政治リスクの先に見えたビジネスチャンスとは
世界主要国・地域の最新経済動向セミナー報告 西欧

2017年12月27日

ジェトロは12月7日に、「西欧主要国経済動向セミナー」を開催、ジェトロの欧州4事務所長が日EU経済連携協定(EPA)の大枠合意(12月8日に最終合意)を受け、関心が高まっている各国のビジネス機会などの最新情報や英国のEU離脱(ブレグジット)に向けた動向について解説した。英国では、EU離脱交渉について英国がより現実路線に転換、産業界からは好意的に受け止められているものの、まだまだ交渉の行方を注視する必要があることが紹介された。また、ドイツ、フランスでは地域経済が活性化しており、日本企業は欧州の地域が持つ企業や技術などの資源を活用すべきとの提言がなされたほか、スタートアップにも注目が集まっている現状を紹介した。イタリアではミラノ万博を契機に日本のソフトパワーに注目が集まっていることが紹介された。


講演するロンドン事務所の坂口利彦所長(ジェトロ撮影)

英国:EU離脱交渉をより現実的なスタンスへと移行

ロンドン事務所の坂口利彦所長は、「英国の政治・経済」、「EU離脱の展望」、「産業動向と日本企業のビジネスチャンス」という三つのテーマで講演を行った。2016年の経済成長率は1.8%、2017年になっても堅調な経済成長は継続し、「英国のEU離脱にかかる不透明感の中、予測以上の健闘をみせている」と現状の英国経済について説明した。ただ、企業投資の消極化や好調だったサービス部門に陰りがみられていると指摘、今後の経済成長は減速が予想されると話した。政治面ではテレーザ・メイ首相の支持率が低下しており、野党 労働党と支持率が逆転している現状を説明。ただ、労働党は、困難が予想されるEU離脱の交渉は現与党の保守党に委ねておきたいため、メイ政権は保守党が自滅しない限り継続することが予想されると今後の政権の見通しを説明した。また英国内の世論としては、一部メディアで報じられているような国民投票のやり直しやEU離脱の取りやめを求める声は、大きくはないとした。

英国はEU離脱の交渉のスタンスをより現実的な路線にかじ取りをしたと説明。外遊先のイタリア・フィレンツェでメイ首相は9月22日、EU予算等の拠出金について、EU加盟期間中に加盟国と約束した金額の支払いは引き受けると発表したほか、EU離脱後の2年間の移行期間を求める方針を示した。このとき示された、EUと何の合意も得られずEU離脱をする、いわゆる「クリフエッジ(断崖)」を避けるスタンスは英国産業界から歓迎された。12月15日の欧州理事会(EU首脳会議)で、交渉第1段階の(1)双方市民の権利保障、(2)財政問題の解決(義務の清算)、(3)北アイルランドに関する「十分な進捗(しんちょく)」の認定が行われ、将来の貿易・経済関係と移行期間を主題とする交渉第2段階へと移行していくことが期待される。

ただし、英国とEUでは交渉方針の根本が違うことも坂口所長は指摘した。現在、EU加盟国である英国は、規制枠組みや標準は一致しており、規制当局同士の関係構築もできているため、ここを交渉の出発点とするスタンスであるのに対し、EUは離脱することにより英国はEUにとって第三国となり、将来のパートナーシップは離脱交渉後、ゼロからスタートするというスタンスをとっている。第2段階の交渉は、第1段階の交渉より大きな困難を伴うとみられており、英産業界は移行期間の合意を早急に行うことを求める一方で、「クリフエッジ」のリスクに備えた対応を進めている。

ドイツ:政治リスクは増大するも、経済は旧東ドイツ地域がけん引、力強いものに

ドイツも9月に実施された総選挙以降、これまでの政治的安定が不安視されている。アンゲラ・メルケル首相が率いる中道右派ドイツキリスト教民主同盟(CDU)とその統一会派キリスト教社会同盟 (CSU)は、産業寄りリベラル政党の自由民主党(FDP)、環境政党の緑の党との連立予備交渉に臨んでいたが、11月19日深夜にFDPが交渉から離脱、連立交渉は決裂し、今後の不透明感が増加した。ただ、次の政権が成立するまで、既存政権は存続し国政を運営、メディア等で報じられるほど政治の空白のリスクは大きくはないとベルリン事務所の増田仁所長は述べた。

