中国における事業継続計画(BCP)作成について

2024年2月19日

事業継続計画(Business Continuity Plan:BCP)とは、災害や事故などによって「重要な事業」が中断しないよう、また、中断してしまった場合でも早期に再開できるようにしておくための計画を指す。

海外拠点でBCPを検討する上では、海外リスクの不確実性を十分考慮に入れる必要がある。日本国内では、主に大地震(首都直下型地震や南海トラフ地震など)を最大のリスクと捉えて、地震を想定したBCPを作成している企業が多い。一方で、中国を含む海外拠点では、突出して脅威となるリスクが何か1つ存在するというよりは、いつ何が起こるかわからないといった不確実性や、予見可能性の低さこそが最大のリスクと考えられる。中国の近年のビジネスリスク動向を見ても、企業が注視するリスクは、感染症や自然災害、労使関係、地政学リスク、知的財産権、環境リスク(環境規制に適合できない企業が操業停止になるなど)、電力不足と多岐にわたる。海外拠点では、こういったさまざまなリスクに対して、現時点では想定外のリスクに対しても、柔軟に対応できるBCPが求められる。

BCP対象リスクの選定フロー

BCP対象リスクの選定フローとしては、重要リスク全体を対象に、「そのリスクは徐々に進行するか、突発的に発生するか」「そのリスクは日常的に発生するか」「そのリスクは事業全体に甚大な影響を及ぼすか」の3つの観点でリスクを分類していく方法が推奨される。

「徐々に進行するリスク(例:賃金上昇、環境規制への不適合、経済摩擦)」に対しては、短期間のうちにこれを抜本的に解決できるような即効性ある対策は基本的に存在しない。中長期的な経営課題として捉え、日本本社と連携しながら対処すべき課題、BCPの作成によってではなく、経営レベルで解決すべき課題といえる。

「突発的に発生するリスク」は、さらに発生頻度によって「日常的に発生するリスク」と「非日常的に発生するリスク」に分類する。前者は、日常的にリスク対応を行う必要があるため、BCP作成によってではなく、社内に責任部署を定めて、日常業務の一環として対処すべき課題と整理できる。

「非日常的に発生するリスク」は、さらに、事業に与える影響が甚大か限定的かで分類する。事業への影響が限定的であれば、やはり社内に責任部署を定め、日常業務の一環として対処すべき課題と整理できる。

最終的に「突発的」かつ「非日常的」かつ「事業への影響が甚大」に該当するリスクに対してのみ、BCPの作成を検討することになる。

使えるBCPにするための7つのポイント

BCPは、緊急時に人命の安全確保と事業継続を高いレベルで両立するため、十分に実効性を有するものでなければならない。BCPの実効性を確保するには、表1に挙げる7つのポイントを押さえる必要がある。

表1:BCPの実効性を確保するための7つのポイント
ポイント 説明
(1)海外事業の不確実性に備え、幅広いリスクに対応できるか 海外事業では、何か1つのリスクが突出して脅威となるわけではないので、単一リスク専用のBCPを作成しても役に立たない可能性がある。幅広いリスクに対応できるよう、事前対策や緊急時の対応策を検討しておく必要がある。
(2)緊急時の方針・優先順位は明確か 人命の安全を最優先とする方針は、多くの企業で明確化されている一方、事業継続の方針(どの製品の生産を優先的に復旧するか、どの顧客へ優先的に供給するかなど)は検討されていないケースが多い。
(3)緊急時専用の対応組織があるか 緊急時には、緊急時特有の対応事項が短期間のうちに多数発生する(避難、救護、安否確認、被害確認、復旧活動など)。平時と同一の組織で対応すると、特定部門(総務部門など)に業務が過度に偏る恐れがある。
(4)法律の条文のようなマニュアルは緊急時に役に立たない 緊急時にマニュアルを手に取った社員が自分はいつまでに何をすべきか、具体的に把握できることが求められる。文字の羅列ではなく、チェックリストや情報整理帳票を多用したマニュアルを整備すべきだ。また、中国語に翻訳する前提で、文字数は極力抑える。
(5)人命の安全だけでなく、事業継続も検討できているか BCPは人命の安全と事業継続を両立するための計画だ(人命の安全に関する記載のみなら単なる防災マニュアル)。いかに自社の優先業務を復旧・継続するかという観点からの検討も盛り込むべきだ。
(6)防災対策にとどまらず、事前対策を部門ごとに検討しているか 総務部門が担うことが多い防災対策(防災用品の備蓄など)だけが事前対策ではない。各部門で自部門の優先業務を継続するための課題や事前対策を検討しておく必要がある。
(7)BCPからBCM(Business Continuity Management)に深化させる仕組みがあるか BCPの実効性を維持・向上させるには、BCPを作成した後、定期的に教育・訓練を実施してPDCAサイクルを確立し、BCPを継続的にブラッシュアップする仕組みが必要だ。

