香港の模倣品対策の鍵を握る「鑑定人制度」

2025年9月3日

模倣品の流通は、企業のブランド価値を損ない、消費者の安全にも影響を及ぼすことから、国際的な問題となっている。とりわけ香港は、その地理的な利便性と制度的な柔軟性を背景に、模倣品流通の拠点として問題視される地域の1つだ。

香港では、税関が模倣品の摘発を担い、商標権や著作権侵害に関して行政執行権限を有している(注1)。その取り締まりは、港湾や空港などのボーダーだけでなく、市場や倉庫、展示会など市中にも広く及んでおり、実効性の高い対策が講じられている。

香港において、模倣品の摘発と真贋(しんがん)判定に重要な役割を果たすのが「鑑定人制度」である。本稿では、この制度の仕組みと実務上の課題、そして企業が取るべき対応について詳しく解説する。

鑑定人制度とは何か

模倣品の摘発では、対象製品が本物か偽物かを見極める必要がある。香港では、この真贋判定を権利者(商標権者または著作権者)に代わって行うのが「有資格鑑定人(以下、鑑定人)」だ。

鑑定人は、権利者が香港税関で侵害品の登録手続きを行う際に任命される。登録手続きでは以下の情報が必要になる〔香港税関公表のパンフレット参照(中国語)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.15MB)〕。

  • 商標登録証または著作権の保有を証明する書類
  • 鑑定人への委任状
  • 鑑定人の職歴や専門性を示す情報
  • 真贋判定に用いるサンプルと真贋判定ポイント

登録の最終段階では税関との面接(オンライン対応可)があり、それを経て鑑定人の適格性が審査される。なお、登録手続きにかかる費用は発生しない。

その後、摘発が行われると、審査済みの鑑定人は現地へ赴き、税関方針に従って原則として目視による現物確認で真贋判定を行う。画像や映像による判定は基本的に認められていない。

鑑定人に求められる主な業務は以下の3点に集約される。

  • 被疑侵害品の真贋判定
  • 判定結果の報告書作成および提出
  • 裁判所への出廷と証言

特に裁判では、鑑定人による証言が有罪・無罪の結論を大きく左右するため、高度な専門知識と客観性が求められる。加えて、摘発直前の模倣品サンプル購入や摘発現場への同行など、状況に応じた対応を依頼される場合もある。

香港税関による模倣品の取り締まり手続きフロー

次に、税関への登録から、被疑侵害品の差し止め・摘発や真贋判定を経て、刑事訴訟に至るまでの一連の流れを紹介する(図参照)。

図:税関による模倣品の取り締まり手続きフロー  

図:PDF版を見るPDFファイル(408KB)

出所:香港知的財産保護マニュアルを基に作成

実務上のQ&A

税関当局や(鑑定人登録済みの)日本企業などへのヒアリングを踏まえ、鑑定人制度の概要と運用上のポイントを以下の通りQ&A形式で紹介する。なお、個別事案の判断や最新の運用については、所轄税関に確認することを推奨する。

質問1:
どのような者が鑑定人として任命されているのか?
答え1:
鑑定人は、権利者自身がなる場合もあれば、調査会社や販売代理店など外部の第三者機関に委任されるケースもある。複数人を登録することも可能で、製品ごとに担当を分けることで、より柔軟な対応ができる。
質問2:
真贋判定は必ず目視でなければならないのか?
答え2:
原則として鑑定人は香港に赴き、目視で真贋判定を行う必要がある。画像や映像による判定は正確性に欠けるという理由で運用上認められていない。ただし、容疑者が逮捕されないコンテナ押収などのような事案に限り、写真による判定が例外的に認められることもある。税関は、鑑定人の負担軽減を図るため、複数案件の一括処理や判定期限の延長など、柔軟な運用を行っている。
質問3:
真贋判定ポイントの説明で注意すべき点は?
答え3:
裁判で有効な証拠とするためには、「合理的な疑いもなく本物と侵害品を区別できる」ことが求められる。色や質感などの主観的な説明だけでは根拠不十分とされる恐れがあるため、客観的かつ技術的な根拠を示す必要がある。
質問4:
真贋判定ポイントは税関にすべて伝えるべきか?
答え4:
情報の取り扱いには慎重さが求められる。判定に必要な情報が機密性の高いものである場合などは、情報漏洩(ろうえい)や裁判での公開リスクを回避するために模倣品であったとしても真正品と判定せざるを得ないケースがある。開示範囲は「判定に最低限必要なデータ」に限定し、機密保護策を講じながらバランスの取れた対応を行うことが必要となる。
質問5:
裁判対応と負担の実態はどの程度か?
答え5:
実際に鑑定人が裁判に出廷するケースは、摘発事例(注2)全体の1割未満にとどまる。年間約800~900件の摘発のうち、証言が必要となるのはごく一部に限られる。多くの逮捕者は罪を認めて減刑を受けるため、裁判に至らないケースが多い。仮に裁判に移行した場合でも、争点が真贋判定以外の手続き上の問題であれば、鑑定人の出廷は原則として求められない。
質問6:
鑑定人が不在となった場合はどうするのか?
答え6:
鑑定人が退職や異動などで不在となった場合には、速やかに代替の鑑定人を新たに登録する必要がある。権利者としては、継続的な対応体制を維持するため、あらかじめ複数の鑑定人を登録しておくことが望ましい。
質問7:
中国大陸の税関と情報共有はなされているのか?
答え7:
香港税関によると、粤港澳大湾区の税関当局とは協力体制が整備されており、模倣品の流通に関する情報は相互に共有されている。例えば、香港で押収した模倣品が深セン税関を経由していた場合、その情報は深セン税関にも伝達される。さらに、粤港澳大湾区の各税関が連携して模倣品対策を行う特別な取り締まり活動も、毎年実施されている。
質問8:
消費者対応において注意点はあるか?
答え8:
一般の香港市民が、購入商品が本物かどうかを問い合わせできる体制作りも重要である。商品説明条例には「悪意(故意)」であることを条件とした免責規定(注3)があり、被告が合理的な努力をしても偽物と判別できなかったことが認められた場合、無罪となる可能性もある。そのため、権利者は電話やメールなどのチャンネルを通じて顧客対応を行うことが望ましい。ただし、過剰な情報提供は模倣品業者や刑事訴訟で相手方弁護士に利用されるリスクがあるため、真正品である根拠の開示には慎重な姿勢が求められる。

おわりに

香港における模倣品対策を支える主要な要素の1つが鑑定人制度である。この制度を正しく理解し、適切に運用しつつ継続的な体制の整備を図ることが、模倣品対策の成果を左右する。

権利者は、鑑定人の選定や育成および税関への登録手続きを計画的に進め、行政機関との連携を深めていく必要がある。これらは模倣品リスクに対する防御力をより一層高める取り組みとなるだろう。本稿が、鑑定人登録を検討している権利者にとって、制度活用の一助となれば幸いである。


注1:
特許や意匠、実用新案は行政執行の対象外であり、民事訴訟による対応が求められる。
注2:
香港税関が発表した統計情報PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(83.5KB)を参照。直近の事例はプレスリリース外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますやジェトロ作成の「税関の模倣品取り締まり実績」を参照。
注3:
「商品説明条例」(英語版外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます、ジェトロ作成の日本語仮訳PDFファイル(1.1MB))を参照。
執筆者紹介
ジェトロ・香港事務所
島田 英昭(しまだ ひであき)
経済産業省 特許庁で特許審査/審判、特許審査の品質管理や審判実務者研究会などを担当後、2022年8月ジェトロに出向、同月から現職。