ドイツ経済は引き続き好調だ。増田所長は要因の一つとして旧東ドイツ地域の復興に言及、「統一ドイツの復興は、まさに今始まった」と述べた。これまで産業の密度が比較的薄かったベルリンでは、既存のプレーヤーが不在という環境が新しいビジネスモデル創出の下地となり、多くの革新的なスタートアップが生まれている。ライプチヒやドレスデンを有するザクセン州では、ドイツ完成車メーカーの多くが生産拠点を有し、部品メーカーの集積も進んでいる。こうした工場では、製造業のデジタル化、いわゆるインダストリー4.0の取り組みが進んでいるという。また、光学機器メーカー、カールツァイスが設立された都市イエナを有するチューリンゲン州では、光学分野の産業が集積する。同じく光工学関連の産学集積を有する静岡県浜松市との産業交流が活発であり、ジェトロによる地域間交流支援の枠組みも活用しながら、日独技術交流が新たな付加価値を生み出している事例を紹介した。

増田所長はドイツのビジネス環境の三つの大きな特色として、(1)社会的市場経済、(2)中堅・中小企業、(3)見本市(メッセ)を挙げた。社会的市場経済とは、自由競争を基盤としながらも、社会秩序の枠組み形成については政府が強固に主導する仕組みのことで、社会・経済に対する政府の関与は比較的大きい。産業界とともに国が主導するインダストリー4.0の取り組みにもその特徴は色濃く反映されている。また、その主眼は、二つ目の特色である地域に根付く中堅・中小企業の将来における競争力の担保に置かれている。そして、こうした小規模ながらも競争力を持つ「隠れたチャンピオン」と呼ばれる企業が世界中から参集するビジネスパートナーと出会う「場」として、ドイツでは見本市が中核的な役割を果たしている。2017年3月にドイツのハノーバーで開催された国際情報通信技術見本市「CeBIT2017」では、IoT(モノのインターネット)が大々的に取り上げられる中、スタートアップや中小企業をはじめとする118社がジャパンパビリオンに出展。安倍晋三首相、メルケル首相も来場するなど世界的な注目が集まる場を活用し、デジタル技術を活用した課題解決型の多様な製品やサービスを、人類がこれまで歩んできた「狩猟」「農耕」「工業」「情報」に次ぐ「第5」の新たな社会(Society)をイノベーションによって生み出そうという日本政府が掲げる科学技術計画のコンセプトである「ソサエティー5.0」のもと、世界に発信した。また、増田所長は今後、日EU経済連携協定(EPA)を活用することにより競争力のある日本企業への商機がさらに拡大することが期待されると述べた。

フランス:ドイツに代わりEUの大黒柱として脚光。経済は地域経済とスタートアップが鍵

ドイツに代わり、EUの大黒柱として急速に存在感が増しているのがエマニュエル・マクロン大統領政権下のフランスだ。パリ事務所の片岡進所長は、マクロン氏率いる共和国前進が、6月の総選挙で大勝、逆に既存の大政党は大敗し、フランスの政界地図は大きく塗り替わることになったが、これはマクロン大統領のもくろみ通りのシナリオであったと述べた。9月の上院選での共和国前進の伸び悩みは想定の範囲内であり、現時点では、対抗しうる強力な野党が不在であることから、マクロン大統領にとっては改革の断行に向けて強い追い風が吹いていると片岡所長は続けた。マクロン氏と大統領選を争ったマリーヌ・ルペン氏率いる国民戦線は、内部分裂で失速し、さらに脱ユーロを目指す方向性を封印したことで党のアイデンティティーの危機を迎えている。大統領選挙で19%の得票を得たジャン=リュック・メランション氏率いるフランス不服従(左派のポピュリスト)の動きは引き続き要注意であるもの、現時点でフランスにおいてポピュリズムが勢いを見せるリスクは小さくなっているという。

マクロン大統領は就任後、一連の政治改革に続き、2019年の欧州議会議員選挙に照準を定め、仏国内においては親EU・反EUの対立軸を明確にし、親EU派の勢力基盤を固めつつ、自身の提唱するEU再構築を主導するため、欧州各国にも連携を広げようとしている。また、マクロン大統領が提唱するEU改革は安全保障・テロ対策、エネルギー転換、デジタル経済促進を内容とするが、これらはフランスの国内改革と高水準のシンクロがみられ、フランスとEUとを一体として改革する構想を戦略的に打ち立てている点が特徴であると片岡所長は指摘した。また、ユーロ圏共通予算や共通財務大臣ポストの新設構想は、投資を機動的に行うことを狙うものである点で、伝統的に財政出動に慎重なドイツをけん制するものであるという。メルケル政権の弱体化がEU改革に与える今後の影響は未知数としながらも、マクロン大統領にとってはドイツに代わりフランスが改革を主導する上で、むしろ追い風になる可能性が高いと片岡所長は述べた。

