メイヨー・クリニックとの連携
米国医療市場参入の壁と道筋(2)

2025年8月25日

米国有数の医療機関に、メイヨー・クリニックがある。そのイノベーション戦略の中心人物が、パスリチャ・ジェイ・パンカジ医師(アリゾナ内科院長)だ。

同医師は2025年6月、訪日。大阪で講演するとともに、東京でも説明機会を持った。この内容を基に、日本企業が米国医療市場参入するにあたっての課題などについて、2編に分けて整理してみる。

前編では、規制や保険償還、事業化について、課題などを紹介した。後編に当たるこの記事では、日本企業が医療分野で米国展開するにあたって同クリニックと協業する意義などについて触れる。

メイヨー・クリニックは、米国を代表する「信頼の結節点」

メイヨー・クリニックは、ミネソタ州ロチェスターに本拠地を置く。加えて、アリゾナ州フェニックスとフロリダ州ジャクソンビルに分院がある。全米屈指の非営利医療機関だ。活動の軸は、診療、研究、教育で、職員約7万人を抱える。患者は、年間140万人超。「the needs of the patient come first(患者第一)」の理念の下、技術とケアを融合した高度医療を実践している。

同クリニックはで、「ニューズウィーク」誌の「世界のベストホスピタル」ランキングで1位(最新の2024年まで7年連続)。「U.S. ニュース&ワールドレポート」誌の「2024-25年版全米ベストホスピタル・オナーロール」で、最優秀だった。国際水準でも最高位ということを示したかたちだ。

パスリチャ医師によると、同クリニックの最大の強みは、医療現場での導入(実装)実績を通じて、患者と医師、保険者など幅広いステークホルダーから信頼を獲得してきた点にある。同クリニックは、外部の革新的技術を自院の診療に取り入れる際も、倫理性と科学的妥当性、臨床的有用性を一貫して検証する体制を有する。こうした「厳格な導入プロセスを通じた実装の積み重ね」が信頼の源泉という。院内に研究所や治験審査委員会(IRB)審査(注1)、データ基盤、保険請求部門、商業化支援組織を内包。外部技術の発見から検証、社会実装までを一気通貫で担える構造を有する。さらに、拠点それぞれの特性も生かしている。(1)ミネソタでは、中枢機能、研究、(2)アリゾナは人工知能(AI)、大学連携、(3)フロリダは神経、高齢者医療に特長を持つ。その上で、プロジェクトを導入する際には、全拠点横断で調整できる体制を敷いている。 米国での高いブランド力は、これらの結果と言えるだろう。

スタートアップとの連携に意欲的

メイヨー・クリニックは、企業やスタートアップとの連携にも意欲的だ。支援・協力に向け枠組みを整備している。

  • メイヨー・クリニック・プラットフォーム(MCP)
    1,000万人分を超す医療データデジタル基盤。人口統計のほか、電子カルテ、ゲノム、画像、生体モニタリングなどを匿名化して活用できる。
    AI診断支援ツールや個別化医療、遠隔診断システムなどが実際の臨床データや医療現場のワークフローと適合するか、メイヨー・クリニックの医療データや専門家との対話を通じて評価・検証できる。疾患の初期兆候に対応する「早期介入」(注2)にも利用している。
    スタートアップには、「メイヨー・クリニック・プラットフォーム・アクセレレート」の枠組みで支援。臨床的・技術的なメンタリング、データへのアクセス、モデルの評価と改良支援、同クリニックの医師との対話機会などを提供している。選抜した企業に対して毎年、約20週間の支援プログラムを講じる。
    当該プログラム終了後は、MCBIE(次項)や事業部門との連携に進むこともある。
  • メイヨー・クリニック・バーグ・イノベーション・エクスチェンジ(MCBIE)
    スタートアップなどの外部企業が同クリニックの臨床医や研究者と連携するアクセラレーションプラットフォーム。製品の調整、臨床導入、事業化を段階的に支援する。
    既に200社以上が参加し、その約4割は米国外企業。AI診断支援、モニタリング機器、糖尿病アプリなど、多様な技術領域が対象になる。
  • メイヨー・クリニック・ビジネス・デベロップメント(事業開発)チーム
    このチームが果たすのは、外部企業との窓口機能だ。(1)技術ライセンス取得、(2)戦略的連携、(3)スタートアップ設立支援、(4)投資家からの資金獲得支援まで担う。
    産学連携や技術移転、知財、ベンチャーキャピタル(VC)連携にたけた多分野の専門家が約80人以上在籍。提携の相談と契約実現に即応している。
  •  ASU-メイヨー・メドテック・アクセラレーター
    アリゾナ州立大学(ASU)と提携したイノベーションプログラム。医療デバイスやヘルステック企業の収益化、規制対応、ビジネス開発を支援する。具体的には(1)メイヨー・クリニックの医師・ASU教授による講義・メンタリング、(2)米国のビジネス環境を踏まえた実践的支援を提供する。

これらの仕組みは単なる研究連携ではない。「臨床評価→市場化→米国ネットワークへの展開」という商業的導線を組み込んでいるのが特徴だ。日本企業にとっても、実効性の高い参入チャネルになるだろう。

メイヨーの技術導入プロセスとは

メイヨー・クリニックは、外部企業などからの技術導入(outside-in)を次のプロセスで進めている。

表:メイヨー・クリニックの技術導入プロセス
No 段階 ポイント
1 課題提起(nail identification) 現場が抱える課題に照らした技術かどうかが初期評価のカギ。
2 臨床評価(clinical validation) メイヨー・クリニック医師とプロトコルを設計。IRB審査を経て、検証。
3 商業化支援(commercialization) 価格設定や保険償還戦略策定を支援する。ほか、提携VCを紹介。
4 展開(scaling) 他医療機関、保険者、ディストリビューターへの展開・拡張を支援。

