DX分野の課題解決に取り組む中東発スタートアップ

2025年5月14日

中東地域への進出に日系企業の関心が高まる一方で、この地域でのビジネス成功事例に関する情報はまだまだ不足している。アラブ首長国連邦(UAE)で資金調達に成功しているスタートアップはどのような活動をしているのか。その一例として、DX(デジタルトランスフォーメーション)による業務効率化のニーズをくみ取り、UAEを中心にDXを活用したサービスを打ち出している企業の事例を2つ紹介する。

サイファリーク:サイバーセキュリティー対策を開発

サイファリーク外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますは、中東発の倫理的ハッカーが立ち上げた情報セキュリティー企業だ。企業のシステムの脆弱(ぜいじゃく)性を特定し、サイバーセキュリティー対策ソリューションを提供している。同社のCEO(最高経営責任者)であるモハメド・アミン・ベラルビ氏に同社の取り組みについて話を聞いた(取材日:2024年11月12日) 。なお、同社は、アブダビの政府系アクセラレーション機関であるHub71(2024年8月7日付地域・分析レポート参照)に本社を置き、さらにアフリカ市場への拠点としてモロッコにもオフィスを持つスタートアップ企業だ。


サイファリークCEO(最高経営責任者)のモハメド・アミン・ベラルビ氏 (同社提供)

サイファリークの創設

今日のデジタル時代において企業はサイバー犯罪者から攻撃を受けるリスクが常にある。起業の背景として、このサイバー攻撃は企業に財務的損失を与え、企業の評判を低下させ、さらに業務を中断せざるを得なくなるなど、壊滅的な影響を与える可能性があると考えた。

元シスコ(Cisco)CEOであるジョン・チェンバースは「この世には2種類の企業がある。ハッキングされた企業と、まだハッキングされたことを知らない企業だ」と語った。この言葉のとおり、企業のセキュリティー意識の低さを狙い、サイバー攻撃は日々、巧妙に企業を襲っている。シスコの年次サイバーセキュリティーレポートによると、2016年1月から2017年10月までの間にサイバー攻撃の発生件数はほぼ4倍に増加したという。

サービスの概要

ベラルビ氏は、2022年に「サイファリーク」を設立した。AI(人工知能)を使用してシステム上脆弱な点を自動的に特定し、サイバーセキュリティー対策案を提示するソリューションを開発した。さかのぼること2016年、同氏は大手テクノロジー企業のハッキングに挑戦したという。彼のチームは企業のセキュリティーをかいくぐり、企業のシステムやデータへのアクセスに成功した。その後、企業にセキュリティーの問題を示し、解決のために大企業と連携したため、彼は自分自身を「倫理的なハッカー」と称している。これを契機にサイバーセキュリティー対策案を提供するビジネスへの着想を得た。

同社が提供するソリューションは、デジタルインフラのマッピング作業の自動化を企業ドメインの使用のみで実現している。自動化の対象は、デジタル脆弱性の分析や、漏洩(ろうえい)したデータやクレジットカード情報の特定など多岐にわたる。分析した内容をもとに顧客に対しセキュリティー対策を提案し、システムの脆弱性によって起こるセキュリティーリスクの監視を可能にした。

同氏は、同社が提供するソリューションは活用しやすく、特に従来の高価なセキュリティー対策に手が届いていないような中小企業にとって、重要なソリューションだと述べている。

中小企業や起業家は、サイバー攻撃や侵害に非常に脆弱であるにもかかわらず、セキュリティー対策が不十分な状態のため、多くのセキュリティーリスクが存在する。米国のナショナル・インシュランスによる調査では、45%の小規模企業のオーナーが実際にサイバー攻撃の被害者であったが、彼らはサイバー攻撃を受けたこと自体を認識していなかった。調査に回答した企業オーナーのうち、サイバー攻撃の被害者であると認識していたのはわずか13%だった。

