哺乳瓶シェア6割:ピジョン
巨大市場インドネシアに挑む日本企業(1)

2022年9月1日

インドネシアは約2億7,910万人(2022年推計値。世界第4位)を擁する。ASEAN10カ国で人口最大だ。国連人口基金(UNFPA)によると、2040年には3億1,863万人まで増加すると予測されている。その経済成長は、一般消費財などBtoCビジネスを中心に、多くの企業に魅力的に映るだろう。しかし、実際のところ、所得層は多様だ。明確なマーケティング戦略がないと市場をつかむことは難しい。

もっとも、今後、現地消費者層の中で、年間所得5,000ドル以上の世帯は特に増加が見込まれる。2020年時点で28.1%にすぎないこの世帯は、2040年には43.2%まで増える見通しだ(調査会社のユーロモニター)。1万ドル以上の世帯も22.4%占めるようになると予想される。すなわち、より多くの消費者が中流に近づいていく。

本シリーズでは、成長するインドネシア市場で成功を収める日本企業の販売戦略について、分野や領域ごと(小売り・飲食、製造業など)に取り上げる。第1回は、ベビー用品の製造・販売を行うピジョン・インドネシアだ。同社は、インドネシアで40年以上事業を続けてきた。現地で哺乳瓶の市場占有率(シェア)は、自社推計で約6割に達する。市場シェア獲得のためのアプローチなどを、社長の本郷正貴氏と、工場長の宮本智弘氏に聞いた(インタビュー日:2022年5月27日)。


ピジョン・インドネシアの本郷社長(左)、宮本工場長(ジェトロ撮影)
質問:
インドネシア事業の概要は。
答え:
ピジョングループは、インドネシアの販売代理店のムルティ・インドチトラに対し、日本で製造した哺乳瓶を輸出するところから事業を開始した。その後、1995年にムルティエロック・コスメティック(MEC、ムルティ・インドチトラの子会社)と合弁で、プラスチックとシリコーンの成形工場(ピジョン・インドネシア)を設立。現地で哺乳瓶の製造を開始した。
当初の出資比率はMEC65%、ピジョン35%だった。2017年にピジョン・シンガポールを通じて出資比率を65%に拡大し、経営権を獲得した。さらに、2019年に新会社として「ピジョン・ベビーラボ・インドネシア」を立ち上げた。ピジョン・インドネシアでは取り扱わない商品(スキンケアやトイレタリーなど)の販売も開始している。ムルティ・インドチトラとの関係は、非常に良好だ。
現在、インドネシアで販売している製品は、哺乳瓶、おしゃぶり、スキンケア製品など、多岐にわたる。当社は、プラスチックとシリコーンを成型して、哺乳瓶、おしゃぶり、搾乳器などを製造している。現地製造した製品のうち、インドネシア国内販売が6割、海外輸出が4割だ。主な輸出先はASEAN、中東、オーストラリア、南アフリカ共和国となっている。

成長著しいアッパーミドル層に期待

質問:
インドネシアでの販売推移について。
答え:
2022年第1四半期(1~3月)のピジョングループの売り上げは、日本を含む全世界で217億円(前期比101%)。うち、シンガポール事業(インドネシアを含むASEAN地域などを管轄)は30億円(前期比106%)になっている。インドネシア国内市場での売り上げは、前期比27%増と好調で、売り上げの約8割が哺乳瓶と乳首だ。
インドネシア国内の哺乳瓶の販売マーケットでは、自社推計で約6割を確保している。
質問:
インドネシアでの哺乳瓶販売で、ターゲットとする顧客層は。
答え:
販売層は主に2つある。(1)アッパー層(所得上位10~15%)・アッパーミドル層、(2)ミドル層〔収入が一定規模の企業が従業員に支払うべき法定最低賃金レベル(注1)〕と設定している。(1)のうち、アッパー層へは、10万~20万ルピア(約1,000~2,000円、1ルピア=約0.01円)の価格帯、アッパーミドル層へは5万~10万ルピアの価格帯の広口タイプの哺乳瓶を投入している。(2)に対しては、5万ルピア以下の商品を販売している。
現地では地場ブランドや中国製品などの台頭により、市場全体で商品価格が下がっている。しかし、哺乳瓶は乳幼児が使用する。そうしたことから、当社はあくまで品質・安全性を重視している。
当社は、価格競争が厳しい中で、所得層ごとに異なる製品を投入している。いわば「多品種・小ロット・低価格」という達成困難な目標を掲げているということだ。そのために当社は、人口の多数を占める(2)向けの製品を多く製造・販売することで製造コストを下げつつ、市場拡大が今後見込まれる(1)向けの高価格帯の売り上げと利益を伸ばしていく計画だ。製造工場としては、粗利の源泉を作るという観点で、より高い利益が期待できる(1)の市場拡大は非常に大きな意味を持つ。その市場の厚みと成長が、インドネシアの魅力でもある。

アッパー層向けの哺乳瓶
(ピジョン・インドネシア提供)

アッパーミドル層向けの哺乳瓶
(ピジョン・インドネシア提供)

