ジェトロ世界貿易投資報告 2025年版

第Ⅲ章 世界の通商ルール形成の動向
第3節 世界の新たなルール形成の動き
第3項 日本企業のサステナビリティ対応

サステナビリティ関連情報の開示、企業規模によって対応度合いが異なる

欧州を中心にDDの法規制化の動きが進み、CSDDDのようにEU域外企業にも適用されるルールが形成される中、日本企業の対応の進展度合いにはバラつきがある。2024年にジェトロが日本企業の本社向けに実施した「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」注1 では、大企業の71.5%がサステナビリティに関連した情報(環境や人権の尊重などを含む)について、「すでに開示している/数年以内に開示を予定している」と回答した(図表Ⅲ-49)。一方、中小企業では同割合が20.7%にとどまった。関連規制や運用上のルールの複雑化に伴い、リソースの少ない中小企業にとって対応コストや人的リソースの不足が課題となっている。

図表Ⅲ-49 サステナビリティ情報の開示状況
日本企業のサステナビリティ情報の開示状況について、アンケートの結果を見てみる。大企業で最も多いのは「自社のサステナビリティ情報をすでに開示している/数年以内に開示を予定している」で、71.5%。続いて「国内顧客からの要求に応じ、自社のサステナビリティ情報を提供している」20.8%、「海外顧客からの要求に応じ、自社のサステナビリティ情報を提供している」12.3%、「上記のいずれも当てはまらない」6.4%、「わからない」11.8%。それとは対照的に中小企業は、「上記のいずれも当てはまらない」が33.9%で最も多く、次が「わからない」26.6%、以下「自社のサステナビリティ情報をすでに開示している/数年以内に開示を予定している」20.7%、「国内顧客からの要求に応じ、自社のサステナビリティ情報を提供している」18.9%、「海外顧客からの要求に応じ、自社のサステナビリティ情報を提供している」9.6%と続く。
出所:
日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査から作成

広範なサステナビリティ対応の中で、とりわけ近年、日本企業の間で認知が広がりつつあるのが、サプライチェーン上の人権侵害対応の重要性である。前出の米国の「ウイグル強制労働防止法」に代表されるように、国際的にも企業の活動において発生する人権侵害について適切に対処することが求められる。

企業が人権尊重の責任を果たしていくための取り組みとして、人権DDは特に重要である。人権DDは、(1)人権方針の策定等を通じて「責任ある企業行動」を企業方針および経営システムに組み込み、(2)人権への負の影響を特定・評価し、(3)停止・防止・軽減し、(4)実施状況・結果を追跡調査し、(5)負の影響への対応を説明・開示するとともに、(6)実際の負の影響が生じた場合には是正する、という6つのアクションを継続的に実施するプロセス注2 である。前述のジェトロの調査によると、人権DDを実施している企業の割合は16.4%。これに、実施を予定・検討している企業を合わせると56.0%(前年から15.1ポイント増)となっている。また、大企業については実施をしている企業の割合が46.7%になるのに対し、中小企業は11.3%と差が目立つ。形態別に見ると、海外進出企業について実施をしている企業の割合が27.9%と突出している事がうかがえる(図表Ⅲ-50)。

図表Ⅲ-50 人権DDの実施状況
2023年と2024年における人権デューディリジェンスの実施状況を企業の規模別に確認してみる。全体で見ると、「人権デューディリジェンスを実施している」と答えた企業は、この1年で6.5ポイント増えている。それと反比例して、「人権デューディリジェンスを実施する予定はない」は15.1ポイント減少。企業の規模で企画すると、大企業は「人権デューディリジェンスを実施している」が2023年28.8%から2024年46.7%となり、18.7ポイントの上昇。一方、中小企業は「人権デューディリジェンスを実施している」が2023年6.8%、2024年11.3%と、大企業と比較すると少なく、この1年で伸びてはいるものの伸び率も4.5ポイントにとどまった。しかし、「人権デューディリジェンスを実施していないが、数年以内の実施を検討中」との答えが9.7ポイント増えているので、今後の変化に期待できそうである。
2024年の人権デューディリジェンスの実施状況を企業の形態別に確認する。「人権デューディリジェンスを実施している」と答えた企業で最も多いのは、海外進出企業で27.9%。対して、最も少なかったのは輸入企業で5.9%という結果に。ほか国内企業7.3%、輸出企業10.9%という数字だった。「人権デューディリジェンスを実施していないが、数年以内の実施を検討中」と回答した企業は、どの形態においてもあまり差はなく、輸出企業37.3%、海外進出企業38.1%、輸入企業35.6%、国内企業31.9%。「人権デューディリジェンスを実施する予定はない」と答えた企業で高かったのは、輸入企業56.8%と、国内企業58.5%だった。
出所:
日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査から作成

