「標準必須特許発展報告2025」に見る中国の標準必須特許戦略
国際的な標準必須特許のルール形成に備えて

2025年12月9日

中国標準化研究院(注1)は、2025年10月に「標準必須特許発展報告2025(中国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」(以下、本報告書)を公表した。本報告書は、世界の標準必須特許(SEP)の動向とビジネスにおける役割を体系化して説明し、中国国内の政府、企業、研究機関に向けてSEPの活用を提言する報告書だ。従って、本報告書の内容を理解することは、中国政府、中国企業のSEPに対する考え方を理解する上でも非常に有用だ。

本稿では、本報告書の内容を紹介しながら、第15次5カ年(2026~2030年)規画(以下、「15.5規画」)の政策期間に向けた中国の知財政策の方向性について概観する。なお、本報告書の全文(中国語)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(38.8MB)は中国語で、概要のみ英語PDFファイル(8.3MB)でも公表されている。

本報告書は次に示す全5章から構成されている。

  • 第1章「標準規格と特許の連携のための参考方法」
    実務能力の向上のための、標準規格と特許の連携の仕組みの概説。
  • 第2章「国際機関のSEP実務」
    主要国際機関におけるSEPの実務やデータの紹介。
  • 第3章「主要国・地域のSEP動向」
    主要国(地域)におけるSEP戦略や司法分野の最新動向の紹介。
  • 第4章「中国におけるSEPの成果と課題」
    中国におけるSEP制度の発展と具体的な課題や実践例の紹介。
  • 第5章「『15.5規画』期に向けたSEPガバナンス提言」
    「15.5」規画の政策期間におけるSEPの発展とガバナンスに関する提言。

SEPを戦略的イノベーション資源として位置付ける

本報告書の第1章では、標準規格と特許を「戦略的イノベーション資源」と位置付けている。その上で、企業などが自らの標準の企画・実施や特許シナジーを推進するにあたっては、関連する国際標準化活動および国内標準化活動に積極的に参加する必要があることを強調している。ここでいう標準化活動には標準の策定と実施(製品の製造やサービスの提供、取引・協力、適合性評価など)が含まれる。そして、企業などは標準と特許を連動させた戦略立案、自社特許を標準に組み込むための情報開示とライセンス方針の表明(Disclosure)、標準実施者とのライセンス交渉、調停や司法訴訟などによる紛争解決まで、一貫して取り組む必要があるとしている。

また、同章では世界の標準化戦略に関する最新の動向を把握するため、標準化活動の実施には各国・地域の法令とコンプライアンスを順守する必要があることを説明している。例えば日本における「標準必須特許のライセンスに関する誠実交渉指針PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(255KB)」や「標準必須特許のライセンス交渉に関する手引き外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」など、各国・地域におけるSEPに関する政策の歴史を提示している。

続く第2章では国際機関における実例としてWTOが2025年7月21日に裁定を下したEUと中国の紛争(2025年7月24日付ビジネス短信参照)の概要などを紹介。主要国・地域のSEP動向について取り上げた第3章では、うち日本における動向として2025年6月に知的財産戦略本部が公表した「国際的な社会課題の解決に向けた日本標準戦略PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(2.3MB)」などを紹介している。また、ブラジルにおける動向の中では、日本の特許ライセンス企業であるIP Bridgeと中国の新エネルギー車大手BYDとの間の特許侵害紛争において、2025年7月18日にリオデジャネイロ州第一商事裁判所がBYDに対して仮差し止め命令を発令した事案(注2)も紹介している。これらの内容から、本報告書は各国・地域の知財政策やSEP紛争の動向の分析を重視しながら作成されていることがうかがえる。

市場と政府の連携で進める標準化戦略

第4章は、中国におけるSEPの成果と課題を示す章だ。第4章の「(I)特許と標準の統合」においては、2024年末時点で中国政府が発行する国家標準の数は4万5,939件で前年から微増にとどまるのに対し(注3)、業界団体が登録した団体標準(注4)は9万9,644件(前年比2万5,404件増)、うち特許に関連する団体標準は5,805件(前年比1,396件増)と大きく伸びていることが示された(図参照)。

このような中国で登録される団体標準件数や特許関連の団体標準件数の近年の急増には、中国企業が特許と標準を重視し、市場(業界団体)主導で標準化戦略を進める姿勢が表れているとみられる。

図:中国の団体標準数の変化
中国における団体標準数について、2020年末21,350件、2021年末33,403件、2022年末51,078件、2023年末74,240件、2024年末99,644件。そのうち特許に関連する団体標準数について、2020年末1,283件、2021年末1,978件、2022年末2,946件、2023年末4,409件、2024年末5,805件。

