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シンガポール ‐ フィンテック市場参入の鍵は

2017年9月15日

シンガポールではフィンテック企業の集積が進む。日系の大手金融機関やスタートアップがフィンテック市場に参入するチャンスはあるのか――。

導入に向けた支援が次々と

モバイルバンキングのアプリは、銀行の入出金やクレジットカード利用を自動管理してくれる。これは個人財産管理(PFM)サービスと呼ばれ、フィンテックの一つである。筆者がこれを利用し始めて1年以上になる。これを使うといちいち手入力する必要がなく、手間が大幅に減るからありがたい。

フィンテックは、個人財産の管理にとどまらず、決済、資産運用、融資などの業務やサービスに関わるIT技術として、近年、世界的な広がりを見せている。スタートアップや大手ICT(情報通信技術)企業もフィンテック分野に参入し始めている。シンガポールでも同分野は盛況だ。フィンテック専門のベンチャーキャピタルであるトライブ・キャピタルによると、同国に拠点を置くフィンテック企業は、ここ3年で20社から320社に急増した。政府は2014年11月、「スマート国家」構想を発表。ビッグデータやIoT(モノのインターネット)といった最新ICT技術を導入することで新たなビジネスチャンス獲得を狙う。政府は、スマート金融センター化を図るべく、フィンテック導入を支援する施策を次々に打ち出している。

シンガポール通貨金融庁(MAS)は15年8月、フィンテックの専門部署として「フィンテック・アンド・イノベーション・グループ(FTIG)」を新設、金融機関向けのフィンテック導入支援や関連法整備を進める。具体的には、限定条件下で一時的に関連法規制を緩和し、フィンテックの実証実験ができる「レギュラトリー・サンドボックス」を、英国に次いで制度化した。

シンガポール銀行協会(ABS)は、銀行口座番号の代わりに送金者が相手の携帯電話番号を入力すれば送金できる電子支払いシステム(中央処理スキーム)や、クレジットカードとスマートフォン決済を一つのターミナルで受け付け可能にするシステム(統一POS)の構築に向け、取り組みを強化している。地場金融大手のUOB銀行のほか、DBS銀行、英国HSBCなどの7行でも、17年7月から中央処理スキームを活用した送金サービス「ペイナウ」の運用を開始した。

地場オンライン送金会社カシュミ(kashmi)は、一対一の送金が可能となるアプリを開発。16年1月のサービス開始から9カ月で利用者は1万3,000人を超えた。またPFMサービスが利用できる新たなアプリを導入した。

地場スタートアップのクールペイ(Coolpay)は、指紋認証で支払いができるデバイス「Touche」を開発した。これを使うと支払いのみならず店舗独自のポイントなども反映できる。指紋を登録した顧客は、Touche導入店ならどこでも支払いが可能になる。その上、店側としては、顧客の消費志向を分析することでリピート率を高めるツールともなっている。

進出を狙う大手金融機関

シンガポールに拠点を置く金融機関は、約1,200社。外資系企業のフィンテック関連投資が過熱している。15年6月、前出MASがフィンテック導入を支援する「金融セクター・技術イノベーション(FSTI)」スキームを開始し、研究開発(R&D)やイノベーション拠点設置にインセンティブを設けたこともその理由の一つ。米クレジットカードのVISAは17年4月にフィンテック分野の開発センターを開設、IBMは7月にブロックチェーン(注)センターを設置した。三菱UFJフィナンシャル・グループも同分野のR&D拠点を設置している。

これまでにシンガポールにフィンテック関連のイノベーション拠点を設置した金融機関は約20社。その多くはスタートアップとの共同開発機会を探っている。大手会計事務所プライスウォーターハウスクーパースは17年4月に発表した「グローバルフィンテック調査2017」の中で、金融機関とフィンテック企業の協力関係は一層大きなイノベーションをもたらす可能性があると指摘した。フィンテック企業にとっては、金融機関と連携することで既存のプロセスやインフラを活用することができる。一方、金融機関はフィンテックの最新技術を活用することで業務を効率化し、より革新的なサービスが提供できるようになるという。実際、金融機関のフィンテック導入を支援しているスタートアップがある。日系のZUU(本社:東京都目黒区)がそれだ。同社はシンガポール進出し、現地の銀行にフィンテックのノウハウを提供している。

