼルバイジャンは北をロシア、東は豊富な天然資源を有するカザフスタン・トルクメニスタン、南は中東の大国イラン、西は欧州へ至るジョージアと国境を接する。原油と天然ガスが伝統的な基幹産業。2014年以降は政策を転換、資源依存からの脱却と産業の多角化を進める。輸送分野では東西・南北の国際輸送路の中継(トランジット)点として存在感を増している。国際航空輸送分野でも中国・日本・東南アジアと欧州・中東の結節点となりつつある。

鉄道、エネルギー輸送分野で大きな前進

アゼルバイジャンの国際輸送事業に注目が集まっている。国家収入の大半を原油・天然ガスに依存する同国は、2014年以降の資源価格の下落で深刻な経済的打撃を受けた。CIS諸国でも回復が遅れ、2017年の国内総生産(GDP)成長率は政府発表で0.1%増。国際機関発表ではマイナス成長となった。イルハム・アリエフ大統領は2016年12月、「戦略的ロードマップ」を承認し、現在11の代表的産業分野を中心に経済の多角化を進める。そのなかには「輸送インフラ」も含まれ、政府は積極的な投資で2020年までに18,900人の新規雇用を同分野で生み出すことを目標に掲げる。

2017年は輸送分野にとって大きな意味を持つ年だった。鉄道輸送では2017年10月30日、同国の首都バクーからジョージアを経由しトルコのカルスをつなぐBTK(バクー・トビリシ・カルス)鉄道が開通。同鉄道の最大輸送能力は年1,700万トンで、2018年末までに旅客輸送も開始する。年間100万人の利用が見込まれ、主に観光分野での経済効果が期待される。貨物輸送に関しては将来的に年5,000万トンまで引き上げる予定。2018年1月からは中国からのBTKを経由する欧州向けブロックトレイン(注)の輸送も開始された。在ジョージアの中国企業関係者によると、現時点ではブロックトレインを除き中国出しのコンテナ輸送料金は鉄路より海路が安価とのことで、貨物増に向け将来的な輸送価格の引き下げが期待される。

また、アゼルバイジャン・カスピ海運とカザフスタン鉄道は2017年4月、合弁会社を設立。アクタウ(カザフスタン)とバクーを結ぶカスピ海横断国際輸送路(TCITR)の事業を立ち上げた。2018年には350万トンの輸送量を予定。カスピ海を挟み東岸のカザフスタンから52万トンの石油製品、35万トンの穀物、36万4,000トンの非鉄金属、36万トンの石炭の輸送を見込む。

バクー港はBTK、TCITRの積み替え拠点として急激な貨物の増加が見込まれる。取り扱い能力拡大のためバクー南方アリャート地区にバクー新港が現在建設されている(写真)。2018年内に建設工事の第1フェーズが終了する。同フェーズ終了後の貨物取り扱い能力は年間110万トン、10万TEUまで増加する。第2フェーズはその3~5年後の着工が予定されており、取り扱い能力は50万TEUまで拡大する。それでも需要の伸びに工期が追い付かない、との推測も出ている。


急ピッチで工事が進むバクー新港(ジェトロ撮影)

ロシアとイラン、ペルシャ湾岸諸国、インドを南北に結ぶ国際輸送路も実現に大きく近づいた。2017年3月にアゼルバイジャン・イラン両国の国境で試験運行が実施され、2018年1月には両国国境での施設供用が開始された。国境のアスタラからイラン北西のラシュトまでの未着工部分では、アゼルバイジャンがイランへ5億ドルの融資を供与。2018年上半期にも鉄道建設工事が開始される予定。アジア開発銀行とフランス援助庁も5億7,500万ドルの協調融資でプロジェクトを支援する。現在、イランからアゼルバイジャンへの輸送はイラン国内でトラック輸送、アゼルバイジャンに入り鉄道輸送に切り替える国際複合輸送が行われている。2017年第1~3四半期の貨物輸送実績は前年同期比21.6%増の470万トンで、両国が鉄道で結ばれれば物量はさらに拡大することが期待される。

エネルギー輸送でも、アゼルバイジャン産の天然ガスをトルコまで輸送する国際パイプライン「TANAP(Trans-Anatolian Pipeline)」が2017年末にほぼ完工。2018年6月末の稼働を予定する。TANAPはアゼルバイジャンとトルコを結ぶものだが、トルコから先はギリシャを経由しイタリアへと延びるTAP(Trans Adriatic Pipeline)との接合が予定されている。将来的には、カスピ海を経由しトルクメニスタン産のガスをTANAP経由で欧州に輸送することも見込まれる。天然ガス輸入元の多角化を進めロシア産ガスへの依存を低下させたい欧州連合(EU)は、2020年以降、トルクメニスタン産ガスのアゼルバイジャン経由での欧州向け輸送に期待を寄せる。EUにとってはエネルギー安全保障の観点で、アゼルバイジャン経由ガス輸送の重要性が高まっている。

