米国の石油、天然ガス業界を取り巻く環境変化
エネルギー支配構想を視野に入れた規制緩和政策が進行中

2018年4月11日

米国の石油・天然ガス業界は、現在、二つの重要な事業環境の変化を目の当たりにしている。一つは、石油や天然ガスの記録的な輸出増大を背景として、世界のエネルギー超大国の地位を目指すトランプ大統領の構想である。そして、もう一つは、トランプ政権や共和党によるオバマ政権時代の諸規制の撤廃である。現政権は、規制緩和を、トランプ大統領の公約である米国労働者のための雇用創出を達成するための手段として捉えているのみならず、米国がエネルギー分野において支配的地位を占めること(American Energy Dominance)にも資する政策であると考えている。

米国による「エネルギーの支配(Energy Dominance)」政策に現実味を与えるエネルギー輸出の増加

最近まで数十年間にわたり、エネルギーの世界ではサウジアラビアやロシアなどが巨大生産国としてエネルギー供給面で優位にあり、1973年の第1次石油危機以来、米国にとってのエネルギー政策の優先課題は「エネルギーの自立(Energy Independence)」、すなわちエネルギーの自給率を高め、中東諸国など他国への依存を軽減して、エネルギー安全保障を高めるというものであった。

しかし、米国に豊富に賦存するシェール・ガスやシェール・オイルを効率的かつ低コストで生産する技術やノウハウが蓄積され、いわゆる「シェール革命」により米国産原油、天然ガスの生産量が飛躍的に増大したことを背景に、トランプ大統領は、米国のエネルギーを束縛から解き放つ(Unleashing American Energy)とのテーマで、従来追及してきた「エネルギーの自立」のみならず今後は米国の「エネルギーの支配」をも目指すという内容のスピーチ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます を、2017年6月にエネルギー省で行っている。米国の豊富なエネルギー資源を開発しこれを輸出することは、国内での雇用創出のみならず、米国の同盟国、友好国などのエネルギー安全保障にも寄与するとの内容であり、エネルギーの開発と輸出を促進するためにオバマ政権下での規制の撤廃やインフラ整備を進めると表明した。

2016年以来、米国はロシアを抜き、世界一の天然ガス生産者となっている。最大の輸出先は天然ガス・パイプラインでつながれているメキシコであるが、液化天然ガス(LNG)の形で韓国や中国、さらには中東欧のリトアニアやポーランド、中東のヨルダン、アラブ首長国連邦、エジプトにも輸出が行われている。LNGは現在、主に米シェニエール(Cheniere Energy)の施設から輸出されているが、他社も含めてLNG輸出インフラの建設、拡充が進められており、LNG輸出の増加が見込まれている。

「シェール革命」により米国では原油生産が大幅に増加しているが、シェール・オイルの多くは軽質原油であり、必ずしも米国の製油所での処理には向いていないという問題がある。全米の精製能力の約3分の2が集中しているメキシコ湾岸地域の製油所群では、主にカナダや南米、中東などの割安な重質原油を輸入し精製することを前提とした装置構成となっており、軽質原油の処理には限界がある。このような状況を背景に、2015年12月にオバマ前大統領が原油輸出を解禁する法案に署名し、第一次石油ショック以来約40年ぶりに米国産原油輸出が全面的に解禁された。

トランプ政権は、オバマ政権下で建設が差し止められていたキーストーンXLパイプラインの建設(カナダ産原油をメキシコ湾岸製油所群へ輸送する能力の増強が主な目的)を2017年3月に認可した。石油、ガス産業が反対しているオバマ政権時代の一連の規制を廃止するプロセスを開始するなど、その発足以来、エネルギー産業寄りの政策を鮮明に打ち出してきている。このような事業環境の変化を受け、パイプラインや港湾施設の増強など輸出インフラの整備が行われてきており、2017年の原油輸出量平均は日量約110万バレルと、2016年の年間平均輸出量の2倍近くまで増加している。輸出先も多様化している。2016年には以前から特例として輸出が認められていたカナダ向けが6割を占めていたが、2017年以降はアジアや欧州向けの輸出が急増している。中国向け輸出量が、カナダ向け輸出量に迫るほどの水準まで増加しているのが特筆される。

天然ガス以外に、米国は、ガソリン、軽油などの中間留分、さらにはプロパンなどの炭化水素液(Hydrocarbon Gas Liquid)などの石油製品の分野でも世界一の輸出国であり、これら石油製品の輸出量は引き続き増加している。2020年に向けて輸出用設備の増強が実施されてきている状況も踏まえると、エネルギー分野で支配的地位を占めるというトランプ政権の構想は、現実味を伴ってきていると言えるだろう。

国内エネルギー生産増加に向けての規制緩和政策

大統領選挙戦中にトランプ氏は28項目の政策を就任後100日以内で実施することを公約PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(536KB) としていたが、この中には、雇用創出により米国の労働者を保護するために、国内エネルギー生産に関する規制緩和を進めるという項目が含まれていた。トランプ政権が発足し1年2カ月ほどが経過したが、政権および与党共和党の議会指導者は、この公約を実現すべく、石油・ガス開発部門に対して主に以下のような規制緩和策を打ち出している。

