米国 ‐ 電力市場に日系企業の参入拡大
2017年8月15日
日本の電力会社による米国の発電市場への参入が続いている。その目的はエネルギー分野でのポートフォリオ拡大と収益確保だが、背景には日本国内で進む電力市場の改革がある。
電力市場改革が進む
日本では、改正電気事業法に基づき、電力市場改革の総仕上げとなる送配電部門の分社化(発送電分離)が 2020年から始まる。小売市場は既に16年から全面自由化され、多くの電力事業者の参入によって競争は厳しさを増している。これまで「地域独占」「総括原価方式」(注1)によって保護されてきた電力各社は、人口減少による国内市場の低迷や電力自由化により、競争激化に直面している。こうした中で電力会社が、新たな成長戦略としてグローバル市場での発電事業に目を向け始めている。目指すのは発電規模が日本の約4倍、4,077Twh(テラワットアワー)という巨大マーケット米国だ。
「独立系卸発電事業者(IPP)として北米発電部門に投資している。もともとガス火力発電に関するノウハウを海外で使えないか、という視点から米国でのビジネスを始めた。海外での成長分野である電力事業へのポートフォリオ拡大、電力市場改革先進国である米国での知識吸収を視野に入れている」。こう語るのは、東京電力と中部電力の両エネルギー部門による合弁会社JERAの幹部だ。米国の発電部門への投資は、これまでは商社が先行していた。しかし最近では、電力会社自らが投資案件を抽出している。
JERAは、15年からオハイオ州キャロルカウンティエナジー社へ出資しており、17年度から米国最大の卸売電力市場である PJMを通じて供給を行う予定だ。さらに同社は、米国ガス発電IPP事業者であるテナスカ(本社:ネブラスカ州オマハ)が保有する米国内の天然ガス火力発電所の一部事業権益を取得している。発電所はバージニア、ジョージア、オクラホマ、テキサス、アラバマの各州5カ所にある。全て長期のトーリング契約(注2)に基づく営業運転を行っており、安定的な取引を確保している。
米国では、1992年のエネルギー政策法によりIPPの電力市場への参入が認められた。技術革新により発電の低コスト化、小型化が進んだこともあり、電力会社に加え、IPPの発電事業への参入が始まった。連邦エネルギー規制委員会(FERC)は、96年の指令888により、電力会社に対して発送電分離(アンバンドリング)および送配電網の第三者への開放(オープンアクセス)を義務付けた。この結果、電力会社の送電網(電力系統)をIPPなどの第三者が借りて卸電力販売に乗り出すことが可能になった。
また97年の指令889により、発電・送電・配電など電力設備(系統)運用の効率化および中立性確保の観点から、ISOニューイングランド(ISO-NE)、ニューヨーク ISO(NYISO)、PJM-ISOといった独立系統運用機関(ISO)が設立された。IPPは、系統所有事業者が傘下の発電事業者に与えるのと同一条件で電力の託送サービスを受けられるようになった。
FERCはさらに、99年の指令2000により、ISOの機能を拡張した広域系統運用機関として地域送電機関(RTO)の設立を促した。この結果、現在まで7カ所の ISO/RTO(図)が設立され、このうち ISO-NE、PJM、MISO、SPP の4機関が RTOとしてFERCの承認を得ている。これら4機関がある州の大部分では、州政府の権限で小売市場も自由化され、競争の拡大が図られている。米国における電力の約3分の2は、これらISO/RTO がカバーする地域で消費されている。

資料:連邦エネルギー規制委員会(FERC)資料を基に作成
北東部は電力料金が安定
米国内で日本企業がIPPとして投資している地域は、おおむね北東部の3市場(ISO-NE、NYISO、PJM)。その理由は、北東部の卸売市場には「容量市場」が存在するためである。容量市場とは、供給能力(容量)さえあれば一定の対価が発電事業者に支払われる。いわば基本料と電力使用料という2階建ての料金体系を認めた仕組みである。
他方、テキサス州をほぼカバーする ERCOT卸売市場やカリフォルニア州をカバーする CaliforniaISO 卸売市場には、容量市場は存在しない。そのため、電力の卸売価格は電力需給によって大きく変動する。また、電力の需要と供給を常に一致させる「同時同量の原則」により、需要増加に伴って必要になる設備投資などのコストは、全てそのまま発電事業者の負担となる。