人権DDの中で、特にキーワードになっているのが「ステークホルダー・エンゲージメント(利害関係者との相互の対話や協働)」である。ステークホルダーとは、企業の活動に影響を受けるか、その可能性のある利害を持つ個人または集団を指す。ステークホルダーからのフィードバックが問題の把握や、DDのプロセスの改善につながることが考えられる。

政府調達における人権DD、万博がモデルを示す

国連は、ビジネスと人権に関する指導原則(以下、指導原則)において、国家の責任として「企業に対して人権を尊重するよう規制する義務」があること、加えて経済主体としても「活動や取引において人権を尊重する」ことを求めている注3 。また、OECDは「責任あるビジネスデューディリジェンスと公共調達」(2024年12月)報告書注4 において、政府が模範として公共調達等の商業活動を通じ、責任ある企業行動(RBC)を推進するよう促している。

そうした中、公共調達などを通じ、責任ある経済活動を促す取り組みが進んでいる。例えばドイツでは2023年1月よりサプライチェーン・デューディリジェンス法を施行し、同法の違反に対し、義務違反の内容や状況に応じ、公共調達への入札手続から除外するなどの罰則を設けている注5 。また、英国政府は2025年4月23日、審議中の公営クリーンエネルギー企業「グレート・ブリティッシュ・エナジー(GBE)」設立法案の改正案を発表し、サプライチェーンからの強制労働排除を確保するとした。違法または倫理に反する取り組みを行う企業は、GBEとの契約・入札を禁止されている。

日本においては「ビジネスと人権」に関する行動計画(NAP)が策定されており(2025年に改定予定)、日本企業に対し、公共調達における入札指示書および契約を通じて人権を尊重する努力を要求している。一方、法的拘束力がないため、日本は「責任ある企業行動に関するデューディリジェンスに関する規制のない国」とされているのが現状だ注6 。そのような中で、日本においては「2025年大阪・関西万博」での調達における取り組みが注目を集めている。万博として初めて指導原則を明記した調達コード(図表Ⅲ-51)が策定・運用されており、今後の日本での公共調達のモデルを提示したといえる。

図表Ⅲ-51 持続可能性に配慮したコード一覧(人権)
項目 内容
国際的人権基準の遵守・尊重 調達物品等に関して、人権に係る国際的な基準を遵守・尊重しなければならない。
差別・ハラスメントの禁止 調達物品等の製造・流通等において、人種、国籍、宗教、性別、性的指向・性自認、障がいの有無、社会的身分等によるいかなる差別やハラスメントも排除しなければならない。
先住民及び地域住民等の権利侵害の禁止 調達物品等の製造・流通等において、先住民及び地域住民等の権利を尊重する。(中略)不法な立ち退きの強制や地域の生活環境の著しい破壊等を行ってはならない。
女性の権利尊重 調達物品等の製造・流通等において、女性の権利を尊重し、女性のエンパワメントや男女共同参画社会の推進、女性人材の登用や育児休暇の充実等に配慮すべきである。
障がい者の権利尊重 障がい者の権利を尊重し、障がい者の雇用促進や職場環境のバリアフリー化などの合理的配慮の提供等に配慮すべきである。また、障がい者の利便性や安全性の確保等に配慮すべきである。
子どもの権利尊重 調達物品等の製造・流通等において、子どもの権利を尊重し、児童労働の禁止のほか、子ども向け製品・サービスの提供の際の安全性の確保や親・保護者への支援等に配慮すべきである。
社会的少数者(マイノリティ)の権利尊重 調達物品等の製造・流通等において、民族的・文化的性的少数者、移住労働者といった社会的少数者の人々の権利を尊重し、それぞれの特性に応じたプライバシー保護にも配慮しつつ、平等な経済的・社会的権利を享受できるような支援に配慮すべきである。
出所:
2025年日本国際博覧会協会「持続可能性に配慮した調達コード(第3版)」から作成

