金融危機で政府、中銀は早期導入を否定−ユーロ10周年の評価と金融危機後の課題(16)−

(チェコ)

プラハ発

2009年01月28日

トポラーネク内閣は2008年12月、財務省と中央銀行が共同で作成したユーロ導入についての分析報告書を承認した。報告書は現段階では欧州為替相場メカニズム(ERM2)に参加しないこと、またユーロ導入時期を設定しないことを勧告するもので、その主要論拠として金融危機を挙げている。ユーロ導入をめぐる論争は金融危機後、早期導入反対派にやや有利に働いている感がある。

<政府、中銀はユーロ加盟を急ぐべきではないと主張>
チェコは10年のユーロ導入を目指していたが、財政赤字などを理由にして延期した後、具体的な導入時期目標を設定していない。一方で、財政赤字のGDP比が近年急速に改善されたこと(08年1.2%)と、08年に急騰した物価が下期には安定し、09年以降再び3.0%以下の低率で推移すると予想されることで、マーストリヒト条約による導入基準を満たすこと(表参照)、さらに、スロバキアがユーロ導入を果たしたことで、ユーロの早期導入を求める声は高まりつつある。

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しかし、市民民主党(ODS)を中心とする現右派中道連立内閣は、「ユーロ導入以前に、年金制度、労働市場など多くの改革を断行していく必要がある」として、ユーロ導入を急ぐべきではないとの姿勢を示している。また導入時期についても、トポラーネク首相は「一層の財政再建措置が承認された時点で、政府は初めてユーロ導入が可能な時期を具体的に予測できる」としている。この政府見解に対して、中銀のトゥーマ総裁は「不明確な点がある」としながらも、ユーロ導入を急ぐ理由はないという点でおおむね政府と見解が一致している。導入時期については、「ユーロ導入は主に政治的な問題のため、与党の下院勢力が微妙な現状では決定するべきではない」と述べている。

中銀は97年に完全変動相場制に移行したことにより経済が成長したことを例に挙げ、ERM2に参加してチェコ・コルナの対ユーロレートを固定することは経済効果の面で危険だと強調している。またODS前党首で、欧州統合懐疑派として知られるクラウス大統領も、金融危機前から「ユーロ圏が現在抱えている経済問題(成長の鈍化、生産性低下など)の大半はユーロ導入に起因している」として、「13年以前のユーロ導入は支持しない」と断言している。

<企業は早期導入を要望>
これに対して企業側は、ユーロ導入時期の早期決定と実現を政府に求めてきた。特にコルナ高がピークに達した08年夏には、輸出企業数社が従業員解雇、製造停止に追い込まれており、経済会議所、産業連盟などの企業団体は、ユーロ導入こそが最短の問題解決策として、政府の対応を強く批判していた。経済会議所のクジェル総裁は「輸出の比重が高く、また貿易相手の大半をユーロ圏が占めるため、企業が貿易相手と共通通貨建てで発注・納入価格を設定することが重要な意味を持つ。これが実現すれば、チェコ企業の評価も高まる」と主張する。

国内最大の輸出企業、シュコダ・オートの100%株主であるドイツのフォルクスワーゲンは、08年にシュコダ工場への投資計画を断念しているが、シュコダのキンシャー理事は「チェコ・コルナの変動幅の大きさとチェコ市場でのユーロの不在」が原因だと説明、グローバルに事業展開するシュコダにとってユーロは非常に重要な存在だと強調した。

08年大統領選に出馬し、クラウス大統領に敗れた経済学者のシュベイナル氏も「親ユーロ派」である。同氏は長年にわたって、ユーロ導入は為替リスクの低下と財政収支の安定という2つの利点をもたらすと主張している。

<「金融危機下ではERM2参加は不適当」>
ユーロ導入をめぐる政府・中銀対企業の構図は、金融危機以後も基本的には変化していない。ただし中銀の政策金利引き下げにより、コルナ安の方向に為替が変化したため、企業側の主張は以前ほど緊迫したものでなくなった感がある。中銀のホルマン理事は、金融危機に関連して、コルナ維持がチェコに有利に働く理由を次の2点にまとめている。

(1)ユーロ圏では比較的健全な金融セクターを持つ国も、より深刻な影響を受けた国と同様の措置をとらざるを得ない状況になっている。
(2)金融機関救済を目的とした巨額の財政支出が、ユーロ圏内の財政原則を危機にさらしている。

ユーロ圏の統制的対応に関して、中銀のハンプル副総裁は「金融危機の現在、ユーロ圏では根本的な原則の存続が討議されており、この討議が終わるまで待つのが合理的判断だ」と述べている。さらに「自国通貨は金融危機に当たって一種のエアバッグのような働きをしている。ハンガリー、バルト諸国など、中・東欧でユーロ寄りの政策をとる国や、ユーロに固定された相場を持つ、あるいはユーロ建て債務を多く抱える国で、より深刻な事態となっていることがそれを証明している」と説明している。

08年12月に中銀、財務省が共同作成した「マーストリヒト条約条項遂行状況およびチェコとユーロ圏の経済ハーモナゼーション・レベル評価」報告書は、「世界的な金融危機によりチェコ・コルナのレート変動が激しくなると予想される現在、ERM2参加は不適当である」との結論を出している。その理由を「ERM2は、金融市場、短期資本市場の状況変化に弱いシステムであり、チェコ・コルナがこれに参加している時期に金融環境が不安定な状況になった場合(マイナスに動いた場合)、マクロ経済にマイナスの影響が波及し、ユーロ圏経済とチェコ経済との収れん度が低下する恐れがある」と説明している。

これに対して産業連盟は、マーストリヒト条件が履行されている現在、政府は金融危機をユーロ導入時期決定延期の根拠に利用しているとして批判、「時期決定延期は、08年の劇的なレート変動を経験した企業にとって大きな不安材料であり、まさに金融危機の現在、チェコ企業の国際市場における地位を悪化させるものだ」と強調した。また「政府は、国内の金融セクターは健全で、自国通貨はこの不安定な時期にかえって有利に働くと主張しているが、これについて具体的な証拠となるデータは何ら示されていない」と批判している。

また、シュベイナル氏は「ユーロ導入は最短でも実現は2、3年先」として、導入される時には既に金融危機が収束していることもあり得ると指摘する。また市場の反応に対して、「チェコ経済は、スロベニア、スロバキア、そして新たに準備を進めているポーランドと同様、あるいはそれ以上にユーロ導入準備が整った状態となっている」と主張している。

<「ユーロ導入時期は09年11月に決定」>
このような状況の中、1月初旬に首相は「ユーロ導入時期を09年11月に決定する」と非公式に明らかにした。蔵相も後にこの首相発言を事実であると確認しており、さらに導入時期を13年とする可能性もあると述べた。

経済界はこの発言を歓迎し、経済会議所のクジェル総裁は、首相発言は飛躍的進展であると評価した。同時に「スロバキアをはじめ、近隣諸国がすべて4年以内にユーロを導入するだろうが、これにチェコが遅れた場合には、チェコ企業が他国企業に対して国際競争力の面で大いに不利な立場に立たされることになる」と再び警告している。

(中川圭子)

(チェコ)

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