出所:中国標準化研究院「標準必須特許発展報告2025」、「標準必須特許発展報告2024」

また、同章の「(II) 政策と制度」では、2016年の「国家イノベーション駆動型発展戦略綱要(中国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」、2021年の「知的財産権強国建設綱要(2021~2035年、中国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」〔ジェトロ仮訳PDFファイル(413KB)〕、同年の「国家標準化発展綱要(中国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」〔ジェトロ解説PDFファイル(719KB)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます〕といった中国の国家指導文書にも触れつつ、近年のSEPに関する重要なガイドラインなどについて説明している。うち、2024年11月4日に中国国家市場監督管理総局が公表した「標準必須特許独占禁止ガイドライン(中国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」〔ジェトロ解説PDFファイル(395KB)〕を、SEPにおける情報開示およびライセンス交渉の順守要件と独占行為認定との関係を明確化した世界初のガイドラインとして紹介している。2025年4月14日に中国国家知識産権局が公表した「パテントプールの構築と運営に関するガイドライン(中国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」〔ジェトロ仮訳PDFファイル(596KB)〕は、イノベーション投資から成果の実現に至るまでの全プロセスを通じて、全てのステークホルダーが正当な利益を享受できるようにするための、パテントプール(注4)に特化した初の国家レベルのガイドラインであるとしている。これらの政策文書は、先に示した市場主導の標準化戦略の動きを後押しするものであり、今後の動向を注視する必要がある。

さらに、同章の「(III) 紛争解決」では、2020~2024年にかけての中国の裁判所の主な判例を紹介している。本報告書は、これらの判例が、SEPを巡る管轄権や差止命令、誠実交渉の判断、グローバルライセンス料率の裁定、侵害停止などについて、一連の裁定ルールの策定と公正かつ透明性の高いSEPライセンス環境の構築に寄与し、世界的なSEP紛争の解決において重要な参考資料となっていると評価している。

このほか、同章の「(IV)産業発展」では、無線通信業界、新エネルギー車業界、オーディオ・ビジュアル業界の3分野を取り上げ、それぞれの業界における課題分析と提言を行っている(表参照)。いずれも世界市場において中国企業が存在感を強めている分野であり、標準化の文脈でさらに国際的な影響力を強めていくことの重要性が指摘されている。

表:本報告書で言及されている業界ごとの課題と提言
分野 課題 提言
無線通信業界 中国企業の5G技術に関するSEPのシェアは40%超だが、ライセンス収入は欧米企業に比べ依然低水準。 中国企業は自主的なSEPの深化を積極的に推進し、合法かつコンプライアンスに則った方法で技術革新の成果を獲得することで、持続可能な技術革新能力を強化し競争力を高め、技術革新におけるリーダーシップを確立すべき。
オーディオ・映像業界 SEP権者に加わっている中国企業もいる一方で、中国の端末メーカーやストリーミング企業はSEPを広く利用しているため、主要なライセンス交渉の対象となっている。
特許侵害訴訟が国際的に増加しており、伝音科技(トランシオン)や海信(ハイセンス)などの中国企業がインド、欧州、ブラジルで訴訟に直面。
中国企業はオーディオ・映像分野におけるSEPの開発を継続的に強化し、SEPプールを積極的に構築し、公正・合理・非差別(FRAND)なライセンス市場環境を共同で形成する必要がある。
新エネルギー車業界 新エネルギー車企業が、モバイル通信技術が搭載された車両について、無線通信分野のSEP保有者やアバンシ(Avanci、注)などのパテントプールとのライセンス交渉の主要な対象となっている。うち、BYDと吉利汽車(Geely)は、欧州や南米でSEP侵害訴訟に直面。 欧州と南米は、中国の新エネルギー車企業にとって重要な海外輸出市場。海外の知的財産権コンプライアンスを強化するとともに、SEPライセンスに対応する体制と能力を総合的に向上させる。企業の正当な権益を保護するための国際的なライセンス戦略の構築が必要。

注:複数のSEPを一括してライセンスするパテントプールを運営する企業。主にコネクテッドカーやIoT機器向けの通信規格に関する特許を対象としている。メーカーはAvanciを通じて複数の特許権者からライセンスを一度に取得できる。
出所:中国標準化研究院「標準必須特許発展報告2025」

「15.5規画」期に向けた政策の方向性

最後の第5章「『15.5規画』期に向けたSEPガバナンス提言」では、同規画の政策期間の開始にあたり、政府部門、市場主体、研究機関が戦略的コンセンサスを形成し、より高い視点と広い視野をもって、標準と特許の協働的な技術イノベーションと開発を体系的に推進する必要があるとして、次の3点を提言している。