従って、電力需給の変動リスクを回避し安定的な収益を確保したい IPP事業者の投資先は北東部に集中する傾向がある。「容量市場の存在は取引価格の安定につながり、事業リスクを判断する上で考慮されるべき点だ。また先渡し取引となる容量市場は、IPP事業者にとっては、将来収入の一部に見通しが立てられるという点で投資する際の大きな判断材料になる」(在米丸紅法人)という。
2015年に全米で8,002基あった1メガワット(MW)以上を発電する発電所のうち、IPP事業者による発電所は3,720基に上った。IPPによる発電量は、発電市場全体の4割に達しており、近年その存在感が増している。代表的なIPP事業者は NRG Energy、AES、Calpineといった米国企業。イタリア最大の電力会社ENELなどの外国勢も多数参入している。
IPP事業者による発電は、15年時点では天然ガス火力によるものが38.6%、原子力 23.7%、石炭火力21.4%、再生エネルギー14.1%、水力 1.1%という構成比率になっている。米国全体の発電構成の平均に比べ、 IPPによる電力供給は天然ガス火力、原子力、再生エネルギーの比率が大きく、石炭火力と水力の比率は小さい(表)。他方、旧来の電力会社の場合、石炭火力への依存が大きい。安価なシェールガスを燃料とする天然ガス火力発電の比率が高まる中、日本企業の投資先も、相対的に低コストでクリーンな天然ガス火力発電所に集中している。
総計 | 天然ガス | 原子力 | 石炭 | 再エネ | 水力 | その他 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
米国全体 | 4,077,601 | 1,333,482 | 797,178 | 1,352,398 | 295,161 | 249,080 | 50,302 |
電力会社 | 2,315,323 | 617,817 | 416,680 | 998,385 | 37,485 | 229,640 | 15,316 |
IPP | 1,603,971 | 619,839 | 380,498 | 342,608 | 225,820 | 17,996 | 17,210 |
その他 注 | 158,307 | 95,826 | 0 | 11,405 | 31,856 | 1,444 | 17,776 |
- 注:
- 商業施設や企業などによる自家発電
- 出所:
- EIA「Electricity Power Annual 2016」
IPPプロジェクトが増加
日本企業によるIPPプロジェクトでは小売業者・企業との間で中長期の電力販売契約(PPA)を相対取引で直接締結する案件が増えている。これは、電力スポット市場では天然ガスなどの燃料価格が急騰した場合、電力取引価格が乱高下することがある。従ってIPP事業者にとっては、需要量に見合った供給計画を立てやすい相対取引の方が、中長期に安定した収益が得られるためだ。
卸売市場に電力販売を行うIPPの場合、各州の公益事業委員会(PUC)が電源計画を立てる規制事業とは異なり、IPP自身が電源開発の投資判断を行うことになる。従って「市場が適切なマーケットシグナルを発するような制度設計が必要で、米国の卸売電力市場ではそうした制度の改善に向け市場参加者も交えた取り組みが進んでいる」(在米丸紅法人)とのことだ。
米国の電力市場は、電力供給の信頼性維持、公正で合理的な市場ルールの整備、適切な電力価格の実現などに向けて日々進化している。電力市場改革で日本の20年先を行く米国における発電事業を通じ、日系の電力会社は多くを学びとっている。
- 注1:
- 燃料費、減価償却費、修繕費、人件費、公租公課など発電のための総コストに基づく料金体系。
- 注2:
- 電力売買契約の一種。売電先が発電に必要な燃料の供給および当該燃料にかかる費用支払いの義務を定めた契約。

- 執筆者紹介
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ジェトロ海外調査部米州課 アドバイザー
木村 誠(きむら まこと) - ジェトロ・デュッセルドルフ事務所産業協力部長、ジェトロ・ロンドン事務所次長(調査・広報担当)、ジェトロ・ヒューストン事務所長などを経て2013年4月より現職。