DX技術の社会実装を通じ、医療現場を変革(デンマーク)

2026年1月19日

近年、医療分野でのデジタルトランスフォーメーション(DX)に、注目が高まっている。世界に先駆けて超高齢化社会に直面する日本でも同様だ。デジタル技術を活用し、将来世代が安心して暮らしていける社会の構築を追求している。

こうした潮流の中、国際的に注目されているのが、デンマークの取り組みだ。当地では、診療記録や処方箋、紹介状の大半が電子化されるなど、医療システムをデジタル化している。そうした取り組みに踏み込んだ国として、世界有数の存在になっている。

本レポートでは、「コペンハーゲンヘルステックサミット2025(Copenhagen Health Tech Summit 2025)」の内容を基に、同国のヘルステック事例を紹介する。それを踏まえ、日本の医療DX推進に向け、示唆を探る。

ヘルステックは、医療現場を変えていく

ヘルステックハブ・コペンハーゲン(注1)とデンマーク外務省は、2025年5月6日から7日にかけてコペンハーゲン市内で、コペンハーゲンヘルステックサミット2025を開催。19カ国から350人以上が参加した。本サミットは、医療現場の課題に焦点を当て、その解決策を探ることを目的に開催された。実際に課題に取り組んできたリーダー、専門家、イノベーターが一堂に会し、協働の道のりや挑戦の経験を共有することで、医療現場に新たな変化をもたらすためのヒントを示した。

開催期間中、医療現場で技術実装・導入経験を持つ臨床医、病院経営者、ヘルステック起業家など、多様な立場の専門家が30人近く登壇した。

基調講演で登壇したのは、マタニティー・ファンデーションのアンナ・フレルセン最高経営責任者(CEO)だ。同団体は、デンマークに本拠地を置く国際NGO。出産に際して母子の安全を改善・促進する活動に取り組んでいる。その一環として提供するのが、妊娠・出産時の死亡率と合併症の罹患(りかん)率を減らすための無料のスマートフォンアプリ「Safe Delivery APP」だ。このアプリは、妊婦に起こるさまざまな症状を適切に対処するためのガイダンスを助産師などに発信し、支援を提供する。

さらに、ヘルスバディー(注2)のアンドレアス・ダムCEOと、コペンハーゲン大学臨床医学科のヘレ・パポット教授が講演。デジタルヘルスを促進するプロジェクトであるウンゲクレフター(UngeKræfter)について発表した。ウンゲクレフターを運営するのは、デンマークがん協会。この枠組みの下、アプリの利用を通じて若年(15~39歳)がん患者の生活の質向上を支援している。

ほかにも、大学病院、コペンハーゲン市健康・介護局、へルステックハブ・コペンハーゲンのトップが登壇。研究機関、行政、企業支援機関のキープレーヤーらが医療のデジタル化に関して、取り組みを紹介した。

プロジェクトの社会実装を評価して授賞

今年のサミットでは特に、「ヘルステック実装賞(Health Tech Implementation Award)」の授与に注目が集まった。この賞は、単に技術開発を評価するだけにとどまらず、実際の医療現場においてヘルステックを成功裏に実装・導入したパートナーシップの取り組みを評価しているところに特長がある。

本年度に受賞したのは、ティートン・ドット・エーアイ(Teton.ai、以下ティートン)と南ユラン地域病院が協働して実施したプロジェクトだ。インテリジェントセンサーを用いて患者をケアする革新的なシステムが評価された。このシステムは、患者の動きや呼吸の変化をリアルタイムで検知し、医療スタッフのスマートフォンへ即時に通知する。そうすることで、迅速な対応が可能になる。実際、この技術の導入によって、南ユラン地域病院の病棟では、患者の転倒件数が半減。さらに、転倒時の対処にかかる時間を87%短縮、床に倒れていた時間も平均で77%短縮するという大きな成果が確認されている。

こうした成果は、現場のワークフローを効率化するだけでなく、患者の安全性も向上させ、テクノロジーが医療に本質的な変化をもたらすことを示している。医療技術と、現場のワークフローに即した丁寧な導入プロセスにより、技術と実務がうまく融合した好事例といえる。審査員の1人で、授賞式でプレゼンターを務めたノアシェラン病院放射線科部長のメッテ=シャーロット・マークルンド氏は、「現場のニーズとワークフローを的確に捉え、実装に至るまでの取り組みの丁寧さが際立っていた」と評価。満場一致での授賞になったと述べた。


Teton.aiと南ユラン地域病院が協働して開発したシステム(Teton.ai提供)

なお今回、メラテック(Melatech)とメンタルヘルス財団もファイナリストに残った。メラテックは首都圏地域と連携し、「ダームループ(Dermloop)」プロジェクトを展開。医療とヘルステックとの連携に成功している。この例でも、やはり実装力の高さが際立った。このプロジェクトは、高画質での画像撮影とその処理機能を活用してかかりつけ医と皮膚科専門医との情報共有と診断の効率化を行うもので、皮膚疾患の早期発見と質の高い治療を可能にするものだ。地域との強固な協力体制の下、体系的かつ拡張性のある導入が進行中で、将来的には全国展開を想定し、そのモデルケースになっている。