同社は2年間で、1,000社以上の顧客を獲得している。最初はフィンテックの企業から始まり、現在はクリニック、学校、eコマースなどもポートフォリオに含まれている。

顧客からは、「サイバー攻撃を受け、機密情報が盗まれてダークウェブに情報が流出した。サイファリークを導入することによって、従業員が公開アクセス可能にしていたエンドポイント(テスト環境)(注1)の脆弱性が非常に高いことがわかった。サイファリークを使用していれば、当社の攻撃面管理モジュールと脆弱性スキャナーを通じて脆弱なエンドポイントに警告が送られ、エンドポイントを取り外すか、侵害を防ぐために必要なパッチを実装することができたはずだ」といった声が寄せられている。

日本への展開も視野に

サイファリークは、2022年にUAEのアブダビで設立されて以降、2023年から2024年にかけてアブダビ、モロッコ、カタール、日本を拠点とする投資家から8万5,000ドルのシードラウンドの資金調達を行った。ベラルビ氏は、「私たちは、Hub71エコシステムの一員になることで、広範囲な戦略的投資家ネットワークへのアクセスが可能になった。MNFベンチャーズ(モロッコ)、QIC(カタール)、サニーサイドベンチャーパートナーズ(日本)など、それぞれの地域における経験豊富な投資家に支えられて幸運であった」という。

Hub71のインパクトレポート2023によると、Hub71は22の異なるセクターから197のスタートアップを迎え入れ、48の著名なファンドパートナー、46のファミリーオフィス、21の政府パートナー、10の国境を越えたパートナーから構成されている。この活気あるネットワークを通じて、スタートアップ企業の成長を刺激する独自のエコシステムを構築している。この点に魅力を感じて、サイファリークもHub71に拠点設立を決意した。同社は、Hub71の地域イベントへの参加を通じて、投資家エコシステムの中での認知を獲得した。例えば、カタールのドーハで開催されたMENA Insurtech Summit 2023の受賞により、地域の投資家から、同社は深刻なサイバー脅威に対処可能な効率的で使いやすいプラットフォームを提供していることへの認知を高めた。

ベラルビ氏は、「米国、UAE、モロッコに拠点を置き、私たちは世界中の顧客にサービスを提供している。より多くの組織や中小企業にサービスを提供することを目指しており、拡大のターゲットはMENA(中東・北アフリカ)諸国および日本だ」と次を見据える。

Qureos:AI活用採用プラットフォームを提供

UAEには様々なスタートアップがあり、AIを活用して採用に関するマッチングを行う企業もある。ここでは、優秀な人材と企業をより迅速かつ効率的につなぐ企業Qureosを紹介する。

Qureos外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますは、雇用主向けの職務内容の作成から、候補者とのマッチング、面接のスケジュール設定、候補者の絞り込みと選考のための面接の実施に至るまで一連の流れを完全にデジタル化した採用プラットフォームを提供している。

同社の創設者でCEO(最高経営責任者)であるアレックス・エピュレ氏に話を聞いた(取材日:2024年11月14日)。


Qureos CEO(最高経営責任者)アレックス・エピュレ氏(同社提供)

AIベースのプラットフォームで採用プロセスを革新

雇用主が必要な人材に巡り会えず、何カ月、何年も空席のままになっている求人がどれほどあるか想像できるだろうか。

技術の進歩に伴い、高度で専門的な技術をもった人材の必要性が高まり、求職者と雇用主の間のギャップが広がっている。

特に中小企業や新興企業にとっては、人材紹介会社の手数料が高いため、適切なスキルを持った人材を採用することが難しくなっている。米国の市場調査およびコンサルティング会社のSpherical Insights & Consultingが発表した調査レポート(注2)によると、世界の求人市場は2023年の374億3,000万ドルから2033年には883億8,000万ドルに達すると予測している。

起業の背景

エピュレ氏は、前職(ドバイに拠点を置く、テクノロジーを駆使した大量輸送ソリューションを提供する企業であるSwvl)において、湾岸協力会議(GCC)諸国をはじめとする中東市場に進出するために有能なチームメンバーを採用するのに苦労した経験があった。採用プロセスでは、人材紹介会社への説明や求人に適さない候補者との面接に約6カ月以上を要した。

