クールメートのマーケティング戦略
地場企業の語るベトナムEC市場(1)
2025年10月1日
ベトナムの小売・卸売業界では、電子商取引(EC)とデジタルマーケティングが企業の販売戦略上、極めて重要な役割を果たしている。ベトナム電子商取引協会(VECOM)のレポートによると、2024年の小売EC業界の売り上げは約320億ドル。前年比27%増の大幅な伸びを記録した。とりわけ日用消費財分野では、新たな消費行動としてオンライン購入が定着しつつある。
こうした潮流の中で、販売店舗を持たず、ECのみで販路を展開する小売企業が出てきている。これら企業は、自社サイトでの販売に加え、フェイスブック(Facebook)、ショッピー(Shopee/大手ECサイト)、ティックトック(TikTok)、ラザダ(Lazada)といった主要なオンラインプラットフォームを活用している。
執筆に当たり、無店舗型のオンライン販売事業に特化するベトナム企業にインタビューした(ヒアリング日:2025年7月14日)。インタビューを通じて、同社のビジネスモデルやベトナムでのECやデジタルマーケティングの活用方法、日本企業による市場参入の可能性などを探る。
その前編では、クールメート(Coolmate)を取り上げる。ファム・チー・ニュー(Pham Chi Nhu)最高経営責任者(CEO)に聞いた。同CEOは、自社ブランドのアパレル事業を成功に導いた立役者だ。
購買体験から、地場縫製業の強みを生かし創業
Coolmateの設立は2019年3月。首都ハノイで、創業者3人が立ち上げた自社ブランドのアパレル製造・販売企業だ。2025年7月時点で従業員約230人に達し、ハノイ本社に加えて、ホーチミンに支社を構えている。さらに、1日平均8,000件、繁忙期に最大2万5,000件の受注処理に対応可能な物流センターを2カ所運営している。
同社がオンライン専業を選んだ理由は、創業者自身の購買体験に基づく。2019年当時、ベトナムEC市場は発展途上だった。特にメンズウエアは無名ブランド品が多く、信頼性の高い購入元が少なかった。ベトナムの縫製業は輸出額も多く国際的に競争力が高いにもかかわらず、EC市場は偽造品であふれている。ニュー氏はこうした事態を打開したいと考え、クールメートを立ち上げた。ベトナム発のアパレルブランドの確立を目指して、生産・販売を展開し、まずは国内EC市場を狙った。それを国内市場向けの生産・販売を展開し、ブランド確立を目指した。また、チームメンバーの平均年齢が25.5歳と若く、デジタルビジネスへの適応力が高かったことも背景にある。

