ジェトロ世界貿易投資報告 2025年版
第Ⅲ章 世界の通商ルール形成の動向
第1節 世界の通商政策を巡る最新動向 第3項 経済安全保障のトレンドと企業の対応
輸出規制強化に懸念が増大
本節で述べてきたとおり、2024年後半から米国による新たな輸出管理や投資規制が発表され、中国も輸出管理を強化・厳格化する流れとなっている。両国は矢継ぎ早に新たな輸出管理措置を打ち出しており、加えて、2025年からの第2次トランプ政権下においては、追加関税など関税措置の応酬も激しさを増している。日本企業を取り巻く地政学リスク、不確実性は高まっており、日本企業の経済安全保障リスクへの対応が、ますます重要になっている。
ジェトロが2025年3月に日本の企業関係者に対して実施したアンケートによると、「懸念する地政学リスク(最も地政学リスクが高い事業展開先の国・地域を想定)」に関する質問では、「輸出規制の拡大・強化」が8割と最大になっている。続いて、「関税引き上げ」が43%と高く、「データ規制の拡大・強化」(28.4%)や「投資規制の拡大・強化」(23.9%)も一定数の企業関係者が懸念している(図表Ⅲ-25)。
- 注:
- 有効回答数は426名。
- 出所:
- ジェトロ実施によるアンケート(ジェトロ主催ウェビナー「米国、中国の経済安全保障政策と日本企業の技術管理」参加者を対象に実施、2025年3月7日)から作成
経済安全保障(貿易管理、投資規制など)の観点で抱える課題について聞いたところ、「規制の最新情報のフォロー、アップデート」が52.9%と最も高い。2025年1月に発足した第2次トランプ政権においては、輸出管理に加えて、追加関税など新たな貿易関連措置の発表や、変更の頻度も高い。また、これに伴って、中国による対抗措置も増加しており、両国の最新情報を収集・フォローするだけでも困難に感じる企業が半数以上に上っている。
また、「課題に対応する人材の不在・不足」(37.5%)、「サプライチェーンに潜むリスクの洗い出し」(36.2%)、「社内体制の整備」(33.5%)といった面で課題を感じる企業関係者は3割超に上る(図表Ⅲ-26)。
- 注:
- 有効回答数は448名。
- 出所:
- ジェトロ実施によるアンケート(ジェトロ主催ウェビナー「米国、中国の経済安全保障政策と日本企業の技術管理」参加者を対象に実施、2025年3月7日)から作成
中国からの調達の重要性が浮き彫りに
サプライチェーンの途絶リスクに関しては、2025年以降、中国の輸出規制による影響が広がっている。中国は、2025年2月にレアメタルであるタングステン、テルル、ビスマス、モリブデン、インジウムを、同年4月にレアアースであるサマリウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ルテチウム、スカンジウム、イットリウムを輸出管理の対象とした。これらの重要鉱物を中国から輸出する場合は、「輸出管理法」「両用品目輸出管理条例」の規定に基づき、国務院商務主管部門(商務部)に許可申請を行う必要がある。そのプロセスの中で、エンドユーザー、エンドユースが確認され、疑義が持たれる場合は輸出通関ができない注1 。
こうした新たに規制対象となったレアメタルやレアアースを製品の原材料として調達している企業では、中国で輸出許可が下りなければ、操業が止まる可能性もあり、死活問題となるため非常に影響が大きい措置となっている。同年5月30日、スズキは部品供給不足に伴う一部車種の生産一時停止について発表。レアアースを使用する部品の調達に遅れが出たと報じられている注2 。
日本企業は調達先の集中リスクを回避するため、多元化(マルチプルソーシング)に取り組んでいるとはいえ、海外調達先としての中国の重要性は依然として高い。ジェトロが2024年11~12月に実施した日本企業の本社向けアンケート注3 では、回答企業3,079社のうち59.5%が「海外調達をしている」と回答している。そうした企業に対して、主要原材料・部品の海外調達先(金額ベースで最大の調達先)を聞いたところ、製造業・非製造業とも「中国」という回答が約半数に上っている(図表Ⅲ-27)。
