経済成長とともにマレーシア生命保険市場は拡大、その裏には課題も

2025年12月26日

マレーシア経済は、ASEAN諸国の中でも比較的安定した成長を続けている。2022年のGDP成長率は8.9%と、2000年以来22年ぶりの高水準を記録した。足元(2024年)の成長率も5.1%と高い水準にある。生命保険市場に目を向けると、2024年の保険料収入(新規契約)が過去10年間で約1.5倍に増加するなど、国内の経済成長とともに市場規模は順調に拡大している。その一方で、医療費高騰に伴い、医療保険の保険料上昇といった問題が懸念されている。本稿では、経済成長とともに拡大を遂げてきたマレーシアの生命保険市場を解説するとともに、社会問題化されている医療費高騰に対する政府の対応について論ずる。

投資連動型保険を中心に生命保険市場は拡大

図1は、2016年から2024年における生命保険料収入(新規契約)の推移を示している。急成長した年はみられないものの、生命保険市場は全体として着実に拡大していることが分かる。図2は、その商品別内訳を示す。市場は、「インベストメントリンク」と呼ばれる投資連動型保険(以下、ILP)を中心に形成されてきた。

図1:生命保険料収入(新規契約)の推移(2016~2024年)
2016年1,605百万ドル、2017年1,651百万ドル、2018年1,621百万ドル、2019年1,882百万ドル、2020年1,825百万ドル、2021年2,122百万ドル、2022年1,802百万ドル、2023年1,980百万ドル、2024年2,295百万ドル。

注:1リンギ=0.24ドルに換算して計算、団体保険は除く。
出所:マレーシア生命保険協会(LIAM)の年次報告書を基にジェトロ作成

図2:保険商品別の内訳
投資連動型保険は、2016年879百万ドル、2017年1,116百万ドル、2018年1,068百万ドル、2019年1,189百万ドル、2020年1,203百万ドル、2021年1,607百万ドル、2022年1,304百万ドル、2023年1,481百万ドル、2024年1,849百万ドル。従来型保険は、2016年726百万ドル、2017年534百万ドル、2018年553百万ドル、2019年694百万ドル、2020年622百万ドル、2021年515百万ドル、2022年498百万ドル、2023年499百万ドル、2024年446百万ドル。

注:1リンギ=0.24ドルに換算して計算。
出所:図1に同じ

このうち、ILPは、「保障」と「投資」の二つの機能を併せ持つハイブリッド型の保険商品であり、保険料は生命保険保障(死亡・障害・重病など)に充てられるほか、残りは投資信託型ファンドで運用される。保険金額や投資配分は、個人のライフサイクルに応じて調整できる。また、運用実績によっては高いリターンが期待できることから、マレーシアでは富裕層を中心に人気が高い。2024年の同商品の保険料収入は2016年と比較して2倍以上となった。一方、ILPの普及によって、「保障」機能を重視し、固定利回りでリターンが低い「従来型保険」の保険料収入は、商品魅力度の低下を背景に減少傾向にある。

所得増加による医療保障・資産形成セット型志向の高まり

ILPが国内で人気を集めている理由は、前段のとおり「医療(保障)」と「貯蓄(投資)」の両方を1つの商品でカバーできる点にある。近年、これら2つの分野はいずれもニーズが高まってきていると考える。以下では、その理由について説明する。

まず、医療(保障)について述べていく。中間所得層の拡大に伴い、費用は比較的高額であるものの、質の高い医療サービスが受けられる私立病院での治療を選択する傾向が強まっていると考えられる。図3は、マレーシア国民1人あたりの月額給与の推移を示しており、経済成長とともに所得水準が着実に上昇している。また、図4は、マレーシア国内の私立病院と公立病院の入院件数とその増加率を示している。入院件数の規模では公立病院(257万9,000件)が私立病院(136万件)を上回るが、過去9年の増加率は公立病院がほぼ横ばい(2.7%)であるのに対し、私立病院は26.7%と大きく伸び、私立病院の入院件数が拡大していることが確認できる。

