即戦力として外資からの評価は高い(ビシェグラード4ヵ国)−欧州フロンティア諸国の投資環境比較(4)−

(ポーランド)

ワルシャワ発

2009年03月16日

旧・共産圏の中欧諸国は、「人材払底」「賃金上昇」から「金融危機に伴う事業合理化」へ極端な事業環境の揺り戻しを経験し、難しい局面を迎えている。ただ、高付加価値商品については、「欧州フロンティア」に代わる適切な受け皿はなく、コスト削減が追究される中、西欧からの生産シフトは依然として続く。産業集積の中で培われた技術力を、「即戦力」と大手企業はみている。これらの期待に応えるためにも、金融基盤の再編(特にユーロ導入)、高速道路網の整備など課題は多い。

<急変した雇用情勢>
本特集の第4回以降は、調査対象諸国の「定性的評価」について概説する。ポーランドには日系企業だけをみても、製造業(研究・開発含む)は74社(2008年12月末時点)、販売・サービス法人、駐在員事務所なども含めると、既に230社が進出している。日系企業以外の外資系製造業も、自動車関連では、フィアット(イタリア)、フォルクスワーゲン(ドイツ)、GMオペル(米国)などの完成車生産拠点に加え、デルファイ(米国)、TRW(米国)など部品製造業が数多く進出している。また、エレクトロニクス関連では、北部・南部に薄型テレビ製造の2事業所を保有するLG電子(韓国)、インデシット(イタリア家庭電器最大手)、エレクトロラックス(スウェーデン家庭電器最大手)、コンピュータ関連のデル(米国)、レノボ(中国)などがある。

これらの産業集積力は、ポーランドを含めたビシェグラード4ヵ国(注)に共通で、世界的な企業の進出が呼び水となって、周辺にサプライヤー企業やロジスティクス企業、専門商社、サービス企業まで進出して強固な集積地を形成している。例えば、ポーランド北部のシャープ(液晶テレビ)、ポーランド南西部のトヨタ(エンジン、トランスミッション)、チェコ東部の現代自動車(乗用車)、スロバキアのサムスン電子(薄型テレビ)、ハンガリー北部のノキア(携帯電話)など枚挙にいとまがない。これら4ヵ国は「欧州フロンティア」というよりも、今では欧州製造業立地の定番に近付きつつある、といえる。

金融危機直前までは、これらの地域で「人材払底」「賃金急騰」が共通認識になり、新たな雇用拡大は難しい状況にあった。しかし、この状況は金融危機で一変した。ポーランドでは08年10月に8.8%まで下がった失業率も、11月には反転上昇。09年1月には10.5%まで上がった。今は、「むしろ、人員合理化を考えないといけない時期」(在ポーランド日系企業)との指摘もあり、労使関係は緊迫し始めている。ジェトロも、3月6日に「日本企業に想定される労働組合関連の諸問題とその対策」と題する海外ビジネス緊急支援セミナーを開催した。英国やアイルランドへ流出した労働移民(2009年3月12日記事参照)も急速に帰国しており、雇用情勢は緩み始めている。

<金融危機の波及には4ヵ国で濃淡>
ビシェグラード4ヵ国にも、急速に金融危機の影響が及んでいる。4ヵ国の中では、金融危機以前から成長鈍化が著しかったハンガリーで、危機の影響がいち早く表面化した。IMFと世界銀行から合わせて251億ドル相当の緊急融資を仰ぐ結果となり、現在も厳しい状況が続いている(2009年1月28日記事参照)。その他の3ヵ国も、内需の強さから08年12月までは乗用車(新車)販売などで予想外の堅調を持続した(2008年10月15日記事参照)。しかし、クリスマス商戦以降は、徐々に減速感を強め、09年1月からは乗用車(新車)登録台数が一斉にマイナスに転落している。なお、欧州全体で金融危機以降も登録台数がプラス成長を維持(08年末まで)したのは、ポーランドとスロバキアだけだ。

金融危機の影響で、東欧圏の金融市場は混乱が続くが、ポーランドでは、対ユーロのズロチ・レートが急落。08年7月の1ユーロ=3.2591ズロチは、09年2月時点で1ユーロ=4.6467ズロチ(欧州中央銀行・月平均レート)と、約3割も価値を下げた。この対策として、政府はかねてからの懸案である「ユーロ導入(目標:12年)」を推進したいところだが、国民の間には慎重論 (2009年1月29日記事参照)も根強い。こうした傾向は、チェコ(2009年1月28日記事参照)などでも同様である。

他方、将来的な市場性という観点では、今後も所得水準の向上が期待でき、日系企業にとっての市場参入のチャンスも残る。しかし、長期的にみれば、全体として中・東欧はすでに人口減少社会に突入し始めており、特に少子化の進展は日本よりも深刻だ。EU加盟で中・東欧では政治・社会の安定が進んできたが、一方で、今回の金融危機(西欧発)や、09年1月に発生したロシアからウクライナへの天然ガス供給停止問題(CIS地域発)など、周辺情勢に左右されやすいことが明らかになった。これら4ヵ国を市場としてみるには「所得水準向上の好機を逃さない」ビジネス・プランが重要となりそうだ。

<気になる高速道路網の整備の遅れ>
運輸基盤の観点では、海洋に面していないチェコ、ハンガリーでは、高速道路網が整備されている。スロバキアも多少遅れているものの、西部地域を中心に企業のロジスティクスに対応できている。これは、セルビアにも当てはまることだが、これらの国では高速道路網の整備は死活問題で、迅速かつ計画的に行われている。これに対して、ポーランドやルーマニアは、海上港湾を保有し、貿易アクセス・ルートが確保されているため、旧・共産圏時代から積極的な道路網の整備が十分には行われてこなかった。

このためポーランドでは、最大の貿易相手国であるドイツとの間も、高速道路で直結している主要都市は、南部のクラクフ〜カトビツェ〜ブロツワフ(高速道路A4と支線のA18でベルリン方面に接続)とシュチェチン(高速道路A6でベルリンに接続)だけで、首都ワルシャワ、物流の中枢ウッジ(コスト調査対象都市)、工作機械産業の街ポズナンも、現時点でドイツに接続する路線がない。ポーランドの場合、東方の隣国ベラルーシ、ウクライナも、高速道路網の整備が進んでいるわけではないため、整備のモチベーションは低い。

現状では、ポーランドを経由する東方物流は、リトアニア、ラトビアからロシアに向かうルート(トラック貨物)が主体で、ウクライナ経由となると、むしろ鉄道網の方が企業の関心は高い(2007年12月19日記事参照)。立地としては、西欧とロシア市場の中間に位置して、複数の港湾も保有するなど、ロジスティクスの観点で恵まれた環境にありながら、それらを統合するなどの活用策が不十分だ。

しかしそれでも、企業のポーランドに対する期待は強く、インデシットは09年3月に発表した英国(ウェールズ)のボデルウィザン事業所の閉鎖に伴う食器洗い機の集約先として、ウッジ(調査対象地)近郊のラドムスコ事業所を候補に挙げている。またデルも、アイルランドのリメリック事業所の業務移管を、ウッジ事業所で進めているところだ。これまでの技術蓄積などは豊富なため、付加価値の高い商品では、即戦力と大手企業は評価しているようだ。

(注)ビシェグラード4ヵ国は、ポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリーの中・東欧4ヵ国を指す。

(前田篤穂)

(ポーランド)

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