(1)包括的な施策の堅持と、部門間協働による管理体制の強化
科学技術政策と産業政策において、技術研究開発、標準開発、産業振興を同時に推進する仕組みを構築し、トップダウンの連携と全体的な推進を組み合わせたモデルを形成する。SEPに関する立法、執行、司法の各段階を網羅する制度体系を整備し、多様な紛争解決メカニズムを構築する。国際SEPのガバナンスへの積極的な参画を深めるべく、中国の立場を明確化し、中国による解決策を提示し、より公正かつ合理的な国際ルールの共同推進を実現する。
(2)内部能力強化の堅持と、技術イノベーションを主体とする市場の役割の発揮
新興産業および未来産業(2024年2月7日付ビジネス短信参照)に重点を置き、パイロットプロジェクトなどを通じて市場主体のイノベーション能力を刺激し、技術イノベーション、標準策定、特許配置、産業応用に至るまでの技術に関わる全工程について、イノベーションによる成果の産業化を促進する。市場競争における企業の主導的役割を積極的に指導し、十分に発揮させる。海外の知的財産権および独占禁止規制に対応する体制・能力を強化し、ライセンス交渉および紛争解決における総合的な能力を向上させ、企業の権益を効果的に保護し、発言力を高める。国際的な業界団体や標準化団体を活用し、重点産業向けのパテントプールを設立・運営することで、産業チェーンとサプライチェーンの安定性を高め、産業の総合的な競争力を強化する。
(3)研究の深化の堅持と、システムの総合力の継続的強化
SEPに関する事前計画・設計、開示・宣言、プロセス中の交渉・ライセンス供与、事後紛争解決といったプロセスにおいて、標準と特許の融合、必要性評価、費用計算、リスク警告といった一連の理論、戦略、手法を継続的に最適化し、関連する情報技術とインテリジェントツールのイノベーションを推進する。標準化および知的財産権教育の実践に全面的に適合し、SEP分野における専門人材を育成し、国内外の政策法規、専門技術・戦略に精通した人材を育成する。

ここで提言されているように、中国では、中央政府、地方政府、企業、研究機関が今後も連携しながら、海外の知的財産権および独占禁止規制に対応する体制・能力を強化し、国際的なSEPの管理体制やルール策定にも積極的に参画すると考えられる。国際標準化活動における中国企業の存在感は日々高まっており、SEPを巡る中国の政策提言の内容を把握しておくことは、日本企業が今後の事業戦略やライセンス交渉戦略を考える上で極めて重要だ。

まとめ

本稿では、本報告書の内容を紹介しながら、「15.5規画」期に向けた今後の中国の政策の方向性について概観した。本報告書では、標準と特許を戦略的イノベーション資源として位置付け、国際標準化活動への積極的な参加の必要性、特に規格の策定から特許情報の開示、ライセンス交渉、紛争解決まで一貫して取り組む必要性が繰り返し強調されている。中国企業は技術開発戦略や標準化戦略と知的財産戦略を統合しながら、国際的なSEPのルール形成に備えていると考えられる。

SEPは、国際標準に準拠した製品やサービスの提供に不可欠であり、その管理やライセンス戦略は企業のグローバル競争力を左右する重要な要素だ。本稿が、国際標準化戦略の策定、ライセンス交渉の準備、リスク管理の強化など、SEPに関わる日本企業の一助となることを期待したい。

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注1:
中国標準化研究院は、国家市場監督管理総局に所属する標準化に関する科学研究およびサービスを提供する研究機関。国家標準の研究および制定・改訂の推進、標準化技術の開発・評価、国際標準化活動の推進などを担う。
注2:
BYDが展開する4G通信技術を搭載した電気自動車による、IP Bridge保有の通信関連特許の侵害を理由とする提訴事案。ブラジルにおけるSEP訴訟は、平均処理期間の短さや仮差止命令の発出率の高さから国際的に注目されており、本件命令も、欧州(ドイツ)で進行中の訴訟に先立って判決が下された点で重要な意味を持つ。「標準必須特許発展報告2024(中国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」によると、2023年末時点の国家標準の数は44,999件。
注3:
中国では、業界団体が制定した「団体標準」は、「全国団体標準情報プラットフォーム(中国語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」に登録するとされており、同登録数は同プラットフォームで公開されている登録数。
注4:
ある技術に権利を有する複数の者が、それぞれの所有する特許などまたは特許などのライセンスをする権限を一定の企業体や組織体に集中させ、当該企業体や組織体を通じてパテントプールの構成員などが必要なライセンスを受ける特許運用モデル。
執筆者紹介
ジェトロ・香港事務所
南川 泰裕(みなみがわ やすひろ)
経済産業省 特許庁で特許審査/審判、特許審査の品質管理や研究者の知財支援などを担当。2025年9月ジェトロに出向、同月から現職。