- 注:
- nは無回答および「主要原材料・部品の海外調達はしていない」を選んだ企業を除く。
- 出所:
- ジェトロ「2024年度日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」
関心が高い米国の輸出管理規制、トランプ政権の方針転換にも留意
こうした地政学リスクへの対応策については、「情報収集の強化」を行っている回答者が57.3%と過半数に上る。また、「輸出管理に関する社内教育・普及啓蒙」(48.1%)や「輸出管理の社内審査の強化」(45.7%)といった社内体制を充実させる企業も4割超となっている。また、「調達先の多元化」(28.0%)、「地産地消の推進」(14.1%)、「販売先の多元化」(12.7%)と、サプライチェーンを変更・多元化を検討する企業関係者も少なくない(図表Ⅲ-28)。
- 注:
- 有効回答数は403名。
- 出所:
- ジェトロ実施によるアンケート(ジェトロ主催ウェビナー「米国、中国の経済安全保障政策と日本企業の技術管理」参加者を対象に実施、2025年3月7日)から作成
情報収集の強化に取り組む企業は多いが、特に情報収集を強化しているテーマを聞いたところ、「米国輸出管理規則(EAR)関連情報」(72.3%)が圧倒的に高く、続いて「日本の外為法・経済安全保障政策関連情報」(61.0%)、「中国の反外国制裁法、反制裁法制の動向」(58.3%)、「米国のエンティティー・リスト(EL)」などのリスト改訂状況(51.0%)が続いた(図表Ⅲ-29)。
- 注:
- 有効回答数は300名。
- 出所:
- ジェトロ実施によるアンケート(ジェトロ主催ウェビナー「米国、中国の経済安全保障政策と日本企業の技術管理」参加者を対象に実施、2025年3月7日)から作成
EARとは、米国の輸出管理法制度で、軍事用途等に利用可能な民生品目(両用品目)の輸出について管理する規則である。米国からの貨物、技術、ソフトウエアの輸出に加え、日本を含む第三国からの輸出(再輸出、同一国内で外国人に技術等を伝達する「みなし輸出」を含む)にも適用される。対象となるのは(1)米国所在品目、(2)米国原産品目、(3)米国原産比率が25%を超える外国製品、(4)米国外で米国原産リスト規制該当技術・ソフトウエアによって直接生産された製品である。これらについて商務省の規制品目リスト(CCL)に掲載されている品目であったり、輸出相手がELに記載されている者であったりする場合は、米国商務省産業安全保障局(BIS)への輸出許可(ライセンス)申請が必要となる注4 。違反した場合は、日本企業であっても米国の刑事罰や行政制裁の対象となり、高額の制裁金のほか、ELや「輸出権限をはく奪された個人・企業リスト(DPL)」といったブラックリストに掲載される可能性があり、EAR対象品目の取引が困難になることが懸念される注5 。
2024年下半期からの米国輸出管理に関するアップデートとしては、バイデン政権末期の2024年12月に発効した中国に対する半導体の輸出管理強化が挙げられる注6 。同規則では、140の事業体(日本企業2社を含む)をELに追加した上で、特定の半導体製造装置24種類や、特定のソフトウエア、広帯域幅メモリ(HBM、AI訓練などのハイエンドアプリケーションに使用される)を規制対象に追加した。
2025年1月には、バイデン政権が「AI拡散規則(AI Diffusion Rule)」と呼ばれるAI向け半導体などへの輸出管理を強化する暫定最終規則(IFR)を発表し、同年5月から先端AIモデルの開発に不可欠とされる先端コンピューティング集積回路(IC)の輸出規制をさらに厳格化する方針を示した注7 。しかし、BISは施行直前の5月13日にIFRを撤回する意向を発表した。BISは、これらの新たな要件が米国のイノベーションを阻害し、企業に過度の規制負担を課すものだとしている。同発表は、第2次トランプ政権として初めて輸出管理の方針を公に発表したものであり、前政権からの方針転換を示す内容となった注8 。