図3:月額給与の推移(2016~2024年)
平均値は、2016年638ドル、2017年691ドル、2018年741ドル、2019年774ドル、2020年709ドル、2021年732ドル、2022年773ドル、2023年836ドル、2024年876ドル。中央値は、2016年480ドル、2017年518ドル、2018年554ドル、2019年586ドル、2020年498ドル、2021年541ドル、2022年583ドル、2023年624ドル、2024年670ドル。

注:1リンギ=0.24ドルに換算して計算。
出所:マレーシア統計局の調査レポート「SALARIES AND WAGES SURVEY REPORT 2024」を基にジェトロ作成

図4:私立病院と公立病院の入院件数
私立病院は、2016年107.3万件、2024年136.0万件。公立病院は、2016年251.0万件、2024年257.9万件。

注:2024年の数値は暫定公表値。
出所:マレーシア保健省の年次報告書「Health Facts」を基にジェトロ作成

マレーシアには、日本のように国民皆保険制度が備わっていない。医療制度は、低料金・最低限の医療設備を備えた、低所得者層や地方住民向けの「公立病院」と、高品質で高度な治療を提供する中高所得層向けの「私立病院」がある。特に「私立病院」で治療を受ける場合、高額な医療費がかかるため、国民皆保険制度のないマレーシアでは、民間の医療保険による備えが必要となる。近年は、経済成長に伴う中間所得層(M40、注1)の拡大を背景に、医療設備の整った私立病院の利用者数が増加しており、その治療費用を民間の生命保険でカバーする動きが高まっていると考えられる。

次に、貯蓄(投資)志向については、前述の医療ニーズの高まりとも関連するが、中間層(M40)の所得の拡大により、貯蓄や投資に充当可能な余剰金の創出、ならびに中間層全体で資産形成志向が高まったことが背景として考えられる。マレーシア政府や中央銀行(以下、BNM)は、「国民の金融リテラシー(注2)向上」を目的として、国家戦略「National Strategy for Financial Literacy(NS)」を掲げている。NSは、国民の金融知識と実践的な能力を体系的に引き上げるために制定された5カ年計画で、これまでにNS1.0(2019年7月発表)、NS2.0(2025年10月発表)が制定された(表参照)。

表:NS1.0とNS2.0の重点戦略
項目 NS1.0(2019~2023年) NS2.0(2026~2030年)
制定時期 2019年7月 2025年10月
5つの重点戦略
  1. 若年層へ金融教育の基礎の醸成
  2. 金融情報・ツールへのアクセス向上
  3. 特定のコミュニティー(若年層、職場、地域社会など)への行動変容促進
  4. 長期的な資産形成・退職準備
  5. 富の保全・拡大
  1. 退職準備・財務計画
  2. 負債管理
  3. リスク保護(保険など)
  4. デジタル金融の安全活用
  5. 投資を通じた資産形成

出所:Financial Education Network(FEN)の公表資料を基にジェトロ作成

また、BNMはマレーシア国民の金融リテラシー能力を測るための指標として、「MYFLIC指数」を設定し、3年ごとにモニタリングを実施している。2024年は59.1ポイントとなり、初回実施の2015年(56.5ポイント)から2.6ポイント上昇した。このことから、マレーシア国民の金融知識に関する理解・浸透は一定程度、進展していると見受けられる(注3)。

以上の背景から、「保障」と「貯蓄」という双方のニーズに対応できるILPが国内で高い人気を集めていると考えられる。現地保険会社からも、変額保険(注4)を活用して医療保障を確保しているケースが多い、との声があった。

医療費高騰による保険料の大幅引き上げが社会問題に

生命保険市場は拡大を遂げた一方、医療費の高騰に伴う医療保険料の上昇が深刻な課題となっている。マレーシアの医療費は長年にわたり上昇し続けており、2024年の医療費上昇率は年率15%と、全世界およびアジア大洋州地域の平均10%を大きく上回った。BNMの発表では、この上昇は医療技術の進歩や、非感染性疾患の増加によって、医療サービスへの需要が高まっていることが要因とされている(注5)。こうした背景もあり、生命保険会社の保険金支払額(医療)は、2016年と比べて2.6倍と大幅に増加したと考えられる。特に2022年以降、その伸びは顕著である(図5参照)。