地理、中立性、資本のストックが強み

航空輸送ではアゼルバイジャンの民間航空輸送大手「シルクウェイ・ウェスト」社が世界的に急速に事業を拡大させている。同社は2012年設立。わずか数年で世界25都市に定期便(チャーター除く)を就航させた。貨物輸送用のボーイング747-400型機と同8型機を合計で10機所有。2019年までに追加で9機購入する計画も浮上する。シルクウェイ・ウェスト社は18の子会社から成る「シルクウェイ・ホールディング」の中核企業。グループにはターミナル管理やケータリング事業、銀行、保険、建設会社など、いずれも航空輸送事業から派生した事業会社が加わる。日本との関係では、2016年1月に石川県の小松空港へ就航を開始。2017年12月29日からは関西空港にも就航。現在はバクー・日本間で週3便(小松空港から週2便、関空から週1便。いずれも韓国・仁川経由)運航する。2018年サマーシーズンからは関空からの直行便を1便増やし、合計で週4便体制となる予定だ。

シルクウェイ・ウェストの主力は航空貨物のトランジット輸送だ。経済規模の小さいアゼルバイジャン国内市場向けの航空貨物はわずか全体の3%程度。基本はアジアと欧州・中東間のトランジット輸送だ。同社が短期間で急激に事業を拡大させた理由は、「航空貨物輸送の世界的な伸びにうまく乗れたこと」(シルクウェイ・ウェストの田中勝利・日本支社長)に加え、シルクウェイ・ウェスト本社のヌリッド・アリエフ・アジア太平洋地区副社長は「地理的な優位性」を強調する。

アゼルバイジャンは欧州、ロシア、アジア、中東、アフリカなどの各巨大市場の中間点にあり、トランジット・ハブとして利便性が高い。シルクウェイ・ウェストの主力は中国(上海・香港)・アジアと欧州(ドイツのハーンなど)を結ぶ路線。中間にあるアゼルバイジャンは給油や積み替えに時間のロスが少ない。また産油国のため燃料価格が安価に抑えられているのも魅力だ。

特定の政治的・経済的な勢力に属していないことも強み。アゼルバイジャンは隣国のアルメニアとは国境紛争を抱えるが、それ以外の周辺国・関係国(ロシア・EU・イラン・米国など)とは独自の距離を保つ。就航の際に相手国との間で政治的、経済的、文化的な摩擦やあつれきがないことは、トランジット輸送のネットワークを広げるのに有利に働いている、とアリエフ副社長は指摘する。

資源価格が下落する前に道路や空港など輸送インフラに政府が多額の資金を投入していたことも、同じコーカサス地域でも資源を持たないジョージア、アルメニアとの明確な違いだ。輸送インフラについて、田中支社長は「アゼルバイジャンには冷凍・冷蔵倉庫もある。他の中央アジア、コーカサスの国と同列にみなすのは認識不足」と話す。

同社自身の努力も結実している。同社は2012年設立だが、前身となる組織はソ連時代からイリューシンやツポレフなど短・中距離機で中国北部まで輸送業務を行っていた。ソ連崩壊後、2001年の航空輸送世界大手カーゴルクス(ルクセンブルク)のアゼルバイジャン就航を契機に、グラウンドハンドリング業務のパートナーとしてカーゴルクス社のノウハウを吸収することに努めた。政府のオープンスカイ(航空自由化)政策もあり、米国連邦航空局(FAA)、欧州航空安全機関(EASA)などの監査と指導を受け、自社エンジニアの能力を高めたという。田中支社長も、「バクーの作業員は非常にまじめで日本からのリクエストにも十分応えてくれる。欧米のエアラインより事故率は低い」と現地の作業を信頼する。

シルクウェイ・ホールディングのテイモア・ママドフ上級副社長は、「半導体製造世界大手企業のイスラエル工場向けに、日本から非常に繊細な半導体製造装置を厳しい条件下で輸送しており、当社サービスの品質が高く評価されている結果」として胸を張る。

アゼルバイジャンのトランジット・ハブとしてのポテンシャルは、欧州・アジアの中間というロケーション、主要関係国との適当な距離感、インフラ投資のストック、国民性、と言える。


シルクウェイ・ウェスト本社(ジェトロ撮影)

アゼルバイジャンのトランジット輸送インフラは今後も機能を増していく予定だ。アゼルバイジャン国鉄のヒジャラン・ワレホフ社長は3月16日、出席した国際会議で2010年から2022年までの総投資額は500億ドルに達するとの見通しを述べた。BTKは完工、南北輸送路建設のめどはつき、今後は国内路線の修理や電化、車両基地の更新や客車や機関車購入に予算を投下する予定だ。同社長は2022年までのトランジット輸送を含む同社の鉄道事業計画の実現に楽観的な見通しを述べている。

航空輸送では、バクーを経由し日本・アジアと欧州・中東を結ぶ輸送路は太くなりつつある。2017年7月には日本とアゼルバイジャン両国間で相互の旅客便の乗り入れに合意、アゼルバイジャン航空は2019年中のバクー・成田間の直行便就航を目指している。両国でヒトとモノの交流・移動がさらに深まれば、経済関係もより発展していくことは間違いないだろう。


注:
列車1編成の貨物全てが、同一の起点と終点で輸送される貨物列車のこと。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課ロシアCIS班 課長代理
髙橋 淳(たかはし じゅん)
1998年、ジェトロ入構。2005年から2007年まで海外調査部ロシア極東担当。2009年から2012年までジェトロ・モスクワ事務所駐在。2012年から2014年までジェトロ・サンクトペテルブルク事務所長。ジェトロ諏訪支所長を経て2017年7月より現職。