ジェトロ世界貿易投資報告 2025年版
コラム 大阪・関西万博から世界へ発信!地球の環境を守る新たなグリーン技術
20年ぶりの日本での開催
大阪・夢洲駅に降り立つと、駅構内から大阪・関西万博注1 一色の世界が広がり、「万博に来たぞ」という高揚感に包まれる。1970年にアジア初の万博開催地となった大阪で、50年以上の時を経て再び万博が開催されたことも感慨深い注2 。会場に入ると、公式キャラクター「ミャクミャク」とギネス記録を樹立した「大屋根リング」がお出迎え。共に入場した来場者からも20年ぶりとなる日本での万博開催に沸き立つ様子が伝わる。
万博は新しい製品や技術が普及するきっかけの場でもある。今では当たり前に利用されている製品や技術の中には、実は万博が初披露の場だったものも多い。2025年4月に開幕した大阪・関西万博は「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに、世界各地から集まったさまざまな製品や技術、文化が紹介されている。今回の万博で展示された新製品や技術も、近い将来「私たちの身近に登場するかも」という期待が膨らむ。
万博の意義には人類共通の社会課題解決に向け、先端技術を結集し解決策を模索することもある。大阪・関西万博では、6つの領域注3 で次世代技術を体験できる「未来社会ショーケース」を展開、うち1つが「グリーン万博」だ。世界の多くの国・地域が2050年前後のカーボンニュートラルを目標としているように、環境問題は深刻な世界共通課題だ。「グリーン万博」コンセプトの下、会場内では脱炭素達成に向けた多様な次世代技術に触れることができる。本コラムでは、「グリーン万博」や海外パビリオンに見るグリーン技術のうち、ほんの一部をご紹介する。
1ミリに詰まった技術力、ペロブスカイト太陽電池注4
バスで万博会場に向かう来場者を迎えるのが、西ゲート交通ターミナルのバス停屋根に設置された世界最大規模、250メートルにおよぶフィルム型ペロブスカイト太陽電池だ注5 。10年以上の研究開発を経て、積水ソーラーフィルムが製品化したこの太陽電池の厚さはわずか1ミリメートル。従来のシリコン太陽電池の約20分の1の薄さだ。「薄くて、軽くて、曲がる」という特長を生かし、シリコン太陽電池では設置が難しかった耐荷重が小さい構造物やカーブ状の壁面など、さまざまな場所に設置ができる。万博会場のバス停屋根もカーブ状。ペロブスカイト太陽電池の強みを大いに発揮している。屋根で発電した電力は蓄電池に貯められ、バスターミナル全体の夜のLED照明用に供給されている。
ペロブスカイト太陽電池の肝となるのは厚さ1ミクロンのペロブスカイトの発電層だ。封止材により水分をシャットアウト、材料設計により耐熱性も向上させた。上脇太代表取締役によると、「封止材の技術に(同社の)優位性がある」という。現在は耐用年数10年相当、発電効率は15%を実現。シリコン太陽電池(耐用年数20年、発電効率20%程度)にはまだ及ばないが、技術開発を進め「2030年を目途に追い付く想定」だ。大学の研究機関による研究では、小さいチップの形状でシリコン太陽電池を上回る30%近い発電効率を達成したとの結果も出ており、シリコン太陽電池を超える潜在性があると見込む。また、ペロブスカイト太陽電池の主原料であるヨウ素は日本が世界の産出量の約3割を占める。国内調達が可能であるため、安定供給にもつながる。
万博での設置は実証実験も兼ねている。開幕から数カ月、計画通りの発電ができているという。梅雨以降の発電量がどうなるかが今後の実証のポイントだ。万博会場以外でもさまざまな場所に設置し、耐久性や取り付け方法など、社会実装に向けた実証を重ねている。2025年から少量生産を行っており、2027年4月からの本格的な量産に向けた準備が進む。
今後は日本の脱炭素達成や社会インフラとしての貢献を目指し、災害時の避難場所となる小中学校の体育館や住宅への設置を進める計画だ。将来的には海外への展開も見据える。「あ、こんなところにもペロブスカイト」と日本や世界のあちこちで発見できる未来に期待が高まる。
300キロのCO2を吸い込むDAC装置を間近で見学注6
東ゲートから予約者専用バスで向かうのは「RITE未来の森」。会場マップには載っていない、知る人ぞ知る人気パビリオンだ。地球温暖化問題に関する最先端研究を行う地球環境産業技術研究機構(RITE)が運営する。二酸化炭素(CO2)を大気中から直接回収するダイレクト・エア・キャプチャ(DAC)が展示の目玉の1つだ。敷地内ではDAC装置が実際に稼働し、CO2の回収実証実験が行われている。このDAC装置は1日当たり300キログラムのCO2を吸収注7 。この規模の装置の設置は日本国内で初めてとなる。1日当たり300キロのCO2は甲子園球場3個分の森が吸収する量に相当する。