博覧会協会は、サプライヤー、ライセンシーおよびパビリオン運営主体等が同協会との間で契約締結をする過程を通じて、調達コードを遵守するための体制を整備することを求めている。すなわち、自らの事業およびサプライチェーンが環境・人権などの持続可能性に与える負の影響(持続可能性リスク)を適切に確認・評価した上で、そのリスクの高さに応じて対策を講ずるよう要求している。また、同協会自体も、同協会の人権方針に基づき、活動が人権に与える影響を評価する人権DD義務を負っている。指導原則に基づく人権DDを、サプライヤーのみならず、パビリオン運営主体に対しても求めている点が画期的といえる。博覧会協会では調達コードの遵守に関する取組状況等を確認することを目的に、サプライヤー等へのヒアリングを実施し、ヒアリングを通じて確認した各事業者の良い取組事例をウェブサイトで紹介している注7 (図表Ⅲ-52)。政府調達に際して、今後の各国の法整備や企業の対応について注目される。

図表Ⅲ-52 調達コードの遵守に向けた万博サプライヤーの取り組み事例
項目 取り組み事例
調達コードの理解
  • 調達担当者による調達コードの範囲・内容の理解。
通報受付対応の体制整備
  • 匿名でも通報可能な窓口の設置。
  • 通報者への報復行為禁止等公益通報者保護規程の整備と周知。
  • 特定技能外国人契約社員に対しても通報窓口記載カードを配付。
長時間労働の禁止
  • 労働時間をリアルタイムで追跡・監視するシステムを導入。
  • ICTを活用した労働時間の短縮化。
職場の安全・衛生
  • スポットクーラーの設置やファンベストによる熱中症予防。
  • 朝礼でのリスクアセスメントの実施。
外国人・移住労働者、障がい者
  • 技能実習生を雇用する工場に対しての監査の実施。監査では技能実習生に対しインタビューを実施し、労務状態の実態を把握。
  • 祈祷時間やヒジャブ使用についての要望を事前に確認。
  • 万博会場店舗向けに障がい者も積極雇用予定。
木材
  • 構造材、仕上げ材等で認証材を使用。
  • 什器(椅子・テーブル等)は FSC 認証材や廃材使用で対応する。
  • 大阪・関西万博の調達コードをきっかけに、外箱含めて紙を扱う際には全て FSC 認証紙を使用する予定。
農・畜・水産物、パーム油 パーム油については、既に認証油を使用しており万博においても使用予定。
出所:
大阪・関西万博公式サイト「持続可能性に配慮した調達コード(第3版)」内資料「調達コードの遵守に向けた事業者の取組について」から作成

注記

注1
ジェトロ「2024年度日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(2025年3月)。2024年11~12月に実施。対象企業は海外ビジネスに関心が高い日本企業(本社)、9,441社のうち3,162社が回答。有効回答率33.5%。
注2
ジェトロ「責任ある企業行動と人権デューディリジェンス:日本企業のグッドプラクティス」(2024年7月9日)
注3
具体的には、国有企業、国が支配する企業、国家機関が輸出信用や公的投資保険などで実質的な支援をしている企業の人権DDの実施(指導原則4)、人権の享受に影響する可能性のあるサービスを提供する企業に対する監督(同5)、商取引相手の企業による人権尊重の促進(同6)である。
注4
OECD “Responsible business due diligence and government procurement”(2024年12月2日)
注5
ジェトロ「EU人権・環境デューディリジェンス法制化の最新概要」『調査レポート』(2025年5月)
注6
OECD “Responsible business due diligence and government procurement”(2024年12月2日)
経済産業省「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン(P6)」(2022年9月)
注7
2025年日本国際博覧会協会「持続可能性に配慮した調達コード」(2025年6月23日閲覧)

特記しない限り、本報告の記述は2025年6月末時点のものである。