- 質問:
- 販売する商品の種類は。
- 答え:
- 男性用の下着、Tシャツ、靴下から始まり、現在はホームウエア、カジュアル、スポーツウエアまで拡大している。2025年3月には、女性スポーツウエア事業にも参入した。売上額のうち自社サイト経由は15〜20%にとどまる。70%はECプラットフォームなど、自社サイト以外のオンライン受注が占めている(残りは、オーダーメード注文など)。
- 質問:
- マーケティング方法は。
- 答え:
- (1)オフラインイベントと、(2)デジタル(オンラインプラットフォーム)を併用している。マーケティングリソースの90%を(2)に投入している状況だ。Facebook、グーグル、TikTok、ユーチューブなどに広告を出稿し、これらを通じて獲得した顧客情報は80万件を超える。
- ショッピーやラザダ、TikTokショップは、販売面で重要なECプラットフォームだ。同時に、ライブストリームなどで発信できる有効なマーケティング手段でもある。ライブストリームでは、約200〜300人の配信者・アフィリエーター(注1)と提携している。
-
ライブコマースの様子(Coolmate社提供) - 質問:
- 効果をどう測定しているのか。
- 答え:
- 当社のマーケティング施策には、(1)パフォーマンスマーケティングと(2)ブランディングマーケティングの2つがある。それぞれの効果を定量的に評価している。
- (1)では、売り上げに対する広告・マーケティング費用の比率を基準に、出稿先・提携先ごとの売り上げに対する貢献度を測定し、費用対効果を評価する。
- (2)では、スポンサー活動やブランドアンバサダーなどによるブランド浸透を図る取り組みを通じたメディアへの露出や、イベントの参加者数や検索量、SNSでのリアクションを通じて評価する。例えば、ランニング大会への協賛や、約40人のブランドアンバサダー(モデル、パーソナルトレーナー、スポーツ選手などのインフルエンサーや陸上競技のベトナム代表選手など)との提携などに取り組んでいる。
- 質問:
- オンライン販売の課題は。
- 答え:
- まず、(1) ECに十分な知見を有した専門人材の育成・確保が難しい。また、(2)外資系ブランドとの競争激化や、(3)マーケティングコストの上昇なども課題だ。(2)に関しては、特に中国企業の低価格戦略が脅威になっている。また、オンライン販売は店舗販売に比べて、顧客の信頼やロイヤルティー(注2)を獲得しにくい点も課題だ。
- これらの解決策として、ブランド価値の向上と顧客のロイヤルティー強化が必須と考えている。当社ブランドの価値を認知してもらい、「もう一度購入したい」と思わせるような顧客体験を実現していきたい。
- 質問:
- 今後のEC・デジタルマーケティングの展望は。
- 答え:
- ブランド品と非ブランド品の二極化と、ECの主流化が進むと考えている。
- ECプラットフォームは、かつて提供していた事業者向けの無料キャンペーンを打ち切るなど、方向転換を図っている。これは、市場が拡大したことに伴った結果だ。一方、ECに参入するアパレルブランドが増加。競争が激化している。このような市場環境の変化を受け、EC販売にかかるコストが上昇していくと予想している。
- 質問:
- 今後の計画は。
- 答え:
- ブランド価値を高め、売り上げと規模を拡大していく計画だ。そのため、商品ラインナップを拡充し、実店舗を設けることも視野に入れている。さらに、国内にとどまらず、海外展開を目指している。想定する市場は米国のほか、タイ、マレーシア、フィリピンといった東南アジア各国などだ。
- 質問:
- 日本企業へのメッセージは。
- 答え:
- EC運営は、現地市場との適合性が成功のカギになる。迅速な意思決定と柔軟な運営体制が不可欠だ。
- そのため、慎重な意思決定プロセスを踏む日本企業には、不利に働く可能性がある。市場参入を検討する日本企業は、運営プロセスや販売戦略を臨機応変に見直し、改善を図ることのできる体制構築が必要だろう。
- 注1:
- アフィリエーターは、SNSのユーザーメディア運営者。自身のSNSやwebサイトなどにアフィリエート(成果報酬型)広告を掲載し、その広告がクリックされて商品購入やサービス申し込みといった成果が発生した場合、広告主から成果報酬を受け取ることができる。
- 注2:
- ロイヤルティー(loyalty)は、顧客の商品愛着度・継続購入性向のこと。企業やブランドに対する思い入れや愛着を意味し、ロイヤルティーを高めファンを獲得する企業活動をロイヤルティーマーケティングという。

- 執筆者紹介
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ジェトロ・ハノイ事務所 ディレクター
河野 尭広(こうの たかひろ) - 2015年、ジェトロ入構。新興国進出支援課、国際ビジネス人材課で高度外国人材活躍推進事業の立ち上げに従事。2021年、ハノイでの語学研修(ベトナム語)、企画課を経て、2024年8月から現職。

- 執筆者紹介
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ジェトロ・ハノイ事務所
ファム・トゥイ・ティエン - 2022年からジェトロ・ハノイ事務所勤務。ジェトロの日本企業と海外バイヤーをつなぐオンラインマッチングプラットフォーム「Japan Street」事業を担当。