日本企業の技術流出対策が求められる
日本企業が経済安全保障上の課題に対応するにあたり、経済産業省が2025年5月に公開した「経済安全保障上の課題への対応(民間ベストプラクティス集)」は、企業の総合的な体制整備やリスク低減にあたっての実践的な参考資料となっている注9 。同資料では、経済安全保障上の対策について、(1)組織体制の構築(意識醸成、体制整備)、(2)技術流出の対策(技術の区分、人員配置の工夫、接触リスク分析、従業員・退職者・取引先等に分けた流出防止策)、(3)サプライチェーンリスクへの対策(供給網の可視化、リスク分析、サイバー攻撃または制裁・紛争等での寸断防止策)の3つの領域に分けて、具体的な取り組みを紹介している。
上記のうち技術流出対策は、これまでも営業秘密の漏洩防止といった観点で関心が高かったが、近年は経済安全保障リスクとして、改めて日本企業の重要な課題と見なされている。企業の持つ技術情報の漏洩が、国の安全保障リスクにも及ぶようになっているからだ。図表Ⅲ-26のとおり、32.4%の企業が経済安全保障の観点での「技術流出対策」に課題を抱えている。また、地政学リスクへの対応(図表Ⅲ-28)についても、20.3%の企業が「技術流出を含む営業秘密漏洩防止に係る対応」を行っていると回答している。経済産業省貿易経済安全保障局は2025年5月に、企業等が技術流出対策に取り組む上での参考資料として「技術流出対策ガイダンス」注10 を公表した。同資料の中で、具体的な手法として(1)生産拠点の海外進出に伴う技術流出、(2)人を通じた技術流出について、対策を紹介している。
貿易経済安全保障局は同ガイダンスについて、「企業に対して取り組みを義務付けるものではない」としており、また「完璧な技術流出対策は存在しない」と記載している。特に中小企業においては、すべての対策を講じることはリソース面からも限界があるため、取り組み可能な対策から確実に実行していくことが望ましい。
注記
- 注1
- ジェトロ「中国、中・重希土類7種のレアアース関連品目で4月4日から輸出管理を実施」『ビジネス短信』(2025年4月7日付)
- 注2
- ロイター「スズキ、中国レアアース輸出規制で『スイフト』生産停止」(2025年6月5日付)
- 注3
- ジェトロ「2024年度日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」。海外ビジネスに関心の高い日本企業(本社)9,441社を対象にしたアンケート。
- 注4
- 詳細はジェトロ「『安全保障貿易管理』早わかりガイド」(2024年1月)を参照。
- 注5
- EARへの日本企業の対応や取り組みについては、ジェトロ「世界貿易投資報告2024年版」の106~109ページを参照。
- 注6
- ジェトロ「米商務省、半導体製造装置を中心とした新たな対中輸出規制を発表」『ビジネス短信』(2024年12月3日付)
- 注7
- ジェトロ「米商務省、AI向け半導体などへの輸出管理を強化」『ビジネス短信』(2025年1月14日付)
- 注8
- ジェトロ「米商務省、AI半導体などへの輸出管理を強化する暫定最終規則の撤回方針を発表」『ビジネス短信』(2025年5月15日付)
- 注9
- 経済産業省「経済安全保障上の課題への対応(民間ベストプラクティス集)第2.0版」(2025年5月23日)
- 注10
- 経済産業省「技術流出対策ガイダンス第1版」(2025年5月23日)
特記しない限り、本報告の記述は2025年6月末時点のものである。
目次
-
第Ⅰ章
世界と日本の経済・貿易 -
第Ⅱ章
世界と日本の直接投資 -
第Ⅲ章
世界の通商ルール形成の動向 -
- 第1節 世界の通商政策を巡る最新動向
- 2024年以降の通商環境の変化と主要課題
- 主要国・地域の通商政策
- 経済安全保障のトレンドと企業の対応
- 第2節 多国間貿易体制の現状と課題
- 第3節 世界の新たなルール形成の動き
- 第1節 世界の通商政策を巡る最新動向
(2025年7月24日)



