チップレットで半導体の未来を開拓へ(シンガポール)
ユニコーン企業シリコン・ボックスに聞く

2025年8月26日

シンガポール発のユニコーン、シリコン・ボックスは、複数の小型チップを組み合わせ、高性能半導体の機能構築する独自の「チップレット(注1)」のパッケージング技術を持つスタートアップだ。独自のパッケージング技術で、半導体設計の新たな可能性を切り開いている。

2021年に創業。2023年7月には、同社として初の製造施設をシンガポールに開所、2028年までに、イタリアに2カ所目の工場を開設する予定だ。短期間で急成長を遂げるシリコン・ボックスで事業開発を統括するマイケル・ハン(Michael Han)氏に聞いた(インタビュー日:2025年7月3日)。


シンガポールのシリコン・ボックス本社前に立つマイケル・ハン氏(同社提供)

チップレット量産で、幅広い産業に対応

質問:
ブンジュン・ハン博士、ウェイリー・ダイ氏と故セハット・スタルジャ博士がシリコン・ボックスを創業した経緯について教えてほしい。
答え:
ハン博士がAT&Tベル研究所で勤務し、スタルジャ博士がカリフォルニア大学バークレー校に在学していたころ2人は知り合い、その後40年以上の親友の関係にあった。2人は出会った当初から、チップレットのコンセプトについて頻繁に議論していた。その後、スタルジャ博士はダイ氏と共に、米国で半導体製造会社マーベル・テクノロジー(Marvell Technology)を共同で創業した。一方、ハン博士は半導体パッケージングの分野で働き続け、最終的にシンガポールの半導体パッケージ会社スタッツ・チップパック(STATS ChipPAC)の会長兼最高経営責任者(CEO)に就任した。
2016年にスタルジャ博士がマーベル・テクノロジーを退職した後、チップレットの設計を可能にするためエコシステムの構築に取り組んだ。しかし、チップレットの量産にはまだ多くの課題があるとすぐに気づいた。ちょうど同じころ、ハン博士も、スタッツ・チップパックを退職した。
互いの強みである(スタルジャ博士の)設計力と(ハン博士の)パッケージング技術を生かせば、チップレット技術を産業レベルで展開できると判断し、シリコン・ボックスを設立した。
質問:
シリコン・ボックスはチップレット分野で、競合他社とどう差別化しているのか。
答え:
チップレットに取り組む企業は多い。その中で我々の特徴は、先端パッケージング技術を使って(複数の)半導体チップの相互接続に特化していることだ。微細な間隔(ピッチ)でチップ同士を接続する技術に特化した数少ない後工程の企業である。また、大型のパネル規模でそれを実現している唯一の企業だ。最近はシステムが大型化し、パネル規模で実現できることでコストを効率化し、生産の歩留まりが高くなる。
我々のパネルの大きさは、直径300mm(ミリメートル)のシリコンウエハーの6~8倍に相当する。従来のパッケージング技術とは異なり、アナログ向けから、車載や人工知能(AI)処理用のプロセッサまで、幅広い用途に対応できるのが特徴だ。従来の先端パッケージングはシリコンインターポーザー(注2)に依存しているため、ウエハーの大きさの制約が生じる。我々の大型パネルの利点は、設計の柔軟性が高く処理能力が大きい上、コストを低減できることだ。
質問:
設計の柔軟性があるということだが、電気自動車(EV)など価格に敏感な産業にとってメリットがあるか。
答え:
その通りだ。自動車産業はコストに非常に敏感で、安定供給と信頼性に対する要求も非常に高い。これまでの先端パッケージング技術は非常に高価で、供給も限られることが多かった。そのため、AI向けなど高価格帯の顧客向けが優先されていた。我々が大規模製造体制を確立することで、コストの効率化と安定供給の両方を実現できる。それは大量生産体制が求められる自動車業界にとって、必要不可欠な特性だ。