赤ちゃんに寄り添った製品開発と現地生産によるコスト競争力で、高シェア実現

質問:
どのように市場シェアを確保してきたか。
答え:
まず、病院や産院などで勤務する医師との対話を通した製品開発「クリニカル・アプローチ」を進めた。この点は、日本と同様。哺乳瓶のユーザーの妊婦と話す時間が一番多いのは誰かという観点が当社の製品開発にとって非常に重要だ。病院・産院や小児科医師の意見を聞きながら、赤ちゃんに寄り添った製品開発を心掛けている。その結果、当社の製品で育ったインドネシアの女性が自分たちの子どもにも当社の製品を使うという好循環を生み出せている。
その上で、現地生産によるコスト競争力を生かし、インドネシアの人口の多数を占めるミドル層に合った価格帯の哺乳瓶・乳首を販売することで、全土を網羅する販売網を着実に築いてきた。こうした取り組みが現在の高い市場シェアにつながっている。
今後、特に成長のカギを握るのは、アッパーミドル層になる。そのため、今後はブランディングやデジタルマーケティングにより注力していく。市場シェアだけでなく、顧客のマインドシェア〔消費者の心(マインド)に占める企業や商品ブランドの占有率〕を獲得していきたい。それを通じて、インドネシアでのピジョンブランドをさらに確固たるものにしていく考えだ。
質問:
販売チャネルについて。
答え:
基本的には、代理店を通した販売が主流で、国内販売の約3割はジャカルタ首都圏での販売となっている。
他方、eコマース(EC)での販売比率が、徐々に上昇してきた。2019年時点では、約4%に過ぎなかった。しかし、大手ECサイト「トコペディア(Tokopedia)」や「ショッピー(Shopee)」などにオフィシャルストアを設けたことなどで、2021年には約7%に伸びた。
もっとも、ピジョングループ全体のEC販売比率は、韓国で9割、中国で6割に達している。これらと比較すると、インドネシアでのEC販売比率は高くない。またEC購買が活発なのは、ジャカルタなど大都市圏に限られる。それ以外の場所では「ラスト・ワンマイル」輸送網が整備されていないなどの影響で、最終的にコストが割高になってしまう。
既存の近代小売りや伝統小売りなど、オフラインチャネルは依然として大きな柱だ。同時に、今後確実に伸長するオンラインの販売チャネルをしっかりと押さえ、その上で独自に進化するインドネシア市場の変化を注視・適応していきたい。そうすることで、今後も盤石な販売チャネルを構築していく。
質問:
新型コロナウイルス禍の影響は。
答え:
新型コロナ禍でも消費意欲が落ちることはなかった。インドネシア政府による社会制限では、当社はクリティカル・セクター(注2)に分類されたため、ほぼ100%の操業が可能だった。
一方、2020年後半から流通在庫が不足した結果、店頭欠品が増えたため、消費者に製品が届かない状況が発生した。そのため、一時的に売り上げが減少に転じた。しかし、2022年に入ってからは、新型コロナ禍前の売り上げまで戻りつつある。

地域社会貢献を通じ、従業員のロイヤリティーも醸成

質問:
企業の社会的責任(CSR)への取り組みは。
答え:
ピジョンは2020年に「CSR調達方針」と「CSR調達ガイドライン」を策定した。また、年に1回「CSR調達アセスメント」を実施し、人権や労働、地域社会との共生などさまざまな観点から、主要サプライヤー企業に問題がないか確認している。インドネシア工場独自の取り組みとしては、2020年から太陽光パネルの設置を開始した。2022年現在で、約750キロワットピーク(kWp)分の設置が完了済みだ。
また、当社としては2016年から、口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ、注3)のために授乳が困難な赤ちゃんを支援する活動も進めている。具体的には、特定の哺乳瓶(インドネシアの伝統染物のバティック柄をモチーフにデザインした製品)の売り上げの一部を、インドネシア口唇口蓋裂協会へ寄付している。
さらに「地域との共存」を大切にしたいと考えている。例えば、地域の子どもたちが会社を見学できるように、工場には見学用コースを設置した。見学コースでは、当社の哺乳瓶の歴史や製品の製造工程を、パネル展示や映像を使いながら分かりやすく説明している。また、地元のNGOと連携して「Bank Sampahプログラム」(ごみ銀行プログラム、注4)を2022年後半に開始する予定。社員がごみの分別に関する教育を受け、その内容を地域の人々に還元するものだ。
従業員にはこれらの活動を通し、当社で働くことの「自負と誇り」を持ち、モチベーションを維持してもらいたいと考えている。

注1:
2022年のジャカルタ首都特別州の最低賃金は、月額約445万ルピア(約4万4,500円、1ルピア=約0.01円)。
注2:
エネルギー、保健、セキュリティー、物流・運輸、飲食品関連産業、石油化学、セメント、国の重要施設、災害管理、国家戦略プロジェクト、建設、電気や水道(基礎ユーティリティー)、生活必需品産業。社会制限下でも、100%の操業が可能とされた。
注3:
胎児期に顔面の発達や癒合に異常が生じて、上唇や歯茎などを左右に分裂するような亀裂が生じた状態で生まれる病気。
注4:
ごみ銀行は顧客(一般家庭など)から出た資源ごみを買い取り、顧客は自身の口座に貯金をすることができる。

巨大市場インドネシアに挑む日本企業

執筆者紹介
ジェトロ・ジャカルタ事務所
上野 渉(うえの わたる)
2012年、ジェトロ入構。総務課(2012年~2014年)、ジェトロ・ムンバイ事務所(2014年~2015年)、企画部企画課海外地域戦略班(ASEAN)(2015年~2019年)を経て現職。ASEANへの各種政策提言活動、インドネシアにおける日系中小企業支援を行う。