対米投資、迅速な意思決定と柔軟性ある日程管理がカギ
現地専門家が日系企業に伝えたいこととは

2023年6月13日

米国では、半導体やクリーンエネルギーの分野で、大型プロジェクトが続々と立ち上がり、今や米国への対内直接投資(FDI)を牽引する存在となっている。本稿では、米国の投資トレンドのほか、ミズーリ州政府の投資誘致機関ミズーリ・パートナーシップのデニス・プルイット・ビジネス推進副社長や、大手企業の工場建設プロジェクトやコンサルティングを手掛けるクレイコーのロン・ジョーンズ・シニアプリンシパルから聞いた対米投資のカギについて報告する。

半導体・クリーンエネルギー分野では、政策が後押し

OECDによると、米国は世界最大のFDI受け入れ国だ。米国の2022年のFDI受け入れ額(フロー)は、世界的な景気後退の影響などを受け、前年比21%減となった(図参照)。他方、2022年8月に成立したCHIPSおよび科学法(CHIPSプラス法)とインフレ削減法(IRA)が追い風となり、半導体とクリーンエネルギー分野で空前の投資ブームが起きている。中でも、台湾積体電路製造(TSMC)による半導体工場の設立は推定投資額280億ドルと、2022年に発表されたFDIの中で最大規模を誇る。「ファイナンシャル・タイムズ」紙によると、これらの法律が成立してから2023年4月14日までの間に、企業は半導体、クリーンテック分野の大規模プロジェクトへの投資に計2,040億ドルをコミットした。この投資総額は2021年比で2倍、2019年比で20倍になっているという。

図:2022年FDI受け入れ上位5カ国と日本
2022年の世界の海外直接投資受入れ額は去年に引き続き米国が第1位、中国が第2位となった。第3位はブラジル、第4位はオーストラリア、第5位はカナダとなった。2022年のFDI受け入れ額は、米国は前年比21%減の3,184億ドル、中国は前年比48%減の1,802億ドルとなった。

出所:OECD Foreign Direct Investment Statistics: Data, Analysis and Forecasts、2023年4月発表データを基にジェトロ作成

再生可能エネルギー、サステナビリティー分野で投資が盛ん

以下では、プルイット氏とジョーンズ氏に対話形式で聞いた対米投資のトレンドや日本企業が対米投資する際のカギについて報告する。

質問:
米国では現在、どのような分野で積極的な投資が行われているか。また、規模はどれほどか。
答え:
(プルイット氏)米国では、いわゆる10億ドル以上のメガプロジェクトが増加傾向にあり、進行中のプロジェクトは2021年に21件、2022年に35件となっている。このうち、85%が電気自動車(EV)や、EV用バッテリーの生産、半導体に関連している。再生可能エネルギー、サステナビリティー、二酸化炭素(CO2)削減に関係した対米投資が活発だ。ただし、米国が先端技術、食品・飲料、製造業、EV以外の自動車、航空宇宙など、あまり報じられていない分野への投資を呼びかけていることも忘れてはいけない。特に中西部では、送配電インフラの構築に関連する投資が目立っており、中西部の各州政府は効率的な送配電に貢献できる企業の誘致に積極的だ。

