東海岸で進む開発、立地の魅力を探る(マレーシア)

2023年5月8日

東海岸地域は、半島マレーシアの52%を占める広大な開発地域だ。東海岸経済地域委員会(ECERDC)が主導し、製造業、観光、石油化学、農業、人材、物流分野を中心に、投資誘致に取り組んでいる。(1)首都圏近郊と比べたコストの安さや、(2)中国やタイとの距離の近さ、(3)東海岸鉄道の開通や港湾処理能力拡充を含むインフラ整備、などの魅力を強みに、更なる発展を見込む。

広大な土地、低コスト、物流網、インセンティブに優位性

東海岸経済地域(ECER)は、マレー半島東部に所在する、パハン州、クランタン州、トレンガヌ州およびジョホール州メルシン地区・セガマット地区を指す。所得向上と貧困削減を目的に、大型開発計画の対象に指定されている(図1参照)。この地域の総面積は6万6,736平方キロメートルで、半島マレーシアの52%に相当する。

マレーシア政府は2006年3月、地域格差是正を目的に5つの長期大型開発計画を発表した。ECERはその1つだ(注1)。重点産業分野の開発や投資誘致を通じて、インダストリー4.0のハブになることを目指しつつ、高度人材開発プログラムの提供にも取り組んでいる。

図1:東海岸経済地域(ECER)の概要
クランタン州、トレンガヌ州、パハン州、ジョホール州メルシン地区、ジョホール州セガマット地区から成り面積は66,736平方キロメートルとマレー半島の52%を占める。南シナ海に面し、トクバリ港、ケルテ港、ケママン港、クアンタン港がある。

出所:ECERDC資料を基にジェトロ作成

5計画ごとに設置された監督官庁は、地域ごとに指定された重点産業分野に投資した企業に各種優遇措置を提供している。ECERの場合は、東海岸経済地域委員会(ECERDC)がその監督官庁に当たり、地域への投資誘致に関しワンストップセンターとしての役割を担っている。なお、ECERDCはマレーシア首相府傘下の組織で、議長はマレーシア首相が務める(注2)。

「ECERマスタープラン2.0(2018-2025)」に基づき現時点で目標として掲げられているのは、2025年までに700億リンギ(約2兆1,000億円、1リンギ=約30円)の民間投資受け入れ、12万人の雇用創出、6万社の新たな企業設立、だ。重点分野は、(1)製造業、(2)石油化学、(3)観光、(4)農業、(5)人材、(6)物流、とされる。(1)製造業や(2)石油化学では、後述する工業団地の造成が目標達成のカギになる。また、(5)人材に関しては、域内の各大学の存在が重要だ。

表:ECER地域の特徴と強み(—は項目なし)
項目 強み 参考情報
州政府による支援 ビジネスフレンドリーで開放的な投資政策による連邦・州政府による支援
税制優遇などのインセンティブや投資家向けの人的資本開発支援 10年間の法人税免除または5年間の適格資本支出に対する100%の投資税額控除、印紙税の免除、柔軟な駐在員雇用(重要役職の駐在員に対する個人所得税減免など)、関税免除、など。
立地 マレー半島における東部のゲートウェーとして機能する地理的立地 パハン州は、クアラルンプール市から自動車で約2時間程度と、首都圏からのアクセスも良好。
豊富な資源:原油、天然ガス、鉱物、パーム油、ゴムなど
多様な事業施設を設置できる豊富な土地
インフラが整備された工業団地 域内には、ECERDCが運営する7つの工業団地がある(図3参照)。
高速道路、空港、港、鉄道による良好なアクセスとコネクティビティ 2027年1月に東海岸鉄道(ECRL)が開通予定。空港の拡張や改築工事も進む。
コスト 競争力のある地価
競争力のある賃金
人材 多言語人材:英語と中国語を含む2-3の言語を話せる従業員が豊富 トレンガヌ州のマラ工科大学分校、パハン州のマレーシア国際イスラム大学分校といった高等教育機関を擁し、優秀な人材を獲得できる。
全ビジネス部門で確立された大規模な外国ビジネスコミュニティ ECERへの投資の過半数が外国企業によるもの。