出所:ジェトロ「中国における日系企業向け事業継続計画(BCP)作成のポイント(2024年1月)」

BCPは作成することがゴールではなく、自社の事業継続力を向上させるためのスタートだ。BCPの作成後には、BCPを社内に周知させる取り組みや、BCPの実効性を高める取り組みが欠かせない。

現地法人と日本本社の役割

BCPの主目的は「人命の安全確保」と「事業継続」だ。このうち「人命の安全確保」については、当然ながら現地法人が主体となって防災対策やBCP整備を推進すべきだ。ただし、感染症のパンデミックや国際紛争の場合は、駐在員や帯同家族の国外退避を検討する必要があり、これは日本本社が主導すべきだろう(表2参照)。

表2:緊急時の「人命の安全確保」と「事業の継続」での現地法人と日本本社の役割(製造業の場合)
項目 社員らの安全確保 事業の継続
日本本社が主体となるべき役割 人命を守る対応(支援者)
  • ノウハウの提供
  • 現地法人の策定した対策レベルのモニタリング
  • 駐在員、帯同家族などの国外退避時の判断
現地工場の生産・稼働が長期間困難になることを前提とした対策
  • 他工場での代替生産
  • 他工場にある在庫の活用
  • 現地生産の縮小・撤退
  • 特定国依存型のサプライチェーンの見直しなど
現地法人が主体となるべき役割 人命を守る対応(当事者)
  • 工場・オフィス内の防火対策
  • 消防設備の設置
  • 風水害対策
  • 必要物資の備蓄など
現地工場の早期復旧・再開
  • 生産設備などのバックアップ確保
  • 資機材の複数購買
  • 製品在庫の積み増し
  • 緊急時の対応要員の確保など

出所:ジェトロ「中国における日系企業向け事業継続計画(BCP)作成のポイント(2024年1月)」

一方、「事業継続」に関しては、緊急事態の発生後に現地法人が自ら取り得る選択肢は「自社拠点を速やかに復旧し、業務を正常化する」ということに尽きる。その他の事業継続策としては、製造業を例にとると、グループ内の他工場での代替生産、製品在庫の活用、現地生産の縮小・撤退などは、本社側が検討すべき課題といえる。従って、現地法人が自社のBCPの中で事業継続策を検討するのは、当該現地法人単体としての事業継続対策だけにフォーカスすることで良く、当該現地法人が長期にわたって利用不能となる場合(例えば、新型コロナウイルス感染拡大時の上海市では市内工場の大部分が約2カ月間完全停止を余儀なくされた)の対策は本社側が検討すべきだ。

このように、現地法人がBCP作成に取り組む際には、あまり大きな宿題を抱え込むことがないよう、本社との間で両者の役割の線引きについて事前に十分な合意形成を行うことが重要になる。

ジェトロは2023年6月30日、中国の青島日本人会・商工会と共催で、BCP構築に関するセミナーを開催した(2023年7月7日付ビジネス短信参照)。セミナー後の質疑応答では、BCPを主管すべき部署や、作成したBCPのブラッシュアップの手法、有事の事前対策となる現地社員への権限移譲などについて、活発な質疑が行なわれた。参加者からの同セミナーに対する評価が高かったため、ジェトロでは「中国における日系企業向け事業継続計画(BCP)作成のポイント」をレポートでまとめ、ウェブサイトで公開した。レポートでは、BCPを整備する目的や、BCPで備えるべきリスクの考え方、BCP対象リスクの選定フロー、BCPと「応急預案」(日本語で緊急時対応プランに相当するもの)の違い、BCPの作成手順、BCPの作成後に求められる対応などについて紹介しているので、ぜひ参考にしてほしい。

執筆者紹介
ジェトロ・青島事務所
赤澤 陽平(あかざわ ようへい)
2008年、ジェトロ入構。生活文化産業企画課、ジェトロ盛岡、ジェトロ・北京事務所、知的財産課などを経て2022年10月から現職。