ロシアが目指す第4次産業革命

2018年1月11日

近年、世界ではモノのインターネット(IoT)、人工知能(AI)、シェアリングエコノミーなどITを活用した技術革新、いわゆる「第4次産業革命」に注目が集まっている。ロシアでも、2016年末からプーチン大統領が大きな関心を寄せ、デジタル経済推進プログラムが作成された。各業界でもデジタル経済化に向けた議論や動きが活発化している。デジタル経済は2017年9月に日ロ政府間で協力に関する共同声明が署名されており、金融分野では日ロ企業間での連携が生まれている。企業のデジタル化へのインフラ整備が推進に当たって鍵を握る。

2024年までのロードマップを作成

「デジタル経済」という言葉がプーチン大統領の発言の中で本格的に現れ始めたのは2016年12月に行われた年次教書演説からだ。プーチン大統領は、デジタル経済など最先端技術は生活やさまざまな産業に影響を及ぼすとし、そういった技術を生み出す国は長期で優位に立ち多大な恩恵を受けられる一方で、遅れると従属的で不利な地位に甘んじると警鐘を鳴らした。「『デジタル経済』と呼ばれる新しい技術世代の経済を発展させるため、大規模で体系的なプログラムを立ち上げる」と表明した。

通信マスコミ省がプログラムの作成に着手し、2017年7月に「ロシア連邦のデジタル経済」が政府で承認された。同プログラムではデジタル経済化推進のため法制度、人材、情報インフラ、情報セキュリティーの四つの分野でロードマップが作成された(表)。例えば法制度面では、ブロックチェーンといった分散型台帳技術利用に関する法制度を2020年末までに整備する。情報インフラでは2024年までにブロードバンド・インターネットの家庭での普及率を97%に高めるとともに、2020年から第5世代高速移動通信システム(5G)の導入を始め、2024年までに人口100万人超の全ての都市に導入する。2017年9月には政府主導で独立非営利組織「デジタル経済」が設立され、官民一体となって推進する体制が整った。

表:デジタル経済推進プログラムのロードマップ(抜粋)
項目 2018年 2020年 2024年
法制度 デジタル経済発展のための法制度改善に関する主要施策の実施 デジタル経済化に対応した調整メカニズムの創設などの法制度改善に関する中期的政策の実施 デジタル経済社会における新しい技術や経済活動を可能とする法制度環境の整備
人材 教育や専門分野での基準文書、デジタル経済分野でのスキル要件の作成、関連する試験的プロジェクトの立ち上げ デジタル経済に対応した教育体系の作成、デジタル経済分野のスキル開発パスと認証制度の形成 デジタル経済に対応した能力を持つ人的資源の継続的な供給
情報インフラ 5Gネットワーク展開のための周波数資源の決定、データセンター立地に関する基本計画の策定、民間による通信インフラ投資に対する優遇制度の創設 全ての連邦自動車道での無線通信環境の整備、人口100万人超の都市での5G通信の整備、事業者に対する多様な形式のデータを処理するツールやインターフェースの提供、空間データの管理・計算のための国産インフラの展開 ブロードバンド・インターネット普及率を全国の家庭で97%に、医療・教育機関、その他公共施設で100%にする。5G通信の広範な商業利用の実現、国産技術・ソフトウエアを活用したデータ処理・保存サービスの輸出
情報セキュリティー デジタル空間における国民の権利と自由の保護に関する喫緊の課題の解決 ロシアのデジタル主権を確保するためのデジタル経済におけるセキュリティー・インフラの枠組みの策定 ロシアを世界の情報セキュリティー分野で主導国の1国にする
出所:
2017年7月28日付連邦政府指示第1632-r号「プログラム『ロシア連邦のデジタル経済』」

デジタル化による経済効果について、コンサルティング会社のマッキンゼー・アンド・カンパニーは「デジタル・ロシア:新しい現実」(2017年7月)の中で、生産や物流、労働市場や研究開発の効率化が実現されると、2025年までに国内総生産(GDP)が実質ベースで19~34%拡大(2015年比)すると予測している。

金融分野では日系企業との提携も

2017年に入り各業界でも「デジタル経済」を議論する機会が多くなっている。中でも金融分野が積極的にデジタル化を進めている。ロシア中銀は、(1)非資源産業の発展、(2)デジタル経済発展のための基盤整備、(3)金融市場の競争力強化という三つの狙いで金融分野でのデジタル化やフィンテックの導入を推進している。プーチン大統領も10月に政府と中銀に対して、暗号通貨や取引を自動的に履行するスマートコントラクトなどの法的枠組みを2018年6月末までに整備するよう指示した。中銀によると、2016年の携帯電話やスマートフォンを通じた資金の支払い・送金件数は前年比90%増加し、8,410万件に上った。金融機関の中で経営戦略にデジタル化を含めるところは全体の62%、今後3~5年でフィンテック企業との提携を考えているのは72%に上るという。これは自行の競争力強化のみならず、デジタル化によって金融市場に新たなプレーヤーが登場するとともにビジネスモデルが変化し、従来の銀行がサービス供給者としての独占的地位を失うという危機意識の表れでもある。例えばチンコフ銀行は2006年にITを活用した無店舗型インターネット専業銀行として設立。800万人の顧客とクレジットカード市場の11.5%を獲得し、同市場で2番手の金融機関となった。