出所:ECERDC資料およびヒアリングから作成

ECERの魅力としてECERDCは、広大な土地(該当地域は、半島マレーシアの過半を占める)、首都圏と比べて安価かつ豊富な労働力、タイや中国市場との距離的近さ、首都圏からのアクセスの良さなどを挙げる(表参照)。特に2027年1月に運行開始予定の東海岸鉄道(ECRL)は、マレーシアと諸外国とをつなぐ物流網の改善に資するプロジェクトとして期待されている。ECRLは、クランタン州コタバルからセランゴール州クラン港をつなぐ全長665キロメートルの鉄道だ。完成すると、物流面の利便性が大幅に改善すると見込まれる。2023年1月時点で、工事の進捗率は39.64%だった。

これに加えて、連邦政府の制度を上回る投資優遇措置が付与されることもポイントだ。例えば、法定所得の発生日から10年間の法人税免除、または5年間の適格資本支出に対し100%の投資税額控除、のいずれかを選択できる。また、重要な役職につく外国人駐在員については、個人所得税が減免されることもある。諸外国とマレーシアを比較して立地を検討した結果、これらインセンティブが決め手になって進出に至ったケースもあったという。

大手自動車、鉄鋼、半導体などの進出例あり

ECERへの投資額は累計約3,300万ドルで、うち外国資本からの投資が53%を占める。大手企業として例えば、ドイツのメルセデス・ベンツ(輸送機器)、フランスのアルケマ(化学)、中国のアライアンススチール(鉄鋼)などが進出している。一方、地場資本の大企業も、ペトロナス(石油ガス)がトレンガヌ州に、DRBハイコム(輸送機器)がパハン州に、それぞれ拠点を有している。

では、日本企業の動きはどうか。マレーシアの州・連邦直轄都市別で進出企業数が多いのは、圧倒的にセランゴール州だ(全体の42.1%)。次いでクアラルンプール(24.8%)、ジョホール州(10.5%)、ペナン州(7.7%)などが続く(図2参照)。ECERを構成する3州(ここでは、ジョホール州メルシン地区・セガマット地区を除く)に進出する日系企業数は、現時点で20社弱と多くない。その結果として、ECER地域への外国直接投資のうち、日本企業が占める割合は4%にとどまる。 パハン州には、カネカ(化学)、三菱自動車(輸送機器)、いすゞ・ハイコム(輸送機器)、東レ(化学)、クランタン州にロームワコー(電気電子)、トレンガヌ州に東ソー(化学)がある。

日本企業による投資がまだ限定的である点に関し今後の期待を聞いたところ、ECERDCのダト・ラグ・サンパシバム最高執行責任者(COO)は「用地が豊富なECERでは今後、製造業分野はもちろん、農業や漁業でも日本企業の投資に期待したい」と語った(2023年3月21日聴取)。

図2:日本企業の州別進出割合(%)
最も多いのはセランゴール州で42.1%、次いでクアラルンプール24.8%、ジョホール州10.5%、ペナン州7.7%、ネグリセンビラン州3.2%、ケダ州2.7%、ペラ州2.3%、マラッカ1.9%などと続く。

注:各州への進出企業数が全体に占める割合を、業種別に表示。
出所:ジェトロ・クアラルンプール調べ

基礎インフラは整備済み、データセンター進出も

ECERには、図3で示すように複数の工業団地があり、うち7つをECERDCが運営している。これらの中には、業種に特化した団地もある。例えば、ペカン・オートモーティブパーク(PAP)は自動車産業専用で、メルセデス・ベンツやフォルクスワーゲン(VW)といった大手自動車メーカーが集まる。またガンバン・ハラルパーク(GHP)は、ハラル食品・製品の製造に特化している。

やはりECERDCが運営するパハン・テクノロジーパーク(PTP)では、インダストリー4.0実現の最前線として高度技術を持つ製造業の誘致を進めている。より具体的には、医療機器、再生可能エネルギー(再エネ)関連機器、電気電子などの集積を狙う。ECERDC担当者は、「近隣にパハン大学(UMP)とその寮があり、人材獲得面でも優位性が高い」と強調した。2023年中に、外資のデータセンターが建設開始を予定。初の投資案件になりそうだ。