RITE未来の森のDAC装置には、RITEが開発した「RITEアミン」という化学品を用いる。アミンは、温度が低い環境でCO2を吸収しやすく、温度が上がるとCO2を離すという性質を持つ。大気中から吸入された空気は、RITEアミンを染み込ませた微粉状のCO2吸着剤を塗布したハニカム状基材を通り、CO2は基材内に吸収、それ以外の空気は反対側から排出される。一定量の吸収が終わると、装置を密閉し温度を上げて真空ポンプでCO2を取り出す。取り出されたCO2は蒸気との混合ガスの状態のため、冷やして水とCO2に分離し、回収する仕組みだ。RITE2025年大阪・関西万博室によると、2025年1月の試運転開始から現時点までの実験結果は「想定よりもかなり良好」だという。気温や湿度の上昇はアミンのCO2吸収量に影響するため、梅雨や夏に向けて影響度合いを調べていく計画だ。アミンなどの材料も空気と触れることによる酸化などで劣化していくため、耐久性の実証も重ね、社会実装を目指す。
DACは大気中のCO2を回収・除去し、結果的に排出量をマイナスにするネガティブエミッション技術として、カーボンニュートラル達成に必要な技術とされている注8 。他方で、DACにはコストもかかるのが実態。DACの実装には、「まずは電化などCO2を出さない技術を促進し、続いてベースロード電源注9 による発電から排出されるCO2を確実に分離回収することが前提」だ。それでも不可避的に大気中に排出されてしまうCO2を回収するのがDACの役割なのだ。万博会場で展示を行う意義には、「地球に必要な技術であることを多くの人に理解してもらうことにある」という。今後も技術開発を重ね、CO2を吸収する「未来の森」として、DACの社会実装への挑戦は続く。
身近な道路にCO2を閉じ込める、足元で脱炭素注10
「RITE未来の森」ではCO2を回収する技術だけでなく、回収したCO2を貯留・活用する技術も見学できる。パビリオン内部に敷かれたアスファルト舗装もその1つ。道路整備や建材資機材の製造販売などを手掛ける前田道路が取り組む「CO2を固定化したアスファルト舗装」だ。来場者は実際に舗装された道を歩くことができる。
前田道路は、アサヒ飲料と協力し同社が設置する「CO2を食べる自販機」注11 で回収したCO2をアスファルト舗装材料に活用する実証実験を進める。自動販売機は周りの空気を吸い込み、商品を冷やしたり温めたりするのに使用している。庫内に粉末状のCO2吸収材を搭載し、大気中からCO2を吸収する仕組みだ。通常、アスファルト舗装にはフィラーと呼ばれる石粉などが一定量配合されている。CO2吸収済みの吸収材をフィラーの代わりに混ぜ込むことで、CO2を道路に閉じ込めることができる。これまでの実証結果によると、厚さ5~10センチのアスファルト舗装材で、道路面積1平方メートル当たり約0.9キログラムのCO2の固定化が可能だという。また、アスファルト舗装の下には路盤材と呼ばれるコンクリートを砕いた下地が使われる。コンクリートには水酸化カルシウムが含まれており、CO2を吸収する性質がある。この路盤材に自社工場の排ガスに含まれるCO2を固定化させる検証にも取り組む。
前田道路は自社事業から排出されるCO2の削減方法を検討するため、数年前からRITEと共同研究を始めた。技術研究所の髙橋知氏によると、CO2を固定化したアスファルト舗装の開発は、「本業の道路事業を通してCO2削減に貢献できる方法を模索した結果」だという。
アスファルト舗装は資源循環率が高く、日本では99%がリサイクルされている。CO2を固定化することで、より環境価値を高めることができると見込む。同社の取り組みやこうした価値を多くの人に知ってもらう機会として万博での展示は大きな意味を持つ。茨城県土浦市と協力し、2024年1月にはCO2を固定化させた路盤材、翌1月からはアスファルト舗装の試験施工を実施。社会実装を目指し、実際の道路で耐久性などの検証を行っている。前田道路は、道路建設という身近なインフラ整備を通じてCO2削減への貢献を着実に進める。実用化も目の前だ。
かわいいマスコットとドイツの循環経済を学ぶ注12
海外パビリオンを巡り、海外旅行気分を味わえるのも万博の醍醐味。大阪・関西万博には158の国・地域が参加している注13 。連日長い行列を作るパビリオンも多く、ドイツパビリオンもその1つ。「わ!ドイツ」と銘打ち、「循環経済」を来場者にわかりやすく伝える展示に力を入れる。「わ!」には循環の「輪」、調和の「和」、驚きの「わ!」の3つの意味が込められている。
パビリオン内では、自然との共生、循環型の暮らし、循環経済に関する製品や技術、政府機関や自治体の取り組みをさまざまな方法で知ることができる。入場前には、日本の「カワイイ文化」にヒントを得たマスコット「サーキュラー」をかたどった音声ガイドが手渡され、来場者はサーキュラーによる解説を聞きながら、展示を回る。循環経済のホールでは、モビリティ、ヘルスケア、食品、ライフスタイルなどの分野で循環経済に貢献するドイツ企業の取り組みを、デジタルパネルを使って来場者に伝える。ドイツのファッションブランドが開発した循環型ファブリックを用いた展示も興味深い。端材を再利用した生地、犬の抜け毛を使った生地、キノコで作った生地などもある。
