アジアから欧州サッカービジネスへ
企業とのパートナーシップを通じた挑戦

2022年6月13日

ベルギーのサッカープロリーグ2部に所属するKMSKデインズを運営するDeinze Football Club(以下、KMSKデインズ)を2022年2月、日本人が中心となった投資ファンドの組成・運用を行うACAグループ傘下のフットボール投資事業会社 ACAフットボール・パートナーズ(以下、ACAFP)が買収した〔KMSKデインズ・プレスリリース(オランダ語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 〕。今後は同クラブを起点として、複数のクラブの所有・経営を行いつつ(マルチクラブオーナーシップ)、日本企業を含めたパートナーとも協力しながら、アジアと欧州のサッカービジネスの連携・発展を目指すという。欧州サッカークラブの買収という異例の挑戦に踏み切った背景や、今後の展望をACAFPの最高経営責任者(CEO)である小野寛幸氏に聞いた(取材日:5月11日)。


デインズ買収公表時(左から3番目が小野氏)(KMSKデインズ提供)

欧州サッカービジネスに飛び込んだきっかけ―世界で活躍する日本人増やしたい―

KMSKデインズを買収したACAFPは、シンガポールを拠点として活動するACAグループが「スポーツの潜在価値を引き出す」ことをミッションに掲げ、サッカービジネスに精通した人材を集めたアジア発のサッカービジネスのために立ち上げた組織だ。ACAFPの設立を主導した小野氏は設立のきっかけを次のように語る。「日本とアジアで投資や経営に関わる中で、自分も含め世界で活躍する日本人が若い世代からもっと出てきてほしいという思いを抱いていた。その中で、2016年にイタリアでUEFAチャンピオンズリーグ(注1)決勝を観戦した時に、ミラノの街の雰囲気が普段と全く別物になることを体験した。その時、サッカーは文化・言語を超えて人々が熱狂できるものであり、サッカービジネスというのは(言語の壁を超えて)日本人でも活躍できる可能性が大いにあり得ると感じ、サッカービジネスへの参入を考えはじめた」

アジア発の事業会社が「サッカーの価値を解放し、進化させる」

小野氏が挑戦の場に選んだ欧州サッカーは、100年以上の歴史を有し、世界中から資金が集まるグローバルなビジネスとしても有名だ。こうした成熟している業界がACAFPにとってどのような可能性を有していたのか。そのカギとなるのは、東南アジア市場の取り込みだという。

ACAFP立ち上げの狙いについて、小野氏は「投資ファンド業に従事する中で、東南アジア市場の成長スピードを身を持って体験していたが、サッカー人気についても、近年、アジア各国のサッカーのレベルが向上していることによって、急速に高まっている。特に自国出身選手が国外で活躍している場合、その選手の所属クラブは母国からも高い関心を持もたれることになる。他方で、こうした東南アジアのポテンシャルを既存の欧州サッカー界はまだ認識しきれていないとも感じた。そこで、日本やシンガポールに拠点があるという地理的強みも生かして、東南アジアの市場をより意識したクラブ経営をすることで十分勝機があると考えた」と説明する。

こうした背景から、2021年7月に小野氏はACAFPを立ち上げ、国内外でサッカークラブの経営に携わった経験を持つ飯塚晃央氏や、5カ国以上を渡り歩いてサッカー指導のノウハウを身につけてきた白石尚久氏といったプロフェッショナルな人材を中心に、デジタル技術などを駆使してサッカービジネスの可能性を拡大する挑戦をACAFPが投資する複数のクラブで行なっていく構想だ。

KMSKデインズ買収の狙い

その構想の第1弾として、ACAFPがオーナーとなったのがKMSKデインズだ。同クラブは2019年にベルギー2部に昇格したばかりで、ホームタウンのデインズは、オースト・フランデレン州に位置する人口約4万5,000人の小都市である。このクラブをACAFPの構想の中核として位置付けたことについては、小野氏は欧州サッカービジネスの現場を分析した上での決断だったと明かす。

「欧州サッカー界では、ここ10年の間にグローバル化とデジタル技術の発展も相まって、多様なファン獲得による規模拡大が続いているが、現在は一部の有名クラブのみがこうしたグローバル化による成長を実現している状況だ。ACAFPでは、ベルギーやオランダなど、グローバルな知名度は不十分だがローカルには根強いファンがいるクラブも、その魅力をきちんと発信していくことで、ファン層を拡大しつつ、クラブの魅力をグローバルに高めることができると考えている。その上で、KMSKデインズに決めたのは、ベルギーリーグが外国人選手に関する規制が比較的緩やかだったことに加えて、落ち着いた雰囲気のデインズの街が、地に足をつけて地域に密着した新しい取り組みに挑戦していくには非常に良い環境だと思った」と小野氏は語る。


