中国・潮流武漢の巨大半導体工場は「吉」とでるか「凶」とでるか

2017年9月25日

中国内陸部の武漢市は、沿海部からの工場移転や巨額のインフラ投資もあって、景気のよいニュースに満ちている。

武漢市で建設が進む巨大な半導体(ストレージ)工場プロジェクトも明るいニュースの一つだが、中国以外の国々にとっては、悩ましいニュースだろう。

東京ドーム12個分の広さで工事が進むこのプロジェクトは、半導体チップの工場としては中国最大かつ最先端だ。清華大学系の紫光集団が240億ドルもの巨費を投じて進めており、2018年をめどに3D-NANDフラッシュメモリ、DRAMの生産を予定している。

デジタル時代を担う半導体産業の育成は中国の国策である。2014年に公表された半導体産業育成プランには、育成手段の一つとして政府系ファンドを通じた資金面での支援がうたわれており、当然ながら、この武漢の工場にも政府系ファンドから公的資金が投じられている。

問題はその政府系ファンドを通じた支援の規模と態様にある。半導体産業育成を目的としたファンドは、中央のみならず地方政府も設立しており、ファンドの規模は中国全土で1,000億ドルを超えると指摘されている。

また、米国のバーンスタイン・リサーチ社によれば、これらの政府系ファンドが半導体プロジェクトすべてに資金面で支援を行った場合、2020年までに中国国内のチップ生産量は、世界全体の需要を25%も超過するだろうと指摘している。このため、鉄鋼、アルミ、太陽光パネルと同じ運命を半導体もたどるのではないかとの懸念が高まっている。この武漢の半導体工場に対しても、かくも巨額の公的資金が、特定の国営企業の、たった一つのプロジェクトに投じられることの是非が欧米メディアで議論を呼んでおり、景気のよいニュースとして称賛する中国メディアと対照的に、中国の国家資本主義(State Capitalism)の異形さの象徴として報道されている。

それでは、この武漢の巨大半導体工場は、日本にとっては「吉」か、それとも「凶」か?

現時点では、「凶」とする回答よりも「吉」が多い。なぜなら、日本の半導体関連産業は、ウエハーやテスタ-などで高い競争力を有しており、中国の巨大チップ工場の誕生は、日本の半導体装置・素材業界にとって「上客」との指摘が少なくないからだ。

だが、中長期的にみると「吉」とは言い切れないだろう。巨大かつ強力な中国企業の台頭がもたらす影響は計り知れない。今は比較優位を有する日本企業も、将来、これらの少数の巨大中国企業に「買いたたかれる」存在に転落する可能性が否定できないからだ。

武漢の工場建設現場の騒音は、あたかも、中国政府が圧倒的な資金力で誕生させようとする巨大半導体企業の胎動のようである。

執筆者紹介
ジェトロ・武漢事務所 所長
古谷 寿之(こや としゆき)
1993年、通商産業省入省。経済産業省商取引消費経済政策課市場監視官、同大臣官房広報室海外報道班長を経て2015年7月から現職。