インドの食品消費トレンドの変化を追う
現場からひも解く「新型コロナ禍」後の食品市場へのアプローチ(前編)

2022年3月16日

インドでは近年、都市部を中心に食文化の多様化や食料品に対する高額消費が進むほか、特に「新型コロナ禍」以降は健康志向の高まりやEC(電子商取引)・デリバリーなど新業態の発達、スタートアップの活躍など、食品の消費において新しいトレンドが生まれている。一方、日本からの輸出にあたっては輸入規制、価格競争力、食文化の違いなど、さまざまな面で課題が多く、難易度の高い市場であり、商品やビジネスモデルのアレンジなど、アプローチには工夫が必要となる。

ジェトロでは、2021年11月にオンラインセミナー「インド食品市場へのアプローチ-アッパーミドル&トップの胃袋を掴(つか)むには-」を開催。インドで数々の調査やコンサルティングを行い、インド事情に精通するインフォブリッジグループ代表の繁田奈歩氏にポイントを聞いた。本レポート(前編)では、本セミナーの内容をもとにインドにおける食品の消費トレンドの変化について解説する。


インフォブリッジグループ代表/ジェトロ海外コーディネーター(農林水産・食品分野)繁田奈歩氏(本人提供)

「13億人市場」はミスリーディング?

インドは人口13億8,000万人(世界第2位、2020年)、平均年齢28.4歳(中央値。中国38.4歳、日本48.4歳、注1)という豊富な人口と若い人口構成に支えられる大国だ。また、中間層世帯割合は2005年4%、2015年19%、2025年32%(推計)のペースで増加しており、世帯年収100万ドル超の富裕者層も2020年時点では41万世帯以上ある(注2)。所得の向上に伴い、食や消費の多様化が進んでいるほか、消費の量的需要だけでなく質的要求が高度化している。

ただし、もちろん13億人全ての「胃袋」をターゲットにできるわけではない。インドの都市人口は30~40%程度とされ、地方や農村部との人口差が大きく、かつ経済格差も大きい。また、食文化においても、地域や文化圏ごとに違いがあり、例えばベジタリアンと一口に言っても、北西インドのベジタリアン人口が40%以上に対して、南東インドは10%未満といった地域差が見られる(注3)。さらに、ベジタリアンの中でも、卵や乳製品は摂取可能、魚だけは可能、あるいは曜日や時期によって肉食が可能など、さまざまなパターンがある。アプローチ可能なセグメントを分けていくと、ターゲットとなるのは数百万人から数千万人規模となる可能性もある。

インドの食品市場の難しさ

「インド市場」と一言ではくくれない難しさに加えて、食品市場における難しさがある。下表は、日本からの食品輸出時の課題をまとめたものだ。

表:インドへの食品輸出時の課題
項目 課題
味覚の違いと食文化の多様性 スパイスをベースとした食文化。ただし辛ければ良いというものではない。地域により主食や食材、味付けも異なる。
ベジタリアンのプレゼンス 成分への注意とベジ/ノンベジ表示対応が必要。ベジタリアンの中でもさまざまな分類が存在。
価格センシティブな市場 マス市場での「Value for Money」の追求は根強い。
強い競合の存在 グローバル大手・インド財閥系大企業や地域に根付く零細企業がキラナや農村部でも販売網を確立。
モダンリテールの未整備 BtoCの中心はいまだ小規模店舗。ただし、インド人にとっては使い勝手が良い面も(ローカル言語、配達、ツケ払いなど)。
輸入障壁 高関税と輸入規制・輸入禁制品の存在。国内産業保護色が強い。
日本ブランドの認知の低さ 中華、イタリア、タイ料理などに比べると日本食の認知度はまだ低い。消費者の日本と中国や韓国などとの差の理解は薄い。

出所:インフォブリッジ資料からジェトロ作成

農業大国インドでは、食品の自国生産強化の志向が強く、輸入食品に対する高関税や輸入規制といった要素がコストにも大きく影響するが、価格に対して敏感な市場であり、価格に対する価値を追求する傾向は根強い。また、独特の商流やビジネス環境も、難易度を高めている要因の1つだ。モダンリテールやECの比率は近年増加しているが、小売りの中心は依然として「キラナ」と呼ばれる未組織の小規模店舗であり、販売網を作るには時間とコツを要する。一方で、大規模インポーターがほとんど存在しておらず、競合となるグローバル大手企業やインド財閥系企業は多額の資金を投入した広告戦略により、キラナや農村部でも製品が浸透している。


中華やイタリアンにもスパイスを多用(左)
(インフォブリッジ提供)

キラナ内部の様子(右)
(インフォブリッジ提供)