  • トランプ大統領は、オバマ政権によるクリーン・パワー・プランなどの諸施策の廃止を意図し、2017年3月に大統領令「エネルギーの自立と経済成長の促進策(Promoting Energy Independence and Economic Growth外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )」に署名。米国内エネルギー資源の利用促進のため、各省庁に対し規制の見直しを指示した。これを受けた、石油開発業界に関連する主要な動向は以下のとおり。
    • 2015年にオバマ政権下で施行された連邦保有地や先住民居住区における水圧破砕法(シェール・オイルやシェール・ガスを生産するための坑井掘削方法)に対する規制は、その実施をめぐって法廷論争に発展していたが、内務省土地管理局(BLM)は2017年12月に同規制を廃止。
    • 米国メキシコ湾深海域でBP社が操業していたマコンド油田における大規模な油濁事故の後、2016年にオバマ政権下で施行された沖合の石油、天然ガス掘削に係る保安基準に関し、内務省安全・環境執行局(BSEE)は2017年12月、その緩和措置に最優先で取り組むと公表。同措置により将来10年間で2.3億ドルに上る「不要な重荷」を取り除くとしている。
  • トランプ大統領は2017年4月に大統領令「アメリカ・ファーストの沖合エネルギー戦略の実施(Implementing an America-First Offshore Energy Strategy外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )」に署名。オバマ政権が策定した、米国沖合外部大陸棚(Outer Continental Shelf)連邦海域における石油・天然ガス鉱区付与に関する2017~2022年の5カ年計画(OCS Oil and Gas Leasing Program)を、「わが国から雇用と富を奪う可能性がある」と断じ、この計画を停止。2018年1月、ライアン・ジンク内務省長官は、同省海洋エネルギー管理局(BOEM)が新たに作成中の2019~2024年の新5カ年計画において、米国内エネルギー資源の利用促進を目的に、メキシコ湾東部(フロリダ沖)やカリフォルニア沖、大西洋沖や北極圏など、ほぼ全ての連邦海域(面積比で約90%)で石油・ガスの海洋掘削を認める方針を発表した。(オバマ政権下での石油・天然ガス開発に対する規制強化により、現在では、メキシコ湾西部および中部など、面積比で6%の連邦海域でしか石油・天然ガスの商業開発が認められていない。)
  • 2017年12月に連邦議会で可決された米国税制改革法案の一部として、アラスカ州北部の北極圏国立野生生物保護区における原油・天然ガスの掘削制限を解除することが決定された。

石油、天然ガス業界は楽観ムードだが、規制緩和の実効性には懸念点も

石油、天然ガス業界は楽観的なムードに包まれている。これは、米国石油協会(API)のトップを10年間にわたり務めたジャック・ジェラルド氏が2018年1月に今期限りでの引退を表明した際の、次のような声明にも表れている。「政府の全てのレベルにおける政策に関し、石油業界は勝利した。これは、ほとんどの人が想像していなかった成果である。」

しかし、現政権の目は石油・天然ガス業界だけに向けられているわけではない。トランプ大統領が、税制改革以外には未達成な項目が多く残る選挙公約をどのようなバランスで実現していくのかについても不透明な点が多い。エネルギー省のリック・ペリー長官が、石油・ガス業界の競争相手ともいえる石炭事業者や原子力事業者への補助金について連邦エネルギー規制委員会(FERC)に支持を求めたのも、その一例である。石炭や原子力事業への補助に関しFERCはこれを認めなかったが、この裏では石油、ガス業界がFERCに圧力をかけたと言われている。再生可能燃料使用基準について、環境保護庁(EPA)はエタノールなどの再生可能燃料のガソリンやディーゼルへの混入義務量を引き下げることを示唆していたが、エタノールの原料となるトウモロコシを生産している州選出の議員や知事などの反対により、義務量はほぼ据え置かれる結果となった。東海岸で最大級の製油所群を操業する大手石油精製企業(Philadelphia Energy Solutions)が2018年1月に破産申請を行った際、同社は経営破綻の原因として再生可能燃料使用義務順守のためのコスト増を挙げ、石油業界は同使用義務の緩和を求めたが、農業政策の観点から使用義務の緩和は難しいと見られている。同月には、内務省のジンク長官が「エネルギーの支配への新たな道」として、ほぼ全ての海岸の沖合での石油・ガスの海洋掘削を認める方針を公表したにもかかわらず、その数日後には与党共和党所属のフロリダ州知事リック・スコット氏の反対を受け入れ、商業的に有望で早期の石油開発が可能と見られていたメキシコ湾東部を含むフロリダ州沖の連邦海域を鉱区開放の対象から除外することに合意している。現在でも、共和党員を含む沿岸州の知事の多くが観光業や漁業の保護を理由に自州沖での石油開発活動に反対している。

トランプ政権の石油・ガス政策の特徴として、最小限の環境保護政策と、国内の石油、天然ガスの生産および輸出への強力なサポートが挙げられるが、野党民主党の反対や環境保護団体からの提訴などの課題も指摘されている。規制緩和という政策上の方向性は明確であるが、その実効ある実現に関しては、今後も動向を注視していく必要があろう。現政権の規制緩和政策は、米国の民間業者が石油や天然ガスの生産をさらに拡大する上での障壁を除去する効果はあるものの、実際に生産拡大が実現するかどうかに関しては、国際的な原油、天然ガスの需給環境、油・ガス価動向など、他の要因の影響が大きいことは、言うまでもない。

執筆者紹介
ジェトロ・シカゴ事務所エネルギー調査員
ピン・チー
2008年2月、ジェトロ・シカゴ事務所に入構。以来、同所にて北米のエネルギー事情に関する情報収集、分析業務に従事。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部米州課 アドバイザー
上村 真(かみむら まこと)
2017年10月にJX石油開発より石油エネルギー技術センター(JPEC)およびジェトロに出向。JPEC調査情報部主任研究員を兼務。