スタートアップ進出環境の整備急

フィンテック企業の海外進出は、一般的には容易ではないといわれている。コア技術を持っていたとしても進出先国における規制や言語障壁があって、日本国内と同水準のサービスを持ち込むことが難しいからだ。ZUUの深田啓介取締役は、17年7月のインタビューで「英語を公用語とするシンガポールでは言語障壁は少ない。業界規制はむしろ日本の方が厳しい」と述べた。また、「欧米ほど競争が激しくはなく、法整備の透明性もあって金融ニーズもある。中華系やマレー系の住民も多く、シンガポールの次にマレーシアや香港への進出を考える企業の拠点としても優れた条件を備える。言語障壁をクリアできれば日本企業も商機はある」と語り同国でのビジネスに手応えを感じている。

日本企業にとってシンガポール進出の際の課題として、主に「人件費の高騰」「土地や事務所スペースの不足、地価・賃料の上昇」「ビザ・就労許可取得の困難さと手続きの煩雑さ」などが挙げられる(図)。スタートアップにとってはどうか。政府の支援制度が充実しており、アクセラレーターやベンチャーキャピタルなどが集積し資金も確保しやすい。活動の環境は整っているといえそうだ。事務所スペースについても、スタートアップ向けの公営施設や、安価で賃貸期間の融通が利きやすい民間経営のコワーキングスペースが用意されている。ビザに関しては、海外からの起業家を積極的に受け入れるため、起業家ビザ「アントレパス」の発給要件を緩和すると、政府が 17年3月に発表。発給から1年後、当該起業家の事業に進展が確認された場合、ビザの有効期間がさらに1年延長される。スターアップ向けの助成金や免税制度も整っている。

図: シンガポール進出時の課題(上位5位)
人件費の高騰:2016年 75、2015年 70。土地や事務所スペースの不足、地価や賃料の上昇:2016年 45、2015年 47。従業員の離職率の高さ:2016年 31、2015年 0。ビザや就労許可取得の困難さ・煩雑さ:2016年 22、2015年 26。労働力の不足や人材採用難(専門職や技術職、中間管理職等):2016年 19、2015年 0。全有効回答企業数:2016年 300、2015年 221。
注:
n=有効回答企業数
出所:
ジェトロ「アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」(2015年度、2016年度)

日本政府も日系フィンテック企業の海外進出を後押ししている。金融庁は17年3月、フィンテック分野でのMASとの関係強化に向けた協力枠組みを構築すると発表した。金融庁とMASは、自国のフィンテック企業を相手国にそれぞれ紹介し、相手国での各種許可申請手続きや規制枠組みに関する情報収集などにおいて、相互に支援や助言を行う予定だ。ジェトロも、MASとABSとの共催により、17年11月14~17日に開催予定の「第2回フィンテック・フェスティバル」にジャパンパビリオンを設置し、商談機会を提供する。外国語によるプレゼンテーションの改善、業界規制などの知識習得に向けた「ブートキャンプ」も、日本国内で事前に実施する予定だ。16年に開催され、1万3,000人が来場者した「第1回フィンテック・フェスティバル」には、日本からフィンテック企業7社が出展した。今回は、アジアをはじめアフリカや中南米諸国から 2万5,000人の来場者を見込む。

金融機関、イノベーション拠点が集積し、政府のスタートアップ支援も充実しているシンガポールでは、フィンテックを支える環境が急速に整備されつつある。


注:
取引履歴の記録など仮想通貨の取引全体を支える基盤技術。
執筆者紹介
ジェトロ・シンガポール事務所
源 卓也(みなもと たくや)
2013年に富山県庁入庁後、商工企画課にて各課取りまとめ、管理業務に従事。2015年より公立大学法人富山県立大学へ出向。知的財産や環境教育、附属施設の運営を担当。2017年4月よりジェトロへ出向。海外調査部アジア大洋州課を経て2018年4月よりシンガポール事務所にて、シンガポールの調査・情報提供に従事。

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