11カ月で稼働開始を実現、シンガポール工場

質問:
本社をシンガポールに置いた理由は。
答え:
ハン博士は、シンガポールで約20年を過ごした。米国や韓国でも働いた経験がある。
最終的に(本社として)シンガポールを選んだ理由は、政策面での優位性と、透明性が高く安定した政治、そしてインフラが整っていることだ。さらに、グローバルな人材も採用しやすい。日本、韓国、イタリア、米国などのエンジニアの多くが、シンガポールなら喜んで転勤する。
質問:
(シンガポールの)工場は1年未満で稼働を開始した。なぜ短期間で立ち上げることができたのか。
答え:
ハン博士と技術チームはこれまでに、(シンガポールの現工場よりも)大きな工場を、より短期間で立ち上げた実績がある。韓国やそのほかの国々でこれまでに、より大きな工場を立ち上げてきた。シンガポール工場を2022年7月に着工した際、多くの人が1年以内の稼働は不可能と思った。それでも、我々は実現した。新型コロナ流行に伴う遅延があったが、わずか11カ月で完成し、稼働を開始した。
シンガポール工場では現在、400人以上を雇用している。最終的には、最大1,200人まで採用する計画だ。雇用者の大半はエンジニアやパッケージ設計者で、生産プロセスの多くを自動化している。
質問:
シリコン・ボックスは、設計からパッケージングまで一貫して顧客を支援しているということだが、その利点は。
答え:
我々はパッケージングに特化していて、チップ自体は設計しない。ただしチップレットと我々の技術は、顧客にとっては新しい。このため、従来のパッケージング企業と比べてもかなり早い段階から、顧客にどう設計に組み込むのか助言している。
従来の製造プロセスでは、設計からファウンドリー、そしてパッケージング企業と、それぞれ分断されていた。しかし、チップレットでは、その境界が曖昧になる。もはや半導体チップを単にパッケージングするだけでなく、複数のコンポーネントを1つのシステムとして統合している。このため、設計者、ファウンドリー、パッケージング企業の密接な連携が必要だ。
質問:
なぜ2カ所目の工場の設置拠点としてイタリアを選んだのか。
答え:
イタリアを選んだのはいくつかの理由がある。我々は半導体産業が脱グローバル化の流れにあるとみて、欧州進出を検討していた。我々の技術は欧州初の事例として、欧州半導体法の多額の支援対象になった。
進出先としては12カ国以上を比較検討した。この中で、イタリア政府の支援意欲が非常に高く、制度面の改革にも積極的だった。優れた工学系大学もあり、才能のあるエンジニア人材層があり、その多くが海外で働いている。そのエンジニアの中には、母国に戻って新たなエコシステムづくりに関わりたい人もいる。
イタリアの工場はまだ、許認可と設計段階にある。量産開始は2028年上半期を目指している。
質問:
現時点での主要顧客の業界は。そして、今後注力する領域は。
答え:
現在の顧客は、AI、航空、EV、無線通信(RF)や、アナログなどの業界だ。この中ではAIの価値が高いため、最大の収益源になる可能性が高い。いずれにせよ、全ての分野に対応することを目指している。

日本の半導体戦略再構築に協力

質問:
シリコン・ボックスのシリーズBの資金調達に参画した日本のTDKベンチャーズとは、どう連携しているのか。
答え:
TDKベンチャーズは、半導体分野に深い理解を持つ戦略的投資家だ。貴重な関係者への紹介や、戦略的な指導、日本のエコシステムへの橋渡しなど、多くの支援を受けている。
質問:
他に日本企業との連携はあるのか。
答え:
ハン博士はこれまで、日本企業と長期間にわたり深い関係を築いてきた。日本は現在、半導体戦略の再構築を進めている。日本でチップレットへの関心が高まっているとは言え、他の地域と比べてその進捗は緩やかだ。また、若い人材の不足も課題の1つだ。我々は日本の半導体の再興を支援する一環として、新しいエンジニアの育成などで協力している。日本は引き続き、我々にとって重要なパートナーだ。
質問:
現在の地政学的な状況は、シリコン・ボックスのビジネス戦略に影響しているか。
答え:
大きな影響を受けている。現在、米国政府に対し、半導体のホワイトリストに入れてもらうよう申請しており、協業先の選定に慎重になっている。そのため我々は、知的財産(IP)の保護が強固で、信頼性の高い産業基盤を持つ国・地域を選定。具体的には、米国、日本、韓国、台湾、欧州を中心に展開している。
当初の構想では、すべての国々と協業するつもりだった。しかし、地政学上の理由により実現が厳しくなった。それでも、チップレットの本来の目的は、有力なAIや半導体企業だけでなく、幅広い産業に展開できるようにすることだ。
質問:
シリコン・ボックスの今後2~3年の計画は。
答え:
まず、シンガポール工場の稼働を本格化させる。2027年までに本格的な量産体制に入る予定だ。同時にイタリア工場の建設も進め、2028年の量産開始を目標にしている。
現在は我々の大半の資源を、技術の実証に集中させている。最終製品(パネル)レベルで高い歩留まりを達成することをさまざまな用途で目指している。スタートアップやAI関連企業との取り組みから始め、より幅広い業界へと拡大している。たとえば、アナログやRF、自動車、モバイル、AI、高性能計算(HPC)の分野で導入が進んでいる。そのほか、幅広い消費者向けアプリケーションへの出荷も堅調だ。

注1:
チップレットは、従来においては大きな半導体チップに集積していた機能を、小さな複数のチップに分割した上で、それらをパッケージ内で接続して1つのシステムとして動作させる技術のこと。
注2:
シリコンインターポーザーとは半導体パッケージング技術の一種で、複数の半導体チップを高密度に接続するための中間基盤。製造コストが高く、ウエハーの面積が大きいほど欠陥が多くなり、歩留まりが低下する課題がある。
執筆者紹介
ジェトロ・シンガポール事務所 調査担当
本田 智津絵(ほんだ ちづえ)
総合流通グループ、通信社を経て、2007年にジェトロ・シンガポール事務所入構。共同著書に『マレーシア語辞典』(2007年)、『シンガポールを知るための65章』(2013年)、『シンガポール謎解き散歩』(2014年)がある。