この採用プロセスの非効率性は、職務内容を知らない人事担当者への説明や、履歴書の確認、候補者の選定を手作業で行っていたことに起因する。この非効率さが原因で、代理店は小規模なスタートアップ企業の求人を扱うことにちゅうちょしていた。2021年、エピュレ氏はこの市場のギャップに気づき、Qureosを立ち上げた。2022年より、転職を希望する個人にメンターシップを提供するプラットフォームを立ち上げ、個人と、それぞれのキャリア目標に最適なメンター、そして仕事との橋渡しを担っている。

サービスの概要

自動化プロセスによる、雇用主と適切な人材を結びつけるための情報提供プラットフォームを提供する。

雇用主が採用にかかる時間を短縮できるよう、AIプラットフォームが求人要件を特定し、AIが採用情報源(LinkedIn、indeedなど)に接続して、それらの情報を独自の情報管理システムに取り込んで採用プロセスを自動化している。事前に設定された基準に合致する候補者が採用情報源から特定されない場合、同社のソリューションであるアイリス(Iris)で候補者のプロフィールを探すことができる。性別、国籍や、とりわけ中東地域で進められている自国民雇用政策(UAEのエミラティゼーションやサウジアラビアのサウダイゼーションなど)で企業に求められる基準の観点から絞り込みを行うことができる。生成AIによって組成されているこのプラットフォームは、求人情報の作成から候補者の発掘、スクリーニング、諸連絡、面接設定、さらには候補者の評価に至るまで、採用活動全体を自動化されたシステムでサポートする(注3)。また、アイリスは効率的な採用を実現するだけでなく、求職者の履歴書の添削、求人情報のカスタマイズ、面接対策など、様々なニーズにも対応する。同社のソリューションに対する雇用主からの反響は上々で、採用プロセスが数週間から数時間に短縮されたという声もあったという。

同社は100社以上の幅広い顧客基盤を持ち、システムを通じて得られる効率的な成果によって、顧客からの高評価を得て成長している。 顧客からは、「すぐに結果が出ることが求められている今の時代に、アイリスは採用業界にとって非常にタイムリーなソリューションだと注目している。最適な候補者を見つけ出すこのシステムのAIの見事なスピードと正確さに本当に感銘を受けた」といった声が寄せられたという。

国際的な取り組み

同社はGCC以外にも事業を拡大し、パキスタンでも事業を展開している。2023年に、テクノロジーを活用し、人々の学習方法と就職機会のマッチング方法を変革して、パキスタンで1億人のキャリアを支援するというミッションを掲げた。同社は、IBA、ハビブ大学、IoBMなどの有名大学を含むカラチの5つの名門大学向けに、デジタル化された就職フェアも運営。同社のプラットフォームは就職フェアでの学生と雇用主の両方のプロセスを改善し、4万5,000人以上の学生、400社を超える雇用主が同社のプラットフォームを活用した。

同社は設立以来、4回の資金調達で320万ドル以上を調達した。COTU Ventures、Colle Capital、Zayani Venture Capital (ZVC)、など、著名なVC(ベンチャーキャピタル)からの資金調達に成功している。今後もさらに、この地域での資金調達を広げるべく、活動を拡大していく方針だ。


注1:
エンドポイントとは、ネットワークに接続されている末端の機器(パソコン、サーバーなど)や、スマートフォンやタブレットなどの端末機器を指す。エンドポイントの保護とは、機器自体やそれに保存している情報をサイバー攻撃から守るためのセキュリティー対策のこと。
注2:
調査レポートについてはGlobeNewswireウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます参照。
注3:
同社プラットフォームの仕組みについてはデモビデオ(You Tube)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを参照。
執筆者紹介
ジェトロ・ドバイ事務所
ガーダ・アシュラフ
カイロ大学卒業後、6年間の調査会社での勤務等を経て2016年4月ジェトロ・ドバイ事務所入所。大学ではマーケティングを専攻。