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ビジネスチャンスと政情・治安リスクの双方に注目
世界主要国・地域の最新経済動向セミナー報告 中東

2017年12月26日

中東地域は若年層の人口増により市場が拡大し、近年は産油国の脱石油戦略なども進み、今後は多くの商機が期待されているが、米国トランプ政権の中東戦略の影響や、決着が見えないカタール断交問題など、引き続き政情・治安問題も影響を及ぼしている。チャンスとリスクが併存する中東地域でのビジネスには、最新情勢の把握が不可欠だ。ジェトロでは今般、成長の可能性とリスクが併存する中東地域の最新情勢を日本企業に情報提供するため、中東5事務所の所長が各国のポイントを解説する「中東最新経済動向セミナー」を2017年12月6日に開催し、会場参加とライブ配信を合わせて231名と多数の聴講者を集めた。

各国で商機拡大も、リスクの検証も必須

中東地域でのビジネスにはチャンスとリスクが併存している。いくつかの国は政府主導で新たな分野での経済交流強化が始まっており、特に産油国サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)では原油価格の下落を契機に、脱石油依存経済を目指した成長戦略が実行されている。インフラプロジェクトなどの大型案件に加え、中小企業育成やイノベーション、娯楽・文化関連ビジネスなどの成長を目指して、日本企業の投資誘致に対する積極的なアプローチが見られている。

先端技術立国であるイスラエルは、人工知能(AI)、自動運転、サイバーセキュリティー、農業や水技術などさまざまな分野で世界の注目を集め、日本企業による企業買収や出資事例が増えている。トルコは内政も安定し、懸念された治安も大幅に改善し、本来の潜在力を取り戻しつつある。巨大市場イランはいまだに米国制裁の影響を受けるが、欧州諸国や中国・韓国は積極的にビジネス交渉を進めている。イラクにおいても「イスラム国」(IS)の存在が弱まり、治安の回復・安定化が期待されている。

このように中東主要国においては、ビジネスに対して前向きな動きが見えてきているが、一方で米国トランプ政権によるエルサレム首都認定や対イラン強硬戦略の発表、湾岸協力会議(GCC)主要国によるカタールとの断交問題、北イラク・クルド自治区独立の動きやISの拡散など、リスクの検証も行う必要がある。


盛況なセミナー会場

知識ハブへの転換をめざすUAE、カタール断交問題は長期化か

最初はドバイ事務所の安藤雅巳所長がUAEとカタール、イラク情勢について解説した。中東は2017年に入ってから、トランプ米大統領のサウジアラビア訪問、湾岸協力会議(GCC)諸国によるカタールとの断交、イラク政府によるIS拠点のモスル奪還、米国とトルコの相互ビザ発給停止、サウジアラビアでの汚職疑惑での王族一斉逮捕、イエメンでのサーレハ前大統領殺害、トランプ大統領のエルサレム首都認定など、大きな政情問題が矢継ぎ早に起こっている。中でもビジネス面で重要なのは、油価下落による産油国の財政悪化と、それを受けた付加価値税や物品税など増税の動き、他方で新国家ビジョンによる産業多角化、新たな分野での商機の拡大である。中東を「一帯一路」の有望市場とみなす中国は、要人往来を増やすなど存在感を高めている。

UAEは引き続きフリーゾーンのメリットを生かせる中東のハブとして、日本企業の進出の最大の集積地となっており、最近では菓子メーカーやラーメン専門店などサービス業の進出も増えている。アフリカなど周辺の新興市場への進出の足掛かりとする動きもある。今後は空港や港湾などの物理的なハブを超えて、知識ハブへの転換を目標としており、ドローンタクシーの試験運行、3Dプリンターによるビル建造などの先端技術計画も進められている。連邦制国家のため、ドバイやアブダビ以外にも、シャルジャやアジュマン、ラス・アル・ハイマなど、特色を生かして投資を呼び込もうとする首長国も増えている。

カタールは小国ながら、天然ガス資源により驚異的な所得水準(2016年の1人当たりGDP59,514米ドル)を誇るが、6月5日に発生した断交問題ではサウジアラビア、UAE、バーレーン、エジプト等対立国との和解が進まず、完全に硬直状態に陥っている。対立国との物流は遮断されたが、生活水準に大きな変化はなく、国民も結束しており、今後も事態は長期化の可能性が高い。

イラクは7月にISが占拠していたモスルを解放し、勝利宣言を行ったが、9月にはクルディスタン自治政府の独立投票決行問題が起こった。ただし、結果としては国内外からの賛同を得られず失敗に終わり、治安は回復傾向にある。サウジアラビアなどの他国もビジネス参入を検討するなど、前向きな動きも見られている。次回の2018年5月15日の国民議会選挙の動向が鍵となっている。

イスラエルはビジネス交流を加速、トルコは治安の落ち着きを取り戻す

続いて、テルアビブ事務所の余田知弘所長がイスラエルの情勢報告を行った。イスラエルは近隣のサウジアラビア、レバノン、シリアと国交がなく、イランとの対立や国内のパレスチナ問題など複雑な情勢を抱えているが、経済面では人口増や成長が続き、2016年の対内直接投資額は中東諸国中では第1位となった(国連貿易開発会議(UNCTAD)より)。