メガファクトリー建設ブームで建設用地は争奪戦

質問:
複数のメガプロジェクトが進む中、建設用地の争奪戦や、州による誘致合戦が激しくなっていると聞く。企業は土地選定に際して、どのようなことに留意すればよいか。
答え:
(プルイット氏)立地選定について、「人気の州だから」「他社がこの州を選んだから」といった理由で、進出先を決定すべきではない。米国では至るところでイノベーションが起こっており、進出の可能性は全土に広がっているからだ。
また、日本企業は設備投資額や新規雇用者数、賃金基準などの適格要件を満たせば、州や地方自治体から税額控除や融資などの優遇措置を受けることができる。しかし、好条件のインセンティブの有無だけで、立地選定を行うべきではない。労働力の確保、全体的なビジネス環境なども重要な要素だ。これらは、企業の経理部門がしっかりと精査する必要がある。また、新規雇用者数や賃金水準の約束を守れなかった場合には、受け取ったインセンティブの返還が必要になる場合もあるので、要注意だ。
(ジョーンズ氏)中西部では現在、新たな産業開発に利用できる不動産が不足している。企業は既存の建物を購入し、自社の生産ニーズに合わせてアップグレードしたり、改修したりしている。しかし、多くの場合、コストがかかり過ぎている。企業は既存の工場やグリーンフィールド(工場新設)用地を購入する場合、徹底したデューディリジェンスを実施する必要がある。グリーンフィールド用地の場合、土地の地盤や建物の強度が自社のニーズに合うかどうかを確認していなかったり、建物の電源が十分に確保されていないことを知らなかったりする場合がある。このような場合、既存の土地を改良して設備を追加することになるが、場合によっては自治体から新たに許可を得る必要があり、当初の予定よりも時間がかかることがある。
質問:
州によって労働組合の力が強いところと、そうでないところがあると聞く。日系企業はどちらを選んだほうがよいか。
答え:
(プルイット氏)日本企業は「ユニオン・ステート(Union State、労働組合の力が強い州)」を避ける傾向があるが、「ユニオン・ステート」か「ライト・トゥー・ワーク・ステート(Right-to-work State、労働組合への加入を義務とせず、働く権利を保障する労働権法を持つ州)」かの分類だけで、立地を選定すべきではない。労働組合はどの州にも存在し、労働組合の力が強い州でも、従業員が労働組合に加入している企業は限定的だ。米国には標準化された連邦法があり、どの州の組合組成にも適用される。労働組合への参加は一般的に、大規模なレガシー製造工場(自動車、航空宇宙)、特に大都市中心部にある工場に限られている。
質問:
候補地を決めるに当たり、どのように情報を収集したらよいか。
答え:
(プルイット氏)まずは、州政府の経済開発機関など、投資を検討している企業の相談に無料で応じてくれる公的サービスを活用すべきだ。候補地を選んだら、バーチャルツアーに頼らず、現地を訪問することも重要だ。現地視察では既存の企業と面談し、労働者の確保やスキル、地域の住みやすさなどについて尋ねるべきだ。州政府や地方自治体は通常、地元企業との面談を設定してくれる。企業には、インフラ設備の性能とコスト、土壌の条件、交通の便、工場拡張の余地などを慎重に検討してほしい。
質問:
建設用地が決定した後に気を付けるべきことは何か。
答え:
(プルイット氏)立地が決定した後、企業はエンジニアリング会社と建設会社を迅速に選ぶ必要がある。サプライチェーンの混乱による建材不足やインフレによる建材の値上がりにより、建設会社の見積もり有効期間は60~90日から30日に短縮された。そのため、迅速な意思決定が必要になっている。
(ジョーンズ氏)実際の建設現場では、依然として続くサプライチェーンの混乱や資材不足により、プロジェクトに多大な時間とコストがかかっている。米国では、現在もリードタイムが長い資材が多く(表参照)、納入順序が通常と異なるため、設計プロセスと日々の建設作業に支障を来すこともあり、柔軟な対応が求められる。例えば、電力関連システムなどの機器や材料は通常、新しい施設の建設終了時に購入して設置されるため、建設プロジェクトのかなり早い段階で注文し、代金を支払う必要がある。現在、これらの資材はサプライチェーンの混乱により、通常よりかなり前に購入しなければならない。スイッチギアなど電力関連の機械設備は通常、施設に設置する必要がある16週間前に発注されるが、2023年第2四半期(4~6月)の時点では、到着して設置されるまでに最大60~65週間かかっている。
表:建材の発注から配送までのリードタイム
建材名 通常のリードタイム 2023年第2四半期リードタイム
金属製ジョイスト、デック 4カ月 4~5カ月
構造用鋼材 4カ月 4カ月
屋根部材 3~5日 断熱材 1~2カ月、ファスナーとそのアクセサリー 2~3カ月
ドア、フレーム 2~4週間 3カ月
ドライウォール 2週間 4~6週間
冷暖房・換気ユニット(小) 6~8週間 32週間
冷暖房・換気ユニット(大) 6~8週間 16~20週間
照明(外側、内側) 4~6週間 8~12週間
発電機、ATSスイッチ 20~28週間 発電機60週間、ATSスイッチ11~26週間
スイッチギア、スイッチボード、パネルボード 16~18週間 スイッチギア 52週間、スイッチボード 60~65週間、パネルボード 19週間
変圧器 20~28週間 VPIト変圧器 30~40週間、CRT変圧器 32~36週間、パッドマウント変圧器 1.5~2年

出所:2023年第2四半期コストインデックス(クレイコー発表)を基にジェトロ作成

半導体やクリーンエネルギー分野で大規模なプラントの建設が続く米国では、企業は従来よりも迅速に意思決定を行い、不測の事態が生じても柔軟に対応ができるよう準備しておく必要がある。また、州別・自治体別の規制だけでなく、税額控除や融資などを熟知した各分野の専門家の意見を考慮することが、より一層重要になっている。
執筆者紹介
ジェトロ・シカゴ事務所 農水/調査部 アシスタント・リサーチャー
星野 香織(ほしの かおり)
商社、ジェトロ・ニューヨーク事務所などでの勤務を経て、2022年3月から現職。