ゆっくりと回転する床に配置されたソファに寝転び、循環経済に向けたメッセージ映像を鑑賞できるホールもある。映像では、循環型社会を実現するために何ができるかを問いかける。ドイツが目指す循環経済の未来を、細部まで作りこまれた展示で楽しみ、五感で感じることができるのが魅力だ。
凧で発電!?イタリアの再エネ企業の挑戦注14
イタリアパビリオンは、日本で初公開となる古代ローマ時代の彫刻「ファルネーゼのアトラス」、ミケランジェロの彫刻やバチカン美術館所蔵の絵画など、著名な芸術作品を間近で見ることができ、人気を博す。美術品だけでなく、イタリア企業によるさまざまな製品・技術の展示もあり、イタリアの歴史を辿ることができる。
6月3日から4日間、とあるイタリア企業がパビリオン内で特別展示を行った。再生可能エネルギー関連スタートアップのKitenergyだ。2010年設立の同社は、風力発電と太陽光発電の高機能技術を開発する。小~中規模程度のコミュニティに向け、低コストでクリーンな電力を供給することを目的としている。同社が開発中の主力製品は凧を使った風力発電装置「K100」だ。60平方メートルの大きさの凧を200~400メートル上空で飛ばし、凧が空を舞う動力で地上の発電機を回す。100キロワットの出力が可能で、風車型の風力発電とは違い可動式で、最適な場所に移動させて発電できる。送電網と切り離されたオフグリッド地域での普及を目指す。2026年までにイタリアやチリでの最終的なフィールドテストを経て、2027年に商用化の予定だ。
万博で初披露の新製品が、2023年に国連等と共同開発したコンテナ型可動式太陽光発電装置「ザ・サン・イン・ア・ボックス」。20フィートコンテナに太陽電池パネル40枚とバッテリーが収納され、設置から1時間半で発電が可能になる。出力は17キロワット。災害時に設置される避難所などでの電力供給を想定して設計されている。試作品を経て市場投入の準備はできており、オフグリッド地域が多いアジア展開を目指す。ブルーノ・フリゲーロ社長は、「我が社が重視するのはサステナビリティ。安価なメンテナンスコストで長く使えることが強み」と強調する。斬新な発想で電力アクセスから誰も取り残さない社会の実現に向け、開発は続く。
1970年の大阪万博では、今の社会では当たり前となったワイヤレステレフォン注15 、電気自動車、リニアモーターカーなどが「未来の技術」として披露された。今回紹介した新たなグリーン技術も、近い将来に地球を守る当たり前の技術になるかもしれない。そうはいっても「百聞は一見に如かず」。まずは行ってみて、少し先の未来をぜひ直に感じていただきたい。
注記
- 注1
- 正式名称は「2025年日本国際博覧会」。
- 注2
- 国際博覧会としては、1990年に大阪で「国際花と緑の博覧会(花博)」が開催された。
- 注3
- スマートモビリティ万博、デジタル万博、バーチャル万博、アート万博、グリーン万博、フューチャーライフ万博。
- 注4
- 積水ソーラーフィルムへのジェトロによる取材(実施日:2025年6月5日)。
- 注5
- 積水化学工業「2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)への協賛およびフィルム型ペロブスカイト太陽電池の設置について」(2023年7月21日付)
- 注6
- RITEへのジェトロによる取材(実施日:2025年6月6日)
- 注7
- 24時間稼働した場合の想定。
- 注8
- 経済産業省ニュースリリース(2023年6月28日付)
- 注9
- 最低限必要な電力を安定的に低コストで供給できる電源のこと。石炭、原子力、水力などで賄われることが多い。
- 注10
- 前田道路へのジェトロによる取材(実施日:2025年6月9日)
- 注11
- 国内では2024年末で約500台を設置。(アサヒグループジャパンウェブサイト、2025年6月11日閲覧)。
- 注12
- ドイツパビリオンプレスキット、見学内容に基づく(取材実施日:2025年6月6日)
- 注13
- 外務省「大阪・関西万博に参加表明のあった国・地域・国際機関」(2025年2月13日付)
- 注14
- Kitenergyへのジェトロによる取材(実施日:2025年6月6日)
- 注15
- 携帯電話の前身。
特記しない限り、本報告の記述は2025年6月末時点のものである。
目次
-
第Ⅰ章
世界と日本の経済・貿易 -
第Ⅱ章
世界と日本の直接投資 -
第Ⅲ章
世界の通商ルール形成の動向 -
- 第1節 世界の通商政策を巡る最新動向
- 第2節 多国間貿易体制の現状と課題
- 第3節 世界の新たなルール形成の動き
コラム:大阪・関西万博から世界へ発信!地球の環境を守る新たなグリーン技術
(2025年7月24日)