図5:保険金支払額(医療)の推移
2016年818百万ドル、2017年879百万ドル、2018年981百万ドル、2019年1,186百万ドル、2020年1,082百万ドル、2021年1,107百万ドル、2022年1,479百万ドル、2023年1,867百万ドル、2024年2,135百万ドル。

注:1リンギ=0.24ドルに換算して計算。
出所:図1に同じ

保険会社は将来的な保険金支払いリスクをカバーする。このため、保険金支払額の増加に応じて、保険契約者が支払う保険料の見直しを図る保険会社の動きもみられた(注6)。保険料の引き上げは、契約者にとって経済的負担となり、解約の増加や医療格差の拡大、さらには公的医療制度の逼迫を招く恐れがある。マレーシア消費者連合(FOMCA)は、上位所得層(T20、注1)の国民までもが、公共病院を利用し始めている現状を「重大な警告」として受け止めている。

政府関係機関、医療措置別定額制の導入を検討

BNMは2024年12月、「医療費高騰による保険料上昇」への対応として、保険会社に対し保険料の引き上げ上限を年率最大10%に抑制するなど、契約者の負担を分散させる時限的措置を発表した。また、医療費高騰の抑制策として、マレーシア保健省(MOH)、財務省(MOF)、BNMなどの政府関係機関は、医療処置ごとに定額費用を支払う仕組み「診断群分類(DRG)制度」の導入を検討しているという(注7)。現在、私立病院は入院・治療・検査・手術などの医療行為ごとに料金を請求する「FFS(Free-For-Service)方式」を採用している。この方式では、追加検査や入院期間の延長が生じた場合、請求額は増加し続ける可能性がある。DRG制度は、診断内容に応じ一定額が支払われるため、検査回数や入院期間に左右されにくく、診療費の予見可能性が高まる。こうした点から、医療費の抑制や費用効率化への効果が期待されている。

一方で、私立病院側にとっては、管理面での負担が大きく、DRG制度の導入は逆風となる可能性がある。同制度の運用には、膨大な患者データの集積に加え、堅牢(けんろう)なシステムインフラの構築・管理が不可欠であるが、これを実現するための費用・技術・人材が十分に整っていない、との指摘も一部にみられる。

官民で持続可能な保険市場の追求を

マレーシアの生命保険市場は、「医療サービスへの需要の高まり」が引き起こした「医療費高騰」といった社会的問題に直面している。その影響もあり、生命保険会社の保険金支払額(医療)が急上昇し、「医療保険料の引き上げ」も懸念されている状況だ。マレーシア国民の生活水準維持のため、政府機関が一丸となった早急な医療体制の整備が急務となる。一方で、中間所得層(M40、注1)の拡大により、資産形成に対応した「投資連動型保険」の販売による市場開拓の余地は今後も十分にあると言える。政府は医療・貯蓄の両側面から政策を打ち出しているが、このような状況下で、生命保険会社は顧客のニーズを的確に把握し、最適な商品を提案することが今まで以上に求められるだろう。


注1:
所得階層を示す政府の区分の1つとされており、T20(上位所得層)、M40(中間所得層)、B40(下位所得層)の3つの区分に分けられている。
注2:
経済的に自立し、より良い生活を送るために必要なお金に関する知識や判断力を指す。
注3:
BNMの年次報告書「Annual Report 2024PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(106MB)」参照。
注4:
保険料の一部を株式や投資信託で運用し、その運用実績によって将来受け取る保険金や解約返戻金の額が変動する保険。
注5:
2024年12月20日付BNMプレスリリース参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
注6:
2025年3月25日付「MalayMail」参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
注7:
2024年12月28日付「MalayMail」参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課
野本 直希(のもと なおき)
2016年大手生命保険会社入社、2025年から現職。