西オーストラリア州における水素産業の最前線
2026年3月24日
西オーストラリア(WA)州(以下、WA州)は世界最大級の鉄鉱石供給地であり、オーストラリア国内最大の液化天然ガス(LNG)の輸出拠点だ。WA州は、これらの既存主要産業の脱炭素化を推進することで、州の資源の高付加価値化や新たな経済的機会の創出を目指している。その実現に向けた重要な手段として、着目しているのが再生可能水素だ。同州は水素産業をこれまでの輸出偏重から「生産・利用・輸出を同時に発展させる」方針へと転換し、その旨を州戦略の中で示している。このような産業の多角化に伴い、現地における各関係主体との共同開発や技術連携、さらにはオフテイクへの関与など、日本企業が参画できる領域は一段と広がっている。本稿では、WA州における水素戦略を整理するとともに、同州の水素産業における主要な取り組みや動向についてまとめ、今後の事業機会を展望する。
WA州は、オーストラリア全土(約769万平方キロメートル)の約3分の1を占め、日本の国土の約7倍に匹敵する250万平方キロメートルの面積を誇る。WA州は主に天然資源開発により経済発展を遂げている。同州政府によると、2003~2004年のWA州の名目GSP(州内総生産)は958億オーストラリア・ドル(約10兆2,506億円、豪ドル、1豪ドル=約107円)で、同期間のオーストラリアの名目GDP(国内総生産)の11.1%を占めていた。10年後の2023~2024年には、WA州のGSPは4,557億豪ドルに増加し、GDPに占める割合は17.1%に拡大した。その背景として、中国を含むアジア各国の経済発展に伴う鉄鉱石やLNGといったWA州の主要輸出品の需要が増加したことに加え、連邦政府が打ち出すオーストラリア国内の経済改革や貿易自由化などの政策の進展によって、WA州が強みを有する産業の成長が促進されたことが挙げられる。
グリーン水素生産を後押しするWA州の優位性
現在、総輸出額の約7割を占める資源産業がWA州の経済成長を支えている。同州は鉄鉱石やアルミニウム、金、ダイヤモンド、ニッケル、さらにLNGの生産において、世界市場で高い競争力を有している。同時に、WA州の財政は鉄鉱石使用料に大きく依拠している(注1)。当該使用料依存からの脱却のため、また、米国やカナダなどで脱炭素化を促す資本配分の再編が政策的に進められていることを背景に、同州では産業の多角化およびネットゼロへの取り組みを図っている。産業の多角化を進める中、WA州が特に注目しているのが再生可能水素産業だ。州政府は2024年10月に「西オーストラリア州再生可能水素戦略2024-2030」を掲げ、WA州内で再生可能水素を生産、利用、輸出するという水素産業の強化を中核に据えている(2024年9月27日付ビジネス短信参照)。
また、WA州は世界最高レベルの日射量と良好な風況に支えられた豊富な再生可能エネルギー資源を有しており、広大な土地面積に対して疎住地域であることから、大規模設計開発を可能とするなど、グリーン投資における環境面での魅力がある。さらに「資源州」として培われた国際水準の工業・輸出インフラが整備されており、成熟したLNG産業や多国籍企業の集積により、高い競争力を有するサプライチェーン構築が可能だという。また、専門性の高い技術系人材や研究機関も多く存在しており、強固な産業基盤が魅力となっている。日本や韓国といった主要エネルギー輸入国であるアジア市場への地理的近接性も有するなど、水素産業の発展・強化における好条件がそろっている州といえる。
WA州で進む水素の商業化に向けた研究開発
WA州では、産業界・政府・学術機関が連携し、水素輸出およびそのバリューチェーン全域に関する研究を強化し、産業化に向けた取り組みを加速している。例えば、水素製造において水の電解処理コストが高価であるという課題がある。カーティン大学(パース市)はその課題に着目し、2つの異なる電解方法(注2)を用いて、より低コストの触媒素材の開発に努めている。また同大学では、最先端技術として、液体ではなく蒸気を原料とした電解装置を開発した。液体による電解処理には純度の高い水が必要となるが、オーストラリアでは純度の高い水へのアクセスが限定的だ。そのため、蒸気を利用することで、水の純度に左右されず、あらゆる水源から水素製造に必要な蒸気を抽出できる。この技術の商業化を視野に入れ、大規模な水電解装置への応用に向けた研究が進められている。同研究はカーティン大学のイノベーション賞やWA州による賞を受賞している。また、同技術のオーストラリアでの特許申請を行っている。