成長の原動力は、イノベーションやスタートアップを生み出す技術立国としての先端企業が成長できる環境にある。グローバル企業300社以上がR&D拠点を同国に設置しており、NASDAQ上場企業数は2017年10月末で94社に達する。日本からの投資も増加傾向で、2017年5月に世耕弘成経済産業大臣が現地を訪問したことを機に「日本イスラエルイノベーションネットワーク(JIIN)」という経済交流の枠組みが築かれた。11月末のコーヘン経済大臣来日時にはビジネスフォーラムを開催するなど、交流の機運が高まりつつある。

次にトルコ情勢について、村橋靖之イスタンブール事務所長が講演を行った。トルコでは2016年7月にクーデター未遂事件が発生し、その後もテロが頻発していたが、2017年1月のイスタンブールのナイトクラブ銃乱射事件以降は大きな事件は起きず、治安は落ち着きを取り戻しつつある。背景として、トルコ政府による取り締り能力の向上や軍との効果的な協力、無差別テロを起こしてきたISの弱体化があるとみられる。

エルドアン大統領は、2019年の大統領選挙・総選挙での勝利を見据えた政権運営を行っているが、経済が自動車輸出の好調や観光の回復などにより好調を維持し、ビジネスチャンスは拡大している。治安問題があったにもかかわらず、日本企業からも2017年には10件ほどの新規投資がある見込みだ。従来型の自動車・家電など製造業にとどまらず、eコマースやエコシステムの整備などのイノベーション・産業高度化関連、抹茶カフェなどの日本食・外食産業やアグリビジネス、映画・ドラマなどのコンテンツビジネスなど、トルコでも新分野が成長しつつある。

イランは米国の動向に注意、サウジアラビアは産業多角化で商機拡大

続いて、テヘラン事務所の中村志信所長がイランの最新情勢の解説を行った。イランについてはトランプ米大統領が10月13日に発表した新たな対イラン強硬戦略が話題となったが、中村所長が講演時点で「米国議会が新制裁法案を期限内に提出しない可能性もある」と予測した通り、60日間を経過しても議会の新たな動きはなかった。よって現状では2016年1月以降からビジネス上のルールに大きな変化はないが、米国制裁への抵触を避けるためには、取引前のデューデリジェンスや確認した内容の記録・保管は必須となる。ドル決済は困難だが、円決済による取引であれば日本でもメガバンクに相談可能となっている。

イランは資源国ながら石油・ガス分野の国内総生産(GDP)の割合は2割ほどと低く、サービス産業など多様な産業基盤を有している。ジェトロではイランのビジネス可能性を探るべく、直近ではトルコからイラン北西部を抜けて中央アジアに続く物流網の調査ミッションや、SAPCO社と協力して自動車部品分野の産業視察ミッションを受け入れた。最後のQ&Aでは通信インフラがまだ非常に脆弱(ぜいじゃく)なため、今後商機があるのではとの発言もあった。

最後にサウジアラビアの最新情勢について、リヤド事務所の庄秀輝所長が講演した。サウジアラビアは脱石油を推し進める長期国家戦略「ビジョン2030」に沿って、劇的な社会・経済改革が進行している。先日皇太子に就任したムハンマド・ビン・サルマン(MbS)皇太子が改革の中心を担っており、汚職に関わったとみられる王族を一斉に摘発するなど、断固たる意識改革を国内で進めようとしている。

日本企業にとっては、従来の石化とは異なる新しい分野での商機が拡大中だ。特にアニメやゲーム、スポーツやテーマパークなどの娯楽産業や、SNSやコンテンツ配信、配車サービスやネット通販など、現地で高い普及率を誇るスマホをプラットフォームとした事業、再生可能エネルギーや廃棄物処理による発電などの新エネルギー分野、都市インフラや交通システムの設計・デザインが必要な大規模都市開発、美容や健康、子供向け製品などの女性市場といった分野が注目される。ただし、民間外資の技術やノウハウに多くを負うことになるため、外資が投資しやすい環境づくりが同国にとって喫緊の課題となる。

常に最新情勢の把握が必要

治安面をみると、シリアやイエメンなど紛争が続く国はあるものの、トルコやイラクなど落ち着きを見せた国もあり、UAEやイランなどこれまで国内では大きな問題が発生していない国もある。他方で、トランプ米大統領のエルサレム発言など、今後の余波が懸念される事案も起こっている。ビジネスチャンスが拡大する中東地域だが、国ごとの最新事情を情報収集しつつ、米国の政策も含めた世界情勢の動向や、それによるリスクも合わせて注視しておく必要がある。


質疑応答に答える講師一同
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部中東アフリカ課 課長代理
米倉 大輔(よねくら だいすけ)
2000年、ジェトロ入構。貿易開発部、経済分析部、ジェトロ盛岡、ジェトロ・リヤド事務所等の勤務を経て、2014年7月より現職。

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