また、片岡所長は、フランスにおいて注目すべきものとして、スタートアップと地域発プロジェクトの二つを挙げた。スタートアップ育成政策として、仏政府は2013年からアクセラレーターへの資金拠出をはじめ、ベンチャーエコシステムの形成・強化の取組を積極的に進めており、スタートアップの成長が著しい。日本の「道の駅」の実証実験でも実際に使用されている自動運転バスを製造するナビヤ(ソフトバンクグループと提携)やイージーマイル(DeNAと提携)などここ数年で伸長した企業が成功事例として紹介された。また、地方発のプロジェクトとしては、スタートアップ企業を巻き込み、先進的スマートコミュニティーの事業化を目指すプロジェクトがさまざまな地域で立ち上がっているという。自治体がお互いに競争しながら積極的に取組を進めている点は、日本と比較しても脅威であり、革新的な技術の社会実装が急速に進んでいる点は注目されるべきという。実際に、日本企業が参画する例もみられる。最後に片岡所長は、フランスには知名度が低いが優れた技術やイノベーションを持つスタートアップが多いことを強調、日本企業にとっては安価でハイリターンとなりうる有望な投資先候補であると締めくくった。

独自路線のイタリア、消費財ビジネスに商機

最後にイタリアについて講演したミラノ事務所の小林浩人所長は、イタリアの魅力は西欧主要3カ国にはないマイペースな独自性という点に集約されるとした。ブレグジット問題においても、産業界を中心に比較的冷静な反応だったという。また、EU加盟国としてEUを導くというスタンスではなく、むしろ、ブレグジットがもたらす影響を所与とした上で、対応するという姿勢が色濃いと小林所長は分析した。ただ、国内の政治情勢は、2018年5月頃までに実施される(その後3月と発表)予定の総選挙を前に不透明感が増している。反ユーロを掲げる政党五つ星運動は、その主張を軟化させつつあるものの、支持率は依然高く、与党民主党の人気低下に伴い最大の支持を集める政党となっている。しかし、共闘相手がいないため、与党とはなりえない。その一方で、中道右派連合が支持率を上げている状況だという。

政治情勢に比較して経済の見通しは明るい要因が出てきている。経済回復の足かせとなってきた不良債権問題の処理に進展がみられ、イタリアで特に景気を反映するといわれる新車登録台数も2016年は180万台を超えるなど明るい兆しがみられている。失業率も2017年に入って低下傾向がみられ、個人消費が回復してきており経済をけん引している。一方、経済面のボトルネックは人材育成とシステムの刷新だと小林所長は指摘した。製造業のデジタル化はイタリアでも重要な課題だが、十分な人材の供給や企業のIoT対応が十分できていない状況だという。

日伊関係は、2015年に開催されたミラノ万博を契機として大幅に深化した。特に万博をきっかけに日本食ブームに火がつき、これが日本への関心の拡大にもつながっていると小林所長は語った。日本食レストランの数は急増し、イタリア人シェフによる日本食材使用も増えている。日本食への嗜好(しこう)もすしだけでなく、ラーメン、おにぎり、日本酒、こんにゃく、さんしょうなどにイタリアらしい多様性を増しているという。また日本に対する関心は食品からファッションやデザイン、ポップカルチャー、さらには日本の鉄道技術などにまで広がっているという。例として、小林所長は良品計画の事例を紹介。同社は欧州最大の旗艦店をミラノに設置したほか、ローマ、トリノ、ベネチア、ボローニャといった主要都市にも展開、イタリアの一般消費者になじみがあるブランドに成長してきているという。こうしたなか、これから数年、日本のサービス産業にとってイタリア市場進出の好機が訪れているとみている。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部 欧州ロシアCIS課
福井 崇泰(ふくい たかやす)
2004年、ジェトロ入構。貿易投資相談センター対日ビジネス課、ジェトロ北九州、総務部広報課、ジェトロ・デュッセルドルフ事務所(調査及び海外展開支援担当)等を経て現職。