日系企業が関わる動きも出ている。SBIホールディングス傘下のフィンテック投資ファンドがロシアのフィンテック企業であるシンプルファイナンスに資本参加することが2017年9月に明らかになった。シンプル社は2015年に設立されたスタートアップ企業で、フィンテックを活用した中小企業向けファイナンスを提供する企業だ。低利でかつ短時間でファイナンスを実行するスキームを確立している。SBIは2017年8月、現地の合弁銀行であるヤルバンクを完全子会社化、日ロ中小企業向け融資の拡大を狙っている。

電力分野でもデジタル技術活用の必要性が議論されている。2017年10月にモスクワで開催された「ロシア・エネルギー週間」の中で、ブロックチェーンを活用した電力関係企業・当局が接続できる統一のデータ交換プラットフォームの創設が提案された。ロシアで発電事業を行うフォルトゥムのパルビス・アブドゥシュクロフ副社長によると、ロシアで発送電分離の電力市場改革が行われ、特に2005年以降は分割された企業の投資戦略がそれぞれ異なったため、デジタル化の対応状況も各社異なるという。電力部門では機器の稼働状況に関するデータ計測と送信自動化が各発送電施設内で行われているが、同施設から当局や卸売会社へのデータ提供は手動で行われているそうだ。

企業の対応やインフラに課題

デジタル経済への対応の動きが見え始める一方、国民金融研究所(NAFI)の調査では企業の対応の遅れが指摘されている。ハイテク分野以外の企業のうち、デジタル技術に対応可能な割合は36%にとどまる。主な要因は従業員へのIT教育の不足、サーバーやデータセンターといったデジタル情報を処理するインフラの利用が少ないこと、ビジネスでのインターネット活用が進んでいないことが挙げられた。連邦国家統計局によると企業による統合基幹業務システム(ERP)や顧客情報管理(CRM)システムの導入比率は10%程度(2016年)と近年拡大傾向にあるが、日本と比べ利用が普及していないのが現状だ。産業分野でも、ロボットの普及度(2013年)は日本が従業員1万人当たり323台であるのに対し、ロシアは10台にも満たない。

インフラの整備も課題の一つとされている。デジタル経済への対応度の指標となるネットワーク化対応指数(NRI)2016年版(世界経済フォーラム(WEF)作成)によると、総合順位でロシアは139カ国・地域中41位と上位を占める先進国の水準に及ばない(日本は10位)。NRIを項目別にみると、ロシアはインターネット通信料金が国際的に見て低廉(10位)だが、デジタル経済に対応する制度的環境が未整備(88位)とされている(図)。また、インターネット利用の需要拡大にインフラの整備が間に合っていない。インフラ(52位)を構成する利用者1人当たりのインターネット通信速度は75位と前年(60位)から順位を落とした。

図:ネットワーク対応度指数 日ロ項目別比較
7を最高値として対応度を測定している。政治・制度的環境はロシアが3.6、日本が5.5、ビジネス・イノベーション環境はロシアが4.5、日本が4.9、インフラはロシアが4.7、日本が6.6、コストの安さはロシアが6.6、日本が5.8、スキル(教育水準) はロシアが5.4、日本が6、個人のIT利用はロシアが5.3、日本が6.4、ビジネスでのIT利用はロシアが3.6、日本が5.9、行政府のIT利用はロシアが4.4、日本が5.4、IT導入の経済的影響度はロシアが3.7、日本が5.1、IT導入の社会的影響度はロシアが4.6、日本が5.5 。
注:
7が最高値。
出所:
WEF「世界情報技術報告2016」(2016年7月)

政府も上記のような課題を解決するため、7月に策定した推進プログラムの中で、通信事業者に対するインフラ投資促進措置の他、企業のIT投資や人材育成への優遇措置の導入が盛り込まれた。人口の面では長期的な観点で増加が見込めず、ロシアは中長期的に低成長が見込まれている。今後の潜在成長力を底上げするには、デジタル化推進の成否が重要な要素になってくるだろう。

既にデジタル経済化で効果を上げた例もある。2011年頃からタクシー配車アプリが普及し始め、タクシーの配車時間が2011年の30分から2015~16年には7分まで短縮、2016年の平均料金は前年比23%低下した(モスクワ市運輸局調べ)。アプリの普及でサービスの質や料金が「見える化」したため、それまで市場を占めていた違法タクシーを排除するとともに消費者に恩恵をもたらした。消費者は合理的なサービスを支持し、数年で大きな市場構造の変化が起きうるのがロシアの特徴だ。先述のNRIを細項目別でみると知的集約労働者比率で14位(日本は58位)と、優れたサービスならすぐにでも受け入れられる余地はある。現地での人材活用という可能性もあろう。100人当たりの携帯電話契約者数は16位(同57位)であるため、モバイルビジネスに可能性があると言えよう。

執筆者紹介
ジェトロ・モスクワ事務所 次長
浅元 薫哉(あさもと くにや)
2000年、ジェトロ入構。2006年からのジェトロ・モスクワ事務所駐在時に調査業務を担当したほか、農水産輸出促進事業、知的財産権保護事業にも携わる。本部海外調査部勤務時に「ロシア経済の基礎知識」(ジェトロ、2012年7月発行)を上梓。2017年7月から再びジェトロ・モスクワ事務所勤務。