また、2013年に開業したマレーシア・中国クアンタン工業団地(MCKIP)は、3つのエリアで構成され、合計で460ヘクタールに及ぶ大型施設だ。製造設備だけでなく、商業施設や住宅も今後整備される予定で、開発が進んでいる。MCKIPは、マレーシアと中国、両政府の協業の下で開発された。ただし、第三国企業からの投資も予定されているという。

図3:ECER地域内の工業団地
ECERには複数の工業団地があり、うち7つをECERDCが運営している。具体的には、パシルマス・ハラルパーク(PMHP)、トクバリ・インダストリアル・パーク(TBIP)、ケルテ・バイオポリマー・パーク(KBP)、MCKIP3、ペカン・オートモーティブパーク(PAP)、ガンバン・ハラルパーク(GHP)、マレーシア・中国クアンタン工業団地(MCKIP)である。

出所:ECERDC提供


パハン・テクノロジーパーク入り口
(ジェトロ撮影)

マレーシア・中国クアンタン工業団地(模型)
(ジェトロ撮影)

クアンタン港の貨物処理能力が向上

物流の要である港の開発でも、動きがある。中でも、クアンタン港はECER最大の港だ。2018年には、第1期工事が完了した。この工事で建設された深水埠頭(ふとう)では、年間約2,600万トンの貨物取り扱いが可能とされる。主な輸出品目は、鉄鋼製品、パーム油、木材や石油などのバルク貨物だ。石油化学分野の多国籍企業が集積するゲベン工業団地との間に、ゲベンバイパスが整備されている。このバイパスは、クアラルンプールとクアンタンを結ぶ東西高速道路とも直結。国内外に向け、貨物輸送のアクセス向上に寄与している。

クアンタン港は、主にMCKIPへの新規投資流入による需要の高まりに対応するため、港湾整備にも力を入れている。クアンタン港のマズリム・フシン最高商務責任者(CCO)は「需要増に対応するため、コンテナターミナルを段階的に拡張・新設している」と進捗を述べた。ECERDCによると、第2期工事が完了した段階で、約5,200万トンにまで貨物取扱量が拡大するという。また最終的には、9,000万トンまで拡張を目指すと報じられている。


クアンタン港(ジェトロ撮影)

ECERは、半導体関連の投資が相次ぐペナン州(半島西海岸北部)や、シンガポールとのアクセスに優位性を持つジョホール州などと比べると、知名度では及ばない。しかし、これら地域ではコスト増が深刻だ。片や東海岸ではコスト面でまだ優位性があり、インフラ開発も進展が見込まれる。こうした現状に鑑み、マレーシア内での有望投資先として、一層の考慮が払われても良い。なお、ECER地域の概要と詳細については、ECERDCが発行する解説冊子PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(8.06MB)も参考になる。

東海岸での立地などについて行政当局に直接問い合わせることを希望する場合には、次のアドレス宛にeメールを送り照会することもできる。
E-mail: sharmilaa@ecerdc.com.my / secretariat@ecerdc.com.my


注1:
マレーシア政府が2006年3月に発表した長期大型開発計画には、(1)ECER、(2)イスカンダル・マレーシア、(3)北部経済回廊地域、(4)サラワク再エネ回廊、(5)サバ開発回廊の5つがある。
注2:
投資貿易産業省(MITI)が管轄するマレーシア投資開発庁(MIDA)と、直接の関係があるわけではないが、投資案件の認可を審議する国家投資委員会(NCI)には共に参画。域内案件に関して日常的に連携している。
執筆者紹介
ジェトロ・クアラルンプール事務所
吾郷 伊都子(あごう いつこ)
2006年、ジェトロ入構。経済分析部、海外調査部、公益社団法人日本経済研究センター出向、海外調査部国際経済課を経て、2021年9月から現職。共著『メイド・イン・チャイナへの欧米流対抗策』(ジェトロ)、共著『FTAガイドブック2014』(ジェトロ)、編著『FTAの基礎と実践-賢く活用するための手引き-』(白水社)など。
執筆者紹介
ジェトロ・クアラルンプール事務所
山本 りりな(やまもと りりな)
2020年、ジェトロ入構。対日投資部対日投資課を経て、2022年10月からジェトロ・クアラルンプール実務研修。