新型コロナ禍前後での消費環境の変化

新型コロナ禍以降、状況は変わりつつある。ネットスーパーやデリバリーなど、オンライン消費の拡大は代表的な変化だ。これらは、モバイルアプリ上で購入から決済・配達まで非接触で完結する。これが、新型コロナ禍で消費者のニーズを掴み、一気に拡大した。最近では、オーガニックや減農薬、トレーサビリティ対応などを付加価値としたサービス競争も激しくなっている。また、消費者の健康志向が明らかに高まっており、「予防」がキーワードとなっている。免疫力向上につながる食品や子供向けの栄養強化製品など、健康に良ければ多少割高でも購入するようだ。

加えて、DtoCモデル(注4)の増加も、注目すべき点だ。スマートフォンの普及により、消費者が各ブランドの販売チャネルに直接アクセスできる環境が整っており、これが健康関連製品のほか、グルテンフリーなどニッチな製品カテゴリーや高価格帯製品の販路になっている。これらの高額消費が、海外旅行に行けない富裕層のリベンジ消費としても機能している。

外食需要も回復してきており、親しい友人や仕事関係者、家族とのより少人数での外食や、オンラインデリバリーと連携した宅配は日常的になっている。宅配コストは安く、デリバリーのみであるクラウドキッチン型の業態が増加しているほか、電動バイク、電動オートリキシャーなど、配達に利用されるモビリティの多様化も進んでいる。小規模店舗でも、こうしたデジタル化や新業態への対応が進んでいる(2021年10月6日付地域・分析レポート参照)。


免疫向上をうたう製品が増加(左)(ジェトロ撮影)
DtoCブランド例:「ヨガバー(Yogabar)」健康食品等(中央)(インフォブリッジ提供)
電動二輪車シェアサービス「ユールー(Yulu)」を活用する宅配員(右)(ジェトロ撮影)

世界のトレンドの流入

最近では、若年層世代を中心に欧米圏などからのトレンドの流入がみられ、例えば、中間層の伸びとともにノンベジ人口の増加や、良質・健康的なタンパク質を求めるトレンドが見られる。肉・魚介類などの生鮮品を扱うECサービスが普及しているほか、新興企業による高品質な乳製品や、牛乳の配達サブスクリプションサービスも登場している。一方で、「サステナビリティ」の概念はインド食品市場にも普及しており、動物性タンパク質に代わる植物ベースのプロテイン製品も徐々に増えている。ベジタリアンやヴィーガン文化の素地があったところに、米国発のトレンドが合わさった形だ。植物由来の代替肉製品は、通常製品の1.5倍以上の価格帯でも売られている。

また、先進国と同様に、クラフト系飲料(クラフトビール・ワイン・ジンなど)などの地域に根ざした製品やブランドの人気が高まっている。地場クラフトビールメーカー「ビラ(BIRA)91」やコーヒーチェーン「ブルートーカイ(Blue Tokai)」は顕著な例だ。


ノンベジ風味の植物ベース食材(左)・インド産クラフトビールBIRA 91(右)
(インフォブリッジ提供)

日本企業に必要となるアプローチは

既存の商品を日本からそのまま輸出するモデルは、インド市場では特に通用しがたい。自分たちが売りたいものではなく、マーケットインの発想で「市場・カテゴリーを創出できるもの」を考える必要がある。そのためには、コロナ禍後のトレンドを踏まえながら、インドの食文化や味覚の中に、どのようなシーンでどう入り込めるかを考えることを勧めたい。日常的に飲食するものと、外食やゲストを招いて振る舞うものに求められるニーズは異なる点を踏まえつつ、加えて現地のトレンドへの合致や社会課題への訴求など、自社製品の付加価値を可視化することが必要だ。

少ロットでの商品輸送ではコストがかさむため、輸出時には可能な限りロットをまとめる、バルクで輸出し現地で小分けするという方法も有効だ。発想を変え、インドの食材・原料に日本独自の食材や技術などのエッセンスを現地で組み合わせるモデルや、インドの素材を活用してアジアに輸出するモデルにも可能性があるだろう。そして、いきなり売り始めるのではなく、まずはテストマーケティングをやってみることが重要だ。その上で、共に市場開拓と需要喚起を積極的に行ってくれるような現地パートナーを発掘していくことが第一歩である。

ジェトロでは、海外コーディネーターによる輸出相談サービスとして、インド現地からの情報提供に無料で対応しているので、ぜひご利用されたい。

※本セミナーのアーカイブ配信は農林水産・食品の輸出支援ポータルサイト内で2022年3月25日以降、視聴が可能。


注1:
出所:国連ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
注2:
出所:矢野経済研究所外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますおよびNNA Asia外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
注3:
出所:Mint外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
注4:
DtoC(D2C):Direct To Consumer、自社運営のECサイトなどで直販する形態。

現場からひも解く「新型コロナ禍」後の食品市場へのアプローチ

  1. インドの食品消費トレンドの変化を追う
  2. インドの課題から見る日本企業のチャンス
執筆者紹介
ジェトロ・ニューデリー事務所
酒井 惇史(さかい あつし)
2013年、ジェトロ入構。展示事業部、ものづくり産業部、ジェトロ京都、デジタル貿易・新産業部を経て、2020年12月から現職。