WA大学に研究所を構えるFuture Energy Exports Cooperative Research Centre(FenEx CRC)は、WA州南西部沿岸(パース市南郊)に位置するクイナナ地域にて、水素ステーションや電解装置の設置および脱炭素技術のリスク低減と実証、職業訓練を目的としたオープンアクセス施設Kwinana Energy Transformation Hub(KETH)を設立した。WA州政府より助成を受け、総額3,000万豪ドルのプロジェクトとして進行中だ。同施設内に、それぞれ約65~150キロワット規模のネル・ハイドロジェン(ノルウェーの水素技術関連企業)製のプロトン交換膜電解装置を2基設置予定で、稼働が開始されれば1日あたり最大130キログラムの水素を生産できる見込みだ。また、初期段階では電力系統を使用しつつ、将来的には再生可能エネルギーを購入し、グリーン水素の製造を目指している。同施設では、高圧の気体水素の供給設備も整備し、一部は外部への供給も行う予定である。なお、KETHで製造が計画されているグリーン水素は、商業販売などを主目的としておらず、オーストラリア各地の鉱山活動に水素を導入し、ディーゼル燃料を代替することで鉱山掘削作業における脱炭素化の実現を目指している。
水素貯蔵技術で注目されるスタートアップ
WA州発の水素貯蔵技術を研究・開発しているスタートアップ企業のCarbon280(パース市)にも注目が集まっている。水素は、化石燃料に代わる将来のエネルギーキャリアとして期待されているが、現状ではその取り扱いが難しく、コストや安全性の面で障壁がある。また、従来の方法では、高圧タンクや極低温貯蔵、あるいはアンモニアや液体有機水素キャリア(LOHC)を利用する必要があり、設備投資や運用コストが高く、取り扱いも複雑だ。同社が開発する水素貯蔵技術Hydrilyteは、低コストで大規模な水素貯蔵を可能にする液体水素キャリアであり、「水素の安全・効率的な貯蔵と輸送」ができるよう設計されている。Hydrilyteは、微細なマグネシウム粉末を軽質鉱油中に懸濁(けんだく)させた液体だ。水素ガスをHydrilyte懸濁液に通気すると、発熱反応が起こり、水素がマグネシウムと結合し、水素化マグネシウム(MgH2)を形成する。この状態で水素は個体として液体キャリア内に化学的に固定され、損失なく長期間貯蔵可能な状態になる。水素を取り出す際はHydrilyteに熱を加えることで起こる吸熱反応によりMgH2が分解され、高純度の水素ガスが放出される。残ったマグネシウム粉末は再び鉱油中に懸濁され、キャリア液の劣化もほとんどない状態で再度利用が可能となる。こうした、金属水素化物懸濁技術を用いて、常温・常圧で水素を貯蔵でき、無毒・不燃性であることから、既存の燃料インフラとの互換性を維持しつつコストの大幅削減が可能となる。
アジア太平洋地域の水素供給拠点としてのWA州の展望
WA州の水素産業は、従来の輸出志向に加え、現地での生産・輸送・利用を組み込んだ地産地消型モデルへと進化しつつある。WA州政府のエネルギー転換戦略ディレクターのケイティ・クック氏はオーストラリアの今後の水素産業の方向性について「国内と輸出市場の両方から、バリューチェーン全体の中で可能性を検討し、上流から下流の全てをカバーする必要がある。再生エネルギーによる発電と送電に加え、水素の生産・利用などに関わる投資を奨励している。また、水素の国内需要喚起の必要性も感じており、有望な需要先としてアンモニア、グリーンメタルなどのグリーンプロダクトに加え、鉄・アルミナ、リチウムなどの重要鉱物が考えられる」と語る。