出所:パスリチャ医師の講演からジェトロ作成

プロセスを経て日本の技術を活用した事例が、既にある。昭和大学の井上晴洋医師が日本で開発した内視鏡技術(POEM)は、メイヨー・クリニックとの協業を経て米国で標準化に至った。「共創によるグローバル展開」がもたらした代表的な例と言える。

日本企業は何に留意すべきで、どこに優位性があるのか

パスリチャ医師は、日系企業の技術力や医療課題への真摯(しんし)な姿勢を高く評価する。一方で、「米国市場への適合には構造的・文化的な理解が不可欠」と繰り返し述べた。

その主なポイントは、以下のとおり。

  • 技術の説明より「誰をどう救うか」が重要
    論理的な性能比較では、十分でない。むしろ、「どの疾患に、どの医師や患者に、どのようなかたちで届くのか」が重要。そうした「課題起点」の表明することが信頼形成の出発点になる。
  • 医療保険償還(Reimbursement)のための設計を初期から織り込む
    FDA承認は単なる通過点。開発した医薬品や医療機器、デジタルサービスが保険償還の対象になるには、保険者にとってのコスト削減効果があり、治療成績向上につながる証明ができることが決め手になる。
  • 汎用(はんよう)性と拡張性のある設計
    特定の施設で属人的にしか運用できない製品は敬遠される。米国全体での運用可能性を想定した再現性ある設計が重要。
  • 試作段階からの連携が歓迎される
    完成品である必要はない。むしろ、メイヨー・クリニックとともに磨き込んでいく姿勢こそが共感と信頼を生む。

さらに、パスリチャ医師は、日本企業が比較的優位性を発揮しやすい例として、次の分野を挙げた。

  • 消化器、循環器、神経疾患など、画像やモニタリングが主体になる領域
  • 医師の負担軽減と診療効率化を実現するAI診断支援技術
  • 高齢化社会の共通課題に対応する遠隔医療、リハビリ支援ツール
  • 低侵襲治療、POC〔流死産絨毛(じゅうもう)〕染色体検査、個別化医療(分子・細胞ベース)技術

ジェトロも関与して協業支援スキームを提供

ジェトロは、メイヨー・クリニック・グループと連携して、2フェーズ制のアクセラレーションプログラムを実施している。対象は、医療・ヘルスケア分野でAIを活用した製品・サービス取り扱い、米国市場展開を目指す日系スタートアップだ。

このプログラムは、グローバルスタートアップ支援事業「J-STARX」の一環で設計した。参加企業は、米国で事業展開する上で足掛かりを確保するほか、医療AI技術の国際的な信頼性向上、グローバルな資金調達と事業提携の機会創出といった成果を期待できる(詳細:J-StarX AI Medicalコース)。

フェーズ1:基礎プログラム(最大12社)
目的:米国ヘルスケア市場への理解を深め、参入戦略を構築。
時期:2025年9~12月ごろ
内容:(1)オンライン講義(週1回)、(2)米国ミネソタ州への渡航(メイヨー・クリニック・ロチェスター本院訪問、同クリニック臨床医など専門家の紹介)、(3)ピッチイベントやネットワーキング機会の提供、など
対象:米国市場参入を目指す日系デジタルヘルススタートアップ
フェーズ2:医療データ活用プログラム(最大4社)
目的:メイヨー・クリニック・プラットフォームの患者データを活用し、AIモデルを開発・検証する。
時期:2026年1~9月ごろ。
内容:(1)最大43週間のバーチャルアクセラレーション、(2)メイヨー・クリニック臨床チームとの1オン1メンタリング、(3)最終プレゼンテーション(卒業ショーケース)、など
対象:AIを活用したヘルステックプロダクトを持つ日系スタートアップ

パスリチャ医師は、日本企業にとって米国市場は単なる「販路」ではないと指摘。むしろ信頼構築を通じた医療共創の場ということを強調した。医療は命を扱う分野で、技術や制度を超えて「どれだけ相手の立場に共感し、課題を共有できるか」が全ての起点になる。メイヨー・クリニックはその信頼構築の道を具体的に提示する「実装のパートナー」だ。ジェトロは今後も、日本企業が米国の医療消費市場で課題を共に解決するパートナーとなれるよう、実践的支援を提供していく。


慶應義塾大学病院CRIK信濃町で説明するパスリチャ医師(ジェトロ撮影)

注1:
IRB審査は、治験審査委員会(Institutional Review Board、IRB)による審査を意味する。臨床試験や治験を実施する際に、倫理性や安全性、科学的妥当性を第三者の立場から審査する制度。
注2:
疾患の兆候が出始めた初期の段階で診断・治療すること(適用可能な疾患としては、例えば、認知症、糖尿病、悪性腫瘍など)。重症化や進行を防ぐアプローチとして有用。

米国医療市場参入の壁と道筋

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(1)規制や保険償還などに構造的課題

執筆者紹介
ジェトロ・シカゴ事務所 ディレクター
井上 元太(いのうえ げんた)
2015年、ジェトロ入構。2024年7月から現職。米国医療機関との戦略連携やBIO出展事業など、日米間のヘルスケアイノベーションを推進するほか、製造業や量子などでの日米連携深化も担当。これまで日本の大学病院と海外企業のオープンイノベーションに従事したほか、企画部やコロンボ事務所での勤務も経験。