ウクライナ最大のテックイベント、AIや防衛分野の先端技術を披露
2025年11月19日
ウクライナ西部リビウで2025年9月26〜28日に開催された「ITアリーナ2025
」は、同国最大のテクノロジーカンファレンスとして、戦時下にもかかわらず例年以上の熱気に包まれた。IT・防衛テックに焦点を当てたこのイベントには、政府関係者や投資家、スタートアップ関係者ら約6,500人が参加し、最新の技術動向やビジネスの可能性をめぐって活発な議論が行われた。
会場では「ビジネス」「テクノロジー」「防衛」「プロダクト」「スタートアップ」の5分野の分科会が並行して実施され、講演や製品展示など多彩なプログラムが展開された。展示ゾーンではスタートアップのソリューションや最先端技術が披露され、注目を集めた。防衛関連企業が集う「ディフェンス」ゾーンには約70社が出展し、2024年の約30社から大幅に増加した。防衛分野への関心の高まりを示す結果となったが、安全保障上の理由により、同ゾーンの出展企業リストは公表されていない。
フェドロフ・デジタル変革相が示す「Agentic State」構想
会期2日目に登壇したミハイロ・フェドロフ第1副首相兼デジタル変革相の講演には多くの聴衆が詰めかけた。同氏は、グーグルと連携して開発を進める電子行政サービス「ディーア(Diia) AI」や、音声生成AI企業イレブンラボ(ElevenLabs)と共同で取り組む、音声AIの行政サービスへの導入計画を紹介した。
Diia AIはウクライナ政府が運営する電子行政アプリ「Diia」をAIベースのエージェント機能へ進化させる取り組みで、行政を「手続きの窓口」から「市民の行動を先回りして支援する存在」に変革し、行政手続きの自動化や、市民サービスの高度化を目指す。ウクライナでは3万5,000人以上がDiia AIを既に利用し、公的証明書の発行などに活用しているという。
フェドロフ氏は「ウクライナはAIエージェントが行政を支えるエージェント型国家(Agentic State)へ進化していく」と述べ、AIを行政の中核に据えた新たな国家像を提示した。また、公的部門へのAI導入によって2030年までに世界トップ3のAI先進国を目指すという目標を示した。
今回のITアリーナでは、AIが単なる「先端技術」から「国家運営の基盤」へと変化しつつあることが鮮明に示された。フェドロフ氏が提唱する「エージェント型国家」構想は、行政や産業の在り方を根本から変革する可能性を持つ。AIを行政、防衛、産業と深く連携し発展させていく「エージェント型国家」構想は、困難な環境下でも技術進化を続けるウクライナの国家像を体現している。
ウクライナの取り組みは、日本にとって行政DX、防衛技術、スタートアップ連携の各分野で協業機会を広げる参考事例となる。日本の技術力、設計力との補完関係も期待され、両国の中長期的なパートナーシップ深化につながる可能性がある。

防衛と民生の両輪で競うイノベーション
ITアリーナでは、リビウITクラスター(Lviv IT Cluster
)が主催するウクライナ最大の「スタートアップ・コンペティション」の開催が恒例となっている。ウクライナスタートアップファンドとBrave1(2025年5月28日付ビジネス短信参照)がスポンサーを務め、総額6万ドルの賞金が用意された。参加スタートアップは「防衛技術」と「一般技術」の2分野で自社のアイデアを競い合った。受賞企業一覧と発表製品は以下のとおり。
防衛部門
1位:Dwarf Engineering
:通信が失われた環境下でも無人航空機(UAV)のミッションの継続と最適化を可能にするコントロールアシスタントシステム
2位:BabAI:ドローンや人工衛星がリアルタイムで脅威を検知し、自律的に回避できるようにするAI搭載ソフトウエア
3位:Bravo Dynamics
:無線やGNSS(全球測位衛星システム)が利用できない困難な環境下でも機能するメッシュネットワークシステム
一般部門
1位:Ovul
:唾液(だえき)サンプル分析に基づくAI搭載の排卵周期およびホルモンレベルトラッカー(女性の健康管理を支援)
2位:HEFT Systems
:センサーとAIを用い、牛の健康状態と繁殖力を24時間監視するシステム
3位:StackBob
:従業員ID認証プロセスを自動化し、アクセス権限とコンプライアンスをリアルタイムで可視化するセキュリティー管理ツール

ジェトロとジャパン・デスク・リビウが共同出展
今回、ジェトロはITアリーナで日本企業の情報発信ブースを設置した。モニターやQRコードを活用し、ウクライナ企業との協業に関心を持つ日本企業の概要や協業希望分野を紹介。日本企業との関係構築や連携に関心を示す来場者は多く、ブースは終日にぎわいを見せた。
また、2025年7月にリビウ市の投資誘致部門Invest in Lviv内に新設された同市初の日本企業支援窓口「ジャパン・デスク・リビウ」(2025年7月14日付ビジネス短信参照)と共同でブース出展。自治体レベルでの日ウクライナ連携モデルを提示した。ITアリーナの会期3日目は、会場が市内中心部の17カ所に移され、ジェトロ主催分を含めて50以上のミートアップイベントが開催された。
3日間の会期を通じて、ジェトロはウクライナ企業と日本企業を繋ぐため、オープンイノベーション・プラットフォームの「J-Bridge」や対日投資支援などの独自プログラムを紹介し、ウクライナのビジネスパーソンに対して日本企業とのパートナリングを呼びかけた。


共同ブースの様子(ジェトロ撮影)
戦時下にあってもイノベーションの灯を絶やさないウクライナの姿勢は、国際社会における「共創パートナー」としての存在感を確実に高めている。日本にとっても、復興支援にとどまらず、次世代技術協力を視野に入れた中長期的な連携機会が広がりつつある。特にAIを活用した行政効率化、防衛技術の民生転用、スタートアップ連携など、多様な領域での協力が期待される。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ワルシャワ事務所次長
余田 知弘(よでん ともひろ) - 貿易開発部、海外調査部、大阪本部、ルーマニア・ブカレスト事務所、イスラエル・テルアビブ事務所等を経て、2024年9月より現職。ワルシャワを拠点に、ポーランド、ウクライナ、バルト三国を担当。




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