また、メンタルヘルス財団とコペンハーゲン市の連携により成功裏に導入された「オーベン・オ・ローリ(注3)」は、エビデンスに基づいた瞑想などのアプローチを通じて、住民のストレス管理を支援することを目的としたプロジェクトである。オンラインでの対応など、デジタル化の取り組みも進む。多くのコペンハーゲン市民がこのプロジェクトを利用でき、予防と治療、両側面で便益をもたらすものとして、長期的な効果や拡張の可能性を秘めているという。

実装実績がさらなるビジネス拡大へ

ヘルステック実装賞を受賞したティートンは、直近でも一層躍進している。同社は2025年9月9日、米国の投資ファンド・プルーラル(Plural)と複数のベンチャーキャピタルによるシリーズAラウンドで、2,000万ドルの資金調達に至ったと発表した。同社によると、欧州と米国の介護施設や病院で、着実に実績を積み上げており、その顧客数は1年で4倍になったとした。ティートンのミッケル・ワッド・トルセンCEOは、同社の技術について「長年の介護現場の状況に根付いている」と指摘。介護現場や病院でのリアルデータを収集することにより、事故が発生した場合に迅速に対応できるだけでなく、予防にも大きく貢献できるとした。

一方で、資金を供与する側はどう見ているのか。プルーラルはティートンのソリューションについて、短期間で現場の人材リソースとコストの削減を実現していると認識。同時に、何より重要なのが高齢者など患者の健康状態の改善で、そこに貢献しているとした。その上で、福祉・養護施設の「所有者」「経営者」「介護者」「入居者」「その家族」など、関係者すべての厳しい状況を劇的に改善すると評価している。

日本への示唆と今後の可能性

日本でも数多くの医療系スタートアップが、先進的な技術を開発している。しかし、生み出した技術を現実に「実用化」し社会実装していくのは、一筋縄ではいかない。

事実、日本医療研究開発機構(AMED)の2021年度の報告書外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますでは、医療系スタートアップが研究開発から実用化に至る過程で直面する課題を詳細に分析している。特に、(1)「当初作成した事業計画が事業の進展に応じて齟齬が生じてきてしまう」など、事業計画・ビジネスに関して課題があること、(2)新規モダリティー(注4)で「既存の規制対応が困難」といった薬事・規制・ルールの理解に関する課題、(3)「ビジネスに活用できるだけの知財ポートフォリオを構築するのが困難」など、知財・特許戦略構築に関する課題、を挙げた。そのほかにも、(4)「研究を形にする研究開発の実務者の確保が困難」など、事業化するための人材に関する課題、(5)「資金がないと初期的なデータが出せないにもかかわらず、そもそもデータを出すための資金がない」など、資金調達に関する課題など様々な課題を紹介している。

コペンハーゲンヘルステックサミット2025の「ヘルステック実装賞」の事例が示しているように、医療現場でテクノロジーを効果的に活用していくためには、単に技術開発するだけでは不十分だ。加えて、実装そのものに重点を置く姿勢も重要だ。例えばティートンは、現場のニーズやワークフローを十分に理解した上で導入プロセスを丁寧に設計している。こうしたアプローチは、技術と医療ケアの融合を実現するうえで有効な手法といえる。日本でも、地域医療の効率的な業務連携を推進するため、地域医療連携推進法人制度や医療DX推進本部の設立といった動きが進んでいる。今後も、スタートアップと現場の医療機関を結ぶ支援機関を整備したり、実装や導入プロセスに特化して政策的に支援したりすることが求められる。

もう1つのポイントは、ヘルステックの成果を「技術の完成度」だけでなく、現場での実装・導入状況や定量的インパクトに基づいて評価する視点を持つことだ。ティートンを例に取ると、「転倒数の半減」「対応時間の87%短縮」など明確な指標で効果を示すことができると、導入先の医療機関にとっても説得力のある提案になる。技術の革新性に加えて、現場で「使われ続けているか」「効果を生んでいるか」といった観点での評価を取り入れることが、スタートアップ支援制度や投資判断においても求められるべきだろう。

コペンハーゲンヘルステックサミット2025は、テクノロジーによって医療と社会を結びつけ、より効率的かつ質の高い医療提供の実現を目指すイベントだった。規模が小さい国だからこそ実現できた、当地の制度設計や社会全体の合意形成を重視した実装・導入のプロセスには多くの学びがある。こうした医療DXモデルを、日本のような人口規模でそのまま再現することは難しいかもしれない。しかし、多くの学びがあるとは言えそうだ。例えば、地域単位・自治体単位で応用できるヒントが数多くある。日本が医療DXを進め、持続可能な社会保障制度を築いていく上で、デンマークの事例は有益な手がかりになるだろう。


注1:
ヘルステックハブ・コペンハーゲンは、当地でヘルスケア関連の産業集積を進める団体。
注2:
ヘルスバディーは、慢性疾患患者などに自己管理アプリを提供する団体。
注3:
「オーベン・オ・ローリ(Åben og Rolig)」は、デンマーク語で「開放と落ち着き」を意味する。
注4:
医療分野で言う「モダリティー」とは、診断機器や治療法、医薬品の種類を指す。
執筆者紹介
ジェトロ・デュッセルドルフ事務所
安岡 美佳(やすおか みか)(在デンマーク)
京都大学大学院情報学研究科修士、東京大学工学系先端学際工学専攻を経て、2009年にコペンハーゲンIT大学でコンピュータサイエンス博士取得。2006年からジェトロ・コペンハーゲン事務所で調査業務に従事、現在、レジデントエージェント。