今後、水素利用におけるオーストラリア国内での新たな需要創出が期待される。連邦政府は、2023年より水素生産価格差支援策「水素ヘッドスタートプログラム(Hydrogen Headstart Program)」を始動している。同プログラムは再生可能エネルギーを使った水素の商業化を促進するため、生産コストと市場価格の差を埋める収益支援を提供する施策で、第1弾では総額20億豪ドルが拠出された。同じく総額20億豪ドルの規模で、2025年10月~12月に第2弾の公募が完了した。2026年2月末の時点では第2弾の採択企業が公表されていないが、地産地消型モデルの企業・事業が採択されるか注目される。
WA州および連邦政府の2024年2月~2026年1月までの再生可能水素産業の主な動きをまとめた(表参照)。
| 時期 | 事象 |
|---|---|
| 2024年2月 |
|
| 2024年10月 | WA州政府、「再生再生可能水素戦略2024-2030」を公表。WA州の財源多角化や各国でのネットゼロへの取り組みを背景に、同州内での水素産業の強化を目指す。 |
| 2025年3月 | WA州政府、クイナナ地域に研究開発(R&D)施設Kwinana Energy Transformation Hub(KETH)の建設許可を承認。企業、研究者、イノベーターがクリーンエネルギー技術を実環境で試験・実証できるオープンアクセス型の施設として2026年中の稼働を予定。当該施設を通して、技術の市場投入までの期間を短縮することが期待される。 |
| 2025年10月 | 連邦政府、水素ヘッドスタートプログラム第2弾( Hydrogen Headstart Round 2)の公募を開始。大規模な再生可能水素事業に対して、10年間の生産クレジットのかたちで最大20億豪ドルを拠出する。 |
| 2026年1月 | 連邦政府・気候変動・エネルギー・環境・水資源省(DCCEEW:Department of Climate Change, Energy, the Environment and Water)のHeadstart案内ページを更新(最新ガイド・要件の反映)。 |
注:水素の製造・利用・輸送を1つの地域に集約し、企業が共同でインフラと知見を共有することで水素産業をスケールさせることを目的とした中核インフラ。
出所:WA州政府および水素関連研究機関発表資料からジェトロ作成
最後に、オーストラリアでは、多くの水素関連プロジェクトがファースト・ネーション(First Nations)と呼ばれる先住民族の土地で展開されている。そのため、先住民族への敬意と合意形成に向けた丁寧な対応が求められる。オーストラリアではその土地や文化などの伝統的保有者である先住民族の権利・利益を適切に保護するため、各種の法制度・政策・手続きが整備されている。WA州でも、先住民族が産業界関係者と建設的な関係を構築し、文化遺産の保全や権利・利益の確保、社会的・経済的な成果についても主体的に交渉できるよう体制づくりを進めている。こうした取り組みを通じ、WA州はアジア太平洋地域における水素供給拠点としての地位を確立し、日本企業をはじめとする世界中の企業にとって持続可能な投資機会を提供することを狙っている。
- 注1:
-
鉄鉱石使用料とは鉄鉱石の採掘企業が州政府に支払うロイヤルティーのこと。WA州の鉱物ロイヤルティーは、鉄鉱石の価値に応じて適用される計算方法が異なる。価格が低く市場変動の影響が比較的小さい鉱物の場合は「重量(トン)×固定額」で計算される量ベースのロイヤルティーが加算される。他方、高価格の鉱物の場合、鉱物の加工度に応じて課される割合が異なる。破砕・選別しただけの鉱石の場合は7.5%、濃縮した場合は5.0%、金属加工した場合2.5は%。
- 注2:
-
PEM(プロトン交換膜)とAEM(アニオン交換膜)の2種類の電解方法。前者はイリジウムなどの高価な金属に依存するが、後者の触媒はニッケルなど安価な普及材の使用が可能であるため、コストを抑えられる。
- 執筆者紹介
-
ジェトロ調査部調査企画課
椎名 佑介(しいな ゆうすけ) - 2020年、ジェトロ入構。対日投資部・対日投資課、対日投資部・外国企業支援課、イノベーション部ビジネスデベロップメント課、仙台事務所を経て、2025年から現職。






閉じる