デインズ市街(KMSKデインズ提供)

「〇〇 × Football」新たな分野との事業連携、パートナー企業にも新規ビジネス探求の機会創出

小野氏も述べるように、今後、ACAFPとKMSKデインズは、欧州を拠点にアジア市場も意識しながら、サッカービジネスを発展させることを狙っている。そのためには、ビジネスをともに行う「パートナー企業」の存在が重要だと小野氏は強調する。「パートナーとなる企業と一緒に地元を盛り上げる施策だけでなく、東南アジア向けのマーケティングや新規事業開発を行なっていく。そうした過程で企業とチームが協力してアジアでの知名度を向上させ、新たなファンや顧客を獲得することが可能となる」。パートナー企業にとっても、欧州のサッカービジネスという大きな裾野を有する領域で、自社の事業や製品を新規開発・展開する格好の機会となるという。

早速、買収から1カ月ほどで、シンガポールを拠点にゲームファイ(GameFi、ゲームと暗号資産を掛け合わせた事業)プラットフォーム事業を展開するDigital Entertainment Asset〔最高経営責任者 (CEO):吉田直人氏、以下、DEA〕と戦略的パートナーシップ締結を公表した(DEAプレスリリース外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )。DEAは、最近注目を集めている「GameFi」と呼ばれる分野で活躍する企業で、ブロックチェーン技術を活用して同社が展開するゲームプラットフォーム「PlayMining」上で、ゲームユーザーはゲームをプレーしながら、暗号資産を稼ぎ収益を上げることができる(Play & Earn)。

今回の提携を通じて、KMSKデインズは、PlayMining上のゲームに参画し、同ゲームをプレイするサポーターなどに対して、ゲームのプレイ内容などに応じ、報酬として観戦チケットやグッズといったクラブに関する便益を提供する。これにより、サポーターとチームの結びつきの強化にもつながる。この提携を現地でリードしている最高執行責任者(COO)の飯塚氏は「ゲームをしてクラブをサポートできるという全く新しいコンセプトをクラブ経営に取り入れることで、ファンのみなさまにサッカーとの新しい接点を提供できると考えている。

そして、デジタル上での接点からスタジアムに実際に足を運んでもらうところまでの導線を作ることで、満員のスタジアムを実現したい」とその狙いを説明する。

一方で、DEAは、KMSKデインズの参画によって欧州地域での自社プロダクトの認知向上が期待できる。また、このPlayMiningへの参画はパートナーシップに基づく連携の第一歩であり、両社は包括的なウェブ3(Web3.0、注2)事業の創出に取り組んでいく予定だ。

日本企業の人材が海外で挑戦する機会創出

前述の取り組みのほかにも、KMSKデインズは日本企業との協働に意欲的だ。特に、日本企業との人材交流は、クラブの飛躍だけでなく、日本企業の若手人材のグローバル化にもつながると考えている。クラブ経営を担当する飯塚氏は「欧州サッカークラブ経営の現場では、まさに多種多様な文化を持つ人たちに常に触れ合いつつ、これまでにない新しいチャレンジを行なっていくことになる。この過程で得られた経験は、グローバル人材・スポーツビジネス人材として必要な能力を養うために非常に有益だと思う。KMSKデインズでは、こうした次世代人材の育成につながる環境を提供できるよう準備を進めていきたい」と語る。

欧州でのプロスポーツ、特にサッカーの存在感は絶大だ。サッカークラブと連携することで、グローバル市場を意識した新たなビジネス創出の可能性があり、ベルギーを起点とした「サッカークラブ×企業パートナーシップ」の今後の動きが注目される。


注1:
欧州サッカー連盟の主催で毎年9月から翌年5月にかけて行われる、クラブチームによるサッカーの大陸選手権大会。
注2:
ブロックチェーン技術などを基礎として、インターネットをより分散化させていく考え方。
執筆者紹介
ジェトロ・ブリュッセル事務所
仁平 孝明(にひら たかあき)
2014年、経済産業省入省。貿易経済協力局投資促進課、通商政